silver fang 試験編◆11:残された4人





「…しかし…本当に凄まじいものだな…」


再び静寂に包まれた湿地の光景をぐるりと眺めて、そうクラピカは零す。



キルアの家の執事を名乗ったアゲハと、奇術師ヒソカ。


2人の争いに巻き込まれ荒らされた―――いや、ヒソカは終始トランプ1枚を武器に最小限の動きで華麗に人を殺して見せていた。

この霧煙る湿地帯を見るも無残な姿へと破壊しつくした様は、アゲハ1人の手によるところが大きい。


それが信じられなかった。



しかしそれでも実際にこの目で見たのだ。


柔らかい泥の大地とはいえそれを素手で大きく抉り取ってあの大きな爪痕を残したのも、巨木と言ってもいいようなあんな大きな樹を根元から引き抜いて投擲槍のように地面に突き立ててしまったのも、あの青年の力だ。



あの見目秀麗な細身の体からは想像もできないようなパワー。





「(……この力が私にもあれば…)」



と…荒れ果てた湿地を前にクラピカの頭に浮かんだのは、そんな言葉だった。





下ろした拳をぎゅうっと握りしめ、クラピカは憂い、そして強く願う。



"力が欲しい"―――と。





1人で戦い抜く力が欲しい。



同胞の目を残らず奪い去った、残虐非道の盗賊団「幻影旅団」。

奴らを倒し、奪われた目を仲間の元へと帰す。


そのための"力"を求めて受けたハンター試験だ。



そしてそこで出会ったアゲハと名乗る青年。


アゲハの持つ力は、まさしくクラピカがこのハンター試験に求めた"力"そのもの。

クラピカが思う理想の具現に他ならなかった。





「(この力があれば、私の"復讐"もたやすく果たせるのかもしれない…)」



出来ることならもう少し彼と話をしてみたかったが…。


しかしクラピカはそこで思案を打ち切り顔を上げる。霧の中から自分の方へと駆けてくる人影が視界に入ったからだ。






「………ダメだ」

「この獣道ん中、なんつースピードだよ。もう影も形もどこにも見えやしねぇ」



そう言ってクラピカの元へ戻ってきたポックルとレオリオの2人。

その少し後ろを、ゴンも何やらきょろきょろと周りを見回しながらついてくる。



「注意深く探せば足跡や諍いの跡なんかを追う事もできそうなんだが…。途中で痕跡を見失ってそのまま森で遭難するかもしれない可能性を考えたら、さすがに手掛かりがそれだけでは心許ないな…」


「確かに…。こんな霧深い中を闇雲に走ってはまさに"詐欺師"共の思うつぼだ」



ポックルの意見に対し、クラピカは冷静に頷く。



妙な挑発を残して霧の向こうに消えたヒソカ。それを追って、アゲハもまた森の奥へと飛び込んで行ってしまった。

置いてけぼりを食う形でクラピカ、レオリオ、ゴンとポックルの4人はその場に残されたわけだが……



危険を冒してそれでもアゲハを追うか、待つか。

それともあの一次試験官が向かった先を手分けして探し出すべきか、これからどうする?と取り急ぎ話し合う。




「は!?そりゃ追うだろ!!当然!」



それぞれまずはどうしたいか聞いたところ、いの一番に―――それも尋ねたクラピカのその言葉尻に多少被る形でそう言い切ったのはレオリオだった。


しかしクラピカとポックルはその意見にあまりいい顔をしない。



「……って、なんだよお前らその顔!?それ以外に何があるってんだよ!?」

「いや…、追うのは良いとしてもだな…。現状ではその追跡手段に乏しい訳だが、そのあたりはどう考えている?レオリオ」

「うっぐ…;」


クラピカに冷静に突っ込まれ、言葉に詰まるレオリオ。

さらにはポックルからも「愚直な考え無しはハンター試験じゃ生き残れないぞ」と冷や水を浴びせられて、逆切れ気味にポックルをビシリと指差し言い返す。



「はあ!?だったらお前はどう考えてんだよ!?」


「ああ…。オレ達は結局、試験官の率いる先頭集団からはぐれて、受験者って点から見れば限りなく失格に近いわけだろ?しかもこんな濃霧の中、文明圏とは程遠い場所に置き去りにされて、死の危険はごく身近にあるままだ。

だからオレは、周囲を警戒しつつここで待つのが一番だと思う。待っていればおそらく四半時もせずにハンター協会の連中が失格者の回収に来るはずだ。去年の試験でもオレが失格になった時はそうだったから」


「何言いだすかと思えば、テメーはまたそんな消極的かよ!テメーの頭にゃ逃げるって選択肢しかねーのか!?

それにオレ達はまだ失格になったわけじゃねぇぞ!!失格失格って…、簡単に決めつけんな!オレはまだこんなところで試験を諦めるわけにはいかねーんだよ!!」


「だからってヒソカ達を追う意味がわからない。試験は来年もあるんだ。こんなところで下手を打って命を落とす訳にはいかないだろ。

ハンターになる事も、そのまた先にある『夢』を叶える事も、…命があってこその物だからな。

命さえあればまた来年、試験が受けられる。今回は残念だが、失格なら失格で潔く受け入れた方がいい」



いたって冷静に正論を吐かれ、とっさに反論できずにレオリオはぐっと言葉に詰まる。


すると今度はクラピカが、珍しくレオリオを援護するように会話に割り込んできた。



クラピカも理性では「受け入れるしかない」と解ってはいたのだが―――心情的にはレオリオに近い意見を持っていたから。


いや、ポックルだって諦めたくない気持ちはあるだろう。今現在考えられる『合格の可能性』と『命の危険』とを天秤にかけた結果の意見を言っているだけで。



しかし今いる4人の中でおそらく最も森での追跡(トレース)技術に長けていると思われる狩人の協力が得られないとなると、それだけで一気に『試験失格』の足音は近づいてくる。

わずかな可能性に賭けるなら、なんとか彼の協力を仰がねば…とレオリオに続いてクラピカもまたポックルを説得にかかる。




「確かにこの場で守りに徹するのが『生き残る』可能性としては一番高いと思う。しかし私たちは生き残るためではなく『ハンターになる』ために試験を受けに来たのだ。

ヒソカの言い方だと二次試験の会場がどこか知っているような感じだった。ヒソカの最後のあの電話は、もしかしたら奴の協力者からのものかもしれない。

ヒソカとアゲハさんを追う、その先に二次試験会場があるとしたら?チャンスがまだあるなら縋るべきだと思うが?」


「それだって可能性の話でしかないだろ?残っている足跡が間違いなくヒソカの物だとも言い切れない。あいつら2人の争いを恐れてこの場から逃げていった受験生は山ほどいるし、それにこの森はそこらへんにある普通の森じゃない。"詐欺師の塒"だぞ?

あんただってさっき自分で言っていただろ。森の奥深くまで詐欺師共に誘い込まれたら、それこそハンターになる前に死んじまう」



「―――でも、自ら危険に飛び込まなくちゃ得られない物も、きっとあるよ!」


「ぅおっ!?」

「…ゴン…」



誰よりも大きなゴンの声がポックルとレオリオ、クラピカの会話に飛び込んできた。

先ほどのレオリオ以上に大きな、そして突然のその声にポックルはおろかクラピカやレオリオまでも目を見開いて固まってしまう。



「チャンスって、通り過ぎてからそれがチャンスだったことに気づくんだって言うよ!せっかく受けたハンター試験だもん。最後の最後まで諦めずに足掻こうよ!

それにアゲハさんの行った方向だったらオレ、わかるからさ!だからポックルさん、力を貸して?足跡と匂い、二方向からの追跡なら見落としも減るでしょ?」


「…ん?……匂い?とは…どういう事だ?ゴン?本当にアゲハさんの向かった先が解るというのか?」



いち早く正気を取り戻したクラピカがゴンに尋ねる。

ゴンは自信満々といった顔で「うん!」と深く頷いた。



「うんって…お前本気か?こんなときにテキトーこいてんじゃないだろなゴン!?」

「テキトーじゃないよ!…ねぇクラピカ。アゲハさんが落としてった帽子、クラピカが預かってたよね?」

「あ…、あぁ。それならここにあるが…。どうするつもりだ?」



と、クラピカはカバンの中にしまっていたアゲハの帽子を取り出し、ゴンへと手渡した。

その帽子は、ヒソカによって立ち木に押さえつけられたときにアゲハが落としたものだ。


受け取ったゴンはクラピカに向け再度笑顔で頷いた。



「うん。レオリオもそうだけど、アゲハさんも結構変わった香水つけてるみたいなんだ。すごく甘くていい匂いがするよ!」

「って…;おいおいゴン。まさかお前…;」


そう言ってゴンは、アゲハの帽子に染みついた香りをすうっと吸い込む。それから顔を上げ、周囲の匂いをくんくんと嗅ぎ回り始めた。

それを見てレオリオが「犬じゃねーんだから…;」と汗をたらしていた。



「ふむ…。確かに、言われてみればわずかに良い香りがする…。だがこういうタイプの香りは普通、女性が使うものだと思うのだが」

「しかし訓練された動物でもあるまいし、こんなわずかな匂いをたどろうだなんて本当に出来るのか?」


ゴンから返されたアゲハの帽子を自らも嗅いでみてそんな感想を漏らすクラピカとポックル。

疑心暗鬼の表情でゴンを見守るレオリオも、おそらく同じことを思っているだろう。


すると――――



「……うん、やっぱりわかる!こっちだよ!」



そう言って森の奥を指差して、ゴンは小走りに駆け出した。


ゴンが走り出すのを見て、クラピカとレオリオの2人は互いに顔を見合わせ、半信半疑ながらもそれを追いかけ始める。



「こっちって…、ホントに大丈夫かよゴン!?」

「大丈夫だってば!―――それにさ!ポックルさんは、森の中でも足跡を追えるんでしょ!?」


「……は?」



さすがにどうするべきが最良か判断つきかね、その場に立ち止まったままだったポックルに、走りながら振り返ったゴンが天真爛漫な笑顔で言う。

話の振りが唐突だったこともあり、素っ頓狂な声を上げてしまうポックル。




「ポックルさんが足跡を追ってオレは匂い。二方向の痕跡を追えば、アゲハさんの居場所は間違いなくたどれるよ!

だからポックルさんも一緒に行こうよ!アゲハさんとヒソカの行った先が、二次試験会場だと信じてさ!」



明るく前向きなゴンのそんな呼びかけに、ポカーンとしていたポックルも一転、ふっとその表情を緩め笑った。





「…なるほど…。それがハンター試験を初受験でも一発で合格していく奴と、オレ達『万年受験者』なんて呼ばれる奴らの大きな違いなのかもな…」



ゴンへの称賛とも、自虐とも取れるポックルの呟き。



それを耳にしてゴンはニカッと歯を見せて笑い、レオリオは自身への誉め言葉ととらえたのかニヤニヤと、そしてクラピカは『こうなったらゴンは、もう止めようがないんだ』とでも言うかのように口元に穏やかな笑みを浮かべる。




「…まぁ、ここでマゴマゴしてたところで不合格は変わらないしな。この際だ、お前の言う通りオレも最後まで合格を信じて、もう少し足掻いてみるよ」


「うん!!」



前向きに変わったポックルの言葉に、ゴンは力強く頷いてそれに応える。

レオリオとクラピカを見れば、彼らもまた同様に快く頷いてみせてくれた。






「……よっしゃ!そうと決まれば早速行こうぜ!二次試験会場目指してよ!」

「意見には同意するが、何故お前が仕切っているんだ?レオリオ」

「つったってこんな気味の悪ィ森、1秒だって居たくねーのはお前も一緒だろーが!!」

「まあまあ;」



最後尾でなぜかリーダー風を吹かせ始めるレオリオに、横からぴしゃりと冷や水を浴びせるクラピカ。

苦笑いのゴンとポックルを先頭にして、4人は霧深い森からの脱出を目指し、先に消えたヒソカとアゲハの後を追って森の奥へと足を踏み入れるのだった。







つづく




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主人公?ゴンですが何か

すもも

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