silver fang 試験編◆10:ヌメーレ湿原の攻防・3




攻撃の合間にふとした隙を突かれ、奥襟を取られたと思ったら、そのまま腕の力だけで体を持ち上げられて背後の立ち木に押さえつけられた。



衝撃でハラハラと木の葉が視界に舞い落ちる。


その影の合間に見える、ヒソカのいやらしい薄笑い。

肌に触れる生ぬるい息遣いが、なによりも不快だ。




「…クク…、やっと捕まえたよ?」

「…………ッ」



いやに近い場所で放たれる、甘い囁きのような言葉。

寒気がする。



威嚇するように睨み付けるが、ヒソカはそれすらも恍惚の表情で受け止める。



「あぁ…、そそるなぁその眼……。睨まれただけで逝っちゃいそうだ…。もっとボクを見てくれないか…◇」

「……黙れ、この変態め。こんなものでオレの動きを封じたつもりなのか?」


「まさか。お楽しみはこれからデショ?ねぇ…?」



そう言ってヒソカはその、見るだけでもおぞましい笑みを深くした。



オレの襟首を太い両腕を交差させて掴み、背後の木にギリギリと押し付けて絞め落とそうとしてくる。

そう簡単に極められてたまるかと、オレはヒソカの二の腕に指を立てた。


……蹴りを叩き込もうにも、宙吊りのこの状況では下手に反動をつけたら自らの力で自身の首を絞める事なりそうだからな。


ありったけの力で、奴の腕の肉をむしりとってやろうとした。



―――しかしそのとき。






視界に影が指す。


息がかかる距離にゆっくりと近づいてくるヒソカの顔に、この後奴がオレに何をするつもりなのか悟ってゾッとした。





「ぐっ…、キサ…ッ!?」


「こっちだヒソカ――――ッ!!」

「…ん?」



ヒソカの唇がオレのそれに重なるかというぎりぎりのタイミングで。

ヒソカの背後から、木の棒を手にレオリオの奴がヒソカへと襲い掛かってきた。


レオリオの叫び声と殺気に、わずかだがヒソカの意識がオレから外れて背後へと向く。



………一瞬とて、その隙が命取りだ変態め。


唯一動く頭でオレはヒソカの顔面へとヘッドバットを叩きこんだ。




――――ガッ!!



「……!? アゲハッ!!」


オレの頭突きをモロに鼻に食らって、ヒソカの体が一歩、二歩、後ろへよろける。


木の棒を振りかぶっていたレオリオは一瞬それに驚いた顔を見せた。

しかしすぐさまそれをチャンスと切り替え、よろけたヒソカの体へ思いきり良く木の棒を振り下ろした。


―――だがヒソカは、レオリオの方をまったく見ることもなく、レオリオが振り下ろした木の棒を片手で難なく受け止める。



「な…!?」

「………う〜〜ん…、痛いねぇ…◇」


片手で鼻を、もう片方の手で木の棒の先端を掴んだままで、ヒソカがゆらりと、俯いていたその身を起こす。




「隙をついたのは良かったけど、ボクと彼とのランデブーを邪魔した罪は重いよ、キミ?」



オレの頭突きで垂れた鼻血を手鼻で切って、ヒソカはレオリオに向かって言う。



……ランデブーだと?馬鹿を言え、割り込んでくれてこっちは助かった。


あんな変態とのキスなど死んでも御免だからな。





「うるっせぇ!こっから先はオレがテメーの相手をしてやる!!」

「もちろん。そんなこと言われなくとも殺ってあげよう◇」


「ちっ…」



オレが膝を着きむせている間に、ヒソカは走り出していた。


何もないところから手に取り出されたトランプが、レオリオに向かって切り込まれようとした瞬間――――



「レオリオ―――!!」


「…!?」


クラピカの叫ぶ声と同時に、ヒソカとレオリオの間を1本の矢が横切った。

矢はおそらくヒソカに向かって放たれたものなのだろうが、ヒソカには簡単に避けられてしまった。


矢の飛来先に視線をやれば、2本目の矢と共に今度はクラピカが2本の短刀を持ってヒソカへと跳び掛かる。

クラピカの背後には弓を構えた男の姿。3本目の矢をつがえようとしていた。



―――ガキィンッ!!


クラピカの握る短刀の切っ先を、ヒソカは紙のトランプ1枚で防ぐ。そして流れるような動きで、放たれた3本目の矢をも同じトランプで防いだ。



「くくくくっ…急ごしらえにしてはいい連携じゃないか。だけど…」


ヒソカの視線が、レオリオの姿を再び捉える。

これ以上はもはや、クラピカの剣や弓矢ごときでは牽制にもならんな。



「…っのやろう!!来るなら来やがれってんだ!!」


襲い来るヒソカに向かい、木の棒なんかで迎え撃つ気満々のレオリオ。


……そんなもの役に立つか、死ぬぞ。




「まったく…」




オレは手近な大木を力任せに根元から引っこ抜き、槍投げの要領でそれを振りかぶった。




「お前にはさっきの分、まだ借りを返していないんだ!早々死なれてはオレが困るぞ!!」


「アゲハッ!!?」

「おやおや◇」


狙い済まし、力の限りを尽くしてそれをヒソカに投げつけた。




「って―――!!?お前、オレまで殺す気か――!!」


「あ…」


投げてからハッとしたが、オレの位置からは直線上にヒソカ、その奥にレオリオの姿がある。

…まずい、ヒソカに避けられたらレオリオに直撃してしまうなこれは。



「な、なんとか巧く避けろ!」

「無茶言うなバカタレ―――――!!!」



―――ドガアッ!!



レオリオの渾身の叫びがこだまする中、投げつけた大木が泥しぶきを上げて地面に突き刺さる。


残念ながらヒソカは直前で避けたのが見えた。

レオリオは………、すまんな!合掌する!!




「アゲハさん!」


クラピカと弓の男が共に連れ立ってオレの近くまで走ってきた。



「とっさの事とはいえなんて真似をするんだ!あれではレオリオが…!」

「…すまん、頭に血が上りすぎて後先を考えずにやってしまった」

「あの分だと駄目だろうな、あいつは…。それよりヒソカは…!?」

「奴には避けられた。あそこだ」


大木が突き刺さった場所からはずいぶんと離れた場所に、涼しげな顔でヤツは立っていた。



「4人がかりでも無傷だっていうのか…。くそっ、なんて奴だ!」

「その上こちらは1人犠牲が出てしまったしな」

「「アンタが言うな!!」」

「くっ…、しっ、仕方ないだろう!不可抗力というものだ!仇ならオレがとってやる、そう責めるな!」



「……って、テメーら、勝手にヒトのこと殺すな!!」

「「「!?」」」



濃霧に閉ざされた広場のどこかから、聞き馴染んだ声が聞こえた。揃って動きを止めたオレ達3人。


なぜか肩を揺らしてひたすら笑っている風なヒソカの動きをマークしつつ、辺りを見回し声の主を探す。




「あっ…!あそこだ!」


弓矢の男が真っ先に人影を見つけて指差した。



指差した先には、小さな影が二つ。


釣竿を持ったゴン少年と、その横にへたり込むレオリオの無事な姿がそこにあった。……ん?ゴン少年?



「ゴン!?レオリオ!!良かった、無事だったか!」

「まさか。あんな釣竿でレオリオの奴をすんでのところで釣り上げて助けたというのか?」

「へぇ、なかなかやるじゃないかあの子供」

「……ち…、あの亀絶対に殺ったと思ったんだがな……」

「いや、ここはアンタが一番ホッとしなきゃならない場面じゃないのか…?;」


弓矢の男から痛いツッコミを貰う。…クソ、聞かれたか。









「いやいや…。試験合格をフイにしてまで仲間を助けに来るとは…。いい子だねぇ〜〜〜◇」


パチパチパチ、とゴン少年に向けて拍手を寄越すヒソカ。

たしかにゴン少年はキルア様とともに先頭集団を走っていたはずだが……。何故戻ってきたのか…。まあ今考えるのは止そう。



――――とりあえずこれで5対1。

こいつらを戦力として数えるのは少々不安だが、先ほどのように連携次第ではかなり使えることがわかったからな。

1対1ではラチが開かなかったが……、次は殺す。


そんな思いで、再びオレはヒソカに向かい構えをとった。



「…アゲハさん、まだやる気なのか…?」

「ここまで来たら腹をくくるしかないんじゃないか?こんな霧の中じゃもう本隊には戻れない。どうせ失格だっていうなら、オレもあいつに一矢報いてからにしたい」

「しかし…」


オレの背後でクラピカと、弓を構えた男がそんなことを言い合っている。



もう試験の合否などオレにはどうでもいい。弓の男が言うように、本隊を見失った今では、試験に再び復帰するのも無理な話。



ならばオレのするべきことは一つだけだ。

無事に先に進まれたであろうイルミ様やキルア様を危険にさらす訳にはいかないからな。


失格ついでだ。あの変態も必ず道連れにしてくれる。




「…フフ」


鋭く睨みつけると、それだけでヒソカは嬉しそうに目を細めて嗤う。

…相変わらず不快な笑みだ。



「何が可笑しい」

「いいや…。やっぱりたまらなくイイね、キミ。その顔、ゾクゾクするよ…◇ イルミがご執心なのも頷けるっていうものだね」


「………なんだと?」


「おっと…。喋りすぎたかな?」

「ふざけるな!!何故貴様のような男がイルミ様の名を…っ!!」


オレが叫ぶと同時に、ピピピピっという耳障りな電子音が被る。



「ゴメンネ、電話だから◇」

と、オレの言葉をさえぎるようにヒソカはオレの方に手のひらを向け、もう一方の手で腰の荷物からケータイを取り出す。





……なぜあんな変態がイルミ様を知っている?

一度としてあんな変態をイルミ様の客人として屋敷に通したことはない。まさかとは思うが、"外"でのご友人…?なの、か…?あんな男が…?



どういう関係なのか、イルミ様とどんな関わりがあるのか。

通話終了の瞬間に叩きのめして吐かせてやる。



そう思って拳に力をこめ、男の挙動に目を光らせていると―――





「もしもし◇」


『…………あのさ、なにやってんのヒソカ?こっちはもうじき二次試験会場に着くみたいだけど』




漏れ聞こえる声に、オレは自身の耳を疑った。





「ゴメンゴメン。ちょっとだけ寄り道するつもりが案外時間食っちゃってねv」

『ふーん。いいから早く戻ってきなよ。失格しても知らないよ』


「ハイハイ。すぐ行くよ。アリガト、イ〜ルミv」




オレに向け、これ見よがしにチュッとリップ音を返し、通話を切ったヒソカ。



それを聞いた瞬間、ざわりと全身が総毛立った。





………もちろん頭では分かっている。あれはオレへの挑発だと。


だがアレを容易に流せるほどオレの気も長くはないんだ。






「……ふっ、


「え…?アゲハ、さん…?;」


「ふふ、ふっ…、フフフフ」

「わ、笑ってる…のか?;」




頭に来すぎてもはや感情の制御も利かん。

無意識のうちに、口からは妙な笑いがこぼれていた。





「…フッ。貴っ様ァ――――!!!


「あっはっは◇ 完全に怒らせちゃったみたいだねぇ。鬼さんこちら♪」

「いい度胸だ!!今度こそミンチにしてやる貴様!!」



「ちょっ…!?待つんだ、アゲハさん!?」

「おい、アゲハ!?」



くるりと踵を返して霧の中に消えるヒソカを追い、オレもまた森の中へと飛び込んだ。

クラピカやレオリオの、オレを止めようとする声は、生憎とキレたオレの耳には届いていなかった―――――







つづく




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後先考える前に体が動いちゃうんです強化系だから

すもも

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ももももも。