ピンクメドゥシアナ ◆番外編:「12日目」A Rainy Day(中編)




「―――へっぷちゅっ!」

「ガハハッ、んだそりゃw くしゃみか?」


床に敷いた毛皮の上に寝転がり、薄ピンク色のツインテールの一つを弄くっていると、腕の中でケイリュースが小さくくしゃみをしてウボォーギンは一旦その身を起こした。

胡坐をかいた脚の間に座らせたケイリュースは、いまだに一糸まとわぬ姿で。

脱がす前にケイリュースが着ていたワイシャツとズボンは、まだ濡れたままくしゃくしゃの状態で床に転がっていた。


汗が冷えたのか、再び身を丸めて仔兎のようにプルプル震え出したケイリュースに、ウボォーギンは「…お、そうだ」と自身のタンクトップを脱いで頭から被せた。



「……う?」

「それ着てろ。着てたらなんかもう乾いたみてぇだからよ。…ま、1枚ペラだが無いよりゃマシだろ?」

「…ウフフ。なあに?ウボォーギンの…、服…。アナタにおいスル…見エル、服、あなたの…。イイデスネ…。ふふふ」

「なんだ、汗くせぇって言いてぇのか?」


頭から被せられた黒いタンクトップにニコニコ顔でもぞもぞと腕を通すケイリュースだったが、人一倍体格の良いウボォーギンがずっと着ていたそれはケイリュースには当然のようにガバガバでサイズが合わず。

結局はストンと脱げて、座っていたケイリュースのその細い腰回りに落ちてしまった。


「はっはっは!!だよなぁ!」

「う、うー?」


大笑いしながらウボォーギンは落ちたタンクトップをもう一度ケイリュースの肩へと引き上げ、肩口と腰回りの余り布をそれぞれ結んで調整してやった。



「ほらこれで…。お、結構イイじゃねぇかそれ。似合うぜ、ケイ」


丈とウエストを絞ると、ちょっぴり短めのミニスカートワンピースのようになった。

ゆるゆると隙の多い脇や裾からチラチラ見え隠れする乳首やら太腿やらはやたらと眩しいが、ケイリュースのアレはギリギリ絶妙に隠れる長さで、ストロベリーブロンドのツインテールも相まってパッと見は完全に胸の無い少女にしか見えない。


「ウフフフ…。あったかいデス…。チョット…ダケド…。ウボォーギンと居ルの、カンジ…。ウフフ」


お世辞でもなく本当に嬉しそうにクスクスと笑うケイリュースに、「なんだよ、気に入ったか?w」とウボォーギンもまたご機嫌な様子で笑いかける。



「けどお前そうしてると本当、女にしか見えねーな。性別間違えて生まれてきたんじゃねぇのか?ケイ。ハハハ。今度マジで女の服盗って来てやるからよ、それ着てみろ。ぜってぇ似合うぜ」


そう茶化しながら、ウボォーギンはポスポスとケイリュースのツインテールの頭を撫でる。

そうすればケイリュースはまたふがふが怒り出すかと思って、楽しそうにウボォーギンは『ふんw』と鼻を鳴らす。



……が、そんな予想に反してケイリュースはただ悲しげに眉を下げてウボォーギンを見てくるだけだった。

『なんだよ?』とウボォーギンは片眉を引き上げ、不服そうに口を結ぶ。




「女、のふく……。ワタクシ、おんなほうが良いシタいた…、思うデスカ?ウボォーギン……、ワタクシおんなの…、その方イイ思うデスカ?」

「……泣くほどの事か?そう見えるなって言っただけだろ。女のが良いとかそんなことねぇよ」



しゅんと肩を落としてしまったケイリュースを慰めるように抱き寄せてやり、ウボォーギンは早々に前言を撤回する。


ウボォーギンにとっては、相手がケイリュースならば性別などもはや問題にはしていない。

周りの目を考えれば女の方が都合は良いだろうが、…もちろん今のままでも十分だぜ?と額に口づけてやる。


……つーかよく考えたらこんなイカレのまま女でガキがデキても面倒だし、今のままの方がむしろ良いのか?…などと、その途中で考え直すが。




「変な事言って悪かったな」と言葉にしつつ、ケイリュースがそれ以上気に病まないよう『忘れろ』とばかりにウボォーギンはケイリュースの頭をわしづかみにしてぐりぐりと左右に揺さぶった。


そのうちにケイリュースがくるっとウボォーギンを振り向いたので、気が済んだのかと思ってニヤリと笑みを見せてやる。



「ウフフ…。うぼぉーぎんは、アナタ…優シデスネ…。ワタクシ髪、女の、長い…。きれいシテ、その方良イ…、ふいんきアル……言うシテ抱く…、今マデは、ミンナ…そうシマシタ…。
 しないイイ、悪カッタ、撫でテ…言うしてクレタ、は…アナタだけ…。ウボォーギンだけの、ダッタ…。ウフフ。可愛い…アナタ、ウボォーギン言うのは嬉シイ。ダケド…、デモ、でもー…、ワタクシ女のかっこは嫌。本当はイヤ…」


「…あ?そうか?せっかく似合いそうなのにな」


だから他の男に抱かれたとかそういう類の話は止めろっての、なんだ急に。と思いながらも、話を合わせて撫でてやるとケイリュースは機嫌を直したのかふんわりと花のように可愛らしく笑う。



「ウフフ。似合うスル言う?ウボォーギン、ワタクシ見る言うの、目…なら、女の服スルもいいデス。かも。格好、アナタ見たい?裏ナイ、純粋にイイの、思うアナタ目でうぼぉーぎんは言うナラ…、ワタクシ、おんなの格好スル…。シテイイ…、のかも…。ふふ。…デモ、デモー…、本当は…、真実…は、こころ、は……ワタクシ嫌、だけど…」

「…よくわかんねーが…、嫌だってんなら無理に着なくてもいいんだぜ、ケイ。どんな格好だろうがお前はお前で変わんねーだろ?…ま、何着ようが結局最後は素っ裸に剥いちまうしなw」


ガハハ、と冗談めかしてウボォーギンが笑うと、ケイリュースもまたそれにつられたようにニコリと微笑った。



「ワタクシ嫌思うこと、シナイ良い、ウボォーギンは言うシテクレル?…ウフフ。ウボォーギン、アナタ…、はだかのワタクシ、その方、好き?えっちなのイイデスカ?ウフフフ。アナタ言うは、優しいの…嬉シイ。
 ……でも、…デモ、デモー…、ボス、は…グラスはワタクシ、嫌、でも女の服着る、しろと言いマス。ワタクシ嫌のに…。でも、ワタクシは弱いから、そうシナイと…、いろんなの手、戦う手段考えないといけないの…。女のかっこ、もソウ。
 ワタクシ、はあまり頭いい、言えないカッタ…。髪きれい、いつも言われていたワタクシ、髪と顔、女みたい…みんな言う。だから私は女のように髪を結って、男の隙を狙うことにした。
 相手が男なら、こっちが女だとみれば「手加減するフェミニスト気取り」「逆に女には負けられねぇと過剰にムキになる奴」「女を下に見て、倒すついでにあわよくば関係を持とうとするナルシスト」「女か男かわかんねぇからと戦いそっちのけで確かめようとする馬鹿」…。大抵の男は油断してくれるか、手加減してくれるか、または意識が戦闘以外の事にも向くから、こっちは有利に事を運べる。
 全員がそうじゃねぇし全然気にしねぇ冷静な奴もいたけど、何もしないよりは隙を晒してくれる機会がぐっと増える。だからオレは勝つために女の格好をしたんだ…。髪を伸ばし、女のように結って化粧をして…。すまし顔で黙って立ってりゃ、並みの男なら結構騙せる。
 …でも、それは全部勝つためにやってた事だ。そうでもしなきゃ、オレは…勝てないんだ…。普通にやって勝てる力なんてない…。だから、女の格好を選んだんだ。好きでやったんじゃない…。お前に…、お前に、可愛いと言われるのは、うれしい…。けど……でも、本当は好きなわけじゃないんだ…」


「ケイ…?お前…」


嬉しそうに体を横に揺らしていたかと思ったら、だんだんと口調が変わって―――姿形こそケイリュースのままだが、ウボォーギンのよく知るケイリュースとは明らかに違う人間へ変貌した。


ウボォーギンを「お前」と呼ぶが、見上げてくるその目にウボォーギンは映っていない。

そのうちに表情に暗い影が落ちて、ひどく怯えた風情でケイリュースの姿をしたその"人間"はガタガタ震えて手を―――指先を、爪を隠してぼろぼろと涙を零し始めた。



「だけど…、だけど、けど…グラスはそんなオレを見て、『そりゃあ良い』『金になる』『売れるぜ、お前』『枕をやれ』と言った。拒否したら『囮をやれ』と命令してきた。次に拒否ったら……何されるか分かんねぇってぐらい据わった目で、グラス、は、嗤って………。
 …いやだ、イヤだ、嫌だ…。本当は嫌なんだ。ドレスを着ろという、女の格好で護衛をしろという。要人に気に入られろという。男とも女とも寝て、会社のために、ボスのために精一杯に尽くせというあいつの目が、暴力が、『お前は売れる』と笑うグラスが、あいつの目が……!
 そしてグラスを抑えながらも、オレを見るボス……!!頷くんだ、グラスの言葉に!優しい笑顔で、でもすごく厭な目でオレを見るんだ…!!ボスの目…怖いんだ…。きれいで…だけどすごく怖い…。
 ―――でも、もう逆らえないんだよ!オレは、オレは……だってボスが好きなんだ…。どうしようもないくらい、オレはボスが…!!
 もう、あの人に愛されてないとダメなんだ。あの人が居なきゃオレは…もう駄目なんだ……、そんな風にされた!あの目で、手で、言葉で、身体で…!
 だからあんたが言うならオレはなんでも言うことを聞くさ、利用するだけしてくれよ…!もう…オレはそれでもいいんだ…。あんたに騙されて…、使い潰されてたって…、もうかまわねぇって…。それしか…、今はもう生きていく術なんてオレにはないから…。
 …だけど、ケド、でもオレは、オレは…、もっと…愛してほしい……。あんた以外と…、もう好きでもない男と寝るのだけはしたくない…!」


「―――おい、ケイ!!」


濃いピンク色の瞳を濡らして必死に縋り付いてくるケイリュースを、ウボォーギンはその両肩を押さえて引き剥がした。



ケイリュースのその目に、ウボォーギンは今、どんなふうに映っているのか。――――誰に、見えているのか。


拒絶されたことに目を見開き、びくりと身体を震わせたケイリュースは『信じられない』とでも言いたげに悲痛に顔を歪め、ガシガシと狂ったように自身の髪を掻きむしり始めた。


ケイリュースの美しいストロベリーブロンドがぶちぶちと無残にむしられていくのを目にした瞬間、ウボォーギンは「やめろっつってんだろ!!」とケイリュースのその腕を掴んでいた。




「あ……、あ、あ…!なんで…?あぁー……なんで…。ナンデ…?ボス…。ボス頼む、なあ…、その目で、そんな目でオレを見ないでくれよ…!!
 オレを…、オレを愛してくれ…!オレを、オレの事を、オレをちゃんと見てくれ…、ボス、ボス……、いやだ…もうオレを見ないで…。オレは、おれは、あなたが、アナタのココロ、が……!!ワタク、シ、は、欲シイんだよ…!!」

「ぁあ゛?」


取り乱すケイリュースの鼻からスーッと血が垂れたと思ったら、いきなりケイリュースはカッと大きく開けた口でウボォーギンの首筋に喰らいついてきた。



「ボス…。ボス、ボス…ボス……ちょうだい、アナタ欲しい…、オイシイ、ニクちょうだい、ちょうだいちょうだい…あなた、の…ココロ…欲しい…。ワタクシ、に…あなた……、心臓…ちょうだい……」



懸命に歯を立て、力いっぱいに噛みしめる。

……が、もちろんウボォーギンの鋼鉄の肉体はケイリュース程度の力でそうやすやすと傷をつけられるものでもなく。

それでもケイリュースはボロボロと泣きながら、睨むような獣の形相で必死に何度も歯を立ててくる。




「……は、なんだそりゃ。あの時以来だな?ケイ」


初めてケイリュースを抱く羽目になったあの日と同じ―――だがあの時は気味が悪いほどにうつろだった瞳も、今は『辛い』とか『哀しい』とかそんな感情が目に見えるだけまだマシだ。


いい加減話が長くてよくわかんなかったが…。つまるところスレイの野郎の事は忘れられても、ボスの方はまだ忘れらんねーってことだな?とウボォーギンは不愉快そうに目を細める。

そして、首筋に喰らいついているケイリュースの背を、逃げられないようにギュッと抱きしめて固定した。



「ふん…。かゆいな、ケイ。…ケイリュース。教えてやるぜ?噛むってのは……こうやるってな!!」



と―――ウボォーギンは、押さえたケイリュースの首に大きな口でがぶりと噛みつき返した。



「……ぇグッ!!?ア゛…ッ!!〜〜ゃ…ッ、あぁ―――ッ!!イタイ!!イタイイタイヤメテ!!痛いちぎれる!!ヤメテ、ヤメテぇえッぁアアア―――!!」


華奢なケイリュースとは違いウボォーギンの強靭な顎でなら、その力のみでケイリュースの細い首の骨をへし折ることだって造作もない。


もちろんウボォーギンの方もそんな事をする気は毛頭無く、単に"目を覚まさせてやろう"という意図に加え、いまだに前の男なんぞに未練があるらしい事へのちょっとした意趣返しのつもりで十分に手加減もしていたが。


それでもみしみしと首に歯が食い込んでくる痛みに耐えきれず、ケイリュースは思わずその口をウボォーギンの肩から離した。

そして細い腕でウボォーギンの頭を押し返そうと抵抗を始めるが、まったくもってびくともしない。


逆に「黙れ」とばかりにさらに深く首筋に喰らいつかれ、気道を圧迫されてそれ以上声どころか息すら出来なくされた。

ケイリュースの皮を被った小さな獣はそこで即刻抵抗を止め、自身よりももっと強大な―――ウボォーギンという名の獣へと屈服した。




「…お前、ほんと大したことねぇなw」


口を離し、ぺろりと自身の唇を舐めて笑ったウボォーギン。

ケイリュースはそのウボォーギンの腕の中、目を伏せ、力無く胸にもたれてすんすんと悲しげにすすり泣いていた。








後編へつづく




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