※ご注意※
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18禁裏コンテンツとなっております。過度なグロ描写、流血、公序良俗に反する発言等がありますので注意。エロはありません。
3話から引き続き、冒頭からグロテスク・残酷描写がありますので苦手な方は無理せずに
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では大丈夫な方のみどうぞ。
―――…私が死ぬ、貴方も死ぬ、……そうしたら今度は、誰が貴方を、……
―――あなたのその目を、だれが葬ってくれるの?…エリク……
『…そうだね』
『なら僕が』
『この目を残して僕が死んだその時には、…お願いだ"死神"よ―――』
赤い鎧の死神とウボォーギンの間を音速ですり抜けた黒い閃光。
その鋭い手刀の先に形成された、オーラによる巨大な三叉槍が赤い死神の骨の身体を穿った。
それからわずかに時を置いて、ドンという鈍い音と共に転がる―――とある男の首。
槍の一撃による衝撃でところどころボロボロに引きちぎられた黒いマフラー。
それと絡まるようにして転がった男の首を、クロロは槍を消して立ち上がるのと同時にマフラーごと拾い上げ、3階の廊下から自分の方を見下ろしていたシャルナークに向けてすぐさまそれを投げ渡した。
つい反射で受け取ってしまったが、手にした黒い塊の中身が今の今まで喋って動いていた男の首であることに気付いたとたん、シャルナークは「うっわ、」と声を上げる。
クロロはそれから、赤い鎧の死神を見る。
そのがらんどうの肋骨の前―――懐には、音速の三叉槍によって肩口から胸にかけてが抉れ飛んだ首なしの死体が、血を吹き出しながらに2本の骨の腕に支えられた状態で立っていた。
見ていると、やがて死神は再びその首なしの死体の脚をぎしぎしと動かし始め。
肩からもげかけの腕の先に握った銀のナイフをゆっくりと持ち上げながら、無防備な格好で傍に立つクロロを――――無視するように、3階に立つシャルナークへと狙いをつけ4本の血濡れの骨の腕と死体の脚とを以って一気に駆け出した。
「…なるほど。やはり目的はそれか」
死神の狙いから外れたことで、クロロはそう呟き、手に持っていた本をぱたりと閉じる。
「死後も辱めを受けないように、緋色の眼を潰しに行くわけだな…。解除条件はおそらく『緋の目』の喪失…か?制約は流血。死後強まる念によって死神の存在はプロテクトされ……、よく練りこんであるな」
「うわわ…っ!?ちょっと、団長ぉ!?冷静に分析してる場合じゃないでしょこれ!?どうすんの!?」
首なしの死体から吸い上げたであろう血をその骨の身体からぼたぼたと吹き出しながら、猛烈な勢いで壁を伝い迫り来る赤い死神。明らかにさきほどまでとは動きの速度が違っていた。
生身の体ならば大きな負担となるような動きでも、その壊れかけの体には関係ないとばかりに"それ"を操りシャルナークの方へと一気に飛び掛かってナイフを振るってくる。
その上で、その首なし死体の背後よりさらに伸ばされる4本の血濡れた死神自身の腕。
それに慌てたシャルナークが、男の首をマフラーごと抱えたまま3階の廊下を逃げ出した。
逃げるシャルナークを、赤い死神は2階ホールから3階の廊下によじ登ってさらに追い始め。
それを確認した後、クロロは近くで呆然と―――振り上げた拳の行き先を突然失い、そのままポカーンとした表情で立っていたウボォーギンに、視線を向けぬままで指示を下す。
「ウボォー」
「…おう?」
「ガラクタだが、待ち望んでいたお相手だ。…粉々に吹き飛ばして終わらせてやれ」
そう言ってクロロは赤い死神を顎で指す。
するとウボォーギンは「おおっしゃあ!!」とその並びの良い歯を見せて歓喜した。
「だが返り血には気を付けろ、浴びるとオーラを絶たれる。…もうロクに身体には残っていないだろうがな」
「―――ちょっと団長!オレは!?気持ち悪いからこれ、団長も持ってよ!」
死神の猛追を振り切りながらシャルナークが、手に持ったマフラーくるみの首をクロロに見せつけるように掲げてそう叫ぶ。
「…無理だ。オレはもう一つ別の用がある。その手の中の『お宝』を死神に取り返されないよう気を付けて、全て済むまでうまく逃げおおせろ」
「ええ―――っ!?全てって、それ、いつまで!?」
「早く済むかはウボォー次第だな。頼んだぞ」
「おおよ!待ってろシャル!!」
そう叫んで揚々と死神を追い、駆け出したウボォーギンをクロロは最後まで見届けることなく歩き出した。
血の海と化した床の上に倒れ伏すレヤードの元へと。
傍にはすでに、マチとノブナガがしゃがみこんでいた。
「…マチ。念糸は使えるか?」
「ああ。アタシはまだ数滴、顔に受けただけだったから。血を拭って、その手袋を捨てたらオーラは戻った。万全じゃないけどね」
床に投げ捨てた手袋の残骸を肩越しに親指で指差して、マチはクロロへとそう答える。
「オレはまだ駄目だな。あれの首が飛んだあと身体の自由は利くようになったが、オーラの方は全く。あの鎧武者に掛けられた血もべったりだ。着物に飛んだのはともかく、肌についた部分も拭ったって取れやしねぇ」
体に付いた血をごしごしと袖で拭ってみせながら言うノブナガ。
しかしどういうわけかその血を拭うことはできず、困ったようにノブナガはクロロに肩をすくめてみせる。
「受けた血の種類と量とで効果が変わるのかもしれないな。まあ今はそれもいい。…お前の念糸縫合でレヤードの治療はまだ可能か?マチ」
「…傷を縫うのはね。できるけど。その後の事はレヤードの生命力次第だね」
「それで構わない。とりあえずやってみてくれ」
「了解」
ノブナガの手を借り、うつ伏せのまま動けずにいたレヤードの身体を仰向けの体勢に変えさせた。
レヤードもまたノブナガと同じく、オーラを封じられてはいたが体の自由は利くようになっていたらしい。
体勢を変えた際に喉に流れ込んだ血を身体を折ってゲホゴホと苦しそうに吐いて、もう一度その長身の身体を床に投げ出す。
身体にはあちこち刺し傷があり、赤服の下の白いシャツを真っ赤に染め上げていた。
…が、やはり一番最初に刺されたところが最も深手なのだろう、そこを強く手で押さえながらレヤードはゼイゼイと荒く短い息を吐く。
「レヤード」
とレヤードの頭側に片膝をついた格好でクロロが声をかけてくる。
するとレヤードはゆるゆるとその翠緑の瞳をクロロに向け、そして苦悶の表情ながらもその口元には薄く笑みを浮かべてみせる。
「…ひ、へ…。ごぉんめ……だんちょ…。だんちょの…欲しいの……オレ、また…しくっちゃ、て……」
「そんなことは無い。お前のおかげで最高に良い状態のものが手に入りそうだぞ?…良くやったな、レヤード。褒めてやる」
「…ほ、んとぉ〜…?ふっ、へへ…。なら良かっ…、けどさぁあ…?あっぐ…」
「もう喋るな。体力を消耗する」
そう言ってクロロは、レヤードのおしゃべりを止めようとするかのようにその頬にそっと手を寄せる。
血の気の失せた冷えた頬に、クロロの手の温度が温かく伝わって。
レヤードは「…フヒ、」と余裕なく小さく笑った。
「……マチぃ…、ど…?オレ、死ぬぅ?…死にそ…?…ここで、終わりかなァ…?」
「喋るなって団長が言っただろ。アンタみたいなバカ、殺したって死なないんだから。今縫ってやるからもうちょっと気張ってな」
「…は、ぁあーい……」
そう返事を零して、レヤードは苦痛で眉間にしわを寄せたまま、疲れたように目を閉じる。
クロロがもう一度「レヤード、」と声をかけると、レヤードは"まだ起きてるよ"とばかりに「んん〜…?」とわずかに声を出した。
「少し急いだ方がよさそうだな」
「だけど縫うにしても中までヤラれてんならこのままじゃ無理だよ。…コイツの腹、少し割けるか?ノブナガ」
「ぁあ?…そりゃ…、まぁ出来っけどよぉ…」
自身の腰の刀に視線を落とし、ノブナガはマチの提案に『マジで言ってんのか…?』とばかりに汗を垂らす。
しかしその間にクロロはさっさとレヤードの血まみれのシャツを素手で引き破り、腹を押さえていたレヤードの両腕をバンザイの状態に押さえ込んでしまった。
何事かと、迷惑そうにレヤードが瞳をわずかに開ける。
「オレが押さえる。ノブナガ、正中線に沿って刃を入れろ」
「…っか〜〜……マジかよ…」
「一旦腹を捌くぞ、レヤード。麻酔は無しだが、動くなよ?」
「……えぇ…?…なァに、ぃい〜…?」
「じゃ、脚はこっちで押さえるよ」
「…ぁえ、…そこ…、マチにぃ…、乗られた、らぁ〜……ゲホ、…チンチンムズムズしちゃう、からぁあー……降りて、ぇえ〜〜……?」
「その元気があるなら大丈夫だな。…ノブナガ、もういいから掻っ捌いてやって」
「あーあーわかったよ。ったく…」
レヤードの腿の上に乗り上げオーラの糸を構えるマチ、そして両腕を押さえ込んだクロロを見て、ノブナガも腹を決めたらしい。
腰の刀を抜いて、その冷たい切っ先をレヤードの腹の中心へひたりと当てた。
「ぇえ…?なにィ?これぇ…?まじでぇえ〜〜…?…ホン…ッ、えぇー……なにこれぇ…マジ…ぃい…?」
訳が分からない内に訳が分からない状況にされて、レヤードが困惑の声を上げている。
しかし逃げようにも、もう身体のどこにも力が入らない。自力ではもはやクロロの腕もマチの存在も押しのけられない程にレヤードの身体は弱っていた。
「レヤード」
ノブナガの刃が腹に入る寸前、クロロの漆黒の瞳がレヤードの頭側から逆さまに、その濁った翠緑を見下ろした。
玉の汗を額に浮かべ、早く短く息をするレヤード。もはやまともな返事をすることもできずに、ただゆっくりと瞳を動かしてクロロの視線に応える。
「まだ死ぬなよ?この後、皆で祝杯を上げるんだ。乾杯まで、まだ死ぬな」
「…ぅ……ひ……それ…はさぁ、…っは、……めい、れ〜〜…い…?…ね…、だんちょ……」
「ああ。お前の死に所を決めるのはオレだ。いいなレヤード?まだ死ぬな。―――団長命令だ。次に破ればどうなるか、言ったはずだぞ」
「……ぅふッ!?…グフッ!くひっ。……うひ…ひ……フヒヒ……っひ、……ふひひひッ…」
笑顔で言うクロロに、レヤードは咳き込むように吹き出し、それから力無く歯を見せて笑い出した。
――――いや、もう笑うしかないのか。
平然と腹を切ると言う。死ぬなと言う。それを破れば制裁だと言う、自分を見下ろす男の不敵な笑顔に。
「……返事は」
「…りょ…☆」
今一度のクロロの問いかけに、薄く笑ったままそう短く呟いて、そしてレヤードは今度こそ気を失うように目を閉じた。
クロロは自身の下で伸びた男のそのあらわになった血みどろの胸の上下がまだ止まっていないことを確認し、ノブナガとマチに向かって無言で頷く。
それを合図に「…んじゃ、いくぜぇマチ?」と構えたノブナガに続いて、「良いよ。一瞬で塞いでやる」とマチもまたオーラの糸をその手に構えた。
「………言葉を失うとは、まさにこのことだな…」
陽も落ち、蝋燭の灯のみが暗い室内を照らす中、クロロは男の首を手にそう呟く。
プラチナブロンドの奥の、血に汚れた白い顔。そこで爛々と輝く、深い深い緋の発色を目にしながら。
そこへ「…団長。」とシャルナークが、灯りをつけた燭台を手に部屋の扉を開けて入って来た。
「団長が言ってた、3階ホール奥の家族の肖像画。あれね、目のところに宝石が埋め込まれてるみたいだった」
「…そうか」
「そうか…って…」
「もう興味が失せた」
「は!?」
両手に抱えた首と向き合ったまま、ちらりともシャルナークの方を見ずに、かつ事も無げに言うクロロ。
さすがにシャルナークだって不平の一つも言いたくなる。
「こんなとこまで連れてきて今さら何言ってんの?こっちは死ぬ思いまでしてんのにさ!」
死神に追いかけ回されたことを指し、珍しく強い口調でシャルナークがクロロに食ってかかる。
ウボォーギンの得意の一撃で、赤い死神がその手に抱えた首なしの死体ごと跡形もなく散った……その後。
シャルナークはその廊下の先でマフラーくるみの首を抱えたままへたり込んでいた。
決死の追いかけっこから逃げ切り、安堵の息を吐いていたら―――
そこへやって来たクロロに、ねぎらいの言葉もそこそこに守った『お宝』をさっさと持っていかれてしまった。
その背中に引き留めの言葉を掛けたものの、男が背負った逆十字が止まることは無く。
翻ったコートが曲がり角に消えたと同時にドッと疲れが出たのは言うまでもない。
「も〜〜〜…」とため息をついて、それでもシャルナークは当初のクロロの目的だった3階ホール奥の肖像画を見に行ったのだ。
…団員としての義務感だろうか?
いや、ここまで来てもう手ぶらなんかでは帰れない、という強迫観念だったかもしれない。
それと単純に好奇心。
『目の色が変わる』なんて聞いた妙な絵の話。その真偽を、クロロだけでなくシャルナークもまた自身の目で確かめてみたくなっていたから。
見に行った肖像画には、城主だろう男とその妻、幼い娘の姿があり。
その瞳の部分には、それぞれ色の違う宝石が埋め込まれていたようだった。
――――そんな話を改めて聞かされ、クロロはシャルナークに「苦労をかけたな」と今一度笑顔でねぎらいの言葉を掛ける。
それでシャルナークもある程度は溜飲を下げたようだった。
「……ホーント!苦労したよ今回は!」
「…だが、"これ"以上に価値ある『お宝』など、ここにはもう存在しない。…そうだろう?
瞳の色が変わる肖像画か…。この緋の目の前では、児戯にも等しい滑稽なまやかしだったな」
そう言ってクロロは、手に抱えた首をさらりと撫で、再びその緋色の瞳へ見入ってしまう。
そんなクロロの姿を見て、シャルナークは「ハー…もう!やってらんない!」と声を上げて燭台を持つ手とは反対の手に持っていたワインの瓶を持ち上げた。
燭台を近くの暖炉の上に置いて、部屋に遺されていた調度品の棚の中から一組のワイングラスを探し当てる。
「…なんだそれは」
「地下の隠し扉の奥に、死蔵の酒蔵があったの!ノブナガとウボォーが見つけた。80年以上前のヴィンテージワインが眠ってたんだよ!
他にもコレクター垂涎の年代物がわんさかコレクションしてあった。サザンピースあたりに持ってったら1本1千万以上の良い値段がつくよきっと!」
……などと口では言いながら、シャルナークはそのワインをきゅっきゅと無遠慮に開けてしまう。
「…飲むのか?」とクロロが訊くと、「そりゃー飲むでしょ!」とヤケクソ気味に言われた。
「オレはコレクターでもトレーダーでもなくて、盗賊だもん。飲むよ。…あーいい香り。
―――飲まなきゃやってられないだろ!一番危ない仕事オレに押し付けてさぁ!ホントならあんなのはレヤードの仕事なんだから!」
そう文句をつけ、作法もそこそこにシャルナークはグラスに注いだワインをグッと一気に口にする。
ウボォー達ならともかくお前がそんな飲み方なんて珍しいな、とばかりに自身を見るクロロの視線に気づいては、「…クロロも飲む?」と少々ジト目気味に聞いてきた。
「ああ、」と頷くと、シャルナークはグラスを持ってきて、傍のテーブルの上でそれを注いでくれる。
「……で?どうなのさ、そのレヤードは」
見届ける前に逃亡劇に身を投じたシャルナークが、「あいつちゃんとまだ生きてる?」と訊いてくる。
「傷はマチが全て処置した。今は眠っているが、そのうちケロリと起きてまたあのうるさいおしゃべりを始めるさ。あれはそう簡単に死ぬタマじゃない」
「あはは、すげー信頼。おしゃべりとか想像つくとこがまたw」
今までの不愉快そうな態度から一変、いつもの笑顔を浮かべ笑い出したシャルナークに、『…機嫌を直したか?』とばかりにクロロもフッと笑みを零した。
「んじゃレヤードは良いとして、あとはそれ。その首はどうすんの?せっかく手に入れても、道具も薬品もないのに完璧な防腐処理は無理じゃない?
必要なもの揃えられるような大きな街まではオレ達の足でもかなりあるよ?傷んじゃうんじゃない?」
ワインの注がれたグラスをゆるりと回しながら香りを楽しんでいるクロロに、シャルナークもまた立ったままグラスを傾けながらに尋ねる。
「…まあ、この男としてはそれこそが狙いだったんだろうな。レヤードを尾けていたという2週間程…。あいつ1人、その間いくらでも仕掛ける機会はあっただろうに。
この場所で、仲間と合流してしまったのも承知で『やろう』と決めたのは、ここが人里離れた場所だったからなのだろう」
「ん?」
「レヤードを殺せれば良し。最悪、自身が殺され、瞳に気付かれそれも奪われ、死神も通用しなかった―――
まあ実際そうなったわけだが、その場合でもこの人里離れた場所でならエンバーミングの手段も無く、死後までも辱められることは無いだろうと踏んだからなのではとな」
「………ナルホド」
目を虚空に泳がせ呟いたシャルナークをよそに、クロロはグラスに口をつける。
「もしかしたらレヤードが殺したという女の方もクルタの女だったかもしれない。もしかしたら…というかその可能性の方が高いか。幼い頃から一緒だったと言っていたしな」
一口飲んで、クロロは言う。
その黒い瞳に、ワインの『赤』を映しながら。
「うーわ、そりゃもったいないことしたねー」
「本当にな。いつかあいつにはもう少し物の価値というものを叩き込んでおきたいところだ」
「はは。入りきらないんじゃない?あの頭には」
殺すことだけで目一杯でしょ、とシャルナークは笑う。
「ふ…、そうかもな。…だが今回はあいつのその殺人嗜好のおかげで、思ってもみなかった最高の『お宝』が手に入った。まさかクルタの人間を引き当てるとはな。本当に引きの強い奴だ。
あいつのギロチンなら、それこそもっと切り口まで美しく処理出来たんだが…。まあ良しとしよう」
グラスをテーブルに置き、クロロは再び両手で首を持ち上げた。
巨大なオーラの槍による、スピードと質量を以っての力業で飛ばしたその首。
"あの日"以来、何度も目にしてきたレヤードのあの能力の切れ味を思い浮かべながら、『やはりあいつのように上手くはいかないな』とクロロはそのいびつに抉れ飛んだ首の傷を眺める。
「…じゃあ思う存分この場だけで楽しんで?…ホントもったいな。」
保存が無理じゃ、あとはこの刹那に楽しむぐらいしかできないね?とシャルナークは言う。
するとクロロはそのシャルナークに、「いや、お前たちの見つけた酒蔵があるだろ?」と青年らしい無邪気な顔を覗かせ笑いかけた。
「一旦酒樽にでも詰めて持っていくさ。街までの一時保存ならそれでなんとかなるだろう。あとはレヤードの目覚め次第だが、首の事を考えるとなるべく早くにここを発ちたい。…ウボォーにでも運ばせるか」
「…え?どっちを?」
それって酒樽?レヤード?と……わかっている癖にわからないふりをして、半笑いの顔でシャルナークが尋ねてくる。
「…レヤードに決まってるだろう。オレよりデカい男をオレにどうやって運べと言うんだ?」
「あははは。いや、背負ってあげればいいじゃん。レヤードのおかげでしょ?それ手に入ったのも。『ご褒美』あげたらどう?団長の忠実な『犬』に」
皮肉のつもりでシャルナークは言うが、クロロもまたそれが皮肉である事をわかっていて、「…そうだな。そうかもしれない」とそれに乗ってきた。
「ただ、あいつへの褒美となると用意できる種類が1種類しかないんだ」
「はは、確かに。でもレヤードが喜ぶなら、それで良いんじゃない?」
「…ふむ。次の仕事は少し派手にやるか?……考えておく」
城主の私室と思われる広い部屋の真ん中。
流星街なんかでは望むべくもない、分厚い天蓋で区切られた大きなベッドにレヤードは寝かされていた。
シーツを割いて作った包帯が、今はレヤードのシャツ代わりになり。
地の赤と血の赤でまだらに染まったいつものレヤードの赤服が、毛布の上からレヤードの体へと掛けられていた。
血の気の失せた顔でぐったりとベッドに沈むレヤード。
その寝顔を、マチはベッド脇に立った状態でじっと静かに見守っていた。
そんなマチに、後ろからノブナガが中身の入ったワイングラスを片手に話しかけてくる。
「…コイツにもこんな静かな時があんだなぁ。なーんか調子狂うぜ。なあマチ?」
ほれ、とワイングラスをマチに差し出し、ノブナガが機嫌良く笑う。
「アタシはいいよ」とマチが答えると、ノブナガは「まぁそう言うな。ここ置いとくぜ?」とワイングラスをそばの棚に置いた。
「そうだぜ。このバカが晩メシどうしようってあんな言ってたから、せっかくオレがイノシシ獲って来てやったのによう。とっとと起きろってんだ」
串刺しの焼いた肉を頬張りながら、ノブナガと同じくベッド脇に寄って来たウボォーギンが、寝ているレヤードの鼻先をピッと指ではじいてそんなことを言う。
薄暗い部屋の中に煌々と灯る暖炉の火で、適当な大きさに切られた肉の串刺しが何本も炙られていた。
暖炉の前には、ウボォーギンとノブナガが開けたであろうワインの空瓶がすでに何本もゴロゴロと床の上に転がっている。
その有り様を『相変わらずのんきな連中だね』と冷めた目で眺めながら、しかしマチもまたそれを咎めようなどと思うことは無かった。
――――寸分違わず、傷はこの手で縫い留めた。それ以上、自身に出来ることはもう何もない。あとはレヤードの気力次第。
いつ目覚めるともしれないレヤードを待つ間に、ノブナガ達が飲み始めてしまったのも仕方ないと言える。
レヤード自身もマチと同じく強化系と隣り合う変化系の能力者なのもあって、元々体力はある方だが――――
それでも回復は五分五分だろうとマチは見ていた。少し血を流しすぎているように思う。
「(…ま、とはいえこのバカがこんなことで死ぬなんて有り得ないんだけど)」
レヤードの整った寝顔を見ながらマチは一つ息を吐き。
「とりあえず、もう少し寝かせといてやろう」
そう言って、ウボォーギンとノブナガをベッドの傍から追いやろうとその背中を押したとき。
「どうだ?レヤードは目覚めたか?」
とクロロとシャルナークもまたワインの瓶とグラスを手に部屋に入って来た。
「まだだよ。てかなんで全員でここに集まってくんの」
酒盛りだったらよそでやんなよ、とマチがぼやく。
縫合の後、マチはノブナガに手伝ってもらい、レヤードをこの部屋のベッドへと運び込んだ。
クロロはレヤードの治療が無事済んだ時点でいなくなり、ノブナガもまたマチの「血が足りないかもしれないね」という言葉を聞いて「じゃ、なんか精のつくモンでもないか探してきてやるよ」と部屋を出て行った。
しばらくして戻って来たと思ったら、ノブナガは両手にワインを。
それに連れ立って、ウボォーギンがイノシシを片手に、もう一方の手にはやはりワインを大量に抱えて上機嫌にやって来た。
そして今また、クロロとシャルナークだ。
「それはもちろん、気になるからな」
言いながらベッド脇に歩き寄って来たクロロ。眠るレヤードの額に手を当てる。
シャルナークは一旦マチの方を見て手を振って。そのままウボォーギンとノブナガが座り込んで酒盛りの続きを始めたその横へと、まっすぐに歩いて行って座り込んでいた。
「…こいつがこんなに大人しいなんてな。なんだか可笑しな感じがするな?」
「ノブナガもさっきおんなじ事言ってた」
「まあ、誰でも思う事か」
小さく笑って、クロロは額に乗せていた手を滑らせ、今度はレヤードの右頬に棲む「4」ナンバーの蜘蛛に触れた。
昼間、あの青年の手によってナイフで裂かれたはずのそれも、マチが縫い合わせたのか元通りに傷は塞がっていた。
それからクロロは、マチが「…なにやってんの?」と見ている中、しばらくその寝ている犬の頭をあちこち軽く触れる程度に撫でていたが――――
やがてそれにも満足したようでくるりと踵を返し、暖炉前に陣取る男たちの中へと行ってしまった。
「何の意味があったんだろ…」
変な関係。と呟いてマチは、他の男たちと同じく暖炉前の床に座り込んだクロロの、わずかに楽しんだ風情の横顔を見る。
ベッド脇に残ったのはマチ1人だ。
「…ま、団長も気にしてる事だし、アンタもとっとと目ぇ覚ましなよね。ノブナガじゃないけど、アンタが静かだとホント、調子狂うよ」
眠るレヤードに手を伸ばして、ちょん、と鼻先に指で触れる。
それからマチはくるりとレヤードに背を向け、ベッドのへりに腰かけた。
先ほどノブナガがそばの棚の上に置いたワイングラスが目に入ったので、それに手を伸ばす。
脚を組み、男共の豪快な笑い声をBGMに、1人静かにグラスのワインを揺らしていると―――
「………マチ」
と小さく掠れた声がわずかに耳に届いて、マチは後ろへと振り返った。
「……いーね…、みーんな、楽しそ…」
うっすらとその翠緑の瞳を開け、わずかに笑みを浮かべてレヤードが呟く。
するとマチもまたそれと同じように、少しだけその口元に笑みを見せた。
「…ホント、しぶとい奴だねアンタ。絶対死んだと思ったのに」
「…フヘ…、まーぁねぇえ〜〜…?まだ全然…死ねねぇっしょ……?マチのテーソーとかぁ…?奪う日まではさあ……」
「黙れ」
「ウッふ」
思わず顔面に拳を落としてしまった。
レヤードはまだ万全ではない身体をのろのろと動かして、手で鼻を押さえ、プルプルと涙目でマチを見る。
「…冗談でもそういうのは止めな」
「冗談、じゃ…、ねーンだけどなぁ……。オレ、他の女は無理だけどぉ…、マチとなら…そういうの……。チューとかぁ…??わかんねーけど、なんかそういう……エッチなの、とかも……きっとできそな気がするんだァ……」
「アタシは絶対に御免だね。…下らない事はいいからさっさとその口閉じてもう1回寝な。治るもんも治らないだろ」
「…はぁーい…。ごめぇーん…」
そう言って、レヤードは素直にマチの言う事を聞いて目を閉じる。
その顔を見て、マチは小さなため息を吐いた。
……懐かれているのは知っている。
団長のクロロ以外では、旅団の中では自分が一番レヤードに懐かれていることもマチは十分気付いている。
そしてそれが、おそらく"恋心"に近しい感情を持っての事も。
――――レヤードは元々、気分任せの無茶な特攻とまあまあの油断から来る小さな怪我の多い奴だった。
マチはレヤードがそうやって怪我を負うたびにクロロからその手当てを任されていた。
いつかにノブナガの口から出た「なんだ、いちいちうっとーしい。お前らもう最初からペア組んどけよ」という余計な一言のせいで、ついにはレヤードがメンバーとして仕事の場に集まった際には常にそのお守りを任されるようにまでなってしまった。
入団してすぐの頃はずっと、自らの手当てをするマチの姿を不思議そうにその高身長で見下ろしていたレヤード。
いつからか、手当てが終わると子供のような笑顔で嬉しそうに笑いかけてくるようになった。
レヤードが入団した際、一度マチは「どういう奴なのか?」とレヤードを連れて来た張本人であるクロロに問い質したことがある。
「食うのと、寝るのと、殺す事以外知らない奴だ。色々教えてやってくれ」
と、クロロはマチに指を3本立てて見せながら、薄く笑って言った。
マチがわずかに眉間にしわを寄せると、クロロは続けて―――
「…オレ達と同じさ。流星街(あのばしょ)で生まれて、ずっとそういう風に育ってきた。それだけだ」
そう語った。
流星街の最底辺の悪所で―――リサイクルできる資源さえ取り尽くされ、乾いたヘドロのようなゴミだけが幾層も折り重なるあの場所で―――
自分以外の動くものはすべて、『奪い来る者』か『奪っていい者』。
中央から流れて来るわずかな物資を奪い奪われ、自身が武器を取らなければ叩かれて奪われ、死ぬだけの場所。
そこを、長く1人で生き抜いてきた男―――
そんなレヤードが、仕事上の事とはいえ…あくまでもペアの相手として、例えマチの側に"そんなつもり"が全く無くても―――それでも「今日は油断するなよ」と声をかけて、怪我をすれば傷の手当てをしてくれる。
そんな存在に、徐々に気を許し、惹かれたとしても何もおかしなことではないのだろう。
レヤード自身はきっと、生まれて初めて自身の中で芽吹いたであろうその感情が一体何であるか、何一つ知りもしないのだろうが。
あの殺人趣味とおしゃべりはうっとおしいと思うが、殺すこと以外の欲求に幼稚なレヤードからの純粋な好意自体はそれほど悪くも感じない。
素直に言う事だって聞く。
昼間クロロがしていた下らない話を思い返せば、性欲任せに「好きな女の子」とやらを無理やり襲うような奴でもないのだろうし。
襲ってきたところでもちろん返り討ちだが、それでも犬のように後をついて慕ってくるぐらいなら別に構わないとマチは思う。
……とはいえ最近は誰が教えたのか、前よりも露骨なアプローチが増えてきた気がしなくもないが。
物を知らないレヤードのあしらいは簡単だからいいものの、……誰だ、このバカに余計な知識を吹き込んでるのは。
誰か知らないけど今度見かけたらとっちめてやる、とマチが静かに拳を握りしめていると。
「…マチさぁ…」
と、レヤードが目を閉じたままの格好でぽつりと呼びかけてきて、マチは視線をレヤードへと戻した。
「なんだ。また下らない事言ったら今度は殴るだけじゃ済まないけど?」
憤りの感情を引きずったままつっけんどんにそう返すと、「んー…、じゃあやめよかな…」とレヤードは苦笑を零す。
「うっとおしいね。聞くだけ聞いてやるから言ってみな。…なんだ?」
「ん―――…?んんー……マチはぁ…、オレが死んだらさぁ……、泣くぅ?…って」
「…下らない事…。泣かないよ。アンタこそ、仲間が死んだって泣かないだろ」
そう言うとレヤードは閉じていた目をうっすらと開けて、そこにある翠緑でマチを見てきた。
「…んー?…そうかなぁー…。んんー……?」
視線を天井に動かしながら、珍しく少し考えるそぶりを見せるレヤード。
そのうちに「あー…やっぱごめん、変なこと聞いてるな…。ごめん…」と言葉で謝って来た。
「…オレも…泣かねーかな…、泣かねーわ……。無理…、マチが死んでも、オレだってきっと泣かねぇもん…」
勝手に殺すな。とマチは思いつつ。
「…だったらつまんない事訊くんじゃないよ。アンタが泣けないなら、旅団の誰だって、アンタが死んでも泣かないだろ。自分が出来もしない事、他人に求めんなドクズ」
そう言うとレヤードは再び目を閉じて、「…フヒ」と小さく笑った。
「そーだねーぇ…。言っといてなんだけど、オレもさぁ…、そういうのはぁ…、要らねー…。死んだらそこで終わりだしぃ…。
泣くのとかぁ…。弔いとかは、なんにも要らねーから……。流星街のあのゴミん中に、ゴミみたいに打ち棄ててくれていーからさ……」
「……そこまでは言ってないだろ?あるわけないけど、その時には花の1本ぐらいアタシが供えてやるよ。一応は仲間のよしみで、…仕方ないからね」
「いーよぉ、別にィ…。オレがそれ、もらえるわけじゃねーしィ…?花なんて役に立たねーモンも、いらねーしぃ…」
「…そ。」
呟いて、マチは視線をレヤードから正面へと戻し、視界の端に暖炉の灯りと男達の賑やかに騒ぐ姿を映した。
手に持っていたワイングラスをゆらゆらと軽く揺らし、くっとそれを一口煽る。
「……やっぱさぁ、いつかオレも死ぬことあんのかなぁー…って、思ったんだよね、今日…。つーか、マジで死ぬと思ったモン、今日のはさぁ…」
背中越しにふと聞こえてきたレヤードのそんな言葉。
「…ま、アンタはいろんなとこで恨み買ってそうだし、例えそれが今日じゃなくても、長生きはできないだろうね」
マチは振り返りもせずに、手の中のワインに目を向けたままで淡々とそれに対してそう応えた。
――――殺人趣味の殺人狂。
今日やって来たあの男のように、アンタに泣かされた人間は一体この世にどのくらいいるもんだろうね?とマチは言う。
「フヒヒ…、まーねぇ〜…?でもさぁ…?オレさぁー…、誰かを殺す感触が好きだよ?スゲー生きてる感じするからさぁ…。誰か殺してねーと、オレは"あそこ"で生きてられなかったからさ…」
「その話は団長から聞いてる」
「……そーお?案外おしゃべりなんだなぁ、クロロは……」
「アンタに『おしゃべり』だなんて団長も言われたくないと思うけど」
「そっかぁ〜〜…」
確かにィー、と自分で言ってケラケラとウケているレヤード。
そのレヤードに、マチは「…それで?それがなんだってんだ?」と振り返りつつ訊き返した。
「ん?…うん。でもさ。それだって死んだら終わりだ、って思ったからさ……。
死んだら全部…、何もかも全部、つまんねーゴミになる…。食って寝て…、でも明日の朝には、誰かに殴られて…流星街のゴミに埋もれたまんま死んでてもおかしくなかった…。たくさんそんな奴らの、ゴミみてーな死に様を見てきたんだ…。
だから、生きてるうちはやりたいこと好きにやって…いつでも楽しく生きてなきゃさ…。じゃなきゃこの世に生きてる意味なんてねぇって……オレは思ってるから…。
そりゃいつかオレだって、誰かに殺られて死ぬんだろうけどねぇ?…でもさ、それまでは……バカやって楽しく生きられればいーなァって…。
団長や、マチと…。旅団のみんなとさぁ……。死ぬまで、それまでは、好きなこといーっぱいやって……楽しく生きてられたらって……」
「……ヒトゴロシが図々しい事言ってるね。そんな事改めて言わなくたって……、アンタは何やってても楽しそうだよ。レヤード」
ベッドに沈むレヤードを見下ろし、マチが言う。
その冷めきった鋭い瞳で。
"他人の命を奪う事には何一つ罪悪感も感じない殺人鬼の癖に"、と。
するとレヤードはその美しく澄んだ翠緑の瞳を弓なりに細めて微笑った。
『…笑うトコじゃなくて皮肉なんだけどね』とマチは、口には出さないままにレヤードのその笑顔に向かって突っ込んだ。
「…うん。オレ、なんか楽しーなァ…。マチとこうやって2人っきりで話せたりして…。ひひ…。なんかわかんねーけど、嬉しー…。
今日も生きててよかったぁあーって…マジで思うよ…。…ありがとうな、マチ。いっつも言えてねーけどさぁ…?ありがとな…」
「…なんだ、アンタが礼なんて気持ち悪い。明日には雪が降るんじゃないの」
「ほんとぉ〜〜…?いーね、じゃあ雪ダルマ作ろ?オレ、マチが乗れるぐらいの奴作るからさぁ…」
「そんなの喜ぶと思う?ホント…、馬鹿だねアンタ」
「あ〜〜〜〜〜!!」
突然そんな大きな声が耳に響いて、「うるさいね」とマチは片耳を押さえる。
見ればシャルナークがいつの間にかベッド近くにまで来ており。分厚い天蓋の影で目を開けているレヤードを指差して、
「なんかマチの動きが変だと思ったら!やっぱ起きてんじゃん、レヤード!」と不愉快そうに叫んだ。
「…シャルさんうるさぁいでぇ〜〜す……」
「うわ、レヤードにだけはうるさいとか言われたくないんだけど!」
「おっ?なんだ、やっと起きたのか?このバカ」
「かっかっか。怪我して役得だなぁ、レヤード?マチの奴に優しくしてもらえてよぉ?」
「そんなんじゃないってんだ。ぶん殴るよ」
シャルナークの指摘で、床で座って飲んでいたウボォーギンとノブナガも立ち上がって寄って来て、にぎやかにレヤードを囃す。
クロロもまた「レヤード」とその名を呼びながら、最後に傍へとやって来た。
「目覚めたか?」
「うん…。ごめんねェ、団長…。いろいろさぁ…」
「謝ることはないさ。目覚めて何よりだ。お前のおかげでお宝も手に入ったしな。明日の朝にはここを発つぞ?
一旦どこか大きな街まで行って、それから"ホーム"に戻ろう。お前との乾杯はその後だな」
「え〜〜…?オレは別にぃ、今でもいーいよぉ…?」
「ダメだ。腹をやってる奴には1滴だって酒は渡せないな」
フッと笑ってレヤードを見下ろしたクロロ。レヤードもまた、その翠緑を細めて柔らかに微笑った。
そしてそのまま、少し疲れたのか目を閉じて。
すーっと静かに息を吐いて、レヤードは再びベッドにその身体を沈める。
「おお、なんだよ団長。もう行くのか?…で?オレらはどのお宝運びゃ良いんだよ?なんかデカい絵を運ぶんだろ?」
眠る体勢に入ったレヤードの、その頭をペタリと撫でていたクロロに、後ろからウボォーギンがそうして問いかけて来る。
クロロは顔を上げ、ウボォーギンに向かって「いや、それはもういい。今回はもっと良い物が手に入ったからな」と笑顔で返した。
「あ?いいモノって、あの首の事か?なんだよ団長、こんなトコまではるばる来てあんな気持ちワリー生首1個で満足なのかぁ?
もっと良いモンいっぱいあるだろーがよ。どーせだし酒蔵の酒全部持ってこうぜ!」
「…いやあのね、ウボォー。あれは『緋の目』って言って、すっげーお宝だったりするんだよ?」
「ヒノメぇ?なんだそりゃ?オレは酒の方がずっと良いけどな!」
シャルナークの補足説明に、ガハハ、と笑って返すウボォーギン。
―――その影で、なにやら急に思案の体勢に入ってしまったクロロに気付いてマチは「…団長?」と声をかける。
するとマチのその声に反応したのか、ベッドの上のレヤードもふと片目を開けて。
考え込んでいるクロロの横顔を見ては、「…どーか、したぁ?団長ぉ…?」とそれに続いた。
「いや……。『生首1個で満足か?』…か。確かにそうだな…」
マチとレヤードが不思議そうに見る中、姿勢を崩さぬままにクロロはそう呟いて。
いまだにウボォーギンに対して『緋の目』の価値を分かりやすく説明しているシャルナークに向かって、それを遮るように「―――シャル」と彼を呼びつけた。
「…え?なに?」
「街まで戻ってからで構わない。一つ頼まれてくれ」
「えっ、何…?今日みたいに危ない事じゃないといいんだけど?」
シャルナークが肩をすくめてそう訊くと、クロロは端的に「クルタ族の集落の現在地の調査だ」と"それ"を口にする。
「……え、まさかそれって」
「時間はかかっても構わない。必ず調べ上げろ。―――どうせだ。この際、根こそぎいただきに行こうか」
闇色の瞳をシャルナークに向け、含んだように笑ったクロロ。
シャルナークもまたクロロの言うその意図を、過不足も無く理解して「アイ・サー」と爽やかに微笑んだ。
「レヤード」
「んん〜〜…?」
「喜べ、大暴れの機会をやる。お前の饒舌と、あのギロチンと共にな。お前の怪我が治ったら狩りに行くぞ。…今度は旅団(クモ)全員でだ」
「―――えっ!?マジぇ!!?全員って、スッゲーパーティじゃんそんなの!!ぜぇえ〜〜〜んぶ、殺していいってことォ!?」
「ああ。思う存分な」
「やっ――――!!!」
クロロの言葉に、レヤードはベッドに横になったままだが思いきり両腕を突き上げて飛び上がるほどに喜んだ。
…が、次の瞬間にはそのままの格好で、目を見開いてぴしりと固まる。
不思議そうにクロロが、「…どうした?レヤード」と問いかけた。
「いっった…!!いたった、いたいいたいいたい!!傷開いた!!!」
「……そうか。養生しろ」
「ガハハハ、何やってんだこのバカ」
「まったく…。だから安静にしてろって言っただろ。アタシの念糸にも強度の限界があるんだから」
「そーだぜ?ドテッ腹に穴開けた奴は大人しく引っ込んでろよ!かかか」
身体を折り、腹を抱きかかえるようにベッドにうずくまったレヤードの背中を、ウボォーギンとノブナガが笑い飛ばす。
レヤードは涙目でプルプルしながら、その2人に向かって力無く人差し指を差し向けた。
「そんなん…言ってェ……オレだってゼッテー行くし…!!ぜって、オレ抜きでそんな楽しいパーティさぁあ〜〜〜!??オレ抜きで楽しんだりしたらァ…、お前らホント、マジぜってぇ許さねぇからぁああ〜〜…!!」
「レヤードうるさい。大人しくしないと本当に傷開くよ」
大げさに騒いでないでもう寝な。とマチが言うと、レヤードは「あ…ハイ…ごめんなさい…」としゅんとしてベッドに潜ってしまった。
「…ほんとに痛いのに…」と涙声で呟きながら。
「ったく…、アンタみたいな殺人鬼はさっさと死んだ方が世の中のためにはなるんだろうけどね」
「……フヘヘッ!ざーんねん。案外ねェ〜?しぶといんだぜぇオレ〜〜。こんな傷じゃゼーンゼン死にませんからぁあ〜〜〜?ちゃんと見てろよなァ――マチィ〜?」
ベッドの中からマチの方を指差し、涙目のままふてぶてしく舌を出してレヤードは言う。
「……別に見なくても知ってる」とマチが応えると、レヤードはその頬にある4ナンバーの刻まれた蜘蛛のイレズミを歪め、子供みたいに屈託なく笑ってみせた。
終わり
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すもも