spiritless spider ◆08:180かいのエンジェルスマイル
※原作沿い夢double styleとのコラボです。



テレビモニタのスピーカーから溢れる解説者の声と廊下に溢れる人々(観客、選手入り混じった多くの人々)の声とで、その日その時間の天空闘技場はひたすらガヤガヤと騒がしかった。



人々のつづる物語の中心にいるのは、天空闘技場180階層ではその名を知らないものはいない、1人の青年。


彼が廊下を一歩進むたびに人垣は割れ、彼を避けていく。

避けた人々は皆一様に振り返り彼の背中を見て、こそこそと彼について噂し始める。



男達は畏怖を。

女達は歓喜を。




誰もが―――この天空闘技場に棲まう、"「王」を目指す者達"ならば誰もが願い夢見ているであろうその情景は、

…しかし「彼」にとっては単に居心地が悪いものでしかなかった。







「…やだな、今日もこれだ」

『いつもの事さ、我慢しろよ。じきに収まる』


ちょうど今日の試合を終えたばかりの"180階のエンジェルスマイル"―――もとい、ゼロは、自分の部屋へ向かって長い廊下を歩いていた。

歩きながら、ふう、と小さくため息を吐く。



廊下ですれ違う人たち皆が、自身の後ろでさわさわとさざめいている。


『あいつが"エンジェルスマイル"だぜ』

『あんな弱そうな奴が今日も勝ちやがった』

『次は190階に現れてくれるのかしら?』

『アイツを倒せれば一気にスターじゃね?』

『近くで見ると本当カワイイv』

『一発やっちゃう?あはは』



そういう、自分に関する噂話が耳へ届いて、「………疲れるなぁ」とゼロはため息。




『…ハッ。贅沢な悩みだな、ゼロ。まるで"王様"…、あ、いや、"天使様"か』


ケラケラと笑って"相方"が自分を茶化す。これもいつものことだった。


…目立つのは好きじゃない。

毎日試合のたびに繰り返されるその日常に、ゼロは心底疲れていた。







「はぁ…」


…休みたい。癒されたい。


最近、試合が終わるたびに思う。

「どこか癒されるところに行きたい」と。




………そうだ。明日は試合を投げて動物園か植物園かどこかへ行って来ようか。


ウサギが見たいな。ヤギとか馬とか、おサルさんでもいいな。

ふれあいオッケーな所ならなおいい。ああ、抱きたい。ウサギ。





部屋に向かう間に、ふかふかもふもふの可愛い物をあれこれ思い浮かべて頭の中だけでもちょっと現実逃避。


それだけでいつもはなんとなく癒された気分になって、部屋に戻ってゴハン食べてゆっくり寝て、流されるように翌日〜となっていたのだが、その日はどうやら疲れも限界だったようで。

ふらふら歩いていたのを、突然思い立って「…よし、そうしよう!バスチケット買ってこよう!うん!」とゼロはその場でピタッと足を止めた。



そのとき。








もっふ

「のう!?」

「わひゃあ!?」


いきなりケツになにかが突進してきて、ゼロは前へとつんのめった。






『―――ぶはははは!!何やってんだ、ゼロ!?』

『うるさいな!僕のせいじゃないです!』

頭痛のように響く相方の大笑いに半ば反射的に苦言を返して、ゼロは『一体なんですか!!』とくるりと後ろを振り返る。



振り返ったらそこでは小さい男の子がしりもちをついていて。

鼻っ柱をおさえてしょんぼり眉を下げて、「ごめんなさいー…」と漏らしていた。




か、可愛い…。


ちょうどさっき頭の中で跳ね回っていたウサギがその子とダブって、なんか癒された。





「…えっと、ご、ごめんねボク?大丈夫?怪我してない?」

床に座り込む男の子と目線を合わせるようにしゃがみこんで、ゼロは男の子の前に手を差し出す。

すると。


「うんー、へいきー。おにーさんはケガしてない―――?」


差し出された手がわからないのか、んしょ、と男の子は1人で立ち上がった。

違和感を感じつつ、ゼロも続いて立ち上がった。



『…何だコイツ、目ェ見えねーのか』

『うーん、そうみたいですね…』


目をずっと閉じたままの男の子。

ゼロとその相方は男の子が「目を患っているらしい」ことを認識する。



「ね、どうしたの、こんなところで?迷子?」

いくつなんだろ?と思いつつも、小さな子供に話しかけるようにゼロはやんわりとした口調で男の子に聞く。

そんなゼロに対し男の子も警戒心を抱く事はなかったようで、ぼやーっと間延びした声で答える。


「ん―――?オレ、まいご―――かなー?」

「そっかー。名前はなんていうの?」

「オレはね―――、ラッカーっていうの――――」

「そっか、ラッカーくんっていうの?僕はゼロっていうんですよ」

「ゼロ――――?」

「そうそう」

「ふーん……」


考えるように、口に指を当てるその子。

歳格好の割にずいぶん幼い印象の子だなぁとゼロは思った。



「じゃあラッカーくん。ここに1人でいても危ないし、一緒にお母さん探してあげようか?」

「んー?オレ、お母さんいないよー?」

「あ…、そうなの?ごめんね。じゃあ誰と一緒にここに来たの?」

「んっとねー、サダソがー、『えんじぇるすまいる』を見に行くって言って―――。オレは一緒についてきたの―――」


「あー…、あー、そうなんだ…;」

「そうなんだよ――――」


なんかへんー?と首をかしげるラッカー。



ラッカーの言う"サダソ"が誰かはゼロにはわからなかったが、まぁきっと友達か何かなのだろう。

それよりも何よりもゼロはラッカーの口から飛び出た「エンジェルスマイル」の単語にガックリときていた。

…こんな子にまでその恥ずかしい呼び名を呼ばれたくなかった…。半分泣いたような表情で肩を落とす。



「それじゃあそのひと探してあげようか?どんな人?」

しかし気を取り直して聞く。




「えーとー、背が高くって―――、片手がないの―――」

「……片手がない…の?…どっちの?」

「左手――――」

「へー…」


目の見えないラッカーに代わり、きょろきょろと廊下を見回すゼロ。

しかし該当しそうな人影は見えなかった。




『…おい』

『んー?なんですかー?』


見回していたら相方が話しかけてきた。

ほぼ惰性のようにゼロは返事を返す。



相方は少し考えるように間をあけた後、

『コイツもしかして200階の闘士じゃねーのか?』

と言って来た。





『えー?あるわけないですよー、こんな小さい子がー』

『つーか喋り方うつってる。…だってよー、コイツも目が見えなくて、コイツのダチも左手がねーんだろ?「洗礼」受けたんじゃねーの?』


コイツもダチも。と相方が言う。


だからゼロも少し考えた。




全員が念の使い手である200階の闘士たち。

200階クラスでは念能力者でない人間は絶対に生き残れない。『知らない奴』は必ず、200階に住まう能力者たちから「洗礼」を受ける。

"死んでもかまわない"と打ち出される容赦ない念の一撃。それが「洗礼」だ。


普通のヒトでは耐えられない。たとえ耐えたとしても、その代償は大きい。


手を失う、足を失うなんてことはザラ。

同じように、『光』を失う者もいるのかもしれない。



この子、こんなにちっちゃいのに…?


『可哀想ですようー…』とゼロはぷるぷると肩を震わせた。





「…ラッカーくん!」

「ほ?」


「キミのお友達は絶対僕が見つけてあげますから!だから安心してください!」


ぎゅ、とラッカーの手をとる。ゼロの瞳はなぜか潤んでいたが、ラッカーにはわからない。



「ん―――?そんなに息巻かなくてもー、まってたら見つけてくれると思う―――」

「え…。そ、そーですか…;」


力になってあげようという決意をいきなり折られ、意気消沈するゼロ。

それを知ってか知らずか、今度はラッカーがゼロの腕をとった。


「いす―――。座って待ってよう―――?道の真ん中はー、人が立ってて危ないし―――」

「え?あ、うん」


ゼロの腕を引いて、ラッカーは廊下の端に移動する。

『どっちが子供かわかんねーよ、へなちょこ…』という相方の呆れたため息を聞きながらゼロはラッカーに従った。









エレベーターホールが見渡せる場所に設置された椅子に、ゼロとラッカーは隣同士で座った。

座った後も、ラッカーはゼロの手を握ったまま離さなかった。



(……あー、触ってると安心するのかな?)


自分もそういう経験が幼い頃あっただけに、1人で勝手にそう納得してゼロはラッカーの手を軽く握り返す。

その手の圧力変化に気がついたラッカー。

隣のゼロを仰ぎ見た。


ゼロのニコニコとした笑顔はラッカーには見えていないのだろうが、雰囲気は感じたらしい。

ラッカーも「えへへー」と笑い出した。


そしてもそもそと、ゼロのほうに向かって動き出す。




「え、何?ラッカーくん?」

「んー?ん――――…」


ゼロは首をかしげながらもラッカーの好きにさせる。

最終的にラッカーはちょこんとゼロの膝の上に落ち着いた。


「えへへへー」


嬉しそうな笑い顔をゼロに見せるラッカー。

ゼロもつられてふっと笑った。




後ろから手を回して抱っこしてあげると、ラッカーは喜ぶ。

ラッカーは自分より幾分か大きいゼロの手に自分の手を絡めて、ぺっちぺっちと叩いたり、ゼロの指を人差し指から順番に折ったり開いたりする。



ラッカーのその行動はまったく意味不明、意図不明なものではあったが、しかしゼロはそれに大いに癒されていた。



――――ゼロにとっては動物でも子供でもどっちでも良かったのだ。




(ああ〜…、癒される〜…。)



のほーんと周囲に花を飛ばすゼロ。


いつもわずらわしく感じている好奇の視線も畏怖の言葉も、今のゼロには届いていない。





幸せそうな―――優しげな視線で、何十分と飽きずにゼロは自分の膝の上でウゴウゴするラッカーを見ていた。














(…ちょっと何だよあれ―――;)


柱の影に隠れ、ゼロとラッカーの様子をじっとりと伺う男がいた。

サダソだ。




個人的に因縁のある(とサダソは思ってる)『180階のエンジェルスマイル』。


いつものように彼の試合を観戦しに行こうとしたらラッカーに捕まって、今日は一緒に行く事になってしまった。

――――のはいいのだが、試合も終了し、さあ帰ろうかとラッカーを見るとあの子供は忽然と姿を消してしまっていた。

あわてたサダソはずっとラッカーを探して180階フロアを歩いていたのだ。


やっと見つけたと思ったら、ラッカーは件の青年と戯れているし。

サダソは頭を抱えた。



(いや、でも…)

考えようによっては奴と話すチャンス?



サダソはアイツを、この手で200階の舞台に引きずり出してやりたいとずっと思っていた。

そしてその上で、(おカド違いなのはうっすら自覚しているが)この失った左腕に篭った恨みつらみを奴にぶつけたかった。


でも――――




(なんだよあの空気ッ…!!)


いくらなんでも和みすぎだろ。



明らかにあそこだけ「天空闘技場」という場所から浮いてる。花すら見える。狂ってるとしか言いようがない。

とても自分が出て行ける雰囲気ではなかった。




(んもー、何やってんだよラッカーちゃんってば!)


のほほんとアイツの膝の上で警戒を解いているのか、ラッカーはいつもふわふわ飛ばしてる"糸"を出していなかった。

だから目の見えないラッカーがサダソに気づくこともない。たとえどんなに近くに彼が隠れていたとしても。


結局、夕飯時になって腹をすかせたラッカーがゼロと別れて『あー、そういえばサダソ―――』と気づくまで、サダソの存在はラッカーに忘れ去られていた。



「ひどいよラッカーちゃん…」

「ん―――――、ごめん――――」


疲れたように肩を落とすサダソと、ばつが悪そうに頭をかくラッカー。



ちなみにその後さらに、サダソはラッカーに夕ご飯をおごらされた。

悲しい男であった。










―――――そしてさらに余談となるのだが。


ゼロの相方はというと、ゼロとラッカーののほほんとした空気に5分と耐えられず『………眠い。』と漏らして寝てしまっていた。

殺伐とした"夜"の空気を好む彼にはあの雰囲気はどうやら合わなかったようだ。






そして。

彼とラッカーが出会うのも、さらに時間をおいた別の日のお話なのである。










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ゼロさんはdouble style原作本編突入前、180階で荒稼ぎしていた頃〜みたいな設定です。
当然サダソのことも知りません。

すもも

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ももももも。