「ゼロ。はい、これ」
「…?何ですか?ゴンくん」
ピッと差し出されたのは一輪のバラ。
まだ開ききっていない白いバラの向こうに、満面の笑みを浮かべたゴンくんの顔が見える。
意味がよくわからず、聞き返すとゴンくんは優しく教えてくれた。
「今日ってバレンタインデーでしょ?だからこれ、ゼロにあげる!」
「ばれんたりんでー?」
「あれ?ゼロ知らない?」
「はい、ごめんなさい…」
ジンさんはそういうイベント事には疎い感じの生活してたし、天空闘技場にいたときも毎日ずっと戦いっぱなしだったから。
年行事はニューイヤーのお祝いとハンター試験とバトルオリンピアの日程位しか気にした事はない。
「ううん、謝んなくてもいいけど…。そっか…知らないんだ…」
迷惑だった?と少しバツが悪そうにゴンくんが眉を下げた。
だから、ばれてんでー?…の意味はよくわからなかったけど、とりあえず僕はその白いバラを受け取った。
「これ、僕にくれるんですよね?ありがとう、ゴンくん」
「あ、うん。どういたしまして」
僕が笑うと、それにつられたのかゴンも、少し照れたようにだけど笑ってくれた。
「それで、ばらんたれんでーってなんなんですか?」
「バレンタインデーだよ。大切な人とか大好きな人に、日ごろの感謝の気持ちをこめて贈り物をする日なんだ」
「へー。…で、僕に?」
「うん」
もらったバラをくるくる回すと、いい香りが鼻をくすぐった。
一輪の、純白のバラ。ゴンらしいといえば、ゴンらしいかも。
「そっかー、ありがとうございます。僕、ゴンに大事にされてるんですね〜、うれしいな〜」
「だってオレ、いっつもゼロにお世話になってるしさ。
…島にいたときはミトさんとかおばあちゃんにあげてたけど…今はゼロとキルアが一番かなぁって」
「そうですか…。じゃあキルアにももうあげたんですか?」
「ううん、これから」
じゃんっ!と、今度は赤いバラを見せてくれたゴン。
なんだか情熱的ですね〜。
「えー?だってキルアは赤いほうが似合いそうじゃない?」
「うーん…たしかにそうかも」
キルアは銀髪ですし、確かに白よりは赤のほうが似合いそうです。
「あ。じゃあ僕も一緒に何かあげようかなぁ」
「あ、それがいいよ!ゼロは何をあげるの?」
「う――――ん………お花はゴンくんの二番煎じだし…。お菓子…っていうのも安っぽいかなぁ…。なんにしよう?」
「オレに聞かれても…;」
「……そうですよね。僕、もうちょっと考えてみます」
「そう?じゃあオレ、行ってくるね!」
「はい、いってらっしゃ〜い」
にこやかに駆けて行くゴンの背中に手を振る。
ゴンも、走りながらぶんぶんと手を振ってくれた。
さてと…。ばれんたいんでー、かぁ…。
『……お前は誰かにやるのか?』
今まで黙っていた、僕の中のジャズが突然話しかけてきた。
「うーん、そうですね〜。まずはゴンとキルアと………レオリオとクラピカにも何かあげようっと。
それからジンさんとネテロ会長とサトツさんと……あ、ハンゾーさんと…ウイングさんとズシにもなんかあげたいなぁ。えーと、あとは……そうだ、イルミさんにも試験のときにお世話になった気がするし、それから…うーん……」
空を眺めながら指折り数えていると、ジャズがすごく呆れていたのが感じられた。
『……つか絞れよ、もっと。全員にやる気かよ』
「えー。でも皆さん、いっぱいお世話になってるし…」
「…ねぇ、なんでその中にボクの名前は無いワケ?ゼロ…」
「ふぎゃーっ!?」
いきなりフゥッと耳元に息を吹きかけられて、一瞬で鳥肌がたった。
耳を押さえてその場から飛び退く。
振り返るとそこにはヒソカさんが、あのいつもの薄笑いを浮かべて立っていた。
そしてヒソカさんが手に持っているのは、万本の赤いバラの花束。
………ちょっとまってください。なんかやな予感するんですが気のせいですか?
「はい、ゼロ。ボクからの愛の贈り物♥」
うわあ、やっぱり;
いらないです、とは言えず、目の前に押し付けるように差し出された花束を、僕はしぶしぶ受け取った。
ぶわあっと僕の両腕いっぱいに広がった真っ赤なバラの花束。
一輪ならともかく、こんなにもらっても飾るトコ無いんですけど、これは嫌がらせでしょうか…。
「たまにはボクの愛にも応えてくれよ、ゼロ♠…クク……じゃあね。待ってるよ、お返し♥」
「お、お返し…?」
そう言う間に、ほっぺたに軽くキスを落とされた。
ヒソカさんが去った後に残されたのは、呆然とした僕と、両手いっぱいの赤いバラの花束だけだった。
とぼとぼと、泊まっているホテルに向かって僕は歩いていた。
とりあえず、ヒソカさんからもらった花束を置いてこようと思って。
こんなにもらってどうしよう、とか……まあ花束の処遇は後で考えよう。
これからキルアたちにあげるものを買いに行くにはちょっと邪魔なので、部屋に置いてくる。
ヒソカさんからとはいえ、せっかくの贈り物だし捨てるわけにも行かない。バラの花がかわいそうだし。
そう考えながら歩いていると前から、見覚えのある人が歩いてくるのが見えた。
「や。ゼロ」
「あ、イルミさん。こんにちは」
歩いてきたのは、キルアのお兄さんのイルミさん。
イルミさんはカーネーションの花束を下げて歩いていた。
「すごいね、そのバラの花束。誰かにあげるの?」
「あ、いいえ。……これはもらったんです」
「ふぅん。誰に?」
「……ヒソカさんです……」
思い出したらなんだかどんよりと気分が下がった。
そんな僕を見て、イルミさんが「元気出しなよ」と慰めてくれた。
「これ、あげるから」
「…え。」
差し出されたのは、イルミさんが持っていたカーネーションの花束。
ピンク色と赤色のカーネーションが混じった、大きな花束だった。
「あ、ありがとうございます…;」
「喜んでくれて嬉しいな。今度またウチに遊びにおいでよ。歓迎するから」
「は、はぁ…」
両手に増えた花。いっぱいのバラとカーネーションの赤を困ったように見ていたら、イルミさんの手が僕の前髪を梳いた。
なんだろうと見上げる隙もなく、気がついたら今度はおでこにキスを落とされていた。
『隙だらけだぞ、ゼロ』
「僕のせいじゃないのに…」
イルミさんと別れた後ものろのろと歩いて、今やっとホテルに着いた。
フロントで部屋のカギを受け取るときも、僕の両手いっぱい花は、これでもか!といわんばかりの存在感をアピールしていた。
フロントのおねーさんに、『誰かにプレゼントされるんですか?』なんて聞かれたときは、心が痛くて泣きそうになった。
「はあ、」としか返せなかった自分が情けない…。
だからといって、『プレゼントされました』なんて口が裂けても言えることじゃないし…。
はっきりいってため息しか出ない。
エレベーターに向かう間も、ロビーにいた女性達から好奇と羨望の眼差しをもらう。
それが恥ずかしくて、すごく嫌だった。
僕は足早にエレベーターへと向かった。
『しょうがねーだろ。女共はお前みたいな奴から、一度でいいからそういうの、受けてみたいんだよ』
『どういう意味ですかそれ…』
『セミスウィ〜〜トな王子様からの愛の花束ってやつぅ?』
茶化したようなジャズの言葉がなんかちょっとむかつく。
いいですよ、そういうこと言うならジャズにはなにもあげませんから!プン!
上の階へのボタンを押してエレベーターを待っていると、また誰かがこちらにむかってやってきた。
「待って待って!」
「…シャルナークさん…」
僕の隣に立ったのは、幻影旅団の…シャルナークさん。
手には白いバラの花束を持っていた。
………うん、気のせい、気のせい。シャルナークさんも誰かにもらったんですよ、きっと。ほら、シャルナークさんかっこいいし!
そう思ったのも束の間。シャルナークさんが、持っていた白バラの花束を僕に差し出した。
「ゼロ、ハッピーバレンタイン!」
「あ………はい、ありがとうございます」
………もう持ちきれないくらいに、花束が増えていく。
赤ばかりの花の中、シャルナークさんがくれた白い花がまた見事な存在感を見せてくれる。
こんないっぱいの花が部屋にあったら、明日には香りがついちゃいそうだなぁ。
「ねぇゼロ、またお茶しようね。今度は2人で」
「あっ…」
いっぱいの花束を挟んで、シャルナークさんからも頬にキスをもらう。
しんとしたエレベーターホール。
呆けたように口を開けた僕と周りのお姉さん達を残して、シャルナークさんは「じゃあね」とさわやかな笑顔で去っていった。
チン、とエレベーターの着いた音が、妙に大きく響いた気がした。
「ふ〜〜〜〜〜………、どうしよう、コレ……」
『……オレが"始末"してやろうか?』
「だ、だめですよ、それはお花が可哀想です」
ゆっさゆっさと、大きな大きな花束を揺らしながら部屋へと向かう。
…早く部屋に戻ろう。そしてカギ掛けて今日一日もう誰も来ないことを祈って、こもっていよう。
そう思って歩いていたら、キルアが僕の部屋の前で待っていた。
「あ…。お帰り、ゼロ」
「あ、はい、ただいまキルア」
お迎えの言葉をもらったので、僕はにこりと笑って返した。
キルアは、僕の両腕いっぱいの花を不思議そうに見ていた。
「それ…、どしたの?ゼロ」
「あ…、えっと…もらったんです」
「ふーん…そっか…」
言葉を切ったキルア。
少し顔を伏せたのがなんだか気になった。
何か悪い事言ったかなぁ……?
何だか気まずくて、僕は少し話題を変えた。
「キルアも、ゴンにもらいました?」
「…ああ、もらった。赤バラ」
「そうですか。僕も白いバラを一輪、もらったんですよ」
「ふーん…」
………うーん…。やっぱりなんか暗いなぁ。どうしたのかな?
ラチが明かないので率直に聞くことにしました。
「キルア、何かあったんですか?」
「ん…別になんでもない。………ねぇゼロ」
「はい?」
「これ…、あげる。一輪だけど…受け取ってくれる?」
言って、キルアは僕の前にピンク色のバラの花を一輪、差し出した。
下を向いて、手に持った花だけグッと差し出す。
「…その花束には全然敵わないけどさ。オレのも…、受け取ってよ」
あ、そっか。だから…
「………はい、ありがとうございますキルア。大事にします」
僕がその花をそっと受け取ると、キルアは顔を上げた。
いたずらなツリ目が、少し嬉しそうに…笑った。
「…サンキュ、ゼロ」
「いいえ。それは僕のセリフですよキルア。…ありがとう」
ピンク色の可愛らしいバラの花。とてもいい香りがした。
照れくさそうに顔を伏せて走り去ったキルアの背中。
角を曲がるのを確認して、僕は部屋の鍵を開けた。
ドアを開けて、ふわっと目に入ったのは―――――部屋いっぱいに置かれた花、花、花。
思考が一瞬止まった。
「…………。」
『…………。』
こしこしと目をこすってみても、部屋いっぱいに置かれた花は消えてくれなかった。
『……なんだこれ?』
「…わかりません」
だれですか、迷惑な!足の踏み場も無いじゃないですか!
フロントに電話して聞こうと思ったけど、それよりも早くジャズが何かを見つける。
部屋いっぱいに置かれた花束。それに刺さっていた、カードを。
―――――ハッピーバレンタイン、ジャズ。
クロロ=ルシルフル
ビリッ。
「あ。」
気がついたら手が勝手に、カードを破り捨てていました。
「ジャズ…」
『るせー!聞くな!何も聞くな!!』
「にしても…どうしよう、これ………」
『知るか。』
部屋いっぱいの花束を目に、僕はガクリと膝をつくしかなかった。
おわる…と思いきや続きます
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なんだか愛されてます
すもも