流れる風が、細い髪をフワフワと揺らす。
人気の無い昼間のベッドタウンの中、小さな少女が1人、大きな紙袋を抱えて歩いていた。
歩きながら、少女が少し情けないような、そんな表情で長いため息を吐く。
「…はあぁー…。またやっちゃった…」
カサカサと大きな紙袋に手を突っ込んで中身を確めた。
…あーあ、安いからってまた調子に乗って買い込みすぎちゃった…。
こんなに買ってもしょうがないのになぁ……何やってんだろ、僕………。
青い空を見上げると、なんだかまた無意識にため息が口をついた。
――――『なー、ねぇちゃん。今日は何作るんだ?』
そんなことを言いながら、いつも僕の後ろをくっついて歩いていた小さな男の子。
生意気でわがままでケンカ早くて…、でもどこか甘えたがりだったその"男の子"も、今はもう傍にいない。
―――『ねぇちゃん』
呼ばれて振り向けば、いつもにっこりと嬉しそうに笑っていた。
今はもう、誰もいない背後。
「―――――………。」
ふと、オレンジの詰まった紙袋に目を落とす。
もうずっと長い間、僕は1人で暮らしているのに。………そんなの、わかってるのに…。
それなのに僕はなぜかときどき、"彼"のために服を買ったり、おそろいの食器を二つ買ってきたり……こうやって食糧をたくさん買い込んでしまうときがある。
どうしてかな……。
………もう、後ろには誰もいないって…わかってるのに………。
「………会いたいよ…ジャズ……」
静かなベッドタウンにぽつんと僕だけ取り残されてる。
悲しくなりそうな気持ちを、ふう、とため息と一緒に吐き出して、僕はまたとぼとぼと歩き出した。
「―――うわっ!!」
視界をさえぎる大きな紙袋のせいで前がよく見えなかった。
道路の段差につまづいてバランスを崩す。
「わっ…、とっと…」
何とかバランスをとって転ばずにはすんだ。
だけど、紙袋の中にあったオレンジが2個3個、ぽとりと道路に落ちて転がる。
「あー…」
ころころと道路を転がったオレンジ数個。
―――寂しい。むなしい。情けない。
…なんだよう、なんだかよくわからないけど涙が出てきた。
……いまさら泣いたって仕方がないことなんだけど………。
ぐしぐしと袖で涙をぬぐって、気を取り直す。
オレンジを拾おうと思ったけど……紙袋が視界をふさいでてどこに落ちたか見えないし……; はぁー……。
とりあえず大きな紙袋をおろそうとひざをつくと、同時に背後から「大丈夫?」って声がかかった。
――――――ねえちゃん大丈夫か?
(ジャズ…?)
遠い記憶の中に残る声が、耳の奥でなつかしく響く。
いたずらっぽく笑った男の子の笑顔が思い出されて、僕は少しの期待を抱いて振り向いた。
でもそこには思い描いた子とは違う、金髪の男の人がしゃがみこんでいて、落ちたオレンジを拾い上げてくれていた。
(ジャズじゃ……なかった…)
金髪の…二十歳前後の男の人。
…誰だろう?見たことないからこの辺の人じゃないよね。
旅行者…?にしては軽装だなぁ。まぁ僕には関係ないけど…
「はい、これ。…平気?」
「あ…はい、ありがとうございます。僕は平気です」
男の人の手を借りて立ち上がる。
拾いあげたオレンジを、男の人はポンと紙袋に入れてくれた。
「あの、ありがとうございました」
「どういたしまして。…おっと」
ぺこりと頭を下げてお礼をすると、また紙袋からオレンジがポロンと紙袋からこぼれた。
それを中空で受け取って、男の人は楽しそうに笑う。
「あはは、このコよほど歩き回りたいんだね」
「そうみたいですね。…僕、嫌われてるのかな?」
「クスッ、そうかもね」
「うーん…ひどいコだなぁ…」
紙袋を足元に下ろし、男の人からオレンジを受け取る。
表面を袖でごしごしとぬぐって、それを彼の前に差し出した。すると男の人は不思議そうな顔で首をかしげた。
「…? くれるの?」
「はい、貴方が好きみたいですから」
「…へっ?」
「だから貴方がおいしく食べてあげてください」
「えっ…。あ……あ、ああそういう意味か…;」
「はい?」
「いや、こっちの話…; …じゃあありがたくいただくよ」
「はい。…良かったですねー、オレンジくん」
男の人の手に渡ったオレンジをなでていると、そんな僕を見てくすくすと彼は笑っていた。
笑顔のかわいい人だなぁ。…うーん、男の人にかわいいって言ったら失礼かな?
「面白いね、君」
「そうですか?」
「うん、自覚無い?」
「うーん…」
よくわからないです、と苦笑いを見せて僕は足元の紙袋を拾い上げる。
そしてガサガサと中身を整えて、持ち直した。
「あ、行っちゃうの?」
「はい、ありがとうございました」
「うん…」
頭を下げようと思ったけど、また紙袋の中身が落ちちゃうと思って、僕はただ彼に笑顔を投げた。
トコトコと歩き出す僕に彼は少し寂しげに笑顔を返して、軽く手を振ってくれていた。
「――――ねぇっ!」
「はい?」
呼びかけられて僕は歩みを止め振り返った。
道の少し向こうに、先ほどの彼が立っている。
「あのさ、オレ、シャルナークって名前だけど…キミは?」
「僕ですか?僕はレイですよ、…シャルナークさん」
「そっか、ありがと。
………バイバイ、レイ。またどこかで会えるといいね」
「そうですね………またいつか…」
そんな形式的な挨拶を交わして、くるりと踵を返す。
このヒトは旅の人。
きっともう交わることも無いだろう一期一会に別れを告げて、今度こそ僕は家に向かって歩き出した。
「……シャル?」
「うん?」
レイの背を眺めながら手の内でぽんぽんとオレンジを弄んでいると、後ろからシズクに声をかけられオレは振り向いた。
「こんなトコにいたの?……あれ、どしたの?それ……、どっかから盗ってきたの?」
「いいや…もらったんだよ」
「…? 誰に?」
そう聞かれて、ふっと少女の歩いていった方角に視線を移す。
道の先をトコトコと歩いていく小さな背中。もう振り向きもしないや。
オレの手の中には、あのコにもらった丸くて大きなオレンジが1個。
みずみずしいオレンジはまるで潤んだ彼女の瞳みたいだった。
甘いのかすっぱいのかはまだ食べてみないとわからないけど…キミがくれたならこれはきっとおいしいだろうね。
「……シャル…?」
クスリと漏れた笑み。
それを見てか、シズクが不思議そうに首をかしげてオレの顔を覗くので、慌てて「なんでもない」と片手を振る。
「ゴメンゴメン。
…えっと…これはさ、可愛い女の子にもらったんだよ」
柔らかな午後の日差し。
風は心地良く、ふわふわとオレの髪をなでていく。
また会えると良いな…。
ね、レイ………?
つづく
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なんだこれ砂吐いた
すもも