黒猫と小猫と黒い蜘蛛 ◆番外編・中編



「……シャル、なにニヤニヤしながら食いモンで遊んでんだ?きもちわりぃぞ」



街から少し離れたとある廃墟の一室。

暗く広い大部屋の片隅で、壊れかけたテーブルに腰掛けたシャルナークが先ほどから大きなオレンジを手の上でポンポンと弄んでいる。


その表情は実に楽しそうというか嬉しそうというか、そういったもので。

半ば呆れ気味のウボォーギンがガリガリと頭をかきながらそんなことを言ってきた。



「オレンジに恋でもしてんのかよ?シャル」

「え?なに?」

パシッと空中でオレンジをキャッチして、きょとんとした顔でシャルナークが逆に聞きかえしてくる。

耳に入らないほど熱中してたのかよ…、とウボォーギンは呆れて黙った。

すると今度はマチが、黙ったウボォーギンに代わり先ほどの言葉を反復する。


「にやけながらオレンジで遊ぶのやめな。とっとと食べるか捨てるかしなよ、うっとおしい」

「え。あ…、ごめん; そ、そんなににやけてたかな、オレ…」

「そうだね。気持ち悪いくらい。」

「………;」


はは…、と乾いた笑いを漏らしたシャルナーク。

赤くなりながらぎこちない笑いを見せてるあたり、自分でも気付いていなかったらしい。

ハ―――…、と、誰かの長いため息が聞こえた。



「食わねーんだったらオレがもらっちまうぜ?」

「…って、わっ、ちょっと返してよノブナガ!」

「つったってお前、遊ぶだけで食わねぇんだろ?ほれウボォー、パスだ」

「んぁー?」

シャルナークの背後から、その手にあったオレンジをひょいっと取り上げたのはノブナガ。

テーブルから飛び降りて取り返そうと迫るシャルナークに渡さないよう、ノブナガはオレンジをウボォーの元へとほうり投げた。


「ちょ…っ、ウボォー、そのまま持っててよ!?」

「あ゛ー?!なんだよシャル、みんなで食おうぜ?」

「もらいものなんだってば!オレが食べなきゃダメなの!」

「みんなで食ったっておんなじだろ」

「いいから返してって、ウボォー!」


シャルナークの手が届かないよう、ウボォーギンはオレンジを持った手をぐーんと上に伸ばす。

蜘蛛の中でも飛びぬけて巨漢のウボォーギンにそんなことをされたら、いくら平均より背が高いといってもシャルナークの手では届くわけがない。




「…ウボォー、それ、女の子からもらった物みたいだから返してあげなよ」

「お?そうか?」

さすがに見かねたのか、それまで"我関せず"と雑誌を読んでいたはずのシズクが助け舟を出す。

するとウボォーギンも悪いと思ったのかオレンジを返してくれた。



「へー、女か。やっと新しい彼女できたのか?」

「いや、まだ全然そんなんじゃないよ…。 …まぁそのうち必ず落とすつもりだけどね」

「………その前に団長に盗られなきゃいいけどね。いつもみたいに」

「マチ……;」

ぼそっと漏らされたマチの言葉に、シャルナークは冷や汗を垂らした。


カリスマオーラなのかなんなのかわからないが、女という女があの男に吸い寄せられるのはたしか。

今まで目をつけてた女の子たちも、そう。シャルナークはいつも影で涙を飲むしかなかった。


苦い経験をいくつか思い出し、シャルナークは手を合わせてこの場に居るメンバーに口止めを図る。



「…お願いだから団長には本当黙っててもらえる?今晩オゴるからさ;」

「…いや、オレらはいいけどよ…」

「でも団長も勘が鋭いからねぇ…」

「そういうの、鼻も利くしね…」

「落とすつもりなら団長達が揃う前にとっとと落としちまえよ?シャル」

「……努力するよ……;」


少し肩を落として、シャルナークは5人に別れを告げ、部屋を後にする。



―――これから会いにでも行くつもりなのだろうか。


まぁ5人にとってそれはそれほど重要なことではなく。

シャルナークの居なくなったその部屋の中では、"盗られる"か"盗られない"か―――――早速、とばかりに賭けが始まったのは言うまでもない…。















「………レイ? …あ、レイ!」

「?」


日差しの照る午後。麦わら帽子を被って広い庭の手入れをする少女の背中に、誰かが不意に声をかけてきた。

呼ばれた名と同じ名を持つその少女は、あまり聞き慣れないその声に、「誰かな」と疑問符を掲げる。


立ち上がって振り返ると、青々とした生垣の向こうには見慣れない金髪の青年が1人。

にこっと微笑んだ青年をレイは困惑の表情のまま迎える。


「やっぱりレイだ。こんにちは。」

「こんにちは…」


『こんにちは』とは反復しつつも、少女は不思議そうな表情でじっとシャルナークの顔を見つめている。

少女がそれ以上何も言ってこないことで、少し不安に駆られたシャルナークはおそるおそる問いかけた。



「…えっと……オレの事覚えてる?」

「えと…;」

少し苦笑いを見せながらそう問いかけてくる青年。

相手には悪いが、よく覚えていない。誰だったろう…とレイは必死で思考を巡らせた。




困ったような顔で必死に考えているらしい少女のその姿を見て、覚えられていないのかとシャルナークは少し肩を落とした。

しかしシャルナークは「寂しいな」とは思いつつも、同時に「仕方ないのかな」とも思った。


だから思い出させるように自分の顔を指差してシャルナークは再び少女に聞いた。



「あはは…覚えてないかな?…3、4日くらい前にさ…」

「あっ!」

その言葉でふと思い出して、レイは思わず大きく声を漏らした。



「す、すいません…; …ええと……シャルナーク…さん?」

「そうそう。シャルナーク」

「あの…ごめんなさい…」

「ううん、いいよ」

本当に申し訳なさそうに眉を下げ謝ったレイ。そこまで気にしてくれたのなら、逆に嬉しく思う。

笑顔でそう伝えると、レイは恥ずかしそうに苦笑した。




「えと…それで今日はどうしたんですか?」

「…あ、うん。あの時もらったオレンジがすごく美味しかったんで、お礼が言いたくてさ。この辺ずっと探してたんだよ」

「え、」

「なーんてね。…それは口実で、それよりもレイとまた会いたくて?」

「ええ!?」

半分冗談めかしてそんなことを言うと、レイはリスか何かのようにくりっと目を見開いて驚いた顔をする。

シャルナークは思わずプッとふきだした。


「あはははっ、本当面白いなぁレイって」

「…ぇう……ひ、ひどいです。遊ばないでください…;」

「ああごめんごめん」

眉を下げたレイをみて、あわてて手を振って否定したシャルナーク。しかしその顔は笑ったままだったが。





「…でさ、レイはワッフル好き?」

笑うのもそこそこに、そう言ってシャルナークは持っていた可愛らしい色合いの箱を差し出した。

箱を開けて、見せた中身は焼きたての香りを立てるワッフルが5個ほど。


「わー、おいしそうなワッフル!ありがとうございます。僕、ワッフル大好きなんですよ!」

「そう言ってもらえるとオレも嬉しいよ」

とても嬉しそうに喜ぶレイを見ていると、社交辞令だとも思いながら、シャルナークもなんだか本当に嬉しくなってきた。

「ちょうど、そろそろおやつにしようかなって思ってたところですし。お茶をお淹れしますからシャルナークさんも一緒にどうですか?」

「うん、もちろん最初からそのつもり?」

「あははっ」

確信犯のように小首をかしげてにっこりと笑ったシャルナーク。レイもつられて笑顔を見せた。



「じゃあ向こうから入ってきてください。すぐお茶の用意しますから」

「うん。ありがとう」

庭への入り口を指差してシャルナークを中へと誘導する。

レイはお茶の用意をするためか、持っていた麦わら帽子を庭にある白いテーブルに置いて、ベランダから家の中へと駆けて行った。






つづく


NEXT→番外編・後編←PREV(前編へ)

ちょっと長くなりそうなので途中で切りました

すもも

TopDream黒猫と小猫と黒い蜘蛛◆番外編・中編
ももももも。