「……シャル、なにニヤニヤしながら食いモンで遊んでんだ?きもちわりぃぞ」
街から少し離れたとある廃墟の一室。
暗く広い大部屋の片隅で、壊れかけたテーブルに腰掛けたシャルナークが先ほどから大きなオレンジを手の上でポンポンと弄んでいる。
その表情は実に楽しそうというか嬉しそうというか、そういったもので。
半ば呆れ気味のウボォーギンがガリガリと頭をかきながらそんなことを言ってきた。
「オレンジに恋でもしてんのかよ?シャル」
「え?なに?」
パシッと空中でオレンジをキャッチして、きょとんとした顔でシャルナークが逆に聞きかえしてくる。
耳に入らないほど熱中してたのかよ…、とウボォーギンは呆れて黙った。
すると今度はマチが、黙ったウボォーギンに代わり先ほどの言葉を反復する。
「にやけながらオレンジで遊ぶのやめな。とっとと食べるか捨てるかしなよ、うっとおしい」
「え。あ…、ごめん; そ、そんなににやけてたかな、オレ…」
「そうだね。気持ち悪いくらい。」
「………;」
はは…、と乾いた笑いを漏らしたシャルナーク。
赤くなりながらぎこちない笑いを見せてるあたり、自分でも気付いていなかったらしい。
ハ―――…、と、誰かの長いため息が聞こえた。
「食わねーんだったらオレがもらっちまうぜ?」
「…って、わっ、ちょっと返してよノブナガ!」
「つったってお前、遊ぶだけで食わねぇんだろ?ほれウボォー、パスだ」
「んぁー?」
シャルナークの背後から、その手にあったオレンジをひょいっと取り上げたのはノブナガ。
テーブルから飛び降りて取り返そうと迫るシャルナークに渡さないよう、ノブナガはオレンジをウボォーの元へとほうり投げた。
「ちょ…っ、ウボォー、そのまま持っててよ!?」
「あ゛ー?!なんだよシャル、みんなで食おうぜ?」
「もらいものなんだってば!オレが食べなきゃダメなの!」
「みんなで食ったっておんなじだろ」
「いいから返してって、ウボォー!」
シャルナークの手が届かないよう、ウボォーギンはオレンジを持った手をぐーんと上に伸ばす。
蜘蛛の中でも飛びぬけて巨漢のウボォーギンにそんなことをされたら、いくら平均より背が高いといってもシャルナークの手では届くわけがない。
「…ウボォー、それ、女の子からもらった物みたいだから返してあげなよ」
「お?そうか?」
さすがに見かねたのか、それまで"我関せず"と雑誌を読んでいたはずのシズクが助け舟を出す。
するとウボォーギンも悪いと思ったのかオレンジを返してくれた。
「へー、女か。やっと新しい彼女できたのか?」
「いや、まだ全然そんなんじゃないよ…。 …まぁそのうち必ず落とすつもりだけどね」
「………その前に団長に盗られなきゃいいけどね。いつもみたいに」
「マチ……;」
ぼそっと漏らされたマチの言葉に、シャルナークは冷や汗を垂らした。
カリスマオーラなのかなんなのかわからないが、女という女があの男に吸い寄せられるのはたしか。
今まで目をつけてた女の子たちも、そう。シャルナークはいつも影で涙を飲むしかなかった。
苦い経験をいくつか思い出し、シャルナークは手を合わせてこの場に居るメンバーに口止めを図る。
「…お願いだから団長には本当黙っててもらえる?今晩オゴるからさ;」
「…いや、オレらはいいけどよ…」
「でも団長も勘が鋭いからねぇ…」
「そういうの、鼻も利くしね…」
「落とすつもりなら団長達が揃う前にとっとと落としちまえよ?シャル」
「……努力するよ……;」
少し肩を落として、シャルナークは5人に別れを告げ、部屋を後にする。
―――これから会いにでも行くつもりなのだろうか。
まぁ5人にとってそれはそれほど重要なことではなく。
シャルナークの居なくなったその部屋の中では、"盗られる"か"盗られない"か―――――早速、とばかりに賭けが始まったのは言うまでもない…。
「………レイ? …あ、レイ!」
「?」
日差しの照る午後。麦わら帽子を被って広い庭の手入れをする少女の背中に、誰かが不意に声をかけてきた。
呼ばれた名と同じ名を持つその少女は、あまり聞き慣れないその声に、「誰かな」と疑問符を掲げる。
立ち上がって振り返ると、青々とした生垣の向こうには見慣れない金髪の青年が1人。
にこっと微笑んだ青年をレイは困惑の表情のまま迎える。
「やっぱりレイだ。こんにちは。」
「こんにちは…」
『こんにちは』とは反復しつつも、少女は不思議そうな表情でじっとシャルナークの顔を見つめている。
少女がそれ以上何も言ってこないことで、少し不安に駆られたシャルナークはおそるおそる問いかけた。
「…えっと……オレの事覚えてる?」
「えと…;」
少し苦笑いを見せながらそう問いかけてくる青年。
相手には悪いが、よく覚えていない。誰だったろう…とレイは必死で思考を巡らせた。
困ったような顔で必死に考えているらしい少女のその姿を見て、覚えられていないのかとシャルナークは少し肩を落とした。
しかしシャルナークは「寂しいな」とは思いつつも、同時に「仕方ないのかな」とも思った。
だから思い出させるように自分の顔を指差してシャルナークは再び少女に聞いた。
「あはは…覚えてないかな?…3、4日くらい前にさ…」
「あっ!」
その言葉でふと思い出して、レイは思わず大きく声を漏らした。
「す、すいません…; …ええと……シャルナーク…さん?」
「そうそう。シャルナーク」
「あの…ごめんなさい…」
「ううん、いいよ」
本当に申し訳なさそうに眉を下げ謝ったレイ。そこまで気にしてくれたのなら、逆に嬉しく思う。
笑顔でそう伝えると、レイは恥ずかしそうに苦笑した。
「えと…それで今日はどうしたんですか?」
「…あ、うん。あの時もらったオレンジがすごく美味しかったんで、お礼が言いたくてさ。この辺ずっと探してたんだよ」
「え、」
「なーんてね。…それは口実で、それよりもレイとまた会いたくて?」
「ええ!?」
半分冗談めかしてそんなことを言うと、レイはリスか何かのようにくりっと目を見開いて驚いた顔をする。
シャルナークは思わずプッとふきだした。
「あはははっ、本当面白いなぁレイって」
「…ぇう……ひ、ひどいです。遊ばないでください…;」
「ああごめんごめん」
眉を下げたレイをみて、あわてて手を振って否定したシャルナーク。しかしその顔は笑ったままだったが。
「…でさ、レイはワッフル好き?」
笑うのもそこそこに、そう言ってシャルナークは持っていた可愛らしい色合いの箱を差し出した。
箱を開けて、見せた中身は焼きたての香りを立てるワッフルが5個ほど。
「わー、おいしそうなワッフル!ありがとうございます。僕、ワッフル大好きなんですよ!」
「そう言ってもらえるとオレも嬉しいよ」
とても嬉しそうに喜ぶレイを見ていると、社交辞令だとも思いながら、シャルナークもなんだか本当に嬉しくなってきた。
「ちょうど、そろそろおやつにしようかなって思ってたところですし。お茶をお淹れしますからシャルナークさんも一緒にどうですか?」
「うん、もちろん最初からそのつもり?」
「あははっ」
確信犯のように小首をかしげてにっこりと笑ったシャルナーク。レイもつられて笑顔を見せた。
「じゃあ向こうから入ってきてください。すぐお茶の用意しますから」
「うん。ありがとう」
庭への入り口を指差してシャルナークを中へと誘導する。
レイはお茶の用意をするためか、持っていた麦わら帽子を庭にある白いテーブルに置いて、ベランダから家の中へと駆けて行った。
つづく
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ちょっと長くなりそうなので途中で切りました
すもも