「…ジャズ…?まだ寝てるんですか…?」
翌日の朝。
いくらノックしても返事がない部屋のドアをそっと開け、その隙間から中を覗き見る。
キョロキョロと部屋を見回すと案の定、部屋の奥のベッドの上にだらんとだらしない格好で眠りについている双子の弟を見つけることができた。
「もー…。 ジャズ〜?今日も寝坊なんですか〜?もう8時過ぎてますよ〜?」
と。
大きな声で言えばいいのに、僕の口から出るのはなぜか小声ばかり。
ドアの隙間からジーッと様子を伺うも、ジャズが起きる気配は一向に無し。(あたりまえか…)
そこでしょうがなく、よしっと起こす決心をつけた僕。
音を立てないように静かに中に入って、そおーっとドアを閉める!
………。
…ハァ……なにやってんだろ僕。ホントにジャズを起こす気あるのかな;
心の内と外に出る行動がどうも噛みあってなくて、僕は自嘲気味に笑いを漏らした。
閉められたカーテンの隙間から見える外は朝になってもまだ雨が降りつづいている。
――――大きなベッドの上で、体にかけたブランケットをぐしゃぐしゃにして寝ている双子の弟、ジャズ。
ブランケットは巨大な雑巾みたいにねじれて、おなかの上に乗っているような状態だったけど。
それでもジャズは気持ち良さそうな寝顔ですやすやと眠りについていた。
……相変わらず寝相が悪いんだなぁ…。どうやったらこんな風になるんだろーね?まあいいや。
ここに来た目的を思い出して、静かな寝息をたてるジャズを揺り動かしながら僕は声をかけた。
「…ジャズ〜、朝ですよ〜。……ジャズ…起きてくださいよ〜」
「………」
「ジャズ〜…ゴハンできてますよ〜…」
いくら身体を揺すってもジャズはぜんぜん起きる気配がない。変わらず、ぐでぇっとベッドに横たわって寝息をたててる。
…まったく、昨日も寝坊で今日も寝坊か。もしかしていつもこうなのかな?
これまでどんな生活してたんだろ?
仕方ないので揺り起こすのも早々に諦めて、僕はぐしゃぐしゃになっていたブランケットをひっぱった。
「……んん…………ぐしゅっ!」
「ん?」
外は雨。
室温もあまり高くないし、体に何も掛けずに寝ていたジャズが案の定くしゃみを吐いた。
僕はねじれたブランケットをバサバサと拡げて、ジャズの体に掛けてあげた。
「…………ね、ちゃん…」
「へぇ?…なんですかジャズ?」
呼ばれて僕は顔を上げた。…寝てると思ってたからちょっと驚いた。
起きたのかとジャズの顔を覗いてみたけれど、ジャズはまだすやすやと静かに眠ったままだった。
………なんだ、やっぱり寝ぼけてただけか…。
「ふふ…。僕はここですよ、ジャズ…」
つんつんと鼻の先をつつく。
するとジャズの寝顔がちょっとしかめっ面になって、なんだか面白かった。
「早く起きてくださいねジャズ。ゴハン冷めちゃいますから」
そう呟いて部屋を出ようとしたときだった。
「ん……ん、レイ……」
………あ。また呼び捨てにした。
「…なんですか?ジャズ?」
開けかけたドアから手を離し、ベッド脇へと舞い戻る。
「ジャズ?」
――――やっぱり眠ってる。
「…ん……レイ…」
…あ、また…。
……もー、どうして、僕を呼び捨てにするんですか?
むかしからずーっと僕のことは『お姉ちゃん、お姉ちゃん』って…
可愛かったのに……。
「レイ……」
「……ジャズ……」
ジャズの眠るベッドの脇にしゃがみこんで、ジャズと同じ目線に立つ。
ジャズ。
―――4年も会わないうちにキミはずいぶん変わったね…。
僕とは比べ物にならないくらい大きくなって………たくましくなって…声変わりしてて……。
昔は僕のほうがちょっとだけ背が高かったのに、今はもうあの頃とはまるで別人だ。
並んで歩いてても「双子」だなんて、きっと思われないんだろうな…。
『兄妹ですか?』なんて……言われちゃうのかな………。
それとも―――――………
『それとも…彼氏はいなくても好きな男はいるのかな?…そこのジャズ君とか?』
……ふと、クロロさんの、昨日のそんな言葉を思い出してしまって、なぜだか急に顔が熱くなった。
ヘンですね…。
ジャズは別に、そんなんじゃないのに…。――――何でこんなにどきどきするんだろう…。
4年前までは僕より小さかった双子の弟。
何をするにしても僕の後ろについて、僕と一緒じゃないと何をするにも「嫌だ」なんてわがままばっかりだった弟。
生まれたときから、……生まれる前からずーっと一緒。
キミがそばに居ないと、僕は心が半分削れた感じがしてとても淋しくなるけれど。
けどそれはきっと、キミと僕が魂を半分コにして生まれてきたからで…
(…だから……好きとか…愛してるとか………僕たちはそんなんじゃ…ないんですよね……?ジャズ……)
「………。」
―――答えてくれないジャズ。
僕も自信がない。
僕はなんなんだろうな………。
でも、どんなに想ったって僕たちが『双子』なのは消せない事実だから。
「はは…そんなのやっぱりあるわけないです!クロロさんがヘンなこと言うから…!」
ぷるぷると頭を振って心に浮かんだ"それ"をかき消し、僕はジャズの部屋をあとにした。
「―――レイ」
「ひゃっああう!?」
洗濯カゴを抱えて廊下を歩いていると、突然前触れもなくポンッと肩を叩かれた。
声をかけられる直前まで気配も何も感じなかったため、ひじょーに驚いた僕は思わず持っていた洗濯カゴをゴトンと落としてしまった。
慌てて振り向くとそこには、僕の今の反応に逆に驚いてしまったのか目を見開いて固まるクロロさんの姿。
「はあ…、なんだ…、クロロさんだったんですね…。おは、おはようございます;」
「ああ、おはようレイ。驚かせちゃったみたいだね?」
「あぁ…、いえ、こちらこそ……。あはは…すいません、ヘンな声出して…」
昨日のこともあってこの人と2人きりは正直気まずかった。
苦笑いで場を濁す。
「あ。そ、それにしてもすごいですね!足音もしなかったし…僕、全然気がつきませんでした!クロロさん、何か訓練とかしてたりするんですか?」
体に纏う洗練されたオーラを見ていれば、彼が念能力者であることなど承知の上だったけど。
沈黙という、場の空気に耐えられなくなった僕はとりあえずそんなことを聞いて話をつないだ。
「…クロロさん?」
でもクロロさんは質問には答えてくれなかった。魂胆が見透かされているようでさらに気まずい。
それもこれもお見通し、とばかりに目の前のクロロさんはずっと僕を見て微笑んでいる。
……なんか僕、いたたまれないです…;
「えーと……、その…、朝ゴハンもうできてますけど、どうします?」
「――――レイ」
僕の、「どうします?」というところと、クロロさんが僕を呼ぶ声とが重なる。
否、いい加減しつこい僕の言葉をクロロさんが遮断したというのが正しいかもしれない。
「レイ。昨日の、少しは考えてくれた?」
「へっ?…ななにが、ですか…?」
クロロさんの表情を見て彼が言わんとしていることに気づいたが、はぐらかすように知らない振りをした。一歩後ずさって間を開ける。
けれど僕が一歩引くとクロロさんもそれにあわせ一歩、間を詰めてくる。
最終的には壁際に追い詰められ、どうにも逃げられなくなってしまった。
「えーと…あの、…クロロさん?ごはん…」
「クス…。ゴハンの話はもういいよ…。―――レイ…」
そう言ったクロロさんがゆっくりと顔を近づけてくる。
何をされるか悟った僕は、思わず顔をそらしてしまった。
するとクロロさんもそこで行為を止めた。
「………ごめん。ちょっと性急すぎたみたいだね」
寂しそうな苦笑いを見せたクロロさん。
その指がそっと濡れた頬をなでて、僕はいつの間にか涙を落としていたことに気付く。
「あ…、す…、すいません…。すいません、僕……、あの、僕…」
「いや…、レイが謝ることは無い。オレのほうこそ君の返事も聞かずに気持ちを押し付けてしまった。謝るよ。…すまない」
そう言ってクロロさんは僕の頬に手を寄せた。
慈悲深い瞳。手のひらの温かさもその言葉も、どちらも本当に優しくて。
とっさのこととはいえ思わず逃げてしまったことに僕は深い罪悪感を感じた。
「僕…その、クロロさんのこと嫌いじゃないんですよ…?でも…」
「―――『でも』オレじゃダメ…?それともやっぱりレイ、本当にジャズ君の事が?」
「…!!ジャズはっ!か、関係ないじゃないですか!!…ジャズは……!!ご、ごめんなさい!!」
「レイ…!」
クロロの腕から抜け、ダッと駆け出したレイ。そのまま廊下の先の階段をカツカツと駆け上っていってしまった。
その姿も、足音も遠く聞こえなくなってから、フッとクロロがため息を漏らす。
「………まずったな、ヤブヘビだったか…」
髪をかき上げながら、誰もいない廊下でそんなことを呟いた。
とぼとぼと2階の廊下を自分の部屋に向かって僕は歩いていた。
何で逃げてきちゃったんだろう。ちゃんと向き合って、ちゃんと言えばよかったのに…。
顔を上げると、ちょうどジャズの部屋のドアが目の前に見えて………僕はなぜかそこで立ち止まった。
ふと、なんだか無性にジャズの顔が見たくなって、ノックしようとしたけれど。
どうしても、そのドアを叩く寸前で僕の手は止まってしまう。
「………どうしてですかね…。やっぱり僕、ヘンです…」
ぽたぽたと零れる涙を袖でぬぐう。
何で涙が出るのかもわからない。
―――――ヘンだ。
やっぱり僕、ヘンだ…。
「…ジャズ…………ジャズ…早く起きてください……。僕を助けて…、ジャズ……」
呟いて、僕はドアにもたれるようにその場にへたり込んだ。
つづく
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すもも