double style ◆26:200階の壁



『さぁ――――ついに!ついに待ち望んだ瞬間がやってまいりました!!!

今までこの190階には一度しか現れたことの無い"180階のエンジェル・スマイル"が!!

ついに再びこの190階に降り立ちましたぁ――――ッ!!

女性客を惹きつけて止まないその笑顔は、ま・さ・に!天使!!キャ――――ッ!!!

しか――し!!相手にとってそれはまさしく悪魔の微笑み!!

その笑顔に見ることが出来るのは――――『敗北』のただ二文字ィ――――――――!!!』




「なんかゼロ、照れてるね」

「そりゃそーだろ。オレもあんな紹介されたら恥ずくて死ぬ」

ゴンとキルアが観客席で見守る中、中央のリングにはゼロが立っていた。





"180階のエンジェル・スマイル"


180階で何度勝利しても、190階のリングには現れず。

どれほど一方的な試合になっても常に相手への礼を忘れないゼロ。

ついたあだ名がこの"180階のエンジェル・スマイル"なのだ。

試合後の微笑みのあまりの美しさに、多くの女性ファンもついている。



少し照れた様子のゼロに対するのは女性ファンとは縁も遠そうな巨漢。

観客席からのゼロへの黄色い声に、かなりキレているようだった。

開始の合図と共にその巨漢はゼロに突っ込んでいく。


「なんかハンター試験思い出すねー」

「…ぁあ!あのブタか?ハハハハ、ゴン、お前サイコー」

「そお?でも似てない?」

姿勢を低くし猛然と突っ込んでくる巨漢を見て、ゴンとキルアは二次試験のときの巨大豚を思い出していた。



ゼロはその突っ込んでくる巨漢の顔面にヒザを合わせた。

男の顔がめり込むんじゃないかというような、強烈な一撃。血が舞い落ちる。


「うひー、痛そう!」

「鼻つぶれたなーアレは。もともとつぶれた顔だけど」

「キルア、毒舌だね―――;」


そしてゼロは勢いとまらず前のめりに倒れていく相手を避け、その首にトドメの手刀を叩き込んだ。



『ダウ――――ン!!起き上がれません!ゼロ選手、試合開始数秒で楽々勝利――――――!!!』


「ま、最初の一撃で決まってたようなもんだけどなー」

「そうだねー。やっぱりすごいねーゼロ」



動かない巨漢にぺこりと一礼をしたゼロは、観客席…ゴンとキルアのほうに向かって微笑んだ。


「キャ――――――ッ!!!」

「うわっ!スゴッ」

「あーもーうるさいな!オイ、ゴン!いこーぜ」

彼らの周辺に居た女性達の歓声。

にっこりと優しそうに、嬉しそうに微笑んだゼロの笑顔に、ゴンもキルアも耳を塞ぐほどのものすごい歓喜の声があがった。









「おかえりー、ゼロ」

「あはは…;ただいまーゴン、キルア」

エレベーター前で待っていたゴンとキルア。そこにゼロが合流した。


「お前の、すっげー歓声。女とかメッチャうるせー」

「あははは…。でもそれは僕のせいじゃないですしー;」

「いや、お前のせいだから。(……うかつに微笑むなよ。美人なんだから)」

「え?なんですか?」

「なっ、なんでもねーよ!行くぞ!ゴン」

「あ、うん?;」

「えぇ!?ちょ、ちょっとキルア〜;」

ゴンを引っ張ってさっさとエレベータに乗り込んだキルア。こころなしか顔が赤い。

ゼロも、ドアが閉まる前に乗り込んだ。



「どんなところかな?200階って」

「さぁな。オレもこっからは行ったことないからなぁ」

「すごいところですよ」

にこりと笑ったゼロ。しかしその顔にはどことなく不安な影があった。


(ウイングさん……)


いつまでたってもウイングからの連絡が無い。

ゴンとキルアが200階に到達したことも知っているはずなのに。









エレベーターのドアが開く。

先に進むゴンとキルア。僕はその後ろについていった。



200階の受付に向けて歩く途中、突然ゾクッと背に何かが走った。

ひどい寒気だ。


通路の向こうで、誰かがこちらに向かって念を飛ばしている。


このゆるゆると何かがまとわりつくような感覚。誰かの"円"の中に入ってしまったような…。

誰かが、彼ら2人を阻んでいるんだ。




そしてゴンとキルアもそれに気づいている。


例え念が使えなくても、この2人の鋭敏な感覚でなら、きっと感じ取る。

この先には進みたくないと思っているはずだ。




だけどこの2人は念を知らない。


――――感じ取ることはできても、これを防ぐ術は持ってないんだ…。




それでもゴンとキルアはじりじりと進み始めた。

「行くぜ!行ってやる!」

「キルア…ムチャは…!」

ゴンとキルアが前に進もうとしたとき、そのプレッシャーがさらに膨れ上がった。


2人は、動けなくなった。






「おい!!一体誰だ!?そこに居る奴出てこいよ!!」


するりと角から出てきたのは、天空闘技場のスタッフの制服を来た女性……。

いや、彼女ではないですね。"これ"は……



「ゴン様、キルア様、ゼロ様ですね。あちらに受付がございますので今日中に200階クラス参戦の登録を行ってください」



「…この殺気…あいつかな?」

「わかんねー」



ゴンとキルアがそんな推察をする中―――もう1人、角から出てきた人物があった。あれは…


「「ヒソカ!!」」


「どうしてお前がここに!?」

「別に不思議じゃないだろ?ボクは戦闘が好きで、ここは格闘のメッカだ。……君達こそなんでこんなトコに居るんだい?」



角から出てきたのは、予想通りというか……ヒソカさんだった。

彼が壁を作っていたのか……。


思えばヒソカさんもどうもゴンを気に入っている節があるみたいなので………種類は違うけど、気持ちは僕と同じ……ってことかな。


彼ら2人に"念"を知らせるために、きっとヒソカさんはここにいるんだ。




「ここの先輩として、君達に忠告しよう。このフロアに足を踏み入れるのは……まだ早い」


そう言ってヒソカさんが念を飛ばしてきた。



ゴンとキルアも"それ"を感じたらしい。

僕が2人の壁になってあげても良かったけれど…


それじゃあ彼らのためにならない…ですよね。




(ウイングさん…。早く…、早く、助けに来てください……)


僕はそう心の中で祈った。




「出直したまえ。とにかく今は早い」


そう言って、『ここは通さない』とばかりにその場に座り込んでしまうヒソカさん。


「ざけんな!!せっかくここまで来たのに…」


ヒソカさんに向かって キルアが叫ぶ。

と同時にヒソカさんは一気に"円"を広げてきた。 そのプレッシャーに、2人の足がすくむ。




……しょうがない。これ以上ここに居たって、何も知らない2人が力づくでこの念の壁を突破するなんて無理。

こうなったらもう、僕が彼らをウイングさんの元へ連れて行って…、ダメモトでもお願いしてみよう。

この2人…すごく見込みはあるんです、って…。『念』を知るに十分足りる、強い心の持ち主だ、って……、僕が……。



「ね、ねぇゴン、キルア…。あの、ここは一旦出直してみませんか…?」

「―――ゼロ。…何やってるんだい?キミはこっちの人間だろ?こっちにおいでよ」



突然放たれたヒソカさんの言葉によって、ピンと空気が張り詰める。


ゴンとキルア、2人の目が僕へと向いて。

いたたまれないようなプレッシャーで僕の方が押しつぶされそうだ。




「いや、その……僕…は……」


「―――ゼロ。おいで。」




ヒソカさんの、何より強い言葉が僕の体にまとわりつく。



まるで何かの呪文のよう。

いや違う…。これこそが『念』だ…。



僕の弱い心を捕えたヒソカさんの強い『念』に抗えず、僕の足はゆっくりと………動いてしまう。





「「ゼロッ!?」」








「ぁあ…、イイコだね…ゼロ」



ヒソカは自分の腕の中へとゼロを引き寄せ、自らの足の間へと座らせた。

青ざめ、俯いたままのゼロをなでたヒソカ。薄く笑って、再びゴンとキルアを挑発する。



「…っこ、の………ゼロ!!!」


「無理はやめなさい」



力づくでキルアが歩みを進めようとした時―――

ゼロが 待ちわびたウイングの凛とした声が、ゴンとキルア2人の背中に掛けられた。

暗く俯いていたゼロもまた、顔を上げる。



(……ウイングさん……?)




「彼の念に対し、君達はあまりに無防備だ。

――――本当に念について教えます。ひとまずここから退散しましょう」



言われてゴンとキルアはヒソカに囚われたままのゼロを見た。

ウイングとアイコンタクトを交わすゼロ。『お願いします…』と目で言われ、ウイングは真剣な表情で頷いた。



「ゴン、キルア…、ごめんなさい…。僕は、大丈夫ですから………」


ゼロの言葉、ゼロの表情に、2人は悟った。



今のままの自分達では、ゼロに負担をかけてしまう。


今は…ウイングの元へ行くべきなのだと―――――




「ひとまず……退いて…0時までに戻ってこれるかい?……ここに」

「―――――キミ次第だ」







ゴンとキルアが、ウイングに促されて共にエレベーターへ乗り込んでいく。


その2人の小さな背中に向かって、それまで黙って見ていたヒソカが、不意に口を開いた。



「……あぁ、そうだ。戻って来れなかったときは―――――ゼロはボクがもらうから」


そう言ってから、ヒソカはゼロを抱き寄せる。


一瞬では理解できなかったヒソカの言葉。

だがその行動を見た瞬間、ゴンとキルアは十分なまでにその意味が理解できた。ウイングも青くなった。


「「ヒソ」」


しかしゴンとキルアが叫ぼうとしたその刹那に、エレベーターのドアが無常にも――――閉じた。





ドアの向こうでゴンとキルアがなにか叫んでいるのが聞こえていたが、エレベーターが動き始めたのか、それもすぐに遠のいていく。


空しく場に残されたゼロ。そしてヒソカ。




「ヒ、ヒ、ヒソカさんっ!?冗談は止めてください!」

「ん?心外だな〜ゼロ。ボクはいつでも本気さ。……キミが欲しい」


―――やっふぁ!?……ひぃいい!!鳥肌立つんで耳元で喋らないで下さいー!!



「彼らが戻るまで…ボクと遊ぼうか?」

「ええええ遠慮します!!」

「そうかい?残念。せっかく可愛がってあげようと思ってたのに」

(どんな可愛がり方ですかっ!!!)

「ボクの部屋行こうか?」


心を読まないで!!


「イ、イヤですっ!!ああああのっ!それからっ…離してもらいたいんですがっ………!」

「イヤv」


ゴン!キルア!早く助けて!!!


「いいじゃないか、キスくらいさせてよゼロ。ずっとガマンしてたんだし…」

「イ、イヤですぅうう!!」


なんか当たる!

腰になんか当たってる!!

顔近い顔近い!!

う、奪われる!!!


だ、誰でもいいですから助けてください!!!






「ねぇその子、新入り?」

ふいにかけられた言葉に、ヒソカの動きがぴたりと止まった。




救世主は、現れた…………?








つづく


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冒頭書いてて恥ずかしいかったです

すもも

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ももももも。