double style ◆68-EX:暗い森




暗い森の中。

大きな毛布に包まって、オレはゆらゆらと揺れる焚き火を眺めていた。



背後に誰かの気配を感じて振り返る。

ここにはオレとそいつしか居なかったから、それが誰かは半ば予想出来ていたが。



振り返るとそこには、やっぱりジンが立ってた。






「なんだ、まだ起きてたのか?ジャズ…」


コーヒーの入った銅製のカップを片手に、ジンはオレの隣にどっかりと胡坐をかいた。



「それとも『眠れねぇ』か?お前みてーなガキはもうネンネの時間だぞ?」

「うるせぇ、ガキ扱いすんじゃねーよ。オレはまだ眠くねぇ」

「ほーぉ、生意気に〜〜〜!」

「…うっぜ、撫でんな!」


わしゃわしゃと頭を撫でられ、あまりのうっとおしさにオレはジンの腕を手で払いのけた。

それでもジンは「はっはー」と笑って、余裕の表情。


むかつく。




「あっ!わーかったぞ、ジャズ。お前こんな森ん中、1人で寝んの怖いんだろ!」

「ちっげーよ!テメーと一緒にすんな!!」

「そう強がるなってー」

「だからウゼーって!…あっ、テメ、何しやがる!!」



やり取りする間にオレの体は毛布ごとひょいっと持ち上げられる。

そして胡坐をかいたジンの足の間へと強制的に座らされた。


くっそ…!!





「ほら、こーすると背後がふさがってなんか安心すんだろ?」

「しねぇ」

「そーかぁ?…あー、あったけ」



言って、むぎゅっと後ろからオレを抱きすくめ、ジンはオレの頭の上に顎を乗せてくる。



…テメーがあったまりてぇだけじゃねーか。




「重い、バカ。」

「なぬっ!?バカとか言うな、バカ!」

「うるせー、バカ!いい歳こいたオヤジのクセにバカみてーなことばっかしやがって、バカじゃねーの!?」

「なっ…お前今何回バカッつった!?それに"オヤジ"じゃないぞ!オレはまだピチピチの20代だからな!」


「…バカジン…」




なんだか気が抜けた。




オレは黙って、目の前の火を眺める。



ジンも、それきり黙った。

オレの体を抱きかかえながら、薪代わりに昼間拾っておいた木の枝を、火の中へと投げ入れる。



木々のざわめきと、火の爆ぜる音のみが聞こえる、穏やかな時間。











――――ジンは知ってる。




アイツがなにより『夜』を嫌うこと。

怯えるアイツに代わってオレがそれをやり過ごしてやってること。








でも、

オレだって……本当は………




独りで過ごすこの闇が決して好きなわけじゃなくて――――――











自身の手で、震えそうになる腕をギュッと抑えた。











オレの頭の上で、コーヒーをすするジン。


背中にあるぬくもりが恨めしい。







「(早くどっかに行けばいいのに…)」






両腕で抱えた膝に顔をうずめる。


ゆらゆら揺れる炎をぼんやりと眺めていると―――、突然コンッ、と高い音が耳に届く。




ジンがコーヒーを飲み終え、空になったカップをその辺の木の板に置いた音。







「…そーいやジャズよう。明日の朝は少し冷えるかもしんねーぞ?」



ぼやけた思考でジンを見上げてたら、何を考えてかジンがそんなことを言ってくる。


わざとらしいまでに唐突なジンの台詞とその言い方に、オレは良い予感がしなくて。







絶対にろくでもねー事考えてる






少し警戒しながらそっけなくジンに返事を返した。




「………ふーん。で?」

「『で?』じゃねーだろ。お前1人で毛布使いやがって。オレも入れてくれ」

「ぁあ゛っ!?」



オレの返答も待たずに、ジンはオレが包まってた毛布をはがして無理やり入ってきやがった。


そしてごそごそとオレを抱えたまま横になる。



「ふう、あったけーv」

「『ふう』じゃねぇ!!重いっつってんだろ!離せよ!!」

「いんや、絶対離さねーかんな」



ぐいぐいと押しのけようとしても、ジンとオレじゃ体格差がありすぎだ。

拒否しようとすればするほど、ジンは強くオレを抱きしめてきた。


「―――ぎゃあ!キモイ!!頬を擦り付けんな!痛ェ!ヒゲが痛ェ!!」

「だってジャズ、ちっちゃくてあったけーんだもーん」

「『だもん』とかありえねーしキモイしさっさと離せ、このヒゲ!」

「…待て、お前一息で言うなよ。傷つくだろ」


傷つくほど繊細かよ。


「じゃあ離せよ」

「嫌だ」

「…バーカ。」

「だからバカとか言うなぁ!あーもーぜってぇ離してやんねぇ!」


口をとんがらせてそう言うジン。


ぎゅむーっと強く抱きしめられて、オレはいよいよ身動きが取れなくなった。



………苦しい。





「……寂しいならガキんとこ帰れよ。オレを代わりにするな」

「代わりになんかしてねーよ!お前が1人じゃ寂しくて寝られないって言うから、優しいオレはなーっ!」

「待てコラこのオヤジ。いつ誰がンな事言ったんだ!嘘つくな!!」

「あっ!?お前またオヤジって言いやがったな!!ちくしょう!グレてやる!!」

「元々グレてるじゃねーか!!っつーか話そらすな!会いたいんならとっとと家帰れ、ヒネクレ者!!」

「バカ野郎!お前、いまさらどの面下げて帰れっつーんだ!?」

「そのヒゲ面下げて帰ればいいだろーが!!」


あーもうホントマジでウゼェ、このオヤジ!




「なんだよ、お前本当冷てーな…」

「ふん」


「もっとガキらしく甘えろよジャズ」





……………ガキらしくって?





「やだ」

「おっ、強情〜」

「………うるせぇ、強情ってなんだよ。もうお前黙れ、しゃべんなウゼェ」

「ひでぇ…。お前それ目上に向かってきいていい口じゃねーぞ…」

「ジンだからいーんだ」

「よくねーよ!!お前オレを何だと…!あっ、コラ潜んな!」




ジンの腕から抜け出して、頭から毛布を被った。








暗い森の中、薪がパチパチ燃える音だけが聞こえる。

被った毛布の隙間からは、ゆらゆらと火の影が揺れるのが見えていた。



それを眺めていたら、でかい手の感触がオレを優しくなでてきた。

でかくて分厚い、ジンの掌。









―――――ジンは、見透かしてる。




オレがアイツの"代わりに"―――夜に怯えて過ごそうとしてることも


そして"それ"を誰かに『知られる』のが嫌だってことも






ジンは最初から気づいてて、それでもわざと知らない振りをして――――



"眠れない"オレを気遣って、こうやってオレの事を抱きしめにきてくれてた。





「(保護者のつもりかよ…)」




大人ぶりやがってすごくむかつく。












………だけど、オレを撫でてくれるジンの手が心地いいのも、



背中に重なるぬくもりに、いくらか救われているのも事実だから










「……ジン」


オレは、ぷは、と毛布から顔を出して、ジンへと向いた。



「おっ、なんだよジャズ?謝る気にでもなったか?」

「汗臭い。窒息する」

「なにぃっ!?お前、こんな色男捕まえて汗臭いだ!?お前が自分で潜ったんだろーが!」

「色男とか…。ありえね…」

「……ほー?」


へっ、と吐き捨てようとしたら、それより先に挑発に乗ったジンがガバッと抱きついてきた。


「ぎゃあ!?臭い臭い臭い!むさくるしい!!離せって!!」

「さっきから聞いてりゃテメー生意気ばっか垂れやがって、もう許さねー!絶対匂い移してやるからな!!」

「やめ、ジン!むさ…、あ゛―――!!」









静かな森に響く、オレの悲鳴。





素直に言うのなんて恥ずかしくてできないから、こんな風にしか言えないけど。







―――――この肩の震えが止まって、眠れるようになるまでは


もう少しだけ、こうやって一緒にくっついててもいいかな?









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ジャズ君とジンの過去話とか。
へそ曲がりなりにこうやってスキンシップ強要して平穏を保ってみてたりするのかなと

すもも

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ももももも。