村の道沿いに並ぶ露天商を眺めつつ、木陰でパンをがっつく。
胡坐をかいたオレの足の間には、小さなゼロがちょこんとその小さな尻を落ち着けていた。ゼロの手にもパン。
遅めの昼食を2人でそんな風に摂っていると―――
「……あのね、ジンさん…」
唐突に、服の胸辺りをクイッとゼロに引っ張られた。
「ん?どうした?ゼロ?もっとパンいるか?」
ほれ、と食いかけのパンを一片ちぎって差し出してやる。
ゼロはちょっと困った顔をして、フルフルと首を横に振った。
ゼロの手には、さっきオレが分けてやった三分の一のパンがまだ半分は残っていた。
無言で「いらない」と拒否された一片のパンをオレはそのまま自身の口へと運ぶ。そして再度問いかけた。
「むぐ…。ん…で、どうした?」
「ん…うん……、あのね…、あの…ぼく、ジンさんにお願い…あるのです…。聞いてくれますか…?」
「ほー?」
――――いつも、オレへの『頼み事』といえば
「おいコラ、ジン」
なーんて生意気な口を叩いて、ゼロの代わりにジャズの奴が出てきていたが……
今日はどういう心境の変化か、ゼロの方から直接『お願い』とは。
もじもじとしながら遠慮がちにオレの服の裾を引っ張るちっこいゼロは、……うん、可愛い。
生意気で、常に態度のでかいジャズとは大違いの愛らしさだ。
…っつーか絶対にあの野郎はオレの事をナメてるぞ。いつかきっちりシメとかねーと。
「…あの……、ダメですか?ジンさん……」
と、少し感慨にふけっていたらその間にもゼロが泣きそうな顔になってた。
おおう…;今はとりあえずジャズどころじゃねーな。
「いいや、全然ダメじゃねーぞ、ゼロ。遠慮っぽいお前がやっと自力で『お願い』だなんて、オレは嬉しくて涙出そうなんだよ。……よし、いいぞ、言ってみろ?」
「うん…。あの、ジンさん、………その……あの…」
「おう」
「あの…、 ……う…」
「おいおい…、なんだゼロ。泣かなくても大丈夫だっていつも言ってるだろーに。ゆっくり、落ち着いて話せばいいんだぞ?」
「…うん…」
目を見て、ぐぐっと寄るだけで萎縮してしまうゼロ。
うまく話すことができずにグズグズとぐずりだした。
だからオレはゼロの小さな体を足の間から膝の上へと抱きなおして、ゼロが話し始めるのを辛抱強く待ってやる。
ゼロはしばらくの間ぐすぐす鼻を鳴らしていたが、オレが黙って待ってるのを見てごしごしと袖で涙を拭った。
ぐっと泣き止んで、くりくりした目でオレの事を見つめてくる。
「ほら、言え言え」とこそこそ小声で促すと、ゼロは意を決したようにぎゅっと拳を握った。
―――よしよし。なかなか強くなったじゃねーか。
さあ、言え!ゼロ!
「あの…、あのね、ジンさん。
お金貸してください!」
「よし、よく言った!―――って、金ェ!?…金の貸し借りはまだちょっと早いんじゃねーか!?」
「うう…!『しゅっせばらい』します!」
「ぉおっ!?出世払いとはそりゃ大きく出たな…。つーか出世払いってお前…ムズかしい言葉知ってんな…」
「……ダメですか…?」
「いや、ダメじゃねー。けど…とりあえずお前、いくらの金で何買いたいんだ?それによって貸すか貸さねぇかオレが決めてやる」
「…………うん…」
と…、視線をオレからパンへと落とし、ゼロは黙ってしまう。
その様子を見るに、オレには中身知られたくなかったのか、それとも高いモンでも欲しがってたか?
「…何だよ、言えねーか?前向きに検討してやるからちょっと言ってみろ?ん?」
言って、ツンツンとゼロの肩を指先でつっつく。
するとゼロは不安そうにしていた表情を少し笑顔に変えてくすぐったそうに肩をすくめた。そして「やめてください〜」とオレの腕へとしがみついて、そこに顔をうずめる。
……ゼロはこういう、ジャズの奴なら絶対しないような可愛い反応をくれるところがイイ。
仕事で嫌な大人共と関わった後なんかは特に心が癒される。
まあ、かといっていじり過ぎると本気で嫌がってマジ泣きするので、…こう、モフモフ猫可愛がりたい気持ちはなんとか半分くらいで抑えて、オレは再びゼロの返答をじっと待った。
つっつかれなくなって顔を上げたゼロは、しばらくもじもじと考えた後、控えめに"とある場所"を指差した。
道端の向こうにある、銀細工の露店商を。
「……なんだ?アクセサリー欲しいのか?」
訊くと、こくんと小さく頷くゼロ。
「あのね、あれ、プレゼントしたいんです…」
「プレゼント?誰にだ?
まさかオレにか!?」
「ううん、ジャズです…。あっ……ごめんなさい…ジンさん……」
…………いや、いいんだぞ謝らなくても。
ちっと寂しいのが顔に出ただけだから。
「…そーかぁ…、ジャズになぁ…」
「ご…ごめんなさい…」
「あーあ、ほら泣くな泣くな。責めてるわけじゃねーんだから。お前からプレゼント貰ったら、ジャズの奴すごく喜ぶと思うぞ」
「―――本当!?」
「ああ、本当だ。ナイスなアイデアだぞ、ゼロ。よく思いついたな」
「ふふーv」
オレの一言で、しょんぼり涙目を一転パアッと明るくしたゼロ。やっぱり可愛い。
―――が、オレはそのゼロの顔に重ね、ジャズの奴の喜ぶ顔も一緒に想像していた。
いつも身を削って、たった独りでお前の心を護ってるジャズ。
お前は知らないだろうし今後もたぶん知ることなんて出来ないだろうけど……。
お前が思ってる以上に、本当は大変なんだぞ?
そんなあいつが、大好きなお前から(たぶん)初めてプレゼントをもらうんだ。喜ばないはずはないだろう。
半信半疑な顔のあいつにプレゼントを渡して、それを自身の手で開けさせて。
中身が何か知ったとき、きっとあいつはいつものむくれた顔をパッと明るくして―――――
そんで、オレが見ていることにハッと気づいては、顔を真っ赤にして慌ててそっぽを向くんだ。
………だめだ。表情も姿も易々想像できて笑える。
「…ジンさん?」
「おっと、悪い悪い。じゃあちゃんとそれ食べたら、一緒に見に行くか!」
「うん!」
プレゼントを渡した後のことを考えて1人ニヤニヤしていたオレを、不審な目で見ていたゼロ。
頭を撫でてやると安心したようにゼロも笑った。
そしてゼロがゆっくりゆっくりパンを食い切るのを待って、オレはゼロを連れて露店へと向かった。
「…で?お前としてはどんなの欲しいんだ?」
「…えーと…、これです…」
並べてある品物を一通り見てからゼロが指差したのは、――――派手ではない、ワリと小ぶりな銀十字のネックレスだった。
っつーか…
小さな十字架の付いた細いチェーンのそれは……
たぶん……女物…だよな?
「…そ…それがいいのか、ゼロ?ほら、こっちとかの方がカッコよくないか?」
「これがかわいいです…」
「いや、かわいいって…。ジャズの奴怒らねーか?それ…」
「…? ジャズ、怒りますか?どうしてですか…?これ、十字架です…。ぼく、これがいいです…」
「まあ……お前がそう言うならかまわねーけど…。十字架がいいのか?」
問いかけると、こっくりと力強くゼロは頷いた。
「あのね、十字架には神様のご加護があるのです。だからぼく、この十字架をジャズにあげたいです…。
ジャズはぼくを守ってくれるから…、ぼくもジャズに『お守り』あげたいのです」
「あー…、おーお、そーか『お守り』か!今日はずいぶん頑張るなーとは思ってたが、お前の口からそんな言葉が直接出るとは思ってなかったぞ!?」
「?」
ピーピー自分だけ先に泣いてばっかり、ジャズの苦労は知らんぷりかと思えば…。
素っ頓狂な顔を見る限り意識的ではないにしろ、ゼロも心のどこかではわかってたのかもしれねぇな。
ジャズの奴が今心の底で何を欲しがってたのか―――
だから突然ゼロは『ジャズにプレゼントがしたい』だなんて言い出したんだろう。
「よしよし、また一歩前進だな!いいぞ。そういうことなら買ってやるよ」
「わあ、本当ですか?ジンさんありがとうございます!」
「ああ。ただし出世払いだ」
「えぅん…」
「ハハハ。ほら、金」
びっくりして口を結んでしまうゼロに、びっくりするほどでもない金額の金を渡す。…とはいっても子供のゼロにしたらやっぱり大金か。
金を持ってオロオロするゼロをうまく誘導して、自身の手でネックレスを買わせた。
今はゼロの手の中にある、可愛い柄の小さな紙袋に包まれたそれ。
「じゃあジンさん、これ…ジャズに渡して欲しいです」
店を少し離れたところで、ゼロはそれをぐっとオレの前へと差し出してきた。
そのまま受け取ってもよかったんだが――――オレは出しかけた手を途中で引っ込め、ゼロと目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「ジンさん…?」
「なあゼロ。お前それ、自分でジャズに渡したくないか?」
「……? …自分で渡す…、ですか?」
「そうだ。つーか、お前がちゃんと自分で渡さねーとダメだ!」
「ふぐ… どうやってですか…?それ、できないですよ…」
「出来なくねーって、泣くな。いいか、ゼロ。お前の持ってるそれな、実はあいつにとってはスゲー重要なものなんだ。
お前、さっき『神様のご加護が』って言ってたけど……、たった1人でお前を護って毎日がんばってるジャズを守るのは、"神様"なんて概念的なものじゃない。
あいつを想ってお前があいつにあげる、その十字架こそが、あいつにとってはなによりの『お守り』になるんだ。
だからそれは、お前が自分で渡さねーと絶対にダメなんだよ」
「うう…、よくわからないです…」
「あ゛ーっ、だから泣くなって!男の子だろ!」
またグスグスとぐずりだしたゼロ。
オレはその小さなゼロの体をひょいっと抱き上げ、諭すように語りかけた。
「なぁゼロ〜?よくわかんなくてもいいから諦めないでもうちょっとだけ頑張ろうぜ?」
「ぐすっ…。だって、ぼくもできたらちゃんとジャズに渡したいです…。でも、ぼくとジャズは、一緒だから、それはできないのです…。
ジンさんの言ってること、よくわからないです…。難しいです…」
「だからそれほど難しくねーって言ってるだろ。やり方教えてやるから一緒にやってみようぜ?な?」
「…?」
泣き顔のまま頭の上に疑問符を掲げてオレを見るゼロ。
そのゼロの頭をそっと撫でてあやしてから、「いいか、よく聞けよ?」とオレはその方法をこっそりと教えてやった。
「………ん…」
「ん?」
村で取った宿の一室で、ベッドに腰掛け携帯からホームコードをチェックをしていたら、隣に座らせていたゼロの体がかくんと揺れた。
外は日も落ちかけて、ゼロも不安そうな顔でしきりにオレの胴回りにくっついてきていたからそろそろかと思ってたが。
オレが思ってたよりも早く、ジャズが"起きた"。
「…よお、起きたのか?ジャズ」
「……ん? ん〜…、んん?」
がしがしと頭を掻いて、キョロキョロ周りを見回したジャズ。
少し遅れて、自分の膝の上に置いてあった紙袋と、"一通の封筒"にも気づいたらしい。
可愛いトマトの絵がついた、非常にファンシーなそのレターセット封筒を目にして、ジャズの表情が怪訝なものに変わった。
「……なんだこれ?」
「さーな」
「…テメ、中身何か知ってんだろジン」
「まー…、いいからとりあえず開けてみろよ。ゼロからだぞ、それ」
オレがそう言うと、ジャズはオレに疑いの目を向けつつも無言でごそごそと封筒を開け始めた。
出てきた中身は、「ジャズ、いつもありがとう。大好き!」って書き出しで始まる、ゼロからのつたない手紙。
ジャズは最初驚いた顔をしていたが――――、ざっと手紙に目を通した後は、その表情をふっと緩ませる。
"お前の気持ちを直接手紙で書いたらいいぞ"ってゼロに書かせたのはやっぱり成功だったようだ。
しかしそれでも素直に喜んだりしねーところがジャズなわけで。
「…へったくそな字だな…」
手紙を再び最初から読み返しつつ、ぽつんとそんなことを呟く。
「そーか?お前の汚ねぇ字と大して変わらねーだろ」
「…!!! テメ、ヒトの手紙覗いてんじゃねーよ!!」
「あだっ!?」
ベッドから飛び降りてジャズはオレのスネに思い切り蹴りを入れてきた。
…………てめぇ…;
「お前がんなとこで不用意に開くから目に入っただけだろーが!」
「うるせー!!」
顔を真っ赤にして爆発するジャズ。本気だな!
ベッドからテーブルを挟んでさらに距離をとって、オレから逃げて。
さらには手紙を後ろからオレに読まれないようにするためか、ジャズはオレと対面した状態でもう一度手紙をじっくり読んでいた。
お前、どんだけゼロからの手紙独り占めしたいんだ。
そして何度も手紙を読んだ次には、片方の手に握っていた紙袋をガサガサとまさぐりはじめる。
中から出てくるのはもちろん、例の銀十字のネックレスだ。
…………あ、やっぱあいつ不機嫌になった。
「…テメー、これ女物じゃねーか!!」
「って、だから何でオレにキレんだお前は!?オレはちゃんと"別のにしたらどうだ"ってゼロに言ったぞ!?」
「……本当の本当にか?嘘じゃねーだろうな!?」
「本当だっつーのに!!少しは信じろオレを!!グレるぞ畜生!」
そうは言っても納得いかないのか、ジャズは「う〜〜…」と唸りながらネックレスと手紙とを交互に眺めていた。
ぶすっくれた顔だが、でも"ゼロがジャズのために選んで買った"プレゼント自体はすげえ嬉しいんだろう。
それを見る目や口元なんかに嬉しさがにじみ出てるぞ。
「……ほぉーら、良かっただろ?ジャズ。オレのおかげでいいモンもらえて。もっと喜べ。そしてオレにありがとうを言え」
「うるせー!!何でテメーに礼なんか言わなきゃなんねーんだ!!テメーは黙って風呂でも入ってヒゲでも剃ってろ、このヒゲ!」
「だからお前、ヒゲ言うな…」
「だったらハゲがいいか!?」
「ハゲじゃねぇ!!!……わかったよ、わかった。部屋出といてやっから1人で存分に喜べ、まったく…」
「いいからさっさと行けっっ!!」
ベシ、と背中にクッションを投げられ、追い立てられるようにオレはバスルームへと移動した。
まったくホントにめんどくせーな、あのおガキ様は。誰に似たんだ?………オレか?
「…ともあれ…、まあ巧くいったか…」
と、オレはガシガシかゆい頭を掻く。
正直ジャズの喜びようを覗いてみたかったが、オレもそこまで野暮じゃねぇ。
初めてカタチに見えるゼロとのつながりを手に入れたんだ。存分に喜ばしてやりたいと思う。
あれで少しはあいつも安定すると良いが。
そんなことを思いながら、オレはバスタブに湯を張り始める。
たっぷりの熱い湯で長旅の垢と疲れとを落として、ついでにそのあとヒゲも剃って。
念入りに時間を潰してから部屋へと戻ると、ジャズの奴はベッドの上ですでにグースカ寝てやがった。
「おーお、幸せそうな顔で寝やがって…」
首に銀十字のネックレスを下げて寝るジャズは、オレがプニプニとほっぺたをつついても起きなかった。
普段なら日付が変わる時間ぐらいまで、1人では絶対に寝られないような奴が。
「"拠り所"…できて良かったな、ジャズ…」
オレはジャズの頭をそっと撫でてから、ベッドの上に投げ出されていたジャズの体へ毛布をかぶせてやった。
そして明日コイツが起きたら、「寝るときぐらいネックレスは手首につけなおせ」って説教してやろうと思うのだった。
本編第二部メニューページへ/
番外編 68-EX:暗い森
『暗い森』から微妙に続きです。1人きりの夜から十字架貰ってちょっと安定するちびジャズ君のお話?
すもも