暖かな日の光が目元に差し込み、クラピカはまぶしさで目を覚ました。
わずかに目を開ければ、視線の先には大きな窓。まぶしい太陽が顔をのぞかせていた。
「ぅ…ん…、」
うつ伏せの状態のまま、顔だけ日の差し込む方とは反対を向く。
これでもう少しは寝ていられそうだ。
すうっと髪を揺らす涼しげな風と、傍にある誰かの鼓動が、とても気持ちよかった。
「ん…?」
―――そのときクラピカはふと、誰かの手が頭に触れるのを感じた。
幼い頃、病気で寝込んでいた自分をあやしてくれた母親の手のように、やわらかに体をなでていく誰かの手。
その暖かさと優しさが、家族と………大切な仲間達と共にあった、幸せだった日のことを思い出させる。
なにか少しの希望を抱いてクラピカはうっすらと目を開けた。
起きたらそこには母親が、両親が、友が、笑顔で座っていてくれるのではないかと。
しかし、ぼやけた視界に映ったのはボロボロに崩れかけたコンクリートの壁と、薄汚れたシーツ、枕だけ。
クラピカは落胆する。
そして思い出した。
―――『彼ら』は、もう5年も前に死んでいるのだということを。
何を考えるでもなく、ぼんやりとクラピカは視線の先にある壁を見つめる。
耳には変わらず、誰かの鼓動が届いている。
寝起きのせいもあり、思考が弛緩していてそれが誰の鼓動なのかはじめはわからなかった。
しばらくボーっとその音を聞いていて、しかしそれがなんだったかをハッと思い出しクラピカは体を起こした。
目の前では、暖かい日差しの中で白いベッド…たくさんの枕に埋もれて青年が1人、眠りについていた。
光に透ける細い髪。発光する白い肌。整った顔立ちの、その青年。
青年の左腕には痛々しく包帯が巻かれていた。
――――――聞こえていたのは、そうだ。彼の…ジャズの。
「……ん………なんだ、目ェ覚めたのか、クラピカ」
「…あ…すまない、起こしてしまったな…ジャズ」
クラピカがじっと顔を眺めていたせいか、それともクラピカが起き上がって体の上からその重さがなくなったせいか、ジャズがふと目を覚ました。
大きなあくびをして眠たそうにゴシゴシと目をこするジャズ。
それを見てクラピカはすまなそうに眉を下げた。
―――そうだった。
あの後結局倒れてしまい、ジャズのベッドでそのまま寝かせてもらったのだった。
「ん〜…?……どうした?お前まだ熱下がってねーんだろ、クラピカ。つらいならまだ寝てていいぞ?」
「あ…いや……そういうわけにも…。それに私よりお前の方が」
「いいからよ」
「うわ」
呟いてジャズはクラピカの頭を強引に抱き寄せ、再びベッドの上へと戻した。
クラピカを寝かせようとしているのか、ジャズはしきりにクラピカの背を撫でてくる。
ふとその顔を覗けばジャズはすでに目を閉じて再び寝に入ろうとしていた。
(…自分が眠たいだけじゃないのか…;)
ジャズに気付かれないようにそっと笑った。
そしてクラピカもジャズの手の動きに従って、持ち上げていた頭をその場に横たえる。
ぽんぽんと背をなでた手の感触に安らぎを感じて、クラピカは「まあいいか」と安堵のため息を吐いた。
おとなしくジャズの胸の上に体を横たえていれば、トクトクとジャズの心臓の鼓動が聞こえてくる。
それは眠りを邪魔するような大きな音でもなくとても優しい音色をしていて…。
(…心地いい…)
ゆっくりと静かに上下するジャズの胸の上で、クラピカは再びうとうとと目を閉じた。
――――何年ぶりだろう。こんなにも安らかに、穏やかな気持ちになれたのは。
あいつらを…蜘蛛を倒し、奪われた仲間の目を取りもどすそのときまでは、自分に『安らぎ』など二度と訪れることはないと思っていたのに。
(ジャズのおかげだろうか…)
鼓動を耳にしながら、ジャズの顔を見上げる。
ゴンでもキルアでも、レオリオでも。―――ゼロが側にいてくれたとしても。
彼ら相手ではきっとここまで安らげなかった気がする。
ジャズの鼓動だからこそ心地いいのだ。
愚かな自分の見誤りのせいで死なせてしまうところだった、『彼』の命の鼓動だからこそ。
(…お前は、……生きているのだな、ここに…)
そのことを何よりも強く実感させてくれるから。
…そうだ。だから、彼の鼓動は何よりも心地よくこの心に響く。
「………ジャズ」
「…んぁっ?」
静かになったから、ジャズはクラピカも寝たのだと思っていた。
なるべくクラピカの気にならないようにその細い金糸の髪をふわふわと弄んでいたら、寝ているはずのクラピカからいきなり呼びかけられジャズはどきりとして素っ頓狂な声を上げた。
「…どうした?手ぇ、邪魔だったか?」
「いいや……。『ありがとう』と伝えたかった。…そして『すまない』とも」
「…ふーん?」
なにが?とばかりに、寝転んだままで首をかしげるジャズ。
ゆっくりとクラピカが身を起こした。
「お前がこうして、死なずにいてくれて―――本当に嬉しい。……でも私には…、私にはまだやらなければならないことがあって。
"それ"はきっと…ジャズ、お前に『蜘蛛』か『私』か…、再び辛い選択をさせてしまうことにもなるだろう。
……だが、たとえ"そのとき"にお前が私の敵に回ったとしても、私はお前を責めたりはしない。
だからジャズ。今度はお前も、お前の望むままに往く先を選んでくれて構わないんだ。
お前がどんな道を選んでも、私は…お前を『裏切った』などと思いはしないから…」
クラピカの真摯な瞳が、ジャズの瞳を捉える。
寝起きだった事もありジャズは最初、クラピカの言ってる事が何の事だかいまいちよくわからず、きょとんとしていたが。
――――『蜘蛛』か『私』か。
その言葉を理解して、少し笑った。
そして手を伸ばして、くしゃくしゃとクラピカの頭を撫でる。
「蜘蛛かお前か…、そんなの選ぶまでもねーよ。そう心配すんな。
オレの選ぶ道はいつだってゼロとおんなじ。ゴンやキルアやレオリオと一緒だ。どんなときだって、お前を選ぶよ。―――クラピカ」
「しかしお前は……っ!」
クラピカはそこで言葉を呑んだ。
ジャズは変わらず、じっと自分を見つめて笑っている。
その彼に、
『"あいつ"と一緒にいたいのではないのか?』
『本当は蜘蛛と戦いたくないのだろう?』
そんなことを聞くことはできなかった。
たとえそうなのだとしても、彼はそれを踏まえて選んでくれたのだ。『私』を。
知らずにぽろぽろと涙が出た。
「…だから何泣いてんだって」
ジャズが体を起こす。苦笑いで、優しくクラピカの頭を撫でた。
「すまない、ジャズ。すまない…私は…っ」
「わかったわかった。…だから泣く暇があるなら休め。熱出して倒れたんだろうが?」
「わっ…」
ぎゅ、と頭を胸に押し付けられる。
それほど強い力ではなかったから、抵抗すればすぐにその手を押しのけられた。けれどクラピカはそれをしなかった。
程よい束縛が妙に心地よく感じられて、クラピカはジャズのされるがままその腕に抱かれていた。
熱い涙が頬をこぼれて、ジャズの服に染み込む。
―――――ジャズに言いたいことが山ほどあったはずだった。『ありがとう』や『すまない』だけではなく、もっといろいろ。
なのに、ジャズのぬくもりに抱かれているうちに気持ちよさで思考も溶けて何もかもわからなくなった。
(すまない…ジャズ……。)
お前にはまた、辛い戦いをさせてしまうことになるな。
けれど――――私はもう二度と、同じ過ちだけは繰り返さない。
お前を…もう二度と…
ジャズ………
「クラピカ…」
クラピカがふたたび眠りについたのを見計らってジャズは彼の体を抱き上げて、再びベッドへ横たえてやった。
安らかな寝顔。
それを少し眺めてから、自分の視界に垂れ下がる前髪をかきあげて、長くため息を吐いた。
口元に、わずかに微笑みを浮かべて――――
「…お、起きたのかジャズ?」
「……っ!!?」
その声にびっくりしてジャズは声のしたほう―――ドアのほうへバッと顔を向けた。
そこにはレオリオと、センリツの姿。
「珍しいな、隙だらけだったぜ。今。」
右手で銃の形を作り、『バァン』と口で言いながらレオリオはそれを撃つまねをする。
センリツはそれを見て、ふふっと笑っていた。
「な…、い、いつから居た、お前ら」
「おっと人聞きの悪い事言うなよ。オレぁずっとドアの外にいたぜ」
「私も」
ニヤニヤ笑うレオリオと、くすっと笑ったセンリツ。ジャズはなぜか顔を真っ赤にした。
「…そういうのを"聞き耳立ててた"って…」
そっぽを向いてぶつぶつ言うジャズの背中に、センリツが持ってきたお盆を差し出して言う。
「まあまあいいじゃない。お腹すいてると思って持ってきたわ。どうぞ食べて?ジャズさん」
言われてちらりと肩越しに見ると、お盆の上には白粥が盛られたお皿と銀のスプーン。そして水の入ったコップ。
確かに小腹もすいていたので、ジャズはまだ照れたまましぶしぶとそれを受け取った。
「…サンキュ」
「はい」
「そこじゃなんだろうから、こっち来て食えよ」
壁際の、少し開けた床の上に座ってレオリオが2人を手招きをした。
センリツはすぐさま笑顔で移動。しかしジャズはお盆を持ったままベッドのところに座りっぱなしだった。
「おいジャズって」
「……オマエの前で食うのはなんか嫌だ」
からかわれると思ったのだろう。ふてくされ気味にジャズが言う。
「んなこと言ってる場合か!そこで食ってたらクラピカが起きちまうだろーが!」
「ふふ。声が大きいわ、レオリオさん。……でも…どうかしら?ジャズさん?」
レオリオの言う事ももっともよ、とセンリツが目で訴える。
クラピカの安らかな寝顔を見て少し悩んだ後、しぶしぶジャズはベッドから離れた。
つづく
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書いてて眠たくなった…
すもも