「さてと…」
空になった皿にスプーンをカチャンと置いて、ジャズが立ち上がる。
ジャズの隣で雑誌に目を落としていたレオリオが視線を上げ、クラピカの側にいたセンリツも振り返った。
「なんだジャズ、どこか行くのか?」
「ん、ちょっとな」
「…お、おい!」
一言言うだけで、スタスタと部屋を出て行こうとするジャズ。
ジャズの行こうとしている先が気になって、雑誌を手に持ったまま慌ててレオリオも立ち上がる。
しかしジャズは振り返って、笑顔で言う。
ジャズ特有の妖艶な笑みではなく、ゼロのそれに近い、柔らかな笑顔で。
「大丈夫だって、別にお前が心配してるようなトコへじゃねーよ。
オレがお前らと合流するまえに泊まってたホテルに、まだオレらの荷物が置きっぱなしだからな。ちっと取りに行って来る」
「そ…、そうか…」
"お前が心配しているようなトコ"――――蜘蛛。
だがレオリオのその心配も見透かしたようにジャズは笑って言った。
その様子に安堵して、レオリオも表情を緩ませた。
「………わかった。じゃあ気ィつけて行って来いよ、ジャズ」
「おーう」
放たれたレオリオの言葉にジャズは右手を上げてそれに応えて、「んじゃ、行ってくる」と部屋を出て行った。
「………無いな。」
クラピカが寝る部屋とは別の部屋で、キルアはゴンと共にパソコンの画面を覗いていた。
覗いた先は、電脳ネット上の大型懸賞サイト。膨大な量の人名リストをスクロールしながら、その中に自分達の名前が無いか大雑把に確認する。
「あいつらのことだからオレらに賞金かけてでもジャズのこと取り返そうとすると思ったけど」
あいつら―――もちろん蜘蛛のことだ。
ゴンもこくりとそれに頷いた。
「諦めたのかな?ジャズの事」
「それはねーよ。旅団クラスの能力者なら、別にこんなトコで他の連中頼らなくても、ってことじゃねーの?自力で探し出す気なんじゃね?今はまだ機をうかがってるって可能性もある」
「そっか…」
リストの最後まで見て自分達の名前が無いのを確認して、とりあえずは安堵のため息を吐いた。
浮かせていた尻をぺたんと床に落ちつかせたゴン。
キルアも、パソコンを閉じてゴンの方に振り返った。
お菓子の袋をがさごそと広げ、中身をつまむ。
「まあとにかく、しばらくの間は"探されてる"って前提で行動した方がいいかな。ヨークシンでの移動は全部タクシーで、とか、名前の記入が求められる施設は使わない、とか」
「そうなるとこれからの行動で一番危ないのはオークション会場への移動だね」
「細心の注意を払って、…ってことだな。―――ところで」
ずいっとゴンの方へ身を乗り出して、胡散臭そうに目を細めるキルア。
ゴンの顔に頼りなさげな愛想笑いが浮かんだ。
「お前、本当に大丈夫なんだろうな!?前に言ってた『作戦』ってヤツ!」
「ホント!ホントだって!……確率五分五分だけど」
「てんめ!最初は成功率70%っていってたじゃねーかよ!!」
「いたたたっ!?ギブギブ!キルア!!タンマ!タンマってば!!」
「……………何をじゃれついてんだお前ら…」
「「あ。」」
コブラツイストでゴンをシメていたキルア。誰かの声に、2人揃って顔を上げた。
ドアの開いた入り口の向こうで、ちょうどそこを通りかかったジャズが、冷たい目で2人を見下ろしていた。
ゴンとキルアはそれを見て、はじけたようにバタバタとジャズの前に駆け寄った。
「ジャズ!」
「もう起きてよかったの!?」
「おぉ。起きてよかったのっつーか、オレは別にどこも悪くねーし……あ、腕折れてっけど」
包帯に巻かれた左腕を上げながらジャズが言う。
かなりきつく固定してあるので多少なら動かしても問題ない。
「…で、何やってたんだお前ら?喧嘩か?」
「いや、それがさー!こいつ、オレたちの予算全然足りてねーってのに『ゲームのことは大丈夫!任せろ!』とか大ミエきって、そのくせ今になって『やっぱ無理かも』とか言い出すんだぜ!?」
「違うよキルア!無理とは言ってないじゃん!」
「確率五分じゃ最初と言ってる事全然違うじゃねーかよ!!」
「あーあーもうわかったうるせー、少し黙れ」
やいのやいのと再び騒ぎ出すゴンとキルアをジャズは一言でぴしゃりと抑える。
「つまり、だ。お前らまだゲーム買うための金、90億だかを集めきってないわけだな?」
「う、うん…;」
「あとどのくらい足りねーんだよ?」
軽い感じで聞きながら、ジャズは入り口から部屋の真ん中へ場所を移して、床に座り込んだ。
ゴンとキルアはお互いの顔を見合わせる。
そしてジャズと同じく床に座り、歯切れ悪く説明を始める。
「ジャズ…、ゼロから聞いてない?」
「あん?」
「実はさ、その……お金集めミスっちゃって!」
「所持金、今8千万くらい。あとゴンは借金が1億」
「はぁあ!?」
ゴンは力なくあはは…と笑い、キルアはしれっとした顔でお菓子をほおばる。
呆れ顔で、ジャズはがしがしと頭を掻いた。
「所持金8億からどうやったら1・2ヶ月でそんなになるんだよ………っとにしょうがねぇ奴らだな…」
「ご、ごめん…;でも大丈夫だよ!実は作戦が」
「オレが金、出してやろうか?」
『作戦があってさ、』と言いかけたゴンと、ジャズの声が見事に重なった。
交じり合った言葉を理解した後、ゴンやキルアが意表を突かれたような間抜けな顔をジャズに向けてくる。
「………え?何?ジャズ?…今なんて言ったの?」
「だから金を出してやろうかって。300億はあるぞ?オレの貯金」
「「は!?」」
ジャズの一言に、ゴンとキルアは言葉を失う。
「待てよジャズ!!300億!?はぁ!?ありえねーだろっ!!」
「ありえねーとか言われても事実だし。オレはお前らくらいん時から高報酬でずっと始末屋やってきたし、
ゼロの奴だって『180階のエンジェル・スマイル』なんてマヌケなあだ名つけられるくらい、かなり長い間天空闘技場で稼いでたんだからよ」
「でもジャズ、300億なんてものすごい大金だよ!?いくらなんでもそんなの借りられないってば!」
「別に貸すなんて言ってねーだろ。やるって言ってんだよ」
「ぅおいジャズ!?待てって、そっちのがありえねーだろ!いいのかよ!?」
「いーんだよ。これはオレなりの礼のつもりだから」
「『礼』…?お礼…って?ジャズ?」
納得できず、ゴンが首をかしげる。
するとジャズはまた頭をがしがしと掻いた。きっぱりとその口から言うのが照れくさいらしい。
ゴンとキルアが黙って待っていると、ジャズは決心がついたのかそのうちにゆっくりと話し出した。
「その……、オレがあの時消えずに済んだのも、お前らがいてくれたおかげのような気がするから…。
お前らのおかげで、オレは…また…アイツと笑いあうことができるんだ。………お前らにはスゲー感謝してる。…だから」
それ以上は照れくさくて言えず、言葉が途切れる。
するとゴンが、不思議そうな顔で残りの言葉を補完する。
「…だから、そのお礼がしたいってこと?」
「ああ。オレにはそれ以外にいい方法が見つからね…」
「そんなのダメッ!!」
「………は?」
言葉の途中で力いっぱい拒否され、ジャズは目を点にした。
断られる理由が見当つかないし、あんな恥ずかしい思いして言った言葉を今更引っ込めるつもりも無い。
身振り手振りを加えてゴンを問い詰める。
「だってお前…、グリードアイランドってゲーム、ジンの唯一の手がかりなんだろ?金が無いと手に入れられねーっつって…せっかくオレが」
そう言うとゴンは「違うよ」と首を横に振った。
「そうだけどさ。…でもあのとき結局ゼロを救ったのはジャズだし。ジャズを救ったのもゼロ。オレ達何も出来なかったもん。お礼なんてもらえないよ。ね、キルア?」
「んーまぁ、そうだけど……。でもホントにいいのか?ゴン?」
「いいの!!オレはジャズからお礼がほしくてやったわけじゃないし!オレが助けたいって思ったからやっただけだよ!……結果はアレだったけど。
だから、お金なんかいいんだ。ジャズの気持ちだけ貰っとく!」
しっかりとジャズの目を見て、明るく言ったゴン。
ジャズは瞬時に返す言葉が無くて、わずかの間あっけにとられたような表情をしていた。
「ハ…、」
ふっと表情を崩し、ジャズが笑った。
何事かと、ゴンとキルアがジャズを注視する。
「…生意気だよ、お前」
そう呟いて、ジャズがゴンのほっぺたをゲンコツでむにゅっと軽く殴ってきた。もちろん痛くなんてない。
「何するんだよジャズ〜」
「うるせー、この………。(サンキュ…)」
「え?何?ジャズ?」
ボソッと聞こえた声を、隣にいたキルアがニヤニヤしながらわざとらしく聞き返してきた。
いたずら猫のような顔をしているところを見ると、ジャズの小さな言葉はしっかりとキルアの耳には届いていたのだろう。
カッとジャズが顔を紅潮させた。
「うるせー!!なんでもねーんだよ!!」
「またまたー。照れなくてもいいじゃんー」
「黙れ!ぶっ殺すぞキルア!!」
「え?何?何?ジャズ?どしたの?;」
「じゃあこれからどーすんだお前ら?ゲーム諦めんのか?金無いんじゃオークション参加できないだろ」
缶ジュースを一口すすって、落ち着いたジャズが聞いてきた。
まだ少し、顔は照れくさそうだった。
「あ、えっとね…、さっきも言いかけたけど、オレ実はそのことに関してひとつ考えがあって」
「…考え…?」
「うん。ぶっちゃけた話、オレ達が欲しいのはゲームそのものじゃなくて、ゲームの中の情報なわけだから…ゲームは別に無理して買わなくてもいいと思うんだ。
ハンターサイトでバッテラって大富豪がゲームのクリアデータ探してるって情報があったんだけど、クリアデータ欲しがるくらいだからプレイヤーも探してると思う」
「あーあー…なるほどな…」
そこまで聞いてジャズはゴンの言おうとしてることが読めた。
横でゴンの話を聞いていたキルアも同様のようだ。顎に手を当てて、検証するように少し考え込んだ。
「そっか…そりゃ面白い…。たしかにそれなら金かけなくてもゲームはやれる…。何で気付かなかったんだろ…。
それ、イケるよゴン。50%どころか8割方成功する!」
「ホント!?キルア!」
「ちっ…、んだよ」
ゴンとキルアが盛り上がる中、ジャズだけが不服そうだった。
あれだけ照れくさい思いをしたのに、なんの意味も無かったのだ。
自分が手を貸してやる必要など最初から無くて、ゴンはすでに正しい"答え"に手をかけていた。
―――オレの小さな勇気と恥じらいを返せ。
そう思って、口を尖らせていると。
「でさ、ジャズも一緒にやろうよ、グリードアイランド!」
「ああ!?」
いきなり話を振られて、ジャズは驚く。
「オレ、ジャズやゼロのこともっと色々知りたいしさ!だから一緒に行こうよ!」
ねっ!?と笑顔で詰め寄ってくるゴン。
気圧されて、ジャズは身を反らせた。
そして勢いに飲まれないようにか、ぷいとそっぽを向いて。
「………まあ、仕事が入ってなかったらな」
「えー!?そんなこといわないでさ〜」
「るせ、くっつくな!暑苦しい!」
右腕にくっつくゴンをうっとおしそうにはがそうとするジャズ。
キルアはニヤニヤしながらそのジャズとゴンのじゃれあいを観察していた。
「キルアも座ってないで何か言ってやってよー」
「んー…、大丈夫だよゴン。ジャズ、たぶん行く気満々だから」
「テメ、黙れッつってんだろキルア!!」
つづく
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もちろん行きますよ!
すもも