double style ◆83:プレイヤー選考会



「…すごいなー、バッテラさん。競りに出された7本のゲーム、全部競り落としたけど個人資産の半分を失ったって出てますよ」


朝、コンビニでパンを買うついでに買った新聞2紙を読みながらそんなことをぼやく。

すると僕の右隣の席に座っていたキルアが呆れた表情でそんな僕を見て、「ゼロ、新聞って…のんき過ぎねぇ?」って言ってきた。



「そうは言っても、だってもうこうなった以上焦っても仕方なくないですか?順番来るまで、あとは平常心が一番ですよ」

「そりゃそうだけどさー。…新聞って。」


キルアがどことなく焦っているのもなんとなくわかる。


結局、資産家のバッテラさんはオークションにかけられた7本の「グリード・アイランド」を、他の競売人たちの追随を許さないような金額で全て競り落とした。

それと同時にバッテラさんはネット上だけじゃなく、テレビ露出や新聞広告まで使ってプレイヤーを公に募集し始めて。



で、僕たちはその選考会会場にいるわけですが……。


ハンターサイトにあった500億って懸賞金(あ、ちなみにこれもバッテラさんが懸けたものでした)もまだ生きてるみたいだし、倍率はやっぱり高かったです。

会場内は懸賞金目当てらしいすごい人数でごった返して、僕たち3人もよく席に座れたなーって感じでした。


それから主催者側から軽い説明があって――――



そもそもゲームの説明書にもあった通りゲームプレイ開始にはまず『練』が必要で、それはつまりプレイヤーは念能力者に限られるって事。

とはいえ『練』自体は念の基礎だし、誰でも出来る……って言うとちょっと語弊があるけど、逆に言えば『練』さえ出来ればゲームは誰でもプレイできるって事だ。

実力不足のプレイヤーのやたらな参加を防ぐために、参加希望者はすでにゲームプレイヤーとしてバッテラさんに雇われているツェズゲラさんに念をそれぞれ審査してもらって、それで合否を決定するらしい。


合格枠は32名。


…とまぁここまでは僕も、ゴンとキルアからすでに話を聞いていたんだけど…



説明後にはあっという間に選考審査が始まって、……要するに僕たち、スタートダッシュに乗り遅れました。


会場内ステージをシャッターとカーテンで仕切ってその中で審査するんだって。

で、そのステージに向かって今もうすっごい大行列で、とりあえず僕らも順番待ちです。


ここまで行列しちゃったら並んでも並ばなくてもおんなじだから、席でのんびり新聞でもと思って。ここへの移動中に読もうと思って買った奴なんですけど、意外な役立ち方したな〜。

会場内の総人数は変わらないわけだから、こうして待ってたらいずれは審査受けられるんじゃないでしょうか?



「つっても32名の合格者が出た時点で締め切りって言ってただろ?」

「そうなんですけど…。僕の見た感じ、ゴンとキルア以上の人はあの順番の列にはいなさそうですから大丈夫ですよ〜」


のほーんと言うと、キルアはどことなく引きつった顔をした。


「毒っ舌…。いや、ゼロもそういうトコ前からあったか…」

「え?なんですって?」

「いや、なんでもない。…そういやあのツェズゲラっておっさんも言ってたよ。『後発プレイヤーが参加できない状態は避けたい』って。

それって、この選考会では32名も合格しないって事でもあるか」


「まぁ、そうでしょうね。たぶん選考審査自体、かなりのレベルを要求してきてると思いますよ?

10年以上クリアした人がいないって話だし…。32名分の枠があるって言っても今回で全部埋めるつもりはないんじゃないですかね?

…ともすればゴンとキルアでも、油断すると危ないかもしれないですし。キルアも今のうちにちゃんと集中しといたほうが良いんじゃないですか?ゴンみたいに」


と、持っていた新聞を一旦膝の上に置いて、僕は僕の左隣でさっきからじっと拳を見つめて集中しているゴンを指差した。

僕らの会話もどこ吹く風で、ゴンは1人、この場においてもこの4日間と同じように『纏』と『凝』と『絶』の修行に勤しむ。


それを指して「…ね?」とキルアに笑いかけたら、「……それ、のんきに新聞読んでるゼロに言われたくないな〜」なんて言われちゃいましたけど。むー。


『…ま、確かにこっちは左腕も使えねーしな。変に気ィ抜いてお前だけ落ちたら悲惨だな、ゴンとキルアだけ受かってよ。

…とはいえお前の実力で落ちたらそれこそ誰も受からねー気もするけど』



てっきり昼寝してると思ってたのに、いつのまにか起きてたらしいジャズにもそんな風に突っ込まれた。

…や、僕だって単に気を抜いてるわけじゃないんですってば。


「僕だってちゃんと考えてますよ〜」

『……まあ逆でも悲惨だけどな』

「え、なにそれ?僕だけ受かって、って事?そんなことないですよ。ゴンとキルアなら絶対!」

『…どっから来んだよ、その自信…』


呆れた風に言うジャズに、僕はグッと拳を握って見せる。

するとそんな僕の行動を不審に思ったのか、キルアばかりかゴンまでも僕の方を見て来た。あっ、すいません邪魔して;



「…ねぇゼロ、もしかしてジャズと何か話してる?何の話をしてるの?」

「それはもちろん、ゴンとキルアがちゃんと受かりますよ!って話です!」


ジャズへの反発もあって、むふー、と息をふかして自信満々にゴンに言ったら、キルアから


「あー…、それってジャズはオレ達が落ちると思ってるってコト?」

って、意地悪そうな猫目で言われた。


「いやいや、そうじゃないですよ!?」

「「思ってるんだ…」」

「ドツボ!!違いますから、ねぇ!」


キルアどころかゴンにまで突っ込まれてしまって、あわあわと僕は発言を取り消す。

そんな悲しい目で僕を見ないでください、ゴン!僕はちゃんと信じてるんですから!!




『もー。ジャズのせいでゴンにまで怒られたじゃないですかー』

『いや、オレのせいじゃねーし。お前がごちゃごちゃ口に出して喋るからだろ…』


ゴンに続いてキルアも、審査に向けての念の集中に入ってしまったし、僕は半泣きになりながら新聞の記事に戻る。

会場内を見渡せば、まだ行列も切れそうになかったし。




ヨークシン界隈で発行されたここ数日の新聞は、大方がヨークシン各所で開かれているドリームオークションの話だ。


特に今回のサザンピースオークション―――言っちゃうとバッテラさんのグリード・アイランドのオークションが記事としては一番紙面を割いている感じです。

つぎ込んでる金額が金額ですから、やっぱりというか新聞2紙とも注目度は高くて。この分だとたぶんどの紙もそうなんじゃないかな。



記事によると、これまでにバッテラさんがグリード・アイランドのためにかけた資産は、少なく見積もっても2,000億はくだらないって…。


いや、2,000億って。ケタ1個おかしくないですか?これ…。

僕が貯金はたいて参加したとしても絶対競り負けてただろうなぁ。お金の使い方が豪快過ぎて寒気がしますよ。


一体何がそんなにバッテラさんを駆り立ててるんでしょうね〜?



『いくら"コレクター"って言ったって、念能力者でもないバッテラさんがハンター専用ハンティングゲームを買い漁ることに何の意味があるんですかね…?それともコレクターってそういう物なんでしょうか?』

『…さーな。でも買って眺めるだけってのはねーと思うぜ。ゲーム攻略に必要なプレイヤーをこうやってわざわざ募集してんだから』

『あ、そっか…。じゃあこの記事にあるみたいに、クリア後には何か起こるらしいっていう噂を信じて?ってこと?

そんな「噂」程度の信憑性に2,000億も賭けるのはリスクが大きすぎる気がしますけど。何が目的にあるのかな…?』



紙面でもそのあたりの謎解き議論が活発で、クリア後に現実世界での財宝のありかがわかるのでは?とか、なんでも願いを叶えてくれる龍が出てくるのでは?とか、イロイロうわさが飛び交っていますけども。

ていうかもうちょっとどうにかならなかったんですか、この記事;



『…目的、か…。そうだな…。いくら金をつぎ込んだとしても絶対に手に入れたい物…。オレならお前…だな、ゼロ』

『えっ!?何その唐突な口説き文句!?なんですか急に!?』


『………例えばの話、もしもお前があの夜のまま―――目覚めることもなくオレが1人でこの世界に残されたとして…。

そんなオレに"このゲームにお前を取り戻すための手掛かりがある"……なんて誰かに囁かれたとしたら。オレは間違いなくオレの持ってるあらゆるモンを全部、このゲームにつぎ込んでた。

例えバッテラの奴にオークションで競り負けると、最初から分かっていてもだ』


『あ…そうかぁ…。それも一つの未来だったかもしれないんですね……。となるとバッテラさんの欲しい物っていうのはやっぱり』

『ちょっとどころの小金持ちや成金ならともかく、バッテラぐらいの資産家になるとほとんどの事はそれこそ全部金で解決できる。…なら、到底"金には代えられないもの"……だろうな』

『そうですね…。そうなるとバッテラさんもお歳もお歳でしょうから…、ご本人の病気…。あるいは奥さんとか、子供…。亡くなられたか、病気かなぁ…』


『おいおい。いくら念能力でもさすがに『死者を生き返らす』っつーのは無理だ。死体を『物』として使えるような奴はいるだろうが…。

…ゲームにつぎ込んだ額を、そのまま現代医術につぎ込んだとしても治せないヤツ…って事だろ。

とはいえ、それもオレにとっての大切なものを単に掘り下げたにすぎねぇ。生まれも育ちもずーっと金持ち、みてーな人間の考えることはよくわかんねーからなぁ。

始末屋としてオレが見て来た金持ち連中なんてのは、もっと独善的で汚ねぇ連中ばかりだった。バッテラもそうじゃねぇ保証はねーぞ?

本人の歳だけ見るなら、病気よりも若返りってセンもありそうだな。大抵の創作物だと、度を超す金持ちが金の次に求める先は、女と若さ、ってのが定番だ』


『あはは。それだとバッテラさん、悪役の黒幕になっちゃいますよ?そもそもキミ、言うほど本とか読まないのに〜』


『うっせーな、オレだって本ぐらい少しは読むっての。

…ま、念能力者の作ったゲーム……なら、その見返りはおそらく念能力…って考えるのが自然ではあるだろ。オレ達、念能力者からすればな。

ハンターなら、用意された財宝よりも未知の刺激を、って思うモンだ。…このゲームを勧めて来たのがジンの野郎ってんなら…、それもなおさらだ』


『…そうですね。"あの"ジンさんがわざわざゴンに…ってロムカードまで準備していたゲームなら、きっとそうでしょうね。

ハンター専用ハンティングゲーム…か。一体何が用意されてるのかなぁ…』



懐かしいジンさんのひげもじゃの笑顔が頭に思い浮かぶ。


まだ審査を通ったわけじゃないけど、今さらながらに僕、なんだかワクワクしてきちゃいました。





『ところでこの、最初に盗まれた一機っていうのは…』


と、僕は膝の上に置いた新聞記事の一行を指した。


競りに出されたグリード・アイランドは全部で7本。そのすべてを、バッテラさんは競り落としたみたいだけど…。

でも305億で落札した最初の1本は運搬途中に何者かに強奪されたらしくて、バッテラさんが今回実際に選考会に出してきたグリード・アイランドの本数は6本となっていた。


『……んなもん、この時分ヨークシンでこんだけ派手な強盗となると、十中八九あいつらの仕業だろうな…』

『やっぱり。……えー…ってことは幻影旅団の人たちも「ゲーム」とかやるって事…?;』

『そりゃ、念能力者が作ったっつー触れ込みで"本当に死ぬかも"なんて噂がありゃ、まぁ…興味を惹かれたとしてもそこまでおかしい話でもねーだろ。

あいつらが素直にプレイヤーの募集に応募してくるとも思えねーし…。つっても、あのメンツの中の誰がどんな顔して「ゲーム」なんかに興味惹かれるんだよ、って話だが』


『ああー…。特A級賞金首「幻影旅団」が肩並べてテレビゲームとか、言われてみるとあんまり想像つかないかなぁ…』


なんて、言ってからある程度知っている顔を思い浮かべてみるけど、…うーん、だめだ。

情報系強そうなシャルナークさんぐらいしか、ゲーム好きそうな顔が思い浮かばない。



『中で鉢合わせだけは勘弁してもらいたいもんだけどな』

『それは…確かに。…あ、もしかしてどこかで僕らがグリード・アイランドを探してるって話を聞いて、中で待ち伏せとか…?』

『は?ゲームん中で待ち伏せしてどうすんだ。中に入るわけでもあるめーし』

『えぇ…。キミが中で鉢合わせとかって言うから…。でも念能力者の作ったっていうゲームだし、中で死んじゃったらリアルでも本当に死んじゃうって話もあったから、僕てっきり…』


『まぁ…無くはねぇか。なんでゲーム中に死んだらリアルでも死ぬんだろうな?念による精神攻撃ってことか…?』

『さあ?そこはまずプレイしてみないと』



ジャズと2人、うーんと首をひねってみるけど、それで答えが出るわけでもなし。

この選考会に合格さえすれば、ゲームについての詳しい説明はまた別にありそうですしね。


あらかたの新聞記事も読み終わり、元通りに折りたたんでから正面に目をやったら、審査待ちの行列もだいぶ消化されてた。




「……じゃあ次は僕、行こうかな」


立ち上がって、たたんだ新聞を席に置く。申し訳ないけど、これは会場の人に片づけてもらおう。

持ってきていた2本の愛用の剣を肩に担ぐと、ゴンとキルアの二つの目線が僕に向いた。




「頑張ってね、ゼロ!」

「オレ達も絶対合格してやるからな!」

「はい!先に向こうで待ってますね、ゴン、キルア」


…って僕が言うと、ゴンが「あ、」と何かに気づいた顔をした。…んん?



「なんか今のゼロのセリフ、ハンター試験でも聞いた気がする」

「……そうか?天空闘技場でじゃね?」

「…そうだっけ?」


「ふふっ…。言われてみれば、いつも僕、2人の事待ってる気がします。じゃあ…また後で会いましょう?」


笑って手を振ると、ゴンもキルアも僕に向かって力強く頷いてくれた。













「………ほう、これは面白い人間が来たもんだ。…始末屋ジャズか」



分厚いカーテンとシャッターで区切られたステージの奥。

暗がりの中、仁王立ちで待っていた中年頃の男性に、会うなりにそう言われる。



懸賞金ハンター、ツェズゲラさん。


ゴンとキルアから話を聞いて修行の合間に調べてみましたが…。

仕事はすべてお金目的…としながらも、残した功績の大きさを評価されて一つ星(シングル)の称号を与えられたベテランのプロハンターだそうで。


こんな場じゃなければ、お仕事の話とか少し聞いてみたかったんですけどね。




「お前ほどの実力者なら諸手を上げて歓迎する、……と言いたいところだが、形式なのでな。その名が伊達ではないところをぜひ見せてくれ」

「…人違いですよ。それに弟はもう『始末屋』を廃業しましたし」

「ほう?……言われてみれば確かに、始末屋ジャズには兄弟がいる…という噂を耳に挟んだことがあったな。お前がそうか。なるほど…?

だが、この場に居るというならお前も同程度には警戒すべき同業者(ハンター)…ということだろう?ならば今後はお前の事も頭に入れておこうか」



……褒められてるのか、嘗められてるのかわからないけど。

ジャズの事とか、変にこっちの情報を漏らす義理も必要もなさそうなので、僕はツェズゲラさんの煽りを無視して逆に問いかけた。



「質問なんですけど、最初に怪我したままゲームプレイを開始したら、ゲームの中でもずっと怪我したままなんですか?」



包帯で吊った左腕を軽く挙げて問う。

するとツェズゲラさんはフッと口元を吊り上げ、「今はまだ、いちテスト生である君に答える義務はないな」と意地悪な答えを返してきた。


……もしかして仕返しされたのかな?



「不安ならばこちらの扉から出てリタイア、という選択肢もあるが?」

「…いえ。自分の目で確かめることにします。僕もハンターですから」

「懸命だ。では、お前の"練"を見せてもらおうか」

「はい」


言われて僕は、肩に掛けていた2本の剣を下ろして、少し短い方の剣を手に取った。

そしてツェズゲラさんが立っている位置から距離を開けるように壁際にまで歩いて、そこでツェズゲラさんに向かって剣を脇に構える。


骨折が4日で治るわけもないけど、鞘を握ることぐらいは十分できますからね。

構えたままで、すーっと深く息を吸い、ゆっくりと吐く。…準備はオッケーです。





「……行きます」


骨折の事もあるし手元が狂うとさすがに危ない。神経を研ぎ澄まし、集中を切らさずに――――


僕はツェズゲラさんに向かって居合抜きの一撃を放った。



切っ先からのオーラの刃が、かなり離れたところに仁王立ちで立っていたツェズゲラさんの、ちょっと薄めの頭頂部を文字通り"髪"一重にヒヤリとさせて。

後ろの壁に斜め一線の切り傷をつける。



「…く…」


冷や汗垂らして恐る恐ると手で頭頂部の無事を確かめるツェズゲラさんの引きつった笑みが面白くて、失礼だけど僕もちょっと笑ってしまいました。








つづく


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プーハットさんの出番まで取っちゃった…

すもも

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ももももも。