「処刑は早計だと!?禍(わざわい)を排他するのに遅いも早いもないヨ!理解できないネ!」
途中闖入した副隊長たちを退出させるため1度の休憩を挟んでなお、隊首会はまだ長く続いていた。
旅禍であるゼロに対しその処刑はまだ早計ではないかとの隊長副隊長含めた多くの声が上がる中、涅マユリがその目を見開いて大きく吠える。
「そうは言ったって涅隊長はゼロ君を研究材料に欲しいだけでしょうが」
「フン!だったらなんだというのだネ!?あのボウヤは穿界門も断界も通らずにこのソウル・ソサエティへ侵入してきた魂魄なんだヨ?
ホロウ共の通り道を解明するまたとない機会かもしれないのに!悠長な事は言ってられないじゃないかネ!?」
冗談半分といった顔で笑いかけてくる京楽に対し、再びマユリが強く噛み付く。
マユリにとって『ゼロを調べたい』理由というのは決して、今口にした"それ"だけではなかったのだが。
かといって、マユリも手の内のすべてを軽々しく晒すような真似はしない。
他隊の隊長たち用にと用意してきた、表向きの答えだけを吐いてマユリはゼロの処刑を進言する。
あのボウヤは大事な研究材料。
研究には生体が望ましいとはいえ、今現在の状況で思う存分調べるための一番手っ取り早い方法といえばやはり――――
「とにかく、旅禍はさっさと処刑して死体にするべきだヨ!その後で私が、このソウル・ソサエティのためになるようドロドロになるまでボウヤの体を調べつくしてあげようじゃないか!」
「えぇ?そうまでしないとダメなのかい?涅隊長の力だったら生きたままでももっと上手に調べられると思うんだけどねぇ」
「うるさいヨ!素人が私のやり方にいちいち文句をつけないでくれ給え!」
「わはっ、怖いねぇ〜」
京楽がおどけたように肩をすくめる。
…と、同時に意見するためにか右手を挙手をしたものが1人。
白い髪を長く背まで伸ばした―――十三番隊隊長の浮竹だった。
「何じゃ浮竹」
「…総隊長。反対意見もありますが、総隊長はあの旅禍の処遇についてどうお考えなのですか?
私も、このまま彼を処刑してしまうことには反対です。先程の対話の中で、彼は私達に対しまだ何かを隠してるように感じました。
処刑で全てをなかったことにするのは簡単ですが…、もう少し時間を取って、彼との会話を重ねることはできないものでしょうか?」
「ふむ…」
浮竹の意見に、山本元柳斎一番隊総隊長は少し考える素振りを見せる。
「………ったく、まどろっこしい」
「更木…?」
「むう…?」
長引く隊首会に痺れを切らしたのか、十一番隊の更木が「ケッ」と漏らした。
浮竹が更木を振り返り、山本総隊長は片目をわずかに見開く。
「決まらねぇんだったら、もう特例の試験でも何でも設けて死神にしちまえ。そうすりゃいくらでも調べる時間は出来るし、都合が悪くなったら適当な罪状くっつけて改めて処刑することもできんだろーが。
力はそこそこあるみてぇだし、なんだったら試験にかこつけて殺っちまったっていい。それで上への体裁も立つだろ」
「更木…、お前からそんな意見が出るとはなんだか意外だな…」
「うるせぇな浮竹。俺はもう帰って休みてぇんだよ」
そう言って更木はそっぽを向いたままめんどくさそうにガリガリと頭をかく。
「…何、おかしくはないよ浮竹隊長。彼だって、十一番隊の前隊長を斬り捨てて隊長にのし上がった男だからね」
「…ぁあ?なんだ東仙?なんか文句でもあるってのか?」
「やめい。今はそのような問答を行う場にはない。――――じゃが…」
ぼそりとつぶやいた東仙に詰め寄る更木。
それを言葉で制止し、山本総隊長は再び目を細めるのだった。
ごはんをいただいてから僕は、牢屋の格子に背中を預けて座って、うとうととまどろんでいた。
タイシュカイ?が長引いているみたいで、時間が経っても迎えの人が来る気配はなかったから。
そのまま眠りに落ちてから、どのくらい経ったろうか。
誰かにほっぺたをツンツンとつつかれて僕はふと眠りから覚めた。
「うぅ…」
「おはようさん、ゼロ」
「んー……、んん…?いちまる、さん…?」
寝ぼけ眼に映ったのは、見覚えのある狐目の笑顔。…市丸さんだ。
格子の向こうにしゃがみこんで、いつの間にか横に倒れて床に寝転がっていた僕を見下ろしていた。
「んむー…、どうしたんですか…?もう朝ですか?」
「そうや。キミ、マジメそうな顔して意外とお寝坊なんやねぇ」
「…うーん…すいません…」
のろのろと上体を起こし、目をこする。
…うー、眠い。頭が上手く働かないや…。
「そやけどキミ、ホンマおもろいなあ。そないな床になんぞ直に寝んと、外の誰かに一言かけて丹前の1枚でももろたらええのに」
「…タンゼン?ってなんですか?」
「上に着るもんや。寒いやろ、そないな格好で床に寝とったら」
「あー…、まあそうですけど…。でも僕、まだ拘置中だし…」
わがまま言える立場じゃないです、と漏らすと、市丸さんはくすっと笑った。
「それもそうか」
「そうですよ…。ところで市丸さん、一体どうしたんですか?単に僕のこと起こしにきたわけじゃないですよね…?僕の処分決まったんですか?」
そうやって聞いてみたけど、市丸さんの狐目は一切変わることなく、その表情も平静のままで。
「あァ、そう言われたらそんなんも決まったみたいやったなぁ」
なんて、あっけらかんとそんなことを言うので、僕は一気に目が覚めた。
「いやいや、あの、『決まったみたい』じゃなくって、市丸さんもその会議…?に出てたんですよね?;」
「いやぁ〜、実はボク、終わりの方半分寝てたもんやから結果まではよう聞いてへんのや」
「いやややや!!; 待ってくださいよ!『寝てた』ってなんですか!『寝てた』って!!ひどいじゃないですか!」
「…っちゅうのはまぁ嘘やってんけど」
「―――ぇえっ!?ちょっと市丸さん!!」
がしゃ、と格子ごしに市丸さんに詰め寄る。
市丸さんは『キミ、ホンマからかいがいがあんなぁ』とくすくす笑って、格子の間から手を伸ばして僕の頭を撫でてきた。
からかいがいって……!
一体何しに来たんですかこの人は!
いまだに僕の頭を撫で続ける市丸さんを、僕はじっと睨んでみた。
女の子の服着せられたのに始まり、なんかもうこの人僕の事おもちゃかなにかと勘違いしてるんじゃないでしょうね?
溜まる不満を態度で切々と示したつもりだけど、市丸さんにはどうも通じなかったみたいだ。
市丸さんはまたニコーッと笑みを深くした。
だ、だからなんでそこで笑うんですか!
「いややなぁ、ゼロ。そない見つめられたらボク照れるやんか〜」
「いえ…あの、そうじゃなくて僕怒ってるんですが…」
「そうなん?見えへんわ。キミ、なんやいっつも怒ってばっかりやねぇ。そんなんやったらいつかその可愛いほっぺ、ポターッと落ちるよ?」
「ほっぺは怒ったときじゃなくておいしいものを食べたときに落ちるんです!…じゃなくって!!もー!市丸さんと話してると全然本題に入れないじゃないですか!僕の処遇って結局どうなったんですか!?」
「ハハハハ。そやったねぇ…」
僕の反応を楽しんでいるかのように、笑って呟いた市丸さん。
そのあと少し間を取ったかと思ったら―――…、なんだか市丸さんの笑みも雰囲気が変わっ…た…?
なんとなく表情が無機質な感じに。…えっ、突然なんですか?
「…どうしたんですか?市丸さん?」
気になって、でも声をかけていいのか迷って。
僕は少し控えめに、市丸さんに声をかけた。
そのとたんに市丸さんの顔にはそれまでどおりの笑みが戻ったけど……。
………?
「あァ。…ごめんなぁゼロ。ほんまはな、ボクもうちょっとキミとお話してたかったんやけど……」
「…?」
「もう時間切れや」
「はい?」
時間切れって?
「キミの聞きたいことやったら、きっとボクの後ろにおる十番隊長さんが教えてくれると思うわ」
「んー?」
肩越しに市丸さんは背後にある扉を親指で差した。
背を伸ばして見てみれば、そこには日番谷隊長さんとその後ろに松本さんが立っていた。
「あれ、日番谷さん…?」
腕を組み、眉間にしわを寄せた状態の日番谷隊長さん。心なしかこっちを睨んでる気もする。
…ぇえ?なんで睨まれるんですか!?なんか悪い事したかなぁ、僕。
「そこで何をしてやがるんだ?市丸」
「別に。なぁんもしてへんよ?ちょっと世間話してただけやのに。怖いなぁ、十番隊長さん。そんな睨まんでもええやんか」
なんだか剣呑な雰囲気も意に介さず、市丸さんはフフッとわずかな嘲笑を僕に見せてから、ゆっくりと立ち上がった。
…あ、睨まれてたのってもしかして僕じゃなくて、市丸さんの事?;
「ほな、十番隊長さんも怖い顔してはるし…、そろそろバイバイなーゼロ。きっとまた遊ぼな。生き残れるコト、祈ってるわ」
「は?生き残れる…?って?市丸さん?」
なんだか含んだ言い方をするなあ。
言葉の意味がよく分からなくて尋ねてみたけど、市丸さんはひらひらと手を振るだけで詳しくは答えてくれなかった。
「ほんなら…あとはよろしゅう。―――十番隊長さん?」
「テメェなんぞに言われなくても最初からそのつもりだ」
「そぉですか」
部屋の入り口で日番谷隊長さんとすれ違いざま、そんな台詞を交わす。
そして市丸さんはスタスタと部屋を出て行ってしまった。
「…相変わらず何を考えてるのかわからねぇ野郎だ…」
去っていく市丸さんの背中を横目で睨みつつ、日番谷隊長さんがそんなことを呟いた。
そしてふぅっと息を吐いて、日番谷隊長さんはその凛とした冷涼な雰囲気を柔らかく解いて僕を見てきた。
「…もしかして日番谷隊長さん、市丸さんと仲悪いんですか?」
松本さんを後ろに連れ立って、トストスと牢屋の前にまで寄ってきた日番谷隊長さん。
なんとなく気になったので尋ねてみた。
「…仲悪いっつーか…、まあ良くはねぇな。性に合わねぇ」
「ああー…。確かにそんな感じですね」
市丸さんはどうにも無意味な嘘とか悪戯とか好きそうだし。日番谷隊長さんは逆にマジメそうだから、確かに性格は合わないんでしょう。
それにしても日番谷隊長さんって、なんだかいつも気難しそうな顔をしてますよね。
市丸さんの事以外でも気苦労多そうです;
「そういうお前は市丸の奴と仲良さそうに何を話していたんだ?」
「えっ!?僕ですか?別に僕も仲がいいわけじゃ…;起こしに来てくれたんでてっきり僕の処分がどうなったのか教えてくれるのかと思ってたんですけど、結局はぐらかされちゃって。遊ばれてた感じですかね」
「なるほどな…」
そう言って、日番谷隊長さんは背後を振り返る。市丸さんが出て行った扉の奥を。
市丸さんってそういえばホント何しに来たんでしょうね?本当に僕の事からかいに来ただけ?
でも市丸さんのあの笑みからすると何か別の理由もあったんじゃないのかなぁ。…考え過ぎかな?
市丸さんの気配を追って、日番谷隊長さんの小さな体越しに僕も部屋の入り口を眺めた。
明るい部屋の中、ぽっかりと開いている奥の扉。
だけどその先には市丸さんの姿も、―――気配も、もう近くにはないみたいだった。
「ま、そんなことはとりあえずどうでもいいんだ」
「はい?」
座り込んでいた僕の頭の、少し上の位置から日番谷隊長さんの声が落ちてくる。
僕は反射的に、日番谷隊長さんの顔を見上げた。
格子を挟んだその向こう側に立っている日番谷隊長さんは、一度場を仕切りなおすかのように白い羽織の襟を正してから再び腕を組んだ。
「俺がここに来たのは、お前をある場所へと案内するよう総隊長から命令を受けたからだ」
「はあ。ある場所…、ですか?」
「そうだ。条件付だが、なんとかお前の恩赦が決まってな」
「―――恩赦!?えっ、あっ、ほ、本当ですか!?」
待ち望んでいた結果を突然目の前にぶら下げられて、僕は思わず、日番谷隊長さんとの間にある牢屋の格子へと飛びついた。
「…ああ。"条件付"…だがな」
条件付、の部分をなお強調するように、その部分をゆっくり、はっきりと僕に告げる日番谷隊長さん。
「条件…付?」
「そうだ。これからお前には一番隊の旧演習場で、あるモノと戦ってもらうことになる。
それを倒すことが出来れば、お前は正式に恩赦を受けられ、晴れて無罪放免だ」
「うわあ、本当ですか!?ありがとうございます!」
と、僕は格子越しに、日番谷隊長さんへ向かってぺこっと頭を下げた。
『よかった〜』と息を吐く僕を見て、日番谷隊長さんと松本さんが驚いたような顔をしていた。
「…? どうかしました?」
「あー…いや…、喜んでるトコ悪ぃが、そう簡単に済む事じゃねぇぞ?」
「そうですね、そうだろうとは思いますけど…。でも問答無用で殺されたりすることに比べたら、戦ってでもチャンスがもらえるなら嬉しいですよ!」
「…なんだ、自信があるのか?」
「自信というか…、まぁ僕、こんなナリでも一応プロのハンターですし。あ…、でも剣があればもっと良かったんですけど…」
「……ハンター?…いや、その前にお前、"剣"が使えるのか?」
「えっ?あ、はい、一応…」
「そうか…。だったら良いとこまで行くかもしんねぇな…」
「はい?」
難しい顔で、ぼそりと呟いた日番谷隊長さん。
考えるように顎に手を当て、それからジーッと僕の顔を見つめてきた。
…うっ…; なんでしょうか…?
『剣が使えたら』って……、剣のテストでもあるんですかね?
じろじろと僕を見定める日番谷隊長さんのその視線に、僕はなんとなく萎縮してしまい、つい格子を掴んでいた手を離し一歩後ろへと退いてしまった。
牢屋の真ん中におずおずと立ちつくす。
日番谷隊長さんはそんな僕を一通り見てから、再び軽く息を吐いた。
「……まぁいい。とりあえず出してやれ、松本。話はそれからだ」
と、腕を組みなおす日番谷隊長さん。
「やぁーだ、隊長。もう連れてくんですかぁ?あたしももっとゼロとおしゃべりさせてくださいよう」
「いーいから早くしろ」
「はぁ〜〜い…」
と、ちょっと口を尖らせて可愛くふてくされた感じでそう返事をした松本さんは、ジャラッと鍵束を取り出した。
………その豊満な胸の谷間から。
「……松本……」
「え?何ですか隊長?あっ、もしかして隊長も挟まれたかったとか?」
「違う!!」
「…………;」
……日番谷隊長さんの眉間のしわが深い理由が分かった気がします;
つづく
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書き直したら市丸さんの出番が増えて乱菊さんの出番が減った(爆)
や、元からそんなに出番なかったですけど、こうなったら早く朽木隊長とか浮竹隊長とかとも絡んでみたいです
すもも