日番谷隊長さんと松本さんに連れられて、僕は一番隊の旧演習場というところへと足を踏み入れていた。
キョロキョロしていたら「こっちよ。」と松本さんに言われ、演習場付属の待機所だったと思われる部屋へと通された。
「……って、うわぁ……」
待機所の窓から見える隣の演習場―――
その真ん中には、僕の身長の10倍はゆうにありそうな巨大な"化け物"の姿が。
"化け物"の顔には、なにかの動物の骨を模したような不気味な形の白い仮面。
「大きい…;」
ガラス窓にへばりつくようにしてそれを見ていたら、白い仮面の化け物がぎょろんとこちらを向いた。
仮面の奥に光る瞳が、鋭く僕を睨んでくる。
「ええぇー…;もしかして『戦う』って…アレとなんですか?;」
汗をたらしながら窓の向こうの化け物を指差した。
そして後ろに立っている日番谷隊長に問いかける。
「…ああ、残念ながらその通りだ。お前1人の力でアレを倒してみろ。それでお前は恩赦が受けられる」
「うはぁ〜…;」
大きなため息といっしょにそんな言葉が出てくる。
…あっ、そうか。今わかりました。
市丸さん、これ知ってたから僕の事見に来たんですね?生き残れるよう祈ってる、なんて言ってたし…。
「(まあ市丸さんは、『心配だから』って見に来てくれるような人じゃない気もしますけど…)」
……って、それはちょっと市丸さんに失礼かな?
なんて考えながら、僕はもう一度窓の外にいるその化け物を見上げ―――
「それにしてもあんなの、どうやって倒したらいいんだろ?」と幾通りものシミュレーションを頭の中に展開する。
……ううーん、なんていうか……
コレはもう、なるようにしかならないかなー…?;
窓にへばりついてブツブツと睦言を繰り返すゼロの背中を見つめながら、日番谷は先の隊首会での山本元柳斎の言葉を思い出していた。
ゼロを特例的に技術開発局製の実験用ホロウと戦わせ、その結果如何で彼には恩赦を与える、との言葉。
「死ねばそのまま赦しを与えよう。じゃが、もしも生き残るようなら…恩赦には、斬魄刀を解放し『死神となること』が絶対条件じゃ。
その後はそのまま一死神として監視・監督を続け、不都合が生じるようなら切って捨てれば良い。幸いにも旅禍の力は我々で管理できる程度のものということじゃしな」
いつもと一切変わりなく、厳しい口調でそう言いきった山本総隊長。
しかしそのゼロの案内を、機械的に仕事をこなす自身の直下、一番隊の者達へではなく、気心知れているであろう日番谷へ命令したのは―――
もしや総隊長なりの、彼への最後の情けだったのだろうか。
(いくら多少の霊力を扱えるとはいっても、統学院で演習を重ねた卒業生でもない普通の奴がいきなり"あんなもの"を相手にできるわけがない…。
ほぼ死刑の確定した公開処刑。助かる方法があるとすれば斬魄刀を解放するしかない……)
…だが、ゼロにそれができるだろうか?
そう思ったからこそ、山本総隊長も――――
「……日番谷隊長、遅くなりました」
ふと、背後からそう声をかけられ、日番谷は思考を中断する。
斬魄刀を一振り手にしたイヅルを先頭に、修兵や恋次、雛森、そして十一番隊隊長の更木剣八の肩にくっついて、十一番隊副官のやちるが待機所へと入ってくる。
それを目で確認した後、日番谷は「ゼロ!」と大きな声で、窓にへばりつく青年を呼び込んだ。
日番谷の大きな声につられ、「はい!?」と元気よく振り向くゼロ。
「……あ、吉良さん!」
「はい…」
振り向いて見知った顔を発見したゼロは、表情をパッと明るいものへと変化させて、パタパタとイヅルの元へと走り寄った。
―――が、イヅルはというと、ゼロとは逆にその表情を暗く曇らせていた。
『当然だろうな…』と日番谷は思う。
隊長格はもちろんイヅルを始めとした副隊長各位にも、決定したゼロの処分内容は伝わっている。
イヅルがその瞳に、ゼロへの哀れみをにじませるも仕方のないことだろうと。
「…あれ?大丈夫ですか吉良さん?なんか僕より顔色悪いですけど…;」
「あぁ…、いえ…」
なぜか、僕よりも沈んだような顔でいる吉良さん。その後ろにいる阿散井さんも檜佐木さんも神妙な面持ちだった。
心配してくれているっていうのが手に取るようにわかったけれど、吉良さんのその沈みようを見てたら僕の方が逆に心配になってしまって。
首をかしげて問いかけると、吉良さんはハッとして沈んでいた表情を笑顔に変えてくれた。(笑顔も弱々しかったけど)
「御免なさい、ゼロさん。僕なら大丈夫ですよ。それよりすいません、遅くなってしまって…。これ…」
そう言って吉良さんは、手にしていた一振りの剣を僕の前へと差し出してくる。
「あっ…。これ、あのときの吉良さんの剣ですか?」
「いいえ、違いますよ。『浅打』と呼ばれる、学院の研修生達に支給されている斬魄刀です。
もし本気でアレと戦う気があるのでしたら……、どうぞ。手に取ってください」
「………はい。」
吉良さんのその言葉が、最終宣告のように思えた。
だけど、僕にはもうそれを受け取る以外に残された道も無くて。
僕は一度大きく深呼吸してから―――
意を決して、吉良さんの手から『浅打』というその剣を受け取った。
両手に握る剣の重さは、あの時手に取った吉良さんのそれとほぼ変わりないものだった。
けれど…。
窓の外に見える、白い仮面をつけた巨大で不気味な化け物。
もちろん僕だって勝つ自信がないわけじゃない。魔獣の1匹や2匹、ジャズの代わりに駆除の仕事を請け負ったこともあるし。
でもやっぱり、あの化け物との戦いが僕の今後を――――生死を決めるのだと思えば、どうしたって先立つ不安と緊張。
「(少し重い…、かな…)」
手元の剣に視線を落とす。
剣を握る両手には、無意識のうちにギュッと力が篭っていた。
「…ゼロ。」
と…、僕の不安そうな様子を見かねてかおもむろに日番谷隊長さんが口を開いて、僕は顔を上げた。
「あぁ…はは、大丈夫です。
…でも、もし僕がアレを倒せても、それで僕のほうが逆に『危ない』って処分されちゃう可能性もあるんですよね。うまくやらないといけないですね〜…」
「安心しろ。そんな事はこの俺がさせねぇ」
「…え?」
沈黙に耐えかねふと口を突いた僕の冗談を、日番谷隊長さんははっきりと強い口調で否定する。
「いいかゼロ、下は向くな。生き残れ、必ずだ。全力でやって……そして生き残ってみせろ。
そうすればそのときは―――俺がお前を守ってやるから」
「日番谷、さん…」
目を見て、そう言われて。僕はドキッとしたんだ。
日番谷隊長さんの声が、
言葉が、
過去の、"もう1人の自分"の声と重なって。
――――――『オレが護ってやるよ、ゼロ…』
ずっと寂しくて、ずっと不安でたまらなかったあのとき。
すごく心地が良かったその"声"を、
目の前に差し出されたあたたかな手を思い出して。
思わず瞳から涙がこぼれた。
「日番谷さん…、なんかかっこいいです」
「…お前…、チビなのにとか思ってるだろ」
「そんなことないです。かっこいいです」
こぼれる涙を袖で拭い、フフッと笑顔を日番谷隊長さんへと向ける。
日番谷隊長さんは不満げに眉間の皺を深くしていたけど。
僕らのやり取りを見てか吉良さんや檜佐木さんたちもホッと緊張をほぐした。
僕の周りへと駆け寄ってくる。
「ゼロさ…」
「そうだよゼロちゃん!!ひっつんの言うとおりー!あたしもついてるからね!!」
「へぶッ!?」
「く、草鹿副隊長…;」
阿散井さんの後ろから、いきなり『
びょーん!』と僕めがけてピンク髪の女の子がすっ飛んできた。
ガバッと僕の頭にしがみつくその子の小さい体を何とかはがして、抱き上げる。
「あぁ…、え、えーと…キミは…」
昨日『みたらしだんご』っていうのを分けてあげた女の子だった。……そういえばこの子の名前は聞いてなかったな。
「あたしはね!草鹿やちる!十一番隊の副隊長!…でね!あれが剣ちゃん!!」
と、女の子は後ろの―――いつかのトンガリ頭の怖い顔の隊長さんを指差す。
……剣ちゃん??
「ゼロちゃんがあれを倒してー、強いんだってところを剣ちゃんに見せてあげたら、剣ちゃんもゼロちゃんのこと気に入ってくれると思うの!
剣ちゃんは瀞霊廷の中でいっちばん強いんだから!!剣ちゃんが味方してくれたら誰もゼロちゃんのこと悪くするひとはいなくなるよ!
ねーっ?剣ちゃん!?」
「ふん…。ホロウの1匹や2匹倒す程度強かったところで眠気覚ましにもなんねぇが…。ま、少しは考えといてやる」
「ほらねー!!そしたらまたいっつでもあたしとおだんご食べにいけるよ、ゼロちゃん!」
「お、おだんごですか…;」
「いいからテメーはさっさとこっち戻って来い、やちる。話がややこしくなる」
「はぁーい!…じゃ、そーいうことだから、がんばってね!ゼロちゃん!!」
「は、はぁ…;」
トンガリ頭の隊長さんに言われ、女の子は僕の腕からまた
ぴょこーん!と元気よく飛んでいく。
そして…………剣ちゃん?さんの肩の上に飛び乗った。身軽だなぁ…。
呆気にとられる僕の肩を、阿散井さんが「ま、そういうことだ」と言いながらポンと叩いた。
「倒した後のことは俺達に任せとけ。だからお前は何の気兼ねもしなくていい。まずはアレを倒すことだけ考えて、全力でやって来い」
「阿散井さん…」
「そうですよ、ゼロさん!そのときにはきっと藍染隊長も力になってくれると思います!もちろん私も!だから頑張ってください!」
「まぁ…、副隊長の身でどこまで出来るかはわからないけど……。僕も応援してますよ、ゼロさん」
「とにかく、まずはあなただけの力でアレに勝たなきゃどうにもならないんです。お気をつけて行ってください」
……と、阿散井さんに続いて、雛森さんや吉良さん、檜佐木さんが励ましてくれる。
さっき止まったはずの涙がまた目ににじみそうです。
「ほらほら泣かない泣かない。そんなんじゃまた修兵が狼になっちゃうわよ〜v」
「まっ、松本さん!!?」
よしよし、と松本さんが僕の頭を撫でて笑う。
檜佐木さんが顔を真っ赤にして松本さんに叫ぶのがなんだか面白くて、僕もクスッと笑ってしまった。
そして僕は、目ににじんだ涙を手で拭いて、顔を上げる。
顔に浮かぶのはもう涙じゃなくて、とびっきりの笑みだ。
「皆さん優しいですね…。僕、絶対勝ちますよ。皆さんともっと一緒にいたいです!」
「よし、行ってこい!!」
「はいっ!」
日番谷隊長さんの凛とした声に背を押され、僕は一振りの剣を手に演習場へと続く扉へと飛び込んだ。
つづく
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すもも