Troublesome visitor (in BLEACH) ◆1-13:魔獣退治



「…しかし…ゼロさんは本当にうまくやれるでしょうか…」


ゼロが出て行った扉の先を眺めながら、不安そうな顔でそう呟いたのはイヅルだった。

日番谷は腕を組み、ただ一点―――窓の外の演習場を見つめていた。


演習場の真ん中には、白い仮面をつけた大きな"ホロウ"がうろついている。

一般的な"ホロウ"よりもずいぶんと体躯の大きな"ホロウ"が。



「斬魄刀と解放できたとしても、あの大きさは…。いくら実験用ダミーホロウとはいえ相手はヒュージ・ホロウじゃないですか!」


イヅルも過去に統学院での実習中にあのクラスの巨大ホロウに襲われ、九死に一生を得た身だ。

そのとき味わった恐怖を思い出してか、気が気ではない様子で窓の向こうのホロウの姿をその瞳に映していた。


「あんなもの相手だなんて統学院卒の隊士にだって荷の重い、席官クラスの仕事ですよ?頑張って欲しいとは思いますが正直…」



―――ばっちーん!!


「痛った…!!?あ・あ、阿散井君…!?;」


突然乾いた音が派手に響いて、イヅルの体が前のめりに吹っ飛んだ。

恋次がイヅルのその丸まった背中を平手で叩いて、イヅルの体と共に辛気臭い空気を吹き飛ばした音だった。


「…ったく、いつまで経っても変わんねーなオメーは。後ろ向きなのはそのツラだけにしとけ」

「よ、余計なお世話だよ…!!」

「余計なお世話はお前の方だって言ってんだ!ゼロは勝つさ。絶対にな。そう言ってただろ。テメーも"応援してる"なんつったなら信じてやれよ、もっと」

「そ…。 …そうだけど…」


背中をさすりつつ弱々しく応えるイヅル。しかしその視線は未だ床に落ちたままだ。

恋次はそんなイヅルを横目に呆れたようにため息を吐いた。


「…お前な、」

「ま、食われちまったらそんときはどっかに墓でも立ててやれや」

「って―――!?ちょっ…更木隊長―――っ!!?;」

「もー!剣ちゃんはどーしてそういういじわる言うのっ!?めっ!」

「痛ぇ」


もうちょっと空気読んでくださいよ!!と恋次が叫ぶ中、興味なさそうに冷たく言い放った更木剣八の頬を、その肩に乗ったやちるがべちっと平手で叩いていた。


「だ、大丈夫だよ吉良くん!ゼロさんはきっとうまくやるってば!ね!?もっと応援してあげようよ!」

「そ、そうよぉ!たとえ声が届かなくても、気持ちはきっと届くんだから!」

「…そうですかね…。そうですよね…フフ」


更木の言葉が追い打ちになったのか、別に自分が戦うわけでもないのになぜか猛烈に落ち込んでしまったイヅルを、雛森と乱菊があせあせと気遣う。


……が、しかし。




「応援など無意味だヨ。どう足掻こうとも、あのクラスのホロウ相手にあんな素人同然のボウヤが生き残れる筈無いじゃないか。
ボウヤの命運は決まったも同然というものだヨ。……まったく残念な事だがネ」


そんなセリフと共に部屋に入ってきたのは、窓の外に居るホロウに負けず劣らず面妖な化粧を自らの顔に施した、十二番隊の隊長・涅マユリだ。

ゼロの処刑を急進させる1人であり、そして今回ゼロの相手となるあの巨大なホロウの製作者でもあるマユリは、『残念な事』と口では言いつつその表情はどこか嬉しそうで、口元には意地の悪い笑みが浮かんでいた。



「涅隊長……」


その場に居た者たちの視線がマユリへと向けられる。

どことなく非難の色がこもったような。


「…何だネ、その目は?気に入らないネ。私は事実を言ったまでだが?」


「―――だってまさかこんな場にヒュージ・ホロウなんかをつぎ込んでくるなんて誰も思わないでしょ〜。意地悪にも限度ってもんがあるんじゃないの?涅隊長」

「たしかに。相手ホロウの選定を任されたとはいえ、ああいう公正さを欠くような代物を出してくるなんていささか感心はできないね」


「…あっ!藍染隊長!」

「やぁ、雛森君」


マユリに続いて八番隊隊長の京楽春水とその副官、伊勢七緒。そして雛森の上官である五番隊隊長の藍染惣右介も待機所へと入ってきた。

藍染の姿を見つけた雛森は明るい表情で彼に駆け寄り、藍染はその雛森に片手を上げて笑顔を返す。



「藍染隊長も見に来られたんですか?」

「まあ…。むごい条件付きとわかっていてそれでも彼を死神にと推した責任は僕にもあるからね。どうしても最後まで見届けてあげたかったんだ。どんな結果になったとしても…」

「フン!どんな結果も何も、ボウヤは処刑で決まりだヨ!どいつもこいつも恩赦恩赦と…、まったく無意味な事ばかり考える…」


藍染の言葉に茶々を入れるマユリに対して、何か言いたげに眉をひそめる雛森だったが――――

そんな雛森を留めるように、当の藍染が彼女の肩に手を置いた。


「…藍染隊長…」

「そんな顔をする必要は無いよ、雛森君。少なくとも僕は無意味な事だと考えていないし、ゼロ君だって得たチャンスは絶対に無駄にしないはずだ。……大丈夫、彼は必ず生きて戻ってくるよ」



慈愛に満ちた柔らかな笑みを浮かべ、藍染は言う。

それだけで雛森は安心したようにホッと息を吐いて肩の力を抜いた。


大丈夫だと藍染が言うなら、きっと大丈夫なのだと雛森は思う。


「そう…ですよね、藍染隊長…」

「ああ」


「そうそう、惣右介君の言うとおりだよ〜。涅隊長の報告にもあった通り、ゼロ君はもう霊力を十分に持っているわけだし…。

あとはその使い方さえ知ることができれば、たとえ涅隊長自慢のホロウだって倒すのは不可能な事じゃない。そんなに心配することはないと思うよん」


わざとらしく"涅隊長の"と強調しながら話に入ってきたのはもちろん京楽だ。

可愛い女の子が気落ちしているのを見て放っておくような彼ではない。

身をかがめ、雛森と目線を合わせて「ね?」と京楽も笑って見せる。



「そもそも今回はホロウを『倒す』ということが目的じゃないし、むしろ追い込まれればそれだけ彼にとっては斬魄刀を解放するチャンスも増える」


窓の向こう、演習場の真ん中をうろつく大きなホロウの姿をその黒縁の眼鏡に映して、藍染は続ける。




「大丈夫。きっと戻ってくるよ、彼は」



そう言ってもう一度、雛森に優しげな笑みを向ける藍染。

雛森を始め、もはやうつむいている者は誰もいない。



「そう信じて送り出してあげたんだろう?雛森君。最後まで信じてあげることが大事なんじゃないかな」

「はい!」


雛森の明るい声が待機室に響く。

つられて笑顔になる他の副隊長達をよそに、マユリだけが不満そうに口をへの字に曲げていた。
















「はあ…。こうやって近くで改めて見ると、…やっぱり大きいなぁ;」


待機所から演習場へつながる通路の出入り口に立ち止まり、演習場のど真ん中をズシズシと横行する白い仮面の化け物を見やった。



『始末屋ジャズ』の代わりに魔獣の駆除を請け負ったのは一度や二度じゃない。


でもあんなに大きな魔獣を見たのは初めてだ。




――――『ハ…、おいおい大丈夫かよ、へなちょこ?怖いんならオレが代わってやるか?』――――


いつもそうやって僕を茶化す、相棒の声がふと耳によみがえる。



そんなに心配しなくても、僕だってただ巨(おお)きいだけの魔獣になんか簡単にやられはしないのに。


……そうやって言うとジャズはいつも『心配なんてしてねーよ!』って怒るんですけど。





「…クスッ」



そんなジャズとのいつものやり取りを思い出して、笑みが漏れた。


すると僕(エモノ)の気配に気付いたのか、白い仮面の魔獣がぐるりと僕の方へその顔を向けてきた。

開始の合図も無しに、白い仮面をつけた大きな魔獣はその鋭い爪を武器に襲い掛かってくる。



ズダンッ!!

「うわっ!?と、」


羽虫を叩き潰すかのように、それまで僕が立っていた場所へ強烈な平手打ちが繰り出される。

僕はそれを横に飛び退いて避け、手に持っていた剣を抜いた。


右手に剣、左手には鞘を構えて、いつもの2刀の代わりにする。

そして剣と鞘、どちらも切っ先までオーラで覆って強化した。





――――大丈夫、大丈夫。そんなに心配しないで、ジャズ。ちゃんと生きて帰るから。


キミと別れ別れのまま、こんなゲームの中で1人寂しく死(ゲームオーバー)を迎えるなんて、僕だって絶対に嫌だから――――



だから、絶対に勝ちますよ!






「……よし、行きますっ!!」


ガッ!!



意気込むと同時に、僕を襲った魔獣の右腕を筋にそって深く斬りつけた。

奔る痛みにか浮き上がるその右腕をさらに鞘で叩き伏せて、僕は跳んだ。


魔獣の腕を足場に、白い仮面の奥に光る右目へ――――刺突。キラー・ビー!!



「ギャオオオォッ!!」


片目を奪われて全身で悲鳴を上げる白い魔獣。

暴れる魔獣の手が僕を捕えようと伸びてくるのを、鞘で逸らし、剣ではじいて、僕は魔獣の肩から飛び降りる。


そしてすぐさま、今度は隙だらけの足元に跳び込んだ。



「こうなったらもう、その体の大きさが仇で―――、っ!?」


腱を断って動きを封じようとした。けれど突如として魔獣の姿が視界から掻き消える。

僕が剣を振るうよりも速く、その巨体からは想像しがたいスピードで魔獣は上空へと跳んでいた。


「って…ぁあ案外速いんですね…;」

「ガアアアアッ!!」


僕が上へと向き直ると同時に、魔獣の咆哮。

そしてそれとともに伸縮する鋭い爪の雨が降ってくる。



「くっ…!」


振り返り様に1本、2本。タイミングを合わせてカットした。


…でも切った端から伸びてくる10本の爪を、この一瞬に全て防ぐのは無理だ。





「―――うぁっ!?」


ドガガッ!!




ゼロの持つ刀を弾き返し、地面に突き刺さる10本の爪。

土ぼこりと共に演習場の石畳がめくれ上がる。


「ゼロ!?」

「「ゼロさん!!」」


恋次と雛森、そしてイヅルが窓際に駆け寄る。ゼロの事を好意的に見ていたほかの副隊長達もその身を乗り出した。

だがどんなに声を荒げたところで、分厚い壁と窓にさえぎられたこの場所からでは、演習場のゼロにまで声が届くことは無い。




「…ほらネ、私の言った通りになっただろう?」


ひらりと両手を開き、勝ち誇った顔でマユリが言う。


「まぁ、思っていたよりは健闘した方だが…。所詮は唯の人間の魂魄だった、という訳だネ」

「…いやぁ、そう決め付けるにはまだ早いんじゃないかな〜?涅隊長?」

「何…?」


ほら、と京楽が窓の向こうを指し示す。

と同時に土煙の中から一筋の光が放たれた。


ホロウの目元を掠めそのまま上空へと尾を引く、白い光の矢。



「な…!!何だネあの光は…!?まさかあの小僧、鬼道を…!?」


鬼道は死神にしか使えない高尚な術法だ。

土煙の中から放たれたそれは、攻撃用の鬼道、『破道』の一つ"白雷"によく似た輝きを放っていた。





「ひゃあ――――」


信じられないというように目を見開くマユリの背後から、とぼけたような誰かの声。



「怖い怖いと思うとったけど、ホンマに怖い子やったんやなぁ〜、あの子。そう思いません?総隊長さん」


のんびりと遅れてやってきた割に全てを見ていたかような口調で三番隊隊長・市丸ギンは言う。


そんな市丸を日番谷は訝しげに睨んだが、その後ろから一番隊・山本元柳斎重國総隊長とその副官である雀部長次郎も続けて入ってきたのに気付いた。

だから小さなため息と共に余計な感情を捨て、再び窓の外の様子へと見入る。


「…市丸隊長…」

「あァ、ホラ。余所見してたらあきませんよ。あのままやったらあの子、刀も解放せんと倒してしまうんとちゃいますか?」



自身に集まる副隊長達複数の視線も意に介さずに市丸はホロウを指差した。


光の矢に気を取られたその隙にかホロウの背後へと回りこんだゼロが、その後頭部に深々と刀を突き刺していた。






つづく


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白い光はゼロさんの念能力のレイ・フォースで、背後に回りこんだ能力はテレポートですが鰤キャラ視点の3人称だとうまく説明できなかったなぁ…

すもも

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ももももも。