ドカドカと400人を超える受験生達の足音が地鳴りのように地下道に響いていた。
「かーっ、一次試験からこんなマラソンかよ!!」
「なんか変なテストだね。」
「そうかな?ふるい落としという点ではこれ以上の課目は無いと思うが…」
鳴り響くベルを止め、一次試験官だと名乗った男―――サトツがいうには、一次試験の課題は"二次試験会場まで自分についてくること"だった。
ゴン、クラピカ、レオリオも例外なく、薄暗い地下道を他の受験者達に混じってひたすらに駆けていた。
「………。」
走りながら、ゴンはちらりと自分の手前を走る青年の背中に視線を移す。
さっき、もらったジュースが罠だと教えてくれた青年。
試験が始まって以降、彼は自分達とは言葉を交わしてくれないどころか、視線すら一度も合わせてくれない。
ゴンは彼から色々話を聞いたりしたかったのだが、先程の事もあって非常に話しかけづらい。
(せっかく出会ったのになぁ…)
と、ゴンは寂しそうに眉を下げる。
故郷であるくじら島を出てからハンター試験会場に到着するまで、クラピカやレオリオ、船長さんやキリコさん、いろんな人たちと出会った。
これからこのハンター試験でも、いろんなすごい人たちと出会うのだとわくわくしていたのに。
なんだか出鼻をくじかれたようで、残念な気分になる。
ふぅ、とため息を吐いてから、再び青年の背中に視線を移すと―――ちっ、と僅かな舌打ちの音が耳に届いた気がした。
「…お兄さん、もしかして行っちゃうの?」
それを耳にした瞬間、ゴンは反射的に声をかけていた。
走るまま、青年が少し振り返る。
「? そのつもりだが…お前に断りをいれる必要があるか?」
「ううん。無いけど…」
「…おい、ゴン!」
青年が先ほど放った『キレそうだから話しかけるな』という言葉を思い出し、レオリオがゴンを咎めた。
しかしゴンはかまわずに。
「気をつけてねって言いたかったんだ。気に障ったらごめんなさい。」
そう言うと青年は一瞬あっけに取られたように目を見開いた。
それから青年は、見たことも無いような美しい笑顔をゴンに向かって見せる。
「ふふっ…、お前こそな。こんなところで脱落しないことを祈っているよ。…後ろでは走りづらいから、オレはもっと前へ行く。それじゃあな。」
「…うん!ありがとう!!また会おうね!」
返事を返してもらえて嬉しくて、思わずゴンは声色を高くする。
青年はひらひらと手を振ってそれに応え、そこから一気にスピードを上げて人混みの中へと消えていった。
「けーっ、可愛くねー奴!!」
青年が消えた後で、嫌味のつもりなのか大きな声でそう漏らしたレオリオ。
走りながら、小さな少年―――ゴンは笑顔で反応する。
「そうかな?そんなに悪い人じゃないと思うけど」
「こらゴン!あんな笑顔に騙されんな!!お前、ぶっ飛ばされそうになったのもう忘れたのか!?あいつは危ない奴だ!ぜってー危ない奴だ!!」
「同感だ。ゴンの言うとおり悪人ではなさそうだが、危険人物であるのはたしかだな」
「そうかなぁ…」
そんなことを話しながら走っていると、ガ――――ッと大きな音が突如として3人の脇を通る。
見れば先ほどの青年と同じような銀髪を持つ1人の少年が、スケボーに乗って奔っていた。
「わはっ!かっこいー!」
「こらガキィ!!そりゃ反則じゃねーか!」
「……反則?これのどこが反則なんだ?」
振り返り、当然のように言う銀髪の少年。レオリオはむかっ腹が立った。
「く…この…っ(こいつも可愛くねぇ!)ったく銀髪の男ってのはどいつもこうなのかよ!?」
「…子供相手に八つ当たりは止せ、レオリオ…」
大人気ないぞ…、というクラピカの呟きが地下道にこぼれた。
「ふう、いい加減だるくなってきた…」
4、5時間走ったところで地下道も切れ、今現在アゲハは地上まで出ると思われる長い長い階段を駆け上っていた。
目の前には、試験官と名乗ったタキシード姿の男の背中。
先頭集団にテレテレとついていたのもつかの間、階段を上り始めてからは1人、また1人と倒れていきトップは結局アゲハだけとなった。
この男、それほど速くもないだろうに。
ハンター試験受験者といっても、所詮はこの程度か――――
後方でへたばっている受験生達に目をやってそう思った。
…が、しかし。
振り返ったその視界に見覚えのある「色」が入ってきたのに気づき、アゲハはバッと前を向いた。
(…まずい…!!)
「…いつの間にか一番前に来ちゃったね」
「うん、だってペース遅いし。こんなんじゃ逆に疲れちゃうよなー。」
すぐ後ろから聞こえた会話。
声はさっきの子供と――――そしてキルア様のものだった。
……まずい、まずいまずい。
イルミ様からは『見つかってもいい』といわれていたが、さすがにこんなに早く、それもこんな形で見つかるわけには…。
これではあの方への面目が立たないではないか。
そう思ったら、手が勝手に帽子のつばに伸びていた。
ギュ、と視界を覆い隠すように帽子を深く被ってから、ハッと気づく。
普通の人間なら気になりもしなかったろうその行為も、"ゾルディック"であるキルア様にとっては十分な違和感になりえる。
現に背中にはキルア様の視線が痛いほど刺さっている。
…クソ、軽率だった。
顔を隠して逆に注目されてどうする。
「…………。」
じと、と目の前の青年の背中を見るキルア。
今の今まで視界に入っていなかったであろうに、青年がふと帽子を深く被った事でキルアの中でその青年の存在が鮮明になる。
ゾルディックである自分を狙う奴か?と考えながら、じっくりとその背を観察していた。
帽子の脇から覗く銀髪、そしてこの背格好。
それに、青年からみて左後方に位置する自分の場所からははっきり確認できないがどうやら右目か左目どちらかに眼帯をしているらしい。
この位置から確認できる範囲だと、おそらく右目。
(眼帯、ねぇ…)
記憶の片隅にある1人の青年の姿を思い浮かべてキルアは目を細める。
頭に浮かんだ"彼"が過去に眼帯をしていたような記憶はないが――――『あの目』を隠しているのだとしたら。
キルアの中で、確信が濃くなる。
そして確信した次に頭に浮かぶのは、『何故彼がここにいるのか』という疑問と、それに対する答え。
目に見えて、キルアの表情が不機嫌なものとなる。
「……キルア?」
突然黙り込みなにやら一点を見つめている、先ほど出会ったばかりの"友達"・キルア。
一体どうしたんだろうと隣を走っていたゴンも、同じくキルアの視線を追いはじめた。
そうしてたどり着いた、目の前にいる見覚えのある背中。
「あ!!お兄さん!こんな前にいたんだね!」
背中の人物が"誰なのか"と思い至ると同時にゴンは声をかけていた。
先程青年が言っていた忠告は、そのとき完全にゴンの頭から抜け落ちていた。
つづく
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すもも