「あ」
"そのこと"に気がついたときには時すでに遅く、セリフは放たれた後で。
青年に声をかけてしまった直後に、ゴンは『話しかけるな』といわれていた事を思い出した。
しまった〜;と青年の反応を見守るが、ゴンの予想に反して青年からはなんの反応も無し。
あれっ?と思った瞬間に隣から「知り合いか?ゴン」と話しかけられ、「あ…、うん」とゴンは返事を返した。
ゴンにはわかるはずもないのだが、そのときの青年―――アゲハの思考は『一体どうやってこの場を切り抜けようか』ということでいっぱいで、
早い話アゲハの耳にはゴンの言葉などひとかけらも届いていなかったのだった。
「ゴン?あいつのこと本当に知ってるのか?」
重ねてキルアが訊いてきた。ゴンは一度青年の背中を見てから、キルアに向かって頷いた。
「うん。さっきキルアと会う前に少し話してたんだ。えっと…、名前は聞いてないけど…」
「ふーん…」
キルアは少し意地悪く笑った。
もしこの背中の青年が、記憶の中の"彼"と同一人物であるなら。
「…おいお前。名前…、なんていうんだよ?」
「キ、キルア…;」
年上相手に高圧的な態度で話しかけるキルア。ゴンは焦った。
年上、という事もそうなのだが、先程殴られそうになった身としてはさすがに今のキルアの言い方はまずいんじゃ…とヒヤヒヤしていた。
「…おい!早く言えよ!!」
「ちょっとキルアってば…!」
「…………ません…」
「へ?」
走り続ける中ぼそりと放たれた言葉に、ゴンは目を丸くする。
『…キルア?』と隣を見れば、確信したように笑うキルアの横顔。
「あの…さ、キルア?もしかして知り合い…?」
小声で尋ねるとキルアは片手をゴンの前にやって、言葉を制止させる。
そしてキルアはなおも続けて青年の背中に言葉を投げる。
「なんだよ、全然きこえねーな?」
「…言えません…」
「…へぇー。お前、オレの言う事きけないのか?」
「………そ…れは…、」
「あ…!」
「おい、見ろ!出口だ!!」
青年が言いよどんだとき、別の誰かが叫ぶ声が聞こえた。
顔を上げた前方にはたしかに光が見えた。
「あっ」と思ったときには真っ白い光に包まれ、ゴンはまぶしさで目を細くした。
「うわ――――……」
目を開けると、そこは限りなき緑の湿地帯だった。
そこに着いた誰もが、そこで立ち止まり目の前の光景に目を開いていた。―――当然、ゴンの前を走っていた青年も。
「ここはヌメーレ湿原。別名『詐欺師の塒』と呼ばれている場所です。二次試験会場へはここを通って行かねばなりません」
試験官のサトツが受験者達にそう説明を促す。
「この湿原の生き物はありとあらゆる方法で獲物をあざむき捕食しようとします。騙される事の無いよう注意深く、しっかりと私の後をついてきてください」
「はっ、おかしなこと言うぜ。騙されるのが解ってて騙されるわけねーだろ」
と、誰かがサトツの忠告を笑う。
はて聞き覚えのある声だな、とゴンが目を移すとそこにはなぜか半裸のレオリオが。
その隣にはクラピカの姿もあった。
「あ!レオリオ、クラピカ!無事だったんだね!」
「おう!お前こそこの程度の試験でへたばってんじゃねーぞ?ゴン」
「へたばってるのはお前だろうレオリオ…」
ハーハーと息を切らすレオリオに突っ込む、隣のクラピカ。
「あはは。それにしてもよかったね、レオリオ!」
「おう」
駆け寄ったゴンがレオリオと共に笑う。
「ゴン。ところでキルアはどうした?一緒じゃなかったのか?」
「あ、キルアならあそこに…」
クラピカに言われゴンがキルアのいたほうを指した。
すると…
「―――嘘だ!!そいつは嘘をついている!!」
という誰かの大きな声と、
「「「あ」」」
というレオリオ・クラピカ・ゴン、3人の声が見事に重なった。
「そいつは偽者だ!!試験官じゃない!オレが本当の試験官だ!!」
そう言って物陰から何かを引きずって出てきた男。他の皆の視線がそちらに集まっていたとき。
ゴンが指差した先では、1人になっていたキルアが例の銀髪の青年の足を蹴って、彼を倒していた。
3人は吹いた。
「…わわわ〜!!なにしてんのキルアぁ!?」
青くなったゴンがダッシュでキルアの行為を止めに入る。
しかしキルアはそれもまったく気に留めず。
「………やっぱり」
しりもちをついた青年の頭から帽子を剥ぎ取って言う。
自分達の時の反応とはうってかわって苦々しい表情で視線を逸らす青年の姿が、ゴン、それにレオリオとクラピカの目には大きな違和感として映った。
「…何でお前がここにいるんだよ、アゲハ」
剥ぎ取った帽子を彼の前に投げ捨てたキルア。
「あいつ殺されるぞ」とつぶやいたレオリオの思惑とは裏腹に、アゲハと呼ばれた青年は小さなキルアの前に跪いて頭を下げた。
それを見て3人はなおさら驚いた。
「申し訳ございませんキルア様…」
「謝れって言ってないだろ。何でお前がここにいるのか聞いてるんだ」
「申し訳ございません。奥様の命にてキルア様の護衛を、と…参上いたしました」
「本当に?……お前、兄貴の側付きだろ。オレを連れ戻しに来た兄貴が近くにいるんじゃないのか?」
「いいえ、誓ってそのような事は。
奥様はキルア様を大変心配なさっておりました。誰か護衛を、との事だったのですがあの後すぐに動ける者がゴトーか私しかおりませんでしたので、
僭越ながら私めがそのお役目を勤めさせていただく事に…」
「ふーん…」
―――"あの後"とは…、
おそらくオレがおふくろと兄貴(ミルキ)を刺して家を出た後のことだろうと当たりをつけたキルア。
確かにもう1人の兄…イルミはあの時不在だった。
あいつが仕事で長期不在なのはあらかじめ確認済み。だからこそ自分も前から計画してた家出を行動に移したわけだし。
でもゴトーがおふくろに言いつけられる…ってことはあっても、コイツが―――アゲハがおふくろに言いつけられて来るっていうことはありえなくね?…ありえるのか?
キルアは考えた。
アゲハはイルミの側付きで、犬みたいにアイツに付き従ってるのは屋敷にいる誰もが知っている。
もちろんキルアもそれを知っていた。
しかしなぜかアゲハはイルミだけでなくおふくろの言う事もよくきく。
イルミに家に置いて行かれた時は大抵、親父ではなくおふくろのほうについている。
顔面ぶっ刺されて金切り声を上げたおふくろが、駆けつけたコイツにオレを追えと命令する…。
イルミが長期不在で特に大きな仕事が無いコイツはそれを承諾…。
100%ありえないってことでもない、か………。
たとえあの後イルミが予定より早く帰ってきて……おふくろにオレを「連れ戻せ」って言われてたとしても。
たかがそれしきの事でイルミはこいつを家から連れ出さない。あいつはあの顔で意外に過保護だ。
(その過保護っぷりがなんでこんな使用人にまで及んでいるかその理由はキルアの知るところではないが、イルミがアゲハを家から出したがらないのは知っていたから)
また、イルミがこいつだけをこうやって行かせることも絶対に無い。あいつなら何があろうと自分で来る。それも1人で。
イルミが関わっていた場合、こいつはいつものように家で留守番が関の山…。
「…お前、ほんっとーにおふくろに言われて来たんだよな?」
「はい」
しっかりと自分を見据える、真摯なまなざし。
嘘を言ってる風でもないし…。
つーか使用人であるこいつは"オレ達"に向かって嘘はつかないはずだし…。
「…………。」
「…キルア様?」
キルアを見上げるアゲハの銀色の瞳。
(やっぱりおふくろの命令か…?)
――――疑わしさが完全にぬぐえたわけではないが…
「…ま、いいや。ここまで来ちゃったんならしょうがないし。護衛なんてうぜーけど…、おふくろや兄貴に絶対オレの事報告しないっていうならついてきてもいいぜ?…どーする?アゲハ?」
「キルア様のご命令とあればそれに従います」
「…即答かよ。もうちょっと悩むと思ったのに」
ふてくされたようにキルアが言うと、アゲハはふっとそれに微笑みを返す。
「私はゾルディックに雇われた使用人ですから、もちろんキルア様のご命令にも従います。
…それに護衛の命はお受けしましたが、それについてのご報告までは仰せつかっておりません。問題はないかと存じます」
「……そ。じゃ、好きにすれば」
「ありがとうございます」
「「「…………。」」」
2人のやり取りを何か悪い冗談でも見るように、目を丸くして眺めていた3人―――ゴンとクラピカとレオリオ。
帽子を拾い上げアゲハが立ち上がるのをみて、ゴンが恐る恐るキルアに尋ねた。
「…キルア、あの…さっきも聞いたけど…、その人……知り合い、なの…?」
「ああ。 これ、ウチの執事。」
テキトーに紹介するキルア。
それを聞いた青年はわずかな苦笑をキルアに向けた。
そうしてから、前に立つ3人に向かって優雅に頭を下げる。
「アゲハと申します。…以後お見知りおきを。」
つづく
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6話目にしてやっと名乗れた…
すもも