刹那的快楽主義者◆駄犬5題「しっぽは口ほどに」


翌朝――――




「あのさぁ……オレは別に団長とレヤードの関係に何か言うつもりはないんだけどさ。………一応まだ仕事中っての、覚えといてくれない!?」


部屋付けのソファに、上半身裸でぐったりと寝込むレヤードの額にべちっと濡れタオルを叩きつけ、シャルナークが叫ぶ。

目元にまで被ったタオルをレヤードは自分で直しながら「……シャルさんつめたぁい……」と力無く零した。



「オレ、ヒガイシャなのにぃ〜〜…?」

「うん、知ってるよ?レヤードを責めてるわけじゃないから安心してよ。オレは団長に言ってるの。
 ―――ってか、こっちには仕事押しつけといてさぁ!レヤードに何教えてるんだよ!?びっくりしたよ!」


と、昨日渡された大量のメモ用紙から今回目当てのお宝の現在地の追跡といくつかのルート予測を書類に起こしたものを、少々乱暴にクロロの手に渡しながら言うシャルナーク。

目の下にうっすらと隈を作って不機嫌そうに部屋に入って来たかと思ったらさらにはこの言い分なので、クロロは「なんだ、聞き耳でも立てていたのか?」とシャルナークに訊き返した。


「聞き耳っていうか、オレ居たの隣の部屋だし筒抜けだったからね!?会話全部!気になってしばらく集中できなかったんだから!」

「えぇー…、シャルさんデバガメとか、オレ恥ずかし〜んですけどぉー…」

「こっちだって好きで聞いてたわけじゃないから!?聞きたくないのに延々聞かされてたオレの身にもなってよ!
 大体さぁ、この殺人嗜好に性欲なんか覚えさせて、この上さらに変な倒錯起こしたらどうするつもりなわけ?団長、自分で言ってたじゃん、ウザさ倍増だよ!?」

「そこは注意したつもりだ。それに聞いていたなら理解できるだろう?ここできちんと性欲と殺人欲の境を教えておかなければ、コイツが常々言っている『好きな女の子』とやらも、出来次第にコイツは切り刻むぞ?
 このザマで『恋がしたい』なんて言うんだから、せいぜいギロチンの我慢くらいはそろそろ覚えさせないとならないだろ」


パラパラとめくる書類の方に視線を落としながら、悪びれもない様子で淡々とクロロは言う。

「シャルさん聞いたー?こーいうこと言うんだよォー?」と濡れタオルで目の上を押さえつつ、反対の手でレヤードがクロロを指差した。


「オレだってそんな見境ないわけじゃないのにさぁー…。恋ができたらきっと変わると思うよォ…?オレだって、きっとさぁ…」

「…『きっと』って自分で言ってる時点でもう駄目じゃん。団長ももう完全に都合のいい言い訳だし、否定できないところがまた悪質だなぁとしか思えないんだけど」

「事実だから仕方ないだろ」

「うん。そこが悪質って言ってるわけ」


レヤードが「恋」にどんな夢を見てるのか知らないが、クロロの言う通りレヤードが恋をしたところで、持ち前の殺人趣味は変わらないだろうことはシャルナークですら簡単に予想できる。

それでもまあ、腕っぷしの強い"彼女"ならなんとかそんなレヤードの殺人衝動にもちゃんと手綱を取れそうではあるけどね?と……、やりたがっている「恋」を自覚無く"とある仲間"に抱き始めているレヤードの行く先を想い、シャルナークはくすっと笑みを零す。


――――レヤード本人はともかく、団長がそれに気づいてないってのもまた可笑しいんだけど。レヤードには恋なんか出来っこないとでも思い込んでるのかな?



「……何笑ってるんだ?シャル」

「…え?いや、なんでもないよ!まあでも確かに、現時点だと適当な女の子連れて来たところで死体が一つ出来上がるだけか。
 カワイソーな女の子の選定から始めるぐらいなら、団長が自分でやるって言うのも理解できなくはないけど」

「ああ。例え女相手だろうとコイツは何一つ躊躇もせずにギロチンを振える。仕事の上では有用な場面の方が多いが、こういう時にはなかなか手間がかかるな」

「あはは。とかなんとか言って、絶対『面白いから』やってるでしょ団長。
 ていうかセックスぐらい放っといたっていずれ覚えるんじゃないの?レヤードだって男なんだから。性知識ないわけじゃないんだし。フィンクスとか、フェイタンとかと一緒に結構激しめのエロビ見てるの知ってるよ?」

「ええ…。そんなのなんでシャルさんが知ってるの……?」


そう零して、レヤードが濡れタオルの影から驚愕したような顔で見て来るので、「別にそこまで驚くとこじゃないだろ」とシャルナークはその顔に突っ込む。


「…いや、音とかもう、丸聞こえだからね?もうちょっと音量絞ってよ。男ばっかの時なら良いけど、パクとか居たら後で嫌味言われんのオレなんだから」

「え〜〜……。だからそれ、オレが見たくて見てるんじゃないんだってばぁ……」

「…まぁそんなわけでレヤードもそういう動画を見るだけじゃ気持ち良さがわからないと言うし、百聞は一見に如かずという言葉もあるしな。これは一度経験させる方が早いと思ったんだ」

「経験させるも何も、団長がタチじゃ意味なくない?それ」

「そうか?女とヤる時にオレのやり方に倣えばいいだけだろ?…ここの計算間違ってないか?」

「え?…あ、本当だ。イライラしすぎて数字打ち抜けしちゃったのかも」

「フッ…。頼むぞ?」


書類の束をシャルナークの手に返し、軽く笑ったクロロ。

それに対してシャルナークもまた「うん。昨夜みたいに変な邪魔さえされなきゃ大丈夫」と笑顔で皮肉を返し。

そんな2人をキョロキョロと交互に見て、最後にレヤードが「ねーねー、2人だけで話さないでよぉ…。オレも混ぜて〜〜…?」とクロロとシャルナークに向け手を振った。


「ハイハイ。……で?体は大丈夫なの?レヤードは」


書類の束を棒状に丸めながら、シャルナークがぞんざいな感じでそう訊いてくる。

…が、レヤードの方は構われたことがまず嬉しいのか、ソファに身体を沈めたまま「うんうん〜☆」と上機嫌でそれに頷いた。


「ぜぇえ〜〜んぶ吐いたらねぇえ?だいぶ楽になったよぉ〜〜…」

「まだ仕事の前段階でもう飲んでるとは思わなくてな。用意した薬が逆に裏目に出てしまった。酒を飲んでいると知っていれば薬は飲ませなかったし、酒なら酒の勢いだけでそのまま行けたと思うんだが」

「…うん、そういう事を聞いてるんじゃないんだけどね?そもそも用意するものがまず媚薬って、前提から間違ってる気もするけど…。
 まあ確認不足なのは良くないね。アルコールと薬は特に。レヤードも普段薬なんて飲まないから、たぶん効きやすいってのもあるんじゃないかなぁ。
 お酒は結構強いのにね?水持ってきてあげようか?」

「あ―――。欲しーぃでぇ〜〜〜す」


レヤードがそう言うので、シャルナークは部屋に来る前に用意してテーブルに置いておいた何本かの水のペットボトルから1本、レヤードの前へとぶら下げるように差し出した。


「ジュースみたいな酒しか飲まないから、量を飲んでるように見えるだけだと思うぞ?」

「ええ…良いじゃん別にぃ…。好きなんだもん……」


受け取ったペットボトルを寝ながらに煽りつつ、レヤードがクロロに向かって口をとがらせてみせる。


「そうだよ、好みはそれぞれ。それに度数の高い甘いお酒だってあるじゃん?宴会とか見てたら結構飲んでるし、強いんだよ案外。レヤードって顔色もあんまり変わらないタイプだから分かりづらいけど」

「なるほど…。原因はそれだな…」

「いや、確認しないで団長が変な薬渡すからでしょそこは。フェイタンの持ってる薬とか絶対ヤバい奴なんだからさー」

「そー。なんか途中からねぇ、心臓爆発して死ぬんじゃないかと思ったぐらい〜、なんか心臓バクバクするしィ、寒気すごいしィ…。なのに汗は止まんないし、涙も出てきてェ…」

「あのさぁ……。レヤードもちゃんと団長の言う事聞いてるのは偉いけど、嫌なら嫌で言って良いんだよ?そんだけの付き合い、レヤードだって団長とあるんだよね?」

「…ホントに嫌なときはオレだって言ってるよォ…?でもぉ…、団長の言う事ってぇ、間違ってたことねーしィ……。オレ、シャルさんみたくさぁー?頭良くねーから…。何が悪いとかよくわかんねーんだもん…」

「うんうんそうだね。昨日も薬、飲んでから『何?』って聞いてたよね。そういうトコ直しなよって言ってるの。わかる?」

「え〜〜……だってぇ〜〜……」

「『だって』じゃなくてね?」

「シャルさんの笑顔がこわいです」

「棒読みじゃん」


下手したら死んでてもおかしくなかったの、ホント分かってる?と強く言われ、レヤードは目をそらした。




「まあ、まずはこの仕事を終えてだな。それからまたゆっくりと教えてやるさ」

「ええ……。団長まだ諦めてないわけぇ?オレもうヤダぁあ〜〜…。ぞわーってェ…ヤな感じばっかりだしィ…、思い出したらぁ、スッゲー恥ずかしーの…。
 なんであんなこと言ったんだろ―――…。やっぱオレ、あの時にはもう変になってたんだと思う〜…」


"クロロとなら出来るし、"なんて言った事を指してだろう、レヤードが恥ずかしそうに、広げた濡れタオルで目の上を覆う。

クロロはクロロで、「そうなのか?」とそんなレヤードを小さく笑った。


「オレは言われて悪い気分ではなかったが。それにまだ「諦める」と言うほど何もしていないだろ。このまま終わらせてしまったら、お前は『黒蝶』に続く性的なトラウマだけを蓄積することになるぞ?
 昨夜は薬と酒で失敗したが、それでもあの状態でギロチンを抑えられていたんだ。次にやる時にはきっちり我慢も快感も全て教えてやれるだろう。
 ……さて。美味い飯を食いに行く約束だったなレヤード。仕事前に腹ごしらえと行くか?」

「あ〜〜〜〜、行〜くぅ〜〜〜」


と手を使わず腹筋の力だけで、がばあーと起き上がったレヤードを見て、「ゾンビ?」とシャルナークが突っ込む。


「あれだけ滅茶苦茶された後だってのにさぁ、レヤードってほんと、どんだけ団長の事好きなの?犬?尻尾あったら絶対千切れんばかりにブン回してるんじゃないかと思うんだけど」

「えー?なにそれぇ?シャルさんよくそんなスラスラ面白い例え思いつくねぇえ〜〜?つかー、どーでも良いからぁ、シャルさんもさぁ、一緒に行こー?
 たまにはさぁ!男3人でさぁ!オレ、シャルさんとも仲良くしてみたいんだけどォ〜〜?てかー、シャルさんってぜぇ〜ったいオレの事嫌いだよねぇ??」

「嫌いだったら水も濡れタオルも用意してないよ。かといって特別好きってわけでもないけど。
 オレは今の距離感で十分だと思うけどね?ていうかそれ言うならレヤードだってオレの事いつも他人行儀にさん付けじゃん?」


などと始まった突然のレヤードとシャルナークの言い合いを、何をやってる…と思いつつクロロは黙って見守る。


「ぇえー?もしかシャルさん、傷ついてたわけぇえ、それぇ〜?……ん〜とねぇ…。なんかぁー、シャルさんすごい金髪きれいでぇ…、頭も良すぎてオレ近寄りがたぃい〜〜〜?っていうかぁー??」

「は?なにそれ。頭の出来の違いで壁作るんだったらなんで団長とは普通に話してるのさ。
 オレだっておんなじ団員なんだし、同い歳なんだから呼び捨てで良いよ。ってかむしろレヤード早生まれなんだから学年で言えばオレ達より1コ上でしょ。遠慮の必要ないのに」

「ファ!?……がくねんって、何ィ??団長ぉ!?」


と、レヤードが助けを求めて振り返ってくるので、黙っていたクロロもそこでやっと少し考えるそぶりを見せる。


「ん?学年か。そうだな…。学校で例えるならレヤードの場合、不良グループまっしぐらの問題児になるな。留年ぐらいは軽くしてるかもしれん」

「えっ?なに!?何の話!?りゅうねんって何!?なんで??」

「あ、それ言っちゃう?ならオレと団長だってテスト成績が優秀なだけの素行不良になるじゃん」

「どうでもいいがそもそもそんな年齢、とうに過ぎてるぞ」

「団長から言い出しといてその言い草は無くない?……じゃあ大学生設定でいってみるとか」

「レヤードの頭じゃ現役でオレ達と一緒の大学には入れないだろ」

「あはは、それ言ったら高校だってヤバイと思うよ」

「そうだな…。ふむ。『長距離登校が面倒で近場の不良校を選んだ』」

「それだ」

「だから何の話してんのォ!?オレ除け者にして2人で話さないでくれますぅ―――!?ねーっ!」


「まあ気にするな。他愛ない例え話だ。……で?何を食べたいんだ?レヤード」


悔しそうに地団太を踏んでいたレヤードにクロロは「落ち着け」と促し、携帯の地図アプリを立ち上げながらさらに訊く。

するとレヤードは嬉しそうにバッと手を挙げた。


「ハイハイ!オレ、ピザ!おいしーチーズとベーコンのピザ食べたいで〜〜す!!あとねー!アイス!!バニラアイスとー、チョコアイス一緒になってるやつ〜〜〜〜☆
 チョコケーキとかぁ、一緒についてるともっと嬉しーんだけどォ!ぜーたくは言わないからぁあ〜!?」

「言ってるだろ?なんだ、その細かいリクエストは」

「ていうか吐いた後にベーコンチーズのピザとかよくそんな脂の濃そうなものホイホイ食べたいって言えるね?想像するだけで気持ち悪いんだけど」


口元を押さえてシャルナークがそうぼやく。

言われたレヤードは喉元過ぎればなんとやらなのかケロリとした顔で「そーお――?」と首をかしげるのみだ。



「でもぉ…、その前にねぇ?服欲しい〜〜。あとパンツ」


上半身裸の自身をわさわさと手で指し言うレヤード。


吐いて酒でべたべたに汚した上着とシャツと、体液でドロドロに濡らした下着はまとめてビニール袋に入れて部屋の隅に投げ置かれていた。

今レヤードが着ているのは、かろうじて無事……でもなさそうなズボン1枚のみだった。それもまた、落とした涙か吐いた酒か精液かわからないがあちこち染みついて汚れていた。


惜しげもなく晒されるレヤードの筋肉質な上半身を見て、シャルナークが「案外レヤードって良い体してるよね?」と零す。

その言葉に「そうだな」と応えつつ、クロロも椅子から立ち上がった。


食事の前に着替えを、というレヤードの意見には賛成だ。街まで出るならオレも少々身軽にはなっておきたいしな、とファー付きのロングコートを翻す。



「…まあコイツの場合、蜘蛛での役割としては肉体労働が基本だしな。顔だって悪くないし、その気になれば恋などたやすく経験できると思うんだが」

「そうだねー。この見た目で女の子に興味ないんだから奇跡だと思うよ」

「興味がないわけじゃないと思うぞ?性欲と結びついてないだけだ」

「あぁ、レヤードの場合は殺人欲だね、そういうとこ」

「なになに〜?さっきからさぁ、オレの話してんならぁ…、ちゃんと混ぜてって言ってるじゃん、ねーシャルさん〜〜!」

「気持ち悪いから裸でくっつかないでくれる?」

「シャルさんなんで急に冷たくなりましたか!?」

「何やってる。行くぞ、レヤード。シャルもついでだ、ついて来い」

「アイサー」

「待って、団長!!オレこの格好でぇえ!?」


レヤードの叫びに振り向くことなくクロロは部屋を出て行き、シャルナークも苦笑いしながらそれに続く。

「うう〜〜」と足踏みしたレヤードもまた、わずかの逡巡の後「待ってよぉ、クロロ〜〜!」と部屋を出たのだった。






つづく

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原作だと年齢不詳だけど、クロロと同い歳にしてみた→シャルさん
同い歳3人衆。

すもも

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ももももも。