師匠のメンチからの呼び出しで、ビスカの森に呼び出されてから2週間。
仕事も終わって土産もたっぷり手に入れたし、オレは家路を急いでた。
でもその途中で変な奴らと出会って、まあ色々あった末、ウチに帰る前にそいつらをもてなすことになったんだ。
一番でっかいのがウボォーギンっていう奴で、ちょんまげはノブナガ。
女受け良さそうな金髪イケメンがシャルナークで、終始不機嫌そうなちっこい黒髪がフェイタン、ポニテの女の子がマチって名前の5人組だ。
5人とも並みの念能力者じゃなくて、すさまじい集団もいたもんだなとか思ったりもしたが、…ま、ハンターだとしたら大物狙いでチーム組むってのも別に珍しい事でもないからなー。
それよりかマジでこいつらが同業のハンターだとしたら、まずウチに連れ帰るわけには行かねぇ。
なんたって自称・本職ドロボウの同居人様がすっげーうるせー。ただでさえ他人連れ込むとスゲェうるせーのにアイツ。
念能力者の集団連れてって、その上実はオレの同業でしたびっくりー、なんてことになったらさすがにマジギレされかねねぇ。
だから、場所はウチからちょっと離れたオレの知り合いのメシ屋の厨房を借りることにした。
見た目は、青つるのグリーンカーテンに覆われた古めかしい感じの洋風ボロ屋だけど、よーく見ると入り口脇にこれまたボロい感じのメニュー表があって、入ってみると中はジャポン式洋食店っつーか……。
今は注文弁当の配達がメインらしいけど一応店舗もやってて、和洋中広く浅くわりとなんでもありでやってる感じの食堂だ。ちなみに店内は狭めだ。
味はどれもまあまあ旨い方だけど、ここのじーさん店主手作りの自家製味噌の田楽と漬け焼き、だし巻き玉子に梅干しなんかが入った日替わりおかずの弁当セットはめっちゃくちゃ旨くて、普段日本食に飢えてるジャポン人なら震えると思うね。
少なくともオレは1発で惚れ込んだ。
聞けばじーさんもジャポン出身で、こっちの大陸に渡ってきた後に恋しくなった日本食をメインにこの食堂を始めたらしい。
弁当配達がメインとはいえ、店の風貌が風貌だから店舗の方には日に10人も客が入ってるか怪しいけど。
「……アオイくん、急に厨房貸してくれって来たわりにはずいぶんな言いようだねぇ」
「うはっ、モノローグ読むなよ店長」
「全部声に出ていたよぉ〜」
だいぶ歳がいった感じのちっちゃいじーさん店主は、歳に似合わなそうな(逆に似合ってるのかも)悪戯っぽくて茶目っ気のある口調でそう言って、ひょひょいっと軽い足取りで厨房の敷居をまたいで奥へと入っていった。
慌ててオレは厨房に向かって「悪かったってぇ!!ほら、おみやあるから!おみや!!」と持ってきたクーラーボックスと発泡箱を開けてみせる。
そしたらじーさん店長が厨房から顔出すより早く、一緒に連れて来た5人組の方が興味津々に発泡箱の中身を覗きに集まって来た。
「うおー!なんだこりゃ、すげぇ肉の塊じゃねーか!」
発泡箱ん中をその高い身長で上から覗き込んで一番にそう叫んだのはウボォーギンだ。…あ、そういやウボォーって呼べっつってたっけ。
その恵まれた体格のせいなんだろうが、ウボォーは普通に喋ってても声がデカイ。肺活量と声の大きさだけで身長167そこそこ、標準体重・ジャポン人のオレなんか簡単に吹き飛びそうだ。
そんなイメージで(悪ふざけも入れつつ)よろけてたら、金髪イケメンシャルナークが「おっと、」と(こっちもふざけ気味に笑って)横からオレを支えてくれた。
優男ヅラの癖に意外とたくましい身体しててビビる。
「ねぇアオイ。もしかしてこれ、持ってきた箱、全部肉?」
「おぉ、そうだ!聞いて驚け!これはな、ビスカの森のグレイトスタンプっつー珍しい豚の肉なんだぞ!」
「あー、知ってる。世界一凶暴な豚ってヤツ?…ていうか、ビスカの森ってビスカ森林公園でしょ?あそこってフツーに行くと禁猟区じゃなかったっけ?」
「なんだ知ってたのか」
ボックスの中のカタマリ肉を見ながらシャルナークがにこやかーに訊ねてくる。
人好きする笑顔のわりにずいぶん引っかかる言い方する―――トコを見るに、さては意外と中身曲者だなお前!
…っていうのを歯に衣着せずに言ってやったらシャルナークは一瞬キョトンとした後、楽しそうにあはは、と笑い出した。
「女の子なら結構つるっと喋ってくれるんだけどねー」
「うわっ、マジか。策士怖っ。オレも知らねー内にハメられないよう気をつけねーと」
「ははっ。ぜひそうしといてよ」
「笑顔かよー。やめろよー」
シャルナークと一緒になってカラカラ冗談みたいに笑う。「言われてんぞーシャル」とかウボォーがそれをニヤニヤと茶化してた。
「まー確かにあそこ基本は禁猟区なんだけどさ、実は数年に一度、頭数調整の名目で特別に狩猟許可が取れんだよ。
グレイトスタンプはあの森の食物連鎖の頂点に位置するし、あいつら豚の例に漏れず多産だからほっとくとスゲー増えるんでさ。
…で、今回オレの師匠がその数年に一度の狩猟許可をハンター協会通しで得て、まず生息頭数の調査から入ったわけだけど…って、まあその話は長いし今はいいか。
……んーで!最終的にオレも調査協力の功でこうして肉を分けて貰えたってわけだ!」
ペチペチ、とラップ包みのカタマリ肉を叩いて説明すると、シャルナークの奴も納得したように「そっかー」とさわやかな笑顔で頷く。
「なるほど。ハンター協会通しでってことは、アオイもハンターなんだねー。意外だなぁー」
「そうそう、オレもハンター…って、ああーっ!しまったー、やられたー!」
「ははっ、もう完全に分かっててやってるでしょアオイ」
両手で頭を抱えて大仰に身体をひねって悔しがると「コントじゃないんだからさー」とシャルナークに笑顔で突っ込まれる。
「…つーかよぅ、なんだよこれ、肉ばっかりじゃねーか。魚は?寿司食わしてくれんだろ?寿司ネタは魚が基本だろーが」
「あー、悪い悪い。大丈夫だぜ。魚ももちろんある!」
シャルナークとやり取りする間に、肉のカタマリを覗き込んでグチグチ言ってくるちょんまげ…もといノブナガに、肉とは別にクーラーボックスに大量の氷と一緒に詰めた生魚を見せつける。
…あ、間違えた。こっちの箱じゃねーや。
めちゃくちゃ楽しみなツラで箱を覗き込んだノブナガの目に映っただろうモノは、箱の中いっぱいにデデンッと鎮座したぶよぶよに太ったゼラチン質のカエルみてーな妙な魚。
頭から飛び出たカタツムリのツノみてーな目ン玉と、エラのそばから生えた2本の太い腕が特徴だ。
一見カエルみてーだけど後ろ足は無くて、ナマズみてーな平べったい太い尾で泥の中を泳ぐ。……そういう魚だった。
ビスカの森でたまたま獲れたんだが、師匠が「アオイ、アンタこれでちょっと寿司の試作やってみて」って言うから持って帰って来てみた次第。
川魚で寿司とか寄生虫が怖いしな。そんな唐突に思いつきで言われても道具が足りねー上に、事前に持ち込んでた調味料と米だけじゃ試作にゃちょっと心許なかったし。
一応オレも興味はあったんで、時間くれっつって。
師匠にはそれでもすぐ作れ、やれ作れ、ここで作れっつってうるさく言われて、「なんでそんなに試作急がなきゃなんねーんだよ!?」って訊いたら「あたしが今年の試験官だからよ!」だと。
なんでも、師匠が今年のハンター試験の試験官の1人に選ばれたとかなんとか。そのための調理台や調味料の準備がどーのこーのって。だから試作をまずやってくれって話らしかった。
いや別にオレだって未知の魚の味に興味ないわけじゃないし試作は良いけど、それよりなにより師匠がハンター試験の試験官っておま…。
「それ誰1人として受からねーヤツ!!!」
…なーんて叫ぼうもんなら問答無用でブッ飛ばされるから言わなかったけどさ。
―――で、そのカエルの失敗作みてーな魚…のような何か…を見たノブナガはってーと、楽しみなツラから一気に表情を曇らせて、絶望のどん底に突き落とされたみてーな暗ーい表情。
俯いたと思ったら、だんだんと静かにだけどプルプル拳を震わせて、……まあ頭には怒りマークがプチプチと浮かんでんだろな、ってのはよーくわかった。いや悪かったって。
「アオイてめぇ!!オレはお前が寿司食わしてくれるっつったからついて来たんだぞ!!誰がキワモノ食わせろっつった!オレはな、寿・司!!寿司が食いてぇっつったんだ!」
「ワハハハハッ、ワリーワリー。そう怒んなって。こっちはオレの試作用だったわ。間違った。普通の寿司用はこっちな!」
と、クーラーボックスのふたを閉めて、別の発泡箱を開けて見せた。そんでもって、すでに柵取りした赤身と白身のブロックをいくつか取り出してやる。
「お…、おー、……ぉお、おおお!赤身!マグロか!?こっちはハマチだな!?うおお…タコもあるじゃねーか!!」
とか、さっきまで絶望感満載だったテンション低そうな感じのタレ目が、魚取り出すたびに一気に色めき立ってなんか笑った。
元々は魚も肉も、どっちも家に帰ったらクロロに食わせてやろうと思ってたモンだ。
絶品・グレイトスタンプの肉は当然、せっかく来たんだからって帰り際に近くの港で大枚はたいて魚も仕入れて…。
つってもどうせ食べんのオレとクロロの2人だからって、魚は丸々じゃなくて店である程度の大きさに柵取りしてもらったんだけど、それでも種類買い込んだらまあまあの量になっちまってた。
2人で食うにはさすがに多いだろうし余ったらウチで冷凍するつもりでいたけど、だったらここで大盤振る舞いしたとしてもクロロには言わなきゃわかんねーと思うし。
あいつには食える分だけ持って帰れれば十分だろう。…ということにしとこう!
最悪、グレイトスタンプの肉がある程度残れば言い訳利きそうだし。とかな。
「つーわけで今日はこの豚肉と魚でお前らの胃袋を満足させたいと思います!食いたいかー!?」
「「うおおおお!!」」
オレが右拳を突き上げると、ウボォーとノブナガも同じく拳を突き上げ叫ぶ。声援が野太ぇ。
シャルナークは半笑いの顔で両肩をすくめて『駄目だこりゃ』のポーズ。
フェイタンとマチって子はちょっと(いやむしろだいぶ)引き気味に胡散臭そうな目でオレ達を見てた。
…いや、気持ちはわかるけども。そういう目はやめて欲しいぜ。
「…別に美味い物食わせてくれるって言うならアタシだって構やしないんだけど…。この短時間にどれだけ意気投合してんのコイツら?
そもそもあいつ、初対面にケンカの仲裁して飯までおごるって、なんか馴れ馴れしすぎやしないかい?なんなの?」
「物怖じしない性格なんだろ、きっと。ウボォーと秒で仲良くなったんだからその時点で推して知るべしだったんじゃないの?」
「単純バカが3匹ね…。フィンクスが居なくて助かたよ」
「あー、フィンクスもこういうテンションには乗るタイプだね。どっちかっていうと」
「想像するだけでウザ…」
…うん。フィンクスってのが誰かも分かんねーし(でもたぶんタイプはウボォーとかノブナガとおんなじっぽい)、なんか好き勝手言われ放題な気ィもするけど、とりあえずそこはスルー。
さっきの野太い声に負けじとオレも声を張りつつ、腕を組んだ仁王立ちで「じゃあ席についてお待ちください!!」とウボォーとノブナガに指示する。
すると「っしゃあ!」「おおよ!」と2人は素直にガタガタ椅子を引いて各々好きに席に着き始めて……ってか同じテーブルには着かねーんだなw
ウボォーは厨房近くの4人掛けテーブルについて、ノブナガはカウンター席。
少し間を開けて、ため息を軽くつきつつマチも歩き出し、ノブナガの後ろのテーブル席に。
シャルナークはニコニコしながらマチの正面の椅子を引いて、「あっち行きなよ」とかウボォーの方を指さされてた。
フェイタンはなぜか他の連中からは一番遠い入り口近くの窓際の席だ。ハハハ、もしかして他人のフリ決め込もうってハラなのか?
「で?こいつらはスシとかいう奴で、オレにはその肉で何食わせてくれんだ?オレの胃袋はちょっとやそっとの量じゃ満足なんてしやしねーぞ?アオイ」
「…ウボォーギンの馬鹿舌には、丸焼き与えとくだけで良いね」
「あ゛?」
「ははっ!そりゃ肉はシンプルにローストが一番だろうけどさー。この2週間ずっとブハラの兄貴にローストばっか出してたからオレももうちょっと料理したいぜ。
…つーか遠!席遠いのにずいぶん毒舌飛ばしてくんなー」
上機嫌のウボォーギンの台詞にぼそっと被せてくるフェイタンにやんわり突っ込む。つかメシ屋で険悪な雰囲気作るのマジでやめろ。
他の連中もオレと同じ気持ちか、それともいつもの事だから気にしてねーのか、『そんな事よりメシ食わせろ』なのか次々注文を出してくる。
「かっかっか。まー、そう気にすんなよアオイ。フェイの奴はいつもこんなもんだ、気にしたら負けよ。ところでもちろん、オレには寿司食わしてくれんだろな?」
「アタシも寿司が食べられるならお願いしたいもんだけどね」
「あ、じゃあオレも。百聞は一見に如かずって言うし。スシっての食べてみたいな」
「おしおし、ノブナガとマチとシャルナークは寿司な」
「オレは肉だ!!」
「ハハハハ!なんだよ、わーってるって。……お前はなんにする?」
デケー声で改めて主張してくるウボォーに対して、黙ったまんまのフェイタンに訊ねる。つーかホント席遠い!
「…肉でも魚でもどちでもいいね。お前の食べさせたい物持て来ると良いね」
「そう言うなよ。せめてこの肉と魚のどっちかぐらい頼むって」
「……ならその肉で炒飯(チャーハン)作るね。料理ちょとできる奴なら誰だて作れるよ。チャーハン食えば料理の腕すぐわかる。
だからささと持て来るね。お前の腕、ワタシが点数つけてやるね」
「…なろ〜、言ったな〜?ならぎゃふんと言わしてやるからちょっと待っとけ!」
「アオイくん。ぼくはカツ丼が食べたいんだけどなぁ〜」
「ぶはっ!店長はオレと一緒に作る方だろ!」
「カツ丼も作っていーい?」
「わーかったって。じゃあ店長も手伝ってくれよ」
厨房からひょっこり顔を出してシレッと混ざってくる店長に突っ込みながら、オレは持ってきた発泡箱とクーラーボックスを「中入れて」と配膳口の棚に置く。
店長が箱を一つずつ厨房に運び込む間に、奥で店長と同じエンジ色のエプロンとバンダナをして、しっかり手洗いと消毒をする。まずはこれで準備オッケー。
「おっしゃあ。じゃあやりますか!」
「おう、アオイ!そんでオレにはまず何作ってくれんだー?」
厨房奥のオーブンに火を入れていたアオイに、機嫌よさそうな顔のウボォーギンが声をかける。
するとアオイもニカッと歯を見せて「おーう」と楽しそうな笑顔を返して来た。
「店長がうるせーからなー。まずはカツ丼出してやろうかと思ってるぜ」
「カツドン?聞いたことねぇな…。なんなんだそりゃ?」
「あー…。んーとな、こう、どんぶり飯の上に卵とじのトンカツをのせた食いモンだ。
他にも照り焼きとか生姜焼きにスタミナねぎ塩豚、ローストポーク、トンテキ、チャーシュー、唐揚げにトンポーロ…とかいろいろ考えてるけど…。リクエストあったら言ってくれりゃそれ作るから」
「リクエストか…。つってもどれも旨そうだしな…。どうせだ、今言ったモン全部持って来い!」
「ははははっ!全部食えんのかよ?見た目通りっつーか、スゲー胃袋だな!」
「ガハハハ。そんな褒めるんじゃねぇよ!」
「…全然褒めてないと思うんだけど」
「ああ?そうかぁ?」
上機嫌に笑うウボォーギンの、その隣のテーブルで頬杖をついていたマチがさすがに呆れた口調で突っ込んできた。
「ハハ。じゃあまあいろいろテキトーに出すから、良い食いっぷり見せてくれよw」
「ほら、めちゃくちゃ褒めてるだろ!」
「そうかねぇ…」
笑うアオイを指差し「聞いたか?」とばかりにマチに寄るウボォーギンと、「近いよ」とそれをシッシッと嫌そうに手で追いやるマチ。
そのやり取りを見て、同じ席に着くシャルナークもまた苦笑する。
「―――ってか、こんなところに食堂なんてあったんだね。全然知らなかったよ。普通の民家だと思ってたもん」
野菜、卵、きのこなどを用意し、調味料をいくつか合わせ、肉の塊を切り分けたりと厨房で忙しく働き始めたアオイの後ろ姿を横目に見、ウボォーギンに絡まれてうっとおしそうに眉間にしわを寄せているマチのことも見て、『話題変えとこうか』とばかりにシャルナークがそう振る。
手には携帯。ついでにと地図アプリでこの場所の住所を検索しているようだった。
「まあなぁ。知らなきゃ普通の家だと思って素通りするわな」とそれにまず返してきたのはノブナガ。
「ハハッ!隠れ家みてーで面白ぇじゃねーか」とそれに続いたのは、相変わらず上機嫌な表情のウボォーギンだ。
「実際隠れ家…っていうか、ちょっとした集合場所にいいかもね」
アオイ=サクラと名乗った少年みたいな顔立ちの青年に連れられてやってきた、隠れ家的な食事処。
広くはなくかといって狭すぎずの店内。外観はつる性植物によるグリーンカーテンで覆われ、視界が通りにくく、さらには昼食時だというのに自分たち以外にまだ客がいないと来ている。
店としてはどうなんだ…と他人事ながら思わなくもないがこの分ならばあの小さなじいさん店主1人、病死なんかを装って乗っ取るのもわけないだろう。
と…シャルナークは腹黒い思考のまま、奥の厨房でマイペースに作業を進める小さなじいさん店主を盗み見る。
「(まあハンターのアオイにバレたらめんどくさそうではあるけどね)」
仮宿候補に記憶しといて損は無さそう、とシャルナークは地図に目印をつけておいた。
「でもメシ屋で集合とか一部がうるさそうだし、アタシは勘弁して欲しいけどね」
と、正面でマチがぼやくのを耳にしてシャルナークも「あ、それもわかる」とそれに続く。
「ここなら多少うるさくなっても文句言われなさそうだけどねー。あ、でも女性陣が1人で入ってくるにはちょっと外観オシャレじゃないか?」
「…いや、どっちかっていうとアタシはオシャレカフェのが苦手だけど。つーか外観云々なんて、それアタシらにしたら何か意味ある?」
「かっかっか。確かに普段のオレらの根城思い出したらなぁ。ならず者のオレ達ん中でそういうシャレたカフェが似合うのは、団長とシャルとパクぐらいじゃねーの?」
「えー?オレそんな気取って見える?偏見じゃない?」
「オレぁそんなチマチマ料理持ってくるような小ジャレたトコよりこういう雰囲気のメシ屋のが好きだぜ」
「オメーは腹が膨れりゃ何でも良いんだろ?」
「あ?んなことねーぞ!味の好みぐらいオレにだってちゃんとあるっつーの!」
「おーい、メシ屋でケンカはやめろよー。何のために連れて来てやったと思ってんだよ」
「ああ、ごめんアオイ。おなか減ってるだけだと思うから早くエサ持ってきてあげてよ」
「エサってアンタ…。こいつらは動物かい?」
ワイワイと騒がしく盛り上がるノブナガとウボォーギンとマチとシャルナークの4人の会話に、厨房で聞いていたのかカットしたロース肉に衣をつけながらアオイも途中参戦してくる。
揚げ油の温度を見るじいさん店主は「にぎやかだねぇ〜」と目を細め、対照的にフェイタンは他人のふりを装っているのか席で1人静かにしていた。
「ははっ、エサとはまたひでぇな。でもまぁ空腹は争いの元って言うしな?もうちょいだから腹の虫はまだ抑えとけよ〜」
「ほい、店長!よろしく!」とじいさん店主の前の油鍋にトンカツを投入し、アオイ自身は別のガス台に乗せた中華鍋で豚バラブロックを六面焼き始める。
ラードを取る間に玉ねぎとしいたけをスライスし、カツの頃合いを見てだし汁と調味料、玉ねぎとしいたけを隣のコンロに乗せた小鍋で煮立たせ始めた。
「揚がったよー」と戻された揚げたてのカツを思い切り良くザクザクと食べやすい大きさにカットし―――ウボォーギンの体躯をちらりと見ては「あいつなら一口でもイケそうだけどなー」などと冗談ぽく笑うアオイ。
中華鍋の火を止め、煮立った小鍋にカツと溶き卵を入れてもう一煮立ちさせた後は、プルプルと卵が半熟な内にどんぶりによそった飯の上にそれを乗せ、「オラー!1号出来たぞー!」と足早にウボォーギンの前にそれを持って行った。
「おぉーっ!なんかわかんねーけど旨そうだな!!なんつー食いもんだっつったっけ?」
「カツ丼だ!勝負に"勝つ"っつってな。ジャポンの勝負師にとっちゃ縁起もんなんだぜ。見たところお前もそういうタイプだろ?まずはそれ食って続きを待ってろ!」
そう言ってカラカラと笑いながらアオイはさっさと厨房に戻り、ラードを取ってカリカリに焼けたバラ肉を1センチ角に刻んで塩と胡椒で下味をつける。
また、それと並行して中華鍋の横にフライパンを用意して、薄切りにした別のバラ肉とねぎも炒め始めた。
「…ふふん。勝負師の食いもんか。なかなか気の利いたモン持ってくるじゃねーか」
アオイの言い分に気を良くしたかのように鼻を鳴らし、ウボォーギンは割りばし―――ここに来る前にアオイから渡されて割ったものだ―――を取り出す。
「へー?美味しそうじゃん。カツレツを卵でとじたのかな?」
横からシャルナークがどんぶりを覗いて一言そう呟くと、「おう、そんなとこだ。だしが決め手だぜ!」となぜかカウンター席のノブナガが誇らしげな表情で振り返って来る。
「だしは店長の仕事だけどなー」と厨房でアオイが笑って、「だし巻き卵用だよー」とじいさん店主もそれに続いた。
「お前…。作ってもいねー癖になんでお前が一番得意げなんだよノブナガ…」
「まあいいじゃねーか。食ってみろって、うめーから。…あ、じいさん!寿司の後で良いからオレにだし巻き玉子も一皿頼むぜ!聞いたら食いたくなってきた」
「あいよー」
「ったく…。まあ食うけどよ。…………
――んん!!うんめぇこれ!!」
「あっ!?お前!!勿体ねぇ食い方すんじゃねぇ!!もっと味わって食え!!」
じいさん店主に注文をする間に一口でどんぶり半分を一気に口に入れたウボォーギンを見て、ノブナガが反射的に怒鳴りつけてくる。
「いいじゃねーかうるせーな。これがオレなりの味わい方なんだよ」
「…食うか喋るかどっちかにしなよ。汚いね」
口いっぱいに頬張ったままモゴモゴ文句を漏らすウボォーギンに、はあ、と聞こえるようにため息を吐いてマチが苦言を呈す。
シャルナークはひたすら愉快そうに腹を抱えて笑っていた。
「いやー、アオイの彼女って楽で良さそうだよねー」
「……んー?」
塩コショウと酒でサッと味付けした肉とねぎをフライパンから取り出し今度はキャベツとピーマンも炒めつつ、ラードの馴染んだ中華鍋には卵とごはんを入れチャーハンを作り始める。
そんなアオイへ、笑い過ぎて目に浮かんだ涙をぬぐいながらシャルナークがそんなことを言ってくる。
「だっておいしいご飯いつも食べられるってことじゃん?面倒見も良いし、すごいモテるんじゃないの?アオイ」
「ふふん。んなこと一番モテそうなツラしてるお前に言われても嬉しくねーけど、…まあ男女問わずモテはするぞ!みんな大体メシ目当てだけどなー!」
わはは!と笑ってアオイは中華鍋に塩を振り、刻んでおいた豚バラ肉とネギを入れて胡椒でシンプルにチャーハンを仕上げる。
そして隣のフライパンにも、取り置いておいた薄切り肉と事前に混ぜ合わせておいた調味料を入れて手早く炒める。
「あー、やっぱり?この肉とか魚も1人で食べるには量多いし……もしかしてもう彼女とかいる?あ、これ単なる好奇心からなんだけど。
2人で食べようと思ってお土産にしたんじゃないの?オレ達が食べちゃってよかった?」
「いいって、気にすんな?オレは食べられる分だけ持って帰れりゃ十分だし。よく考えたらウチの冷蔵庫そんなにデカくなかったから持って帰っても余すとこだったからさ!
お前らが『旨ぇ』って食ってくれるんならそれに勝るもんはねーよ!」
「そうなんだ。そう言ってもらえるとこっちも助かるよ」
「そりゃどーいたしまして。あー…後、ルームシェアはしてるけど"彼女"じゃねーから!」
「えー?彼女じゃないって、それどういう関係?幼馴染ってヤツ?」
「ははっ!全然幼くねーし馴染みじゃねーし、女でもなくて男だぞー」
まるで冗談のように陽気に笑って、アオイはチャーハン用に白い皿を取り出す。
「ふーん…」と何か含んだような笑みをこぼすシャルナークには気づいていないようだった。
そして鍋から皿にチャーハンを盛りつけようとしたタイミングで、ウボォーギンが「アオイー!カツドンお代わりねぇかー!?」とひときわ大きな声で空のどんぶりと割りばしを掲げて叫んできたので、思わず盛りつけを崩しそうになった。
「ハハ、…ったく、ウボォーは食うの早ぇーんだよ!店長にカツ分けて貰え!」
「卵とじも美味しいけどソースカツ丼も美味しいんだよぉー?」
「あはははっ!何これ、すっごい簡単な感じなの出てきた!」
シャルナークが指差す先―――じいさん店主がおぼんに乗せてそそくさと持ってきたのは、どんぶり飯の上にソースをたっぷり染み込ませたトンカツのみをドドンと豪快に乗せたもの。
肉の形が先ほどより小ぶりに見えるのは、ロースではなくヒレを使っているからだろうか。
「おぉ…。見た目はさっきの卵ついてる方が旨そうだけどな…」
「オメーは腹に入れば見た目なんてどうでも一緒だろ?」
「んなことねーよ!お前さっきからケンカ売ってんのかノブナガ!」
「オレにもそれ1個ちょうだい?ウボォー」
「あっ!?てめ、シャル!何盗ってんだ!」
ウボォーギンがノブナガとやり取りする間に、横からシャルナークがトンカツを一切れ、パッと割った割りばしでひょいっと素早く攫って行った。
そして気づいたウボォーギンに取り返される前にシャルナークはそれを口に放り込んでしまう。
「―――ぅ熱っふ!ハフ、あ、でも肉が柔らかいね!サクサクだけどソースのジューシーさもあるし。…うん。ごはんと食べたら相性良さそう。…ってことは麦酒…ビールとも合うと思うよ、ウボォー?」
「本当か!?おい、じいさん!ビールもくれ!!」
「ったく、オメーは結局そういう食い方になんじゃねーか…」
「うるせぇぞノブナガ!旨ぇモンは好きなように楽しんでナンボだろーが!」
「ははっ!そりゃ同感だ」
「だろ!?」
チャーハンともう一つ皿をおぼんにのせて歩いていたアオイからの同調を受けて、「お前マジで気に入ったぜ、アオイ!」と言いながらガハハと笑い出すウボォーギン。
シャルナークとノブナガ、マチの3人からは『単純だなぁ』とか『単細胞…』とか散々な感想を持たれていたが、旨いメシとアオイのおだてを前に上機嫌になったウボォーギンがそれを気にすることもなく。
もう盗られまいとしてか、どんぶりを持ち上げがつがつと中身を口にかきこんでいた。
「ほい、じゃあフェイタンはチャーハンな」
と、離れたテーブルに1人で座っていたフェイタンの前に、アオイはチャーハンの皿を置く。
フェイタンはそれを別段何を言うでもなく(当然、礼すら)ただ黙って目で追っていたが――――
アオイの手が、次いで炒め物の皿をチャーハンの隣に置いたことで、フェイタンの眉間にわずかにしわが刻まれた。
「………これは何のつもりね?」
チャーハンの隣の炒め物を指差し、不機嫌…というほどでもないのだろうがかなり不審がった目つきでフェイタンがアオイを睨む。
が、アオイはそれにも全く動じずにわざとらしいまでに爽やかな笑顔をずずいとフェイタンの前に寄せて来た。
「なんとサービスの回鍋肉(ホイコーロー)です♪」
「…頼んで無いね」
「まーまー、だからサービスだって!店長んとこだと醤(ジャン)が揃わなくて味噌と醤油とソースとごま油でつくった"モドキ"だから気に入らねーかもしれねーけどさ。
どうせだからこれも点数付けてみてくれよ。アンタなら贔屓無しで味見てくれそーだし、今後の調味の参考にしたいからさ。
気に入らなかったら残してくれても良いから。なっ?……頼むっ!!」
自身の顔の前でパンッと音がするほど勢いよく手を合わせ、フェイタンを拝み倒す勢いで頭を下げるアオイ。
そんなアオイに、疑り深いフェイタンも最初は『妙に耳障りの良い言葉を並べ立ててくるな』『何か裏でもあるのか』と懐疑的な目を向けていた。
…が、嫌味を感じさせないアオイの態度に『たかが回鍋肉一皿にそこまで目くじらを立てるほどでもないか』と思い直し、ややあって「…ならそこに置いとくね」とつっけんどんに返してきた。
その瞬間、アオイはパッと顔を上げ「おう!じゃあ後で点数教えてくれ!」と破顔する。
しかしフェイタンはというとすぐさまそっけなくそっぽを向いてしまう。
それを見てアオイはフェイタンの人となりをなんとなくだが察したようだ。
「…何ヒトの顔見てニヤついてるか。ささと向こう行くね。落ち着いて食べさせる気も無いか」
「ああ、悪かったな。んじゃ、頼むな〜!」
そう言って笑顔で席を離れていくアオイの背中をうっとおしそうに一瞥し、フェイタンはしぶしぶ、といった面持ちでチャーハンを前にレンゲを取っていた。
「で?お前らの頼んだスシとかいうのはどんな食いモンなんだよ?」
2杯目のカツ丼をがつがつとかきこみながらウボォーギンが近くの3人にそう尋ねる。
厨房に戻ったアオイは、爺さん店主が酢飯の準備をとごはんを桶に広げる間に、5センチはあろうかという分厚いロース肉をオーブンにぶち込み、刺身を引き始めていた。
「ん〜…、オレも本で読んだだけで実際に見たことはないけど、一口サイズに握ったごはんに魚の切り身を乗っけた感じの料理らしいよ。ジャポンって島国の料理なんだけど」
シャルナークがそう説明をつけるが、ウボォーギンにはあまり関心を引く内容ではなかったらしい。
「ふーん」という、いかにも興味の無さそうな空返事を吐いて、目の前のどんぶりに残った最後の一口に名残惜しそうに見入っていた。
眺めてからパクリとそれを頬張って、箸を置いた。
「つってもメシに切り身って…んな簡単なモン、どこの店でも作れそうだけどな?」
「はあ!?お前ふざけた事言ってんなよウボォー!寿司をまともに握れるようになるには10年かかるって言われてんだぞ!?」
「んじゃあどー見ても16、8程度のアオイがんなもん握れるわけねーのすぐわかんだろうが!」
「―――誰が16、7、8だ!25だぞ!?」
と、ノブナガとウボォーギンの言い争いに、厨房からアオイがデカい声で割り込んできた。
しかしその声のデカさよりも発言の内容について、その場にいた全員(店長を除く)が驚いた顔を見せる。
「はぁあ!??25!?お前そのツラで25なのかよ!?どう見ても10代だろーがよ!?」
とはウボォーギンの言。マチとシャルナークもそれに続いてわいのわいのと騒ぎ出すが、1人だけ席の遠いフェイタンは黙ったまま眉間にしわを寄せて、奇怪なものを見る目でアオイの姿を追うにとどまる。
「団長と同い年とか…全然見えないね…」
「あはは!たしかにそう言われるとすごい違和感かも。まあ団長も歳のわりに童顔だとは思うけどさぁ」
「シャル。アンタがそれ言う?」
「しっかし16、7はいくらなんでも見る目ねーだろうよ、ウボォー。オレぁ19かハタチそこらと思ってたぜ〜。結局外れたけどなぁ」
などとノブナガがウボォーギンを横目に見ながらどことなく挑発的な口調で言えば、当然のように「なんだと!?」と食いついてくる。
「どういうケンカだい…」とマチはうっとおしそうにため息をついて目をそらし、シャルナークは楽しそうにケラケラと笑い出す。
「だからメシ屋でケンカすんなって言ってんだろーが。つーか原因がオレの年齢とか笑い話にもなってねーし」
「あ、出来たのアオイ?」
「おお、とりあえずな!だいぶ待たせちまってるし、まだ握るから先にこれ食っててくれ」
とアオイはタコとサーモン、マグロの握りを3人前、ノブナガとマチとシャルナークの前にそれぞれ置いた。
「ほー?まあまあ見た目は合格じゃねーか、アオイ」
そう零して心なしか嬉しそうにニヤリと口角を吊り上げたノブナガ。
それをウボォーギンが横から興味津々に覗き込み、「なーんかチマッとした食いモンだなぁ…。そんなんで腹ァ膨れるモンかよ?」と先ほどの挑発への仕返しなのか軽く茶化して来る。
「オメーのデケェ胃袋と一緒にすんじゃねーよ!!」
「試しにオレにも1コくれよ」
「ふざけんな、どんだけ食う気だ!」
「ケチケチすんなよ〜」
「んーと…、こっちはサーモン?これはツナでしょ?…この白いの何?マチ」
「…タコだろ」
「うへ、タコなのこれ?苦手なんだけどなー」
「ガハハ。なんだよシャル。お前タコも食えねーのか?うめーのによ。じゃあそれくれ」
「あ」
言うが早いか、なぜかノブナガが嫌そうに見ている中、ウボォーギンがシャルナークの皿からタコの握りをひょいと攫っていった。
そして握りの大きさに合わないような大口にそれを放り込み、もぐもぐと咀嚼する。
シャルナークは自身のタコがウボォーギンの口に消えてしまってから、「…まあいいけど」と事後承諾した。
「ん?ん…。ん〜〜〜?……んん。…まあ、タコと飯だな!」
「それだけか!感想雑過ぎるだろ、この馬鹿舌が!!」
「つったってよくわかんねーよ、こんな一口以下のサイズじゃよー。だからもう1コくれ」
「止めろ馬鹿!!オレんだぞ!?―――おいアオイ!こんな味のわかんねー奴に寿司なんて握るこたねーからな!?」
冗談か本気か。ウボォーギンが再びヌーッと、今度はノブナガの皿に手を伸ばして来る。
その手に向かって必死で抵抗するノブナガをガハハと笑い飛ばすところを見れば、ウボォーギンのそれも冗談だとはわかるのだが――――対するノブナガはそれに気付いているのかいないのか。本気で嫌がっていた。
「で?どーよ寿司の評価は」
ウボォーギンとノブナガのじゃれ合いをよそに、厨房に戻ったアオイがマチとシャルナークに向かって自信を伺わせる表情で尋ねてくる。
ここへの道中で言っていた『ちゃんとした寿司食わしちゃる!』発言への返しを待っているのだろう。
『ノブナガはああだしねぇ…』と仕方なくマチは一番手を買って出て、手づかみでまずはタコを口にした。
シャルナークはそのマチの食べ方に倣い――――倣いかけて、結局は先ほどカツを食べるために割った箸をもう一度持ち出して、サーモンの握りをつまんでいた。
「…ん、確かに腕としてはまあまあだね。……悪くはないよ」
「んなぁ!?…まあまあか〜。くそー」
「ん〜。…オレはよくわかんないや。でも個人的には好き。こないだ食べたイナリズシってのも美味しかったけど」
こっちも好きだよ、とアオイに向かって実に爽やかな笑顔でシャルナークは微笑む。
『アンタもどういう意味の顔だい』と内心マチは突っ込むが、それよりもシャルナークの「イナリ」という言葉で何か思い出したらしい。「そうだ」と顔を上げた。
「続きも良いけど…。アンタ、お稲荷も作れるかい?」
「うん?…なんだ、お稲荷さん食いたかったのか?先に言ってくれねーとお稲荷はちょっとかかるぜ?」
「構わないよ。どうせそこのデカいのの肉料理もまだ作る気なんだろ?一緒に待ってるから」
『デカいの』、とウボォーギンを指差しマチは言う。
指差されたウボォーギンは「おう、なんだマチ。呼んだか?」とノブナガそっちのけでニヤついた顔を寄せてきた。
「呼んでないから寄って来るんじゃないよ。アンタは黙って肉でも食ってな」
「つってもよぅ、もうカツドンは食っちまったし」
なんて言いながらウボォーギンが子供のように口を尖らせていたら、「まーまー、待て待てウボォー」と得意満面な顔つきのアオイが厨房から身振り手振りをつけて主張を始めた。
「そう悲観しなくても、お前には今ちょうど別の肉を焼いてやってるし、他にも食わせたい肉はいっぱいあるんだからよ」
「ほーぉ?そいつぁ楽しみだな。なら次は何出してくれるつもりなんだ?アオイ?」
「そうだな…。今オーブンで火入れしてる分はとりあえず、ポークチョップだ!!700グラム!」
そう言ってアオイは先ほどオーブンに投入した肉と同じ大きさにカットした生肉を取り出して見せる。
「あっははははっ!!なにそれ、でっか!」
「かっかっか。オメーの握り拳ぐらいあんじゃねーのかよ、ウボォー?」
「ふん、700グラム程度。オレの腹はまだまだ十分いけるぜアオイ!オラ、もっとかかって来い!」
「なにィあっ!?なら待ってろ、今すぐできる別の料理持ってってやるからよ!!」
「ああ、そいつとはじゃれなくていいから。それよりアタシのお稲荷も早くね、アオイ」
「おう、そうだぜ。ウボォーの腹具合なんざどーでも良いから、残りの寿司ネタ頼むぜ。あとタコ残ってんなら天ぷらにもしてくれよ。タコ天。それに合う酒があったらもっと嬉しいぜ〜、アオイ?」
「あー、おっかし。みんな好き勝手言いすぎだろ。…あ、でもオレも次は肉料理お願いしたいな。ウボォーのついでで良いからさ。ね、アオイ」
「なんだよお前ら急に!?オレが先約だからなアオイーっ!?」
「うおあああ!!お前らアオイアオイうるっせぇー!!」
「あはは、キレたw」
「モテモテだねぇ、アオイくん」
叫ぶアオイ。そして声のデカいウボォーギンを筆頭にわいわいと騒ぎ出す4人。
それをよそに、フェイタンは1人我関せずの姿勢で黙々とチャーハンを食す。
厨房では店長が「こんなににぎやかなのは久しぶりだねぇ」と目を山なりに細め笑っていた。
「美味かったぜー。馳走さん」
結局アオイはその後、5人からのリクエストを次々こなし3時間。一部の肉を残して、持ち込んだ食材のほとんどを使い切る勢いで5人をもてなした。
最後には料理の際に発生したくず肉をわさび醤油で和えてそれを具にした握り飯まで土産に持たせる始末だ。
「また来てくれると嬉しいよぉ〜?」
5人を見送るために店の入り口に出てきた店長が、手を振りながらそう言う。
アオイもまたその隣で、燃え尽きたようにうなだれつつゆらゆらと大きく手を振っている。
「おーう。今日みたいにタダ飯で良いならまた来るぜ〜」
「食い逃げは困るんだけどなぁ」
「ガハハ!そこはアオイに全部ツケとけよ!」
「あ〜、それはいいアイデアだねぇ」
「ちょちょ、店長!?何勝手に約束してんだ!?」
「かっかっか。じゃーな、アオイ!」
じいさん店主とアオイに向かって軽く手を振り返し、別れる。
そしてそのまま5人は行く当てもなく往来を歩いていく。
「あーもう、おなかいっぱい。こんなに食べたの久々だよ」
満足そうに胃袋あたりをポンポンと叩いてそう言ったのはシャルナークだ。
普段はパソコンに向かいながら、片手に栄養補給食か軽食が常だ。もちろん外で食事を摂ることもあるが、これほど『腹いっぱいに』なんていつぶりだったろうか。
「メンバー集まってテキトーに飲む事は多いけどなぁ?ここまで飯メインってのは中々無ぇかもな」
と、今度はノブナガがそれに続く。
軽いつまみと酒瓶ばかりが汚く並ぶいつもの卓上と今日の卓上とを思い比べて、ノブナガも満足そうに頷く。
「最初はとんでもないのに絡まれたと思ったけど、絡まれて得だったね」
「おお!あんな良い奴、そうはいねーぞ!?こんな土産までくれたしな!…つーか旨ぇなこれ。キュッとしてツンとしてクソ旨ぇ」
ノブナガの発言に続いたのはマチで、それに対してモゴモゴと何かを咀嚼しながら同意したのはウボォーギンだ。
見れば土産に持たされた握り飯にいつの間にかパクついていた。
「メシの評価に『くそ』とか使うんじゃねーよ!―――ってかそれ!!オメー、もう食ってんのかよ!?
その勢いで全部食う気じゃねーだろうな!?オレにも残しとけ!!ってか今もう寄越せ!!無くなる!!」
ウボォーギンの腕から風呂敷包みを奪い取り、ノブナガが叫ぶ。
そして『オメーに土産なんかを任せたのが間違いだった』と風呂敷の中身を改め、一体いくつの握り飯が知らぬ間にウボォーギンの腹に消えたのかを数え始めた。
幸いにも被害は1個と微小なもので、安堵の息を吐いたが。
「…つーかよぉ、あいつ途中になんか肉を調味液につけこんでやがったけど、オレまだそれ食ってねェ気がするんだよなぁ」
指に残った米粒をぺろりと舐めて、ウボォーギンがそんなことを言い出す。
アオイが調理に集中している最中、ウボォーギンは次にアオイが何を出して来るのかを楽しみに、厨房でのアオイの動きを逐一目で追っていた。
油揚げの煮込みとフライパンでの焼き物の合間に、細いひもで肉を縛り、醤油、酒、ウスター、マスタード、ケチャップ、はちみつ、黒砂糖…とかなりの種類の調味料をボウルに混ぜて、肉を漬けこんでいた。
「なんだろうなアレ。どんな味だろうか?」と期待を膨らませていたものの、ジップロックに入れられて冷蔵庫に仕舞われてしまった後―――
テラテラとタレの照り輝く旨そうな肉巻きが直後に出てきたせいで、そのままそのことを忘れてしまっていた。
そういえば…とその後、あの漬けこまれた肉が冷蔵庫から出て来たような覚えがないことを急に思い出した。
それを拙く説明すると「あー…、そう言えばたしかになんかやってたかもね」とシャルナークも見ていたのか同意してくれた。
あの肉はなんだったのだろうか。
「…ふん。カタマリ肉タコ糸で縛て調味液に漬けてたなら、それはおそらく叉焼(チャーシュー)の亜種ね。時間かかるよ」
と―――、疑問符を掲げ首をかしげていたウボォーギンに、フェイタンがどことなく得意げな顔を晒して答えてきた。
「あはは。案外フェイも見てるよね。フェイも結局アオイの料理気に入ったの?そう言えばチャーハンはフェイ的に何点だったのさ?」
「…少し黙る良いね、シャルナーク」
「なんだよフェイ。お前のチャーハンそんなに旨かったのか?」
「黙れワタシ言たね、ウボォーギン」
「んな事言ったってよぉ。気になるだろ。あいつの飯、どれも旨かったからよー」
「あれだけ肉食べた後に握り飯独り占めしといてなんなの?アンタの胃袋」
「いや、握り飯はまだ結構無事だよマチ。だよね?ノブナ…、ノブナガ?」
ウボォーギンの手から握り飯を保護したノブナガに、シャルナークがその無事を確認する。
…が、ノブナガもまた風呂敷包みを片手に握り飯を一つ、いつの間にか口にしていて。
なぜか神妙な顔でその食いかけの握り飯に見入っていた。
「…ど、どうかした?」と、毒か罠かを警戒したような声色でシャルナークは再度ノブナガに尋ねる。
「っくそ…。くず肉をわさびと醤油で和えたのか…。握り飯の具としてはイマイチ許せねーが、味は良いなァこれ。なんで味濃いめの肉に白米の組み合わせってのぁこう最強なんだ…。くっそ。許さざるを得ねぇ…」
「何の文句なのさ」
握り飯の具を睨みつけてぶちぶちと文句を言いながらも続けてそれにがっつき始めるノブナガに、シャルナークは心配して損したよ、とぼやいた。
「くっそ…、チャーシュー…。やっぱ気になるぜ…。もっかい戻ってアオイに作ってもらうか?」
「いやいや。オレ達がいる間に出さなかったって事はたぶん、今晩か明日辺り同居人に出すために準備したんじゃない?
ルームシェアしてる奴と一緒に食べられる分だけ持って帰れれば十分みたいな事言ってたよね」
「…あ、確かに。同居だけど女じゃないとも言ってたね。…男?なら余りもしないだろうね」
「マジか!なんだよクソ〜!食えねぇってなるとますます気になるじゃねーか!」
「うるさいね…。だったら盗れば?」
うおおお、と悔しそうに雄たけびを上げていたウボォーギンに、マチが迷惑そうな顔を隠しもせずに言う。
事もなげに放たれたその一言に、ウボォーギンの動きがぴたりと止まった。
「…確かになぁ。盗賊のオレらからしたら手段は一つだわな」
「んー…まあ、…そうだね。焼くだけだったら、あのタレ肉さえ手に入ればあとはオレでもなんとか出来ると思うよ?ウボォー」
「チャーシュー単体でもきとビールに合うね」
マチに続く、ノブナガとシャルナークとフェイタンからのわざとらしい追い打ち。
"欲しいものは奪う"が身上のウボォーギンにももちろん"それ"に戸惑いは無く。
その口元を凶悪なまでに吊り上げ、ウボォーギンは笑った。
「おーし!ならチャーシューは横取りで決まりだな!!…ってかもういっそあいつごと攫って来ようぜ!ウチのメシ当番にさせるっつーのはどうよ!?」
「おっ、ウボォーにしちゃ冴えたアイデアだなそりゃ」
「なにそれ。旅団に引き込むってこと?あいつ、ハンターって言ってなかった?いくら料理番ったって、そんなの団長が許さないんじゃないの?」
冗談のようにカラカラと笑いながらウボォーギンに追従するノブナガに、マチがわずかに不快感をにじませる。
しかしノブナガの方もそんなマチの様子にも慣れているのか、それに対して一片の怯みもなく反論を返してきた。
「確かにあいつを団員にするかどうかはオレ達が決めることじゃねーがよ。
どうせ番号に穴が開いたらまた流星街の連中の中から引っ張って来んだろ?だったらその番外候補にでも置いとけばどーよっつー話だ」
「おお!団長が首を縦に振るまで毎日あいつの料理で兵糧攻めにしてやるぜ!」
「アンタちょっと黙ってなよ、ウボォー。大体、兵糧攻めってそういう意味じゃないだろ、馬鹿」
「諦めるね、マチ。馬鹿の思いつきは馬鹿でしか無いのはわかてるはずね」
「にしたってさ」
「…ワタシも乗るよ、それ」
「……本気?」
フェイタンの口から出た意外な一言。
マチが驚いたようにその大きな目をさらに大きく開いた。
「あいつの評価はまだ終わてないね。チャーハンだけじゃ足りないよ。麻婆と餃子と杏仁も作らせるね」
「…冗談でしょ?」
「あははっ。やっぱりなんだかんだフェイもアオイの事気に入ったんじゃん」
「気に入るのと違うね、シャルナーク。ワタシはただ評価が終わてない、言てるだけね。点数つけてやるだけよ」
「素直じゃないなぁー」
やる気になっている強化系の男共2人に、フェイタン。
『…まさかね』と嫌な予感を抱えながらマチは「…シャル。アンタもそっち側?」とシャルナークにも問う。
「んー、オレは別にアジトに連れて行くぐらい目くじら立てることでもないかなって。最終的に団員にするかどうかは団長が決めることだし、オレ達がその点を争ってても仕方なくない?
それに最初に『盗れば?』って言ったの、マチだよ?」
「そうだけど。アタシはあいつ自身の事まで盗れば、なんて言ってない」
「まーまー。そうは言ってももう3人が乗り気なんだから。後の事は後で考えようよ。それこそ団長も交えて、チャーシューでも食べながらさ」
「…………。」
シャルナークにまで諭されてしまい、マチは納得がいかない、というような渋い顔で口を結ぶ。
そんなマチの態度を見てシャルナークは「…んじゃ、平等にコインで決める?」とわざわざ妥協案を出してきた。
しかしマチはそれに乗ることなく、逆に観念したように息を吐いて「いや、いいよ。アタシが折れる」とそれに応える。
「…いいの?」
「いいよ。アンタの言うとおり、あいつを攫ってきたとしてその処遇はアタシが決めることじゃない。
あいつ自身が『旅団員になりたい』なんて騒いだわけでもないし。団長が戻ってくるまでの間ぐらいは、大目に見てやるよ。
…あいつのお稲荷に免じてね」
「うん。まあ、美味しかったよね。イナリズシ」
マチの言い分にクスリと笑みを零し、シャルナークもまた歩き出す。
そして向かう先で「お前ら、作戦立てんぞ!」と息巻いていたウボォーギンに、「えー?どう考えてもこのまま待ち伏せて尾行でしょ?ちょっと気になることあるんだ」と返すのだった。
NEXT→その5(後編)※お待ちください/
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旅団のわちゃわちゃ楽しすぎてVSまでの前振り長くなったった…。
※チャーハンとチャーシューのレシピは小学/館『華中華』から。
ポークチョップは北海道のレストラン『ロマン』のものを参考にさせていただきました。
すもも