二匹の猫と十三匹の蜘蛛 ◆02:携帯は鳴り響く



クロロにキスされてからというもの、黒猫は蜘蛛から間合いを取るようになった。

寝る時間も極端に少なくなり(というか今までが寝すぎ)、膝を抱えてじーっと蜘蛛を観察している。

とりわけ、クロロの行動には敏感だった。



「今度は随分警戒心強くなったね」

「いままでがユル過ぎなのよ」

マチとパクノダが猫の様子を眺めながら言った。


先ほども、丸くなって眠っていた黒猫にゆっくりと近寄ったクロロ。クロロが猫の横に座ったと同時に、黒猫が目を覚ました。

寝ぼけ顔を上げた猫とクロロの視線が絡んだ瞬間、ズバッ!!と音を立てるほどの勢いで黒猫がその場から飛び退いた。

寝起きとは思えない機敏さに他の蜘蛛達が目を見張るほどだった。




警戒心が強くなる気持ちはわからないでもない。

ウボォーギンに吊られて満足に動けない状態だったのは仕方ないとしても、強引に、しかも男に唇を奪われたんだから。


しかし、初めて出会ったときに追い掛け回され、腕をへし折られそうになり、挙句に殺される寸前だったというのに、

そんな蜘蛛の連中と同じ空間で一日中寝つづける、というほうがよっぽどおかしい。今の状態が人としては普通に見える。






「おい、………。…ヒ、ヒ、ヒ…ヒソカ?」

「猫が名前を覚えた!!?」

おそらく自分達の会話から覚えたのだろう、なんとなく控えめにだが、黒猫がはじめてマトモに蜘蛛のメンバーの名前を呼んだ。しかもよりにもよってヒソカの名を。

シャルナークがその様子にある意味ショックを受けて声を上げる。


他の蜘蛛もシャルナークと同じ気持ちだったが、なかでもクロロが、読んでいた本に目を向けたままその目を見開いて固まっていた。

そしてそれに気づいたのは、クロロの近くに居たシズクだけだった。




クロロはキスして以降、ずっと猫に避けられている。

近づこうとしても、その気配を察知しただけで猫は逃げる。

名前を呼ばれるどころか、言葉すら交わしてくれない。


猫が教えてもいないヒソカの名前を呼んだことでクロロが相当なショックを受けていると、シズクは容易に想像できた。




「何か用かい?…ジャズ」

黒猫は自分の名前が呼ばれて満足なのか、綺麗に笑った。

そしてヒソカの了承も得ないまま、その膝にもたれかかる。

「…なにをしてるのかな?」

「枕」

「それは見ればわかるよ♠」

「ヒソカ。……アイツが近くにきたらやっつけろ」

びしっとクロロを指差して猫がいった。

「…なんでボクが?」

「おまえ、強そうだから。アイツとはなんか態度が対等っぽい」

「ふーん。ま、構わないよ(願ったりかなったりだし)」

「…ん」

そうしてすぐに寝息をたて始めた猫。


「…寝付きいいねぇ…」

そういってヒソカは気持ちよさそうに寝る黒猫の頭をなでた。




「…なんていうか…怖いもの知らずだね」

「神経がずぶてぇんだろ?…ホントに具現化系か?」

シャルナークとウボォーギンがその様子を見て呟いた。


黙って本を読んでいるはずのクロロのほうから感じられるえらく不機嫌なオーラ。

ヒソカを除いた他の団員達は、なるべくそっちを見ないようにした。






ピリルリ〜リ〜ル〜♪



しんとする広間に、何の前触れも無く機械音が響いた。



「……誰のだ?」

少しばかり怒気をふくんだクロロの声。誰も名乗り出ない。

しかもその音の発信源は…

「「「団長じゃないの?」」」

女性陣が言った。たしかにその音はクロロの方から響いてくる。



「オレのじゃない。………ん?」

自分のケータイを確認し、回りを見回すクロロ。その足元に、着信して光る真っ白なケータイが落ちていた。


拾おうとした瞬間、着信音に気づき飛び起きた黒猫が、クロロにむかって走り出した。

「オレのだ!!触るな!!」



そういえばここは先ほどまで黒猫が眠っていた場所。そして黒猫の叫びに、それが彼のものだと確信する。

ケータイが黒猫の手に触れる前に、クロロはひょいっとそれを拾い上げた。

そして必死でそれを取り返そうとする黒猫の手が届かないよう、それを手にした方の腕を上に伸ばす。


「返せ!!」

「嫌だ。相手は誰だ?」

「テメーには関係ねぇっ!返せッ!!」

いままでこれほど必死になった黒猫の顔を見たことが無い。



初めて会って逃げたときも、キスしたときも。


着信の相手が黒猫にとってよほど大切な人間なのだと、クロロは理解した。





―――――不愉快だ。


なぜかはわからないが、ひどく不快だった。





手を伸ばす黒猫を抱きしめて、そのまま唇を重ねた。

「…んぷっ……ちょっ……」

逃げる黒猫の体を押さえ、クロロは何度も口付ける。



「……はっ…やめ……んっ…、……ックロロ!!」

名を呼ばれてハッとしたクロロ。


同時にケータイの音も、鳴り止んだ。


「…ッテメ…ふざけんな!!…っ………ちくしょう………」


黒猫に音の止んでしまったケータイを返す。黒猫も静かにそれを受け取った。




しばらく俯いていた黒猫。

俯いたままで、ケータイを開いた。ボタンを押して、かけなおす。








長い沈黙だった。



相手が出ない。


気まずい空気が場を支配する。





ふと、黒猫が顔を上げた。電話がつながったらしかった。



「………あ。………………悪かった……ごめん…。…うん、ごめん…ちょっと立て込んでて………。
 ……ちが、…………っ悪いと思ってる…ごめんな……だから泣くなよ……」

困ったような、悲しげな表情を見せて黒猫は電話の相手に何度も謝っていた。

電話に出なかったことで泣き続けている恋人を、なだめるように。



性格がアレとはいえ、黒猫は顔もいいし、スタイルもいい。恋人がいてもおかしくはない。

いままでの生活のなかからそんな素振りは全く見せなかった黒猫。

だから蜘蛛はこの黒猫に恋人が居るなど思いつきすらしなかった。



「………うん。……そか、…わかった、もうしないから……ごめんって……うん。
 ……それで?何の用だったんだ?」


話が切り替わったところで、クロロが動く。

黒猫はそれを見て後ずさったが、なにかが背にあたったのでゆっくりと振り向いた。


そこに立っていたのは……ヒソカ。


目が合った瞬間、黒猫はヒソカに捕らえられた。クロロが黒猫の手からケータイを盗って、耳にあてる。




『……えへ、…あのですね…、僕…、あと1勝で天空闘技場のフロアマスターになれそうなんですよ!……でも、実は3敗もしてまして、陥落一歩手前でもあるんですぅ〜。うぇ〜。
 …それでですね、チケット手配しときますから応援に来てください!ジャズが居てくれれば勝てる気がするんですよ〜。
 明後日なんですが空いてますか?……だめですか?』


機械を通してはいるが、黒猫と同じ、…だが黒猫より少し明るいせいか、高めの声に聞こえた。




「天空闘技場……」





――――――黒猫の恋人の居場所。



クロロは無意識に呟く。





『………………………………貴方、誰ですか?
 ………………? ジャズ〜………? …………ジャズ…?どうしたんですか?……ジャズ!?』


「……っゼロ!!電話を切れ!!」

口を押さえるヒソカの手を必死にはがし、黒猫が叫んだ。それがゼロ、と呼ばれた相手にも聞こえたらしい。

『ジャズッ!!?』


クロロはそこで通話を切った。そして黒猫に問う。

「…相手はゼロというのか?……何者だ?」

「誰が言うかっ!!」

ヒソカに捕まったまま黒猫がいきがる。

クロロはパクノダと目を合わせ顎をしゃくる。パクノダもその意味に気づき頷いた。黒猫に近づく。




すると突然天窓が大きな音を立てて割れた。


見たことも無い1本の光の矢が、廃墟の中へと突き刺さった。







つづく


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兄弟で近親くさい感じになります

すもも

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ももももも。