double style ◆30-EX:月夜の場外




「…あれ?」



夜、喉が乾いてジュースを買いに階下の売店まで降りてきていたキルア。

買ったジュースを手に窓の外を眺めていたキルアは、そこでふと何かを見つける。


眼下にある自然公園の一角。そこで一心に剣を振るうゼロの姿。




「……何やってんだ?アイツ…」


こんな時間にあんなところで何をしているのかと眉を寄せる。




「(………ま、考えるより聞くほうが早いか)」



そう思った次の瞬間には、キルアはジュースを一気に飲み干していた。


くるりと窓に背をむけ早足で歩き出す。

途中、空になった紙コップを乱暴にゴミ箱へ投げ捨てて、キルアは閉じかけのエレベーターへと飛び込んだ。










風がざあざあと木の葉を揺らす、静かで薄暗い林の中。


いつも持ち歩いている長剣を構え、まっすぐに切っ先を見据えているゼロ。

さらさらの髪もすでに汗でべたつき、淡い月明かりはうっすらと汗のにじむゼロの白い肌をてらてらと輝かせている。




(ふ―――………。 …よし、もうすこし。)


もうそろそろ終わろうかとも思いつつ『もうひとふん張り』と、誰もいないその場所で1人コクンと頷いて。

深く長く息を吐いて、荒れた呼吸を整える。




垂れ落ちる汗も気に留めず、目を閉じてしばらくの間精神統一―――。


そして風が木の葉を揺らす音と共に、それを一気に爆発させた。




「……ふっ!!」


一歩踏み込み上段からの鋭い切り下ろし。そのまま剣を滑らせ、今度は右から左に剣を薙ぐ。

横に薙いだ剣はそのまま肘と手首をやわらかく使ってくるんと回転させ、その勢いを生かしたままもう一歩踏み込んで―――深く斜めに剣を振り下ろした。


ビヒュッと鋭い音が風を切り裂く。

ブレのない一閃が、目の前の見えない"敵"を断っていた。





「―――さっすが。一刀両断ってやつ?」

「うぁっ!?」


と、突然背後から聞こえた声にゼロは驚いて目を見開く。


振り返るとそこには、ニッと笑ったキルアが立っていた。



「キ、キルア……おどかさないでくださいよ…」

「それはこっちのセリフ。何やってんだよこんなところで」

キルアは、ちょうど自分の足元に落ちていたゼロの剣の鞘を拾い上げ、それを手渡しつつゼロに尋ねた。


「あっ。ありがとうございます」

「んなこたいいから」

質問の答えよりも先にゼロの笑顔の謝辞が飛んでくるのはいつものこと。

早く答えろ、とばかりにそれを軽くあしらい、キルアは再びゼロに尋ねる。



鞘を受け取ったゼロは少し間を取るように、ただ黙って、持っていた長剣を鞘へと戻していく。

ぱち、と鞘に剣を収めきってから、ゼロはとぼけたようにキルアに返答を返した。



「…僕、別に何もヘンなことはしてませんよ?」

「いや、十分ヘンだって…」

「えぇ!?ひどいです、キルア…」


肩を落としたゼロを横目にキルアはその場に座り込んだ。

それを見てゼロもその隣へと座り込む。

座った後で、はっと気がついたのかゼロはのそのそと立ち上がって、近くに投げ捨ててあったタオルとドリンクを引っぱってきた。




「…まさかずーっとやってた?」

「んーと…、大体1時間くらいですかね…。なんだか無性に体動かしたくなっちゃいまして」

タオルで適当に汗を拭いて、スポーツドリンクを口にしながらゼロは答える。


「よくヒソカに見つかんなかったな…。見られてたら絶対襲われてたぞ…」

「あははっ、そうかもしれませんね〜」


冗談みたいにニコニコ笑うゼロを見ていたら、ちょっと本気で心配になった。




(自覚ねぇのかな〜…)




月灯かりが照らし出すゼロの姿はいつになく幻想的で。


健全に汗を流した後だと知っていても、何故だかそれが妙な色気をまとう。





「……ん、…どうかしましたか?キルア?」

「あ゛っ!?…いやっ、な、なんでもねーよっ!!」


自分でも気付かないうちに、ドリンクを口にするゼロの濡れた唇を目で追っていたキルア。

そんなキルアの視線に気付いたのか…ふと振り向いたゼロと目が合ってしまい、キルアはビクリと肩を揺らす。


自己嫌悪に陥り、恥ずかしくなってあわてて目をそらせた。




「…? キルア〜?」

「〜〜〜〜っ! …だ、大体っ、そんなに体動かしたいなら試合に出ればいいだろ!?ゼロはオレらと違って試合禁止されてねーんだから!!」

ゼロに顔を覗かれ、顔を赤くしながらキルアがガバッと立ち上がってそうまくし立てる。



「えー?だってゴンに悪いじゃないですか」

「何が悪いんだよ!」


強めの声色で聞くとゼロは座ったままキルアを見上げ、にっこりと笑った。



「…じゃあキルアが僕と試合してくれます?」

「だーかーら!!なんでそうなるんだよ!?嫌だって言ってんじゃん!!」

「むー、けちですねーキルア」

「けちとか、そーゆーんじゃねーし!ゼロだったら強い相手すぐ見つかるじゃねーか!『180階のエンジェル・スマイル』とかなんとか言われてたんだろ!?」

「うー…。もー、だからその恥ずかしい呼び名は止めてくださいってば」

「ゼロが相手なら誰だってすぐ応じてくれるって!ヒソカとか…カストロとか、あの3人組とかさ!……オレみたいな念の素人と戦ったって面白くないだろーし…」

「そんなことないですよ。ぜひ手合わせしてもらいたいです」

「…だからっ!!」


何を言ってもゼロはニコニコしたまま。




「……あーもーラチあかねーな!…オレ、もう帰るからな!」

「ぇえ?ずいぶん唐突ですねぇ; 待ってくださいよ〜」


歩きだしたキルアの背中を見てゼロも荷物を持って立ち上がった。サッサと歩いていってしまうキルアを追う。









「キルア」

「………なんだよ」



キルアの歩調に合わせて、その隣を歩くゼロ。

まっすぐ前を見たまま歩くキルアを見下ろしながらゼロは微笑む。



「キルア、おなか空いてませんか?」

「…別に。」

「僕、おなか空いたんで戻ったらなんか作りますけど。何かリクエストあります?」


素っ気無く返された言葉もお構いなしなのか…、それともひねくれてるだけだと解釈したのか。ゼロはにこにこ笑ったままさらに言葉を重ねてくる。







しばしの沈黙。



舗装された道を歩く、2人の靴音だけが響いていた。







「―――キルア」


なかなか答えがもらえなくて、ゼロはもう一度キルアの名を紡ぐ。



こうなると先に根負けするのは決まってキルアの方で。

少し口を尖らせて、キルアは答えをひねり出す。





「…………じゃあ、オムライス。」


「―――はい。」





淡い月灯かりの下。

大きな背中と小さな背中…二つの背中は、親子のように横並びに並んで。


天高くそびえる天空闘技場へ向かって、夜の小道をてくてくと歩いていった。





―――――闘技場内、部屋へ帰る途中の廊下でゴンに見つかって大騒ぎされたのは、また別のお話。







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なんでもないほのぼの番外。

すもも

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ももももも。