double style ◆31:ヒソカ



「ウイングさん、おはようございます!」

「おはようございます、ゼロさん」



僕は朝早くにウイングさんの宿まで来た。

ドアを開けて出迎えてくれたウイングさんとまず挨拶を交わす。


中まで通されると、ズシはもうすでに稽古を開始していた。型を取ったままで僕を見てきた。


「おはようございます!ゼロ先輩!!」

「おはようございます、ズシ。でも『先輩』はつけなくてもいいんですよ?」

「いえいえ、自分にとって先輩は先輩っすから!!」


びしりと言うズシ。

ウイングさんが後ろで笑っているのが感じられた。




「それにしても…ゼロさんまで試合を自粛することはないんですよ?貴方はもうすでに立派な念使いでしょう?」



200階へ上がってから約1ヶ月。

僕はこの1ヶ月間、ときおりジャズの"仕事"で体を明け渡すこともあったが、ほとんど毎日ゴンたちに付き合って『点』を続けていた。


まだ試合には出ていない。



あのサダソって人にも、あれきり避けられてるのか遭ってないし…。

ゴンとキルアに危険が及ぶかもしれないって考えたら、僕が率先してあの人達を倒すべきなんだろうけど…。


戦闘日を申し合わせようにも連絡先がわからない上、こうまで逃げ回られたらな…。

"追尾する光の矢(レイ・フォース)"で無理矢理探し出すって方法も無くはないけど、それだとなんだか僕の方が闇討ちしてるみたいでさらになんかバツが悪いじゃないですか…!ああ…!


…先にゴンとキルア、最後に僕って言ってたから、たぶんわざと避けられてるんだろうな……。




考えるのも疲れちゃって、はぁ…とつい大きくため息をついたら、ウイングさんから「…どうかしましたか?」なんて聞かれてしまう。


「あーいえ、なんでもないです;

試合は……まだもう少しは。僕も彼らと一緒にゆっくり行こうと思ってまして。それにキルアはともかくゴンは…僕が戦ってるって聞いたらウズウズして約束を破ってしまいそうですしね」


「はは、確かにそうかもしれませんね」


冗談ぽく言い訳すると、ウイングさんとズシは笑ってくれた。

だから僕も、そこは一緒になって笑って誤魔化した。





「はいどうぞ、ゼロさん」

「あ、いただきます」


「……ところでゼロさん。ゴンくんは大丈夫ですか?」


僕の取り繕い方が下手だったせいか、ウイングさんは僕に席を勧めて、その上リラックス効果のあるお茶を用意してくれた。

香りからするとジャスミン…オレンジフラワーかな?


そしてウイングさんはそのまま僕を問い詰めることもなく、ゴンの様子を尋ねてきた。

……なんか逆に心配させてしまったみたいですいません;



「えーと…;ゴンは全然大丈夫ですよ。毎日『点』をやっています。怪我のほうもだいぶ良くなってきたようですし」

「そうですか」


「ズシの方はどうですか?」


ゴンが約束を守っていることが嬉しいのか、ニコリと柔らかな笑みを浮かべたウイングさん。それを見て、今度は僕が聞き返した。



「自分はまだ70階あたりを行ったり来たりっす!」

僕らの会話を『纏』をしながら聞いていたズシ自身が、元気にそう答えてくれる。


「そうかぁ、がんばっているんだね〜」

「っす!」

「ぜひともゴンたちが休んでるうちに200階まで来て欲しいなぁ」

「そ、それは無理っす!!」

「ははは、そのくらいの気概がないとだめですよ、ズシ」

「師範代まで!だから無理っす!!」

「「あはははは」」


今度こそちゃんと笑って、僕はお茶を口にした。








「……今日はヒソカの試合の日ですね」



それは、リラックスできた途端に頭に浮かんだ言葉だった。


かちゃりとカップを置いて僕は呟くように言った。

だけどウイングさんはちゃんと聞いていてくれて。「そのようですね」と返してくれた。


「…ゼロさんは見に行かれるんですか?」

「うーん、そうですね…。でもチケット高いみたいですからね〜…部屋で中継見ようと思っていますが…」




今日、天空闘技場の200階クラスではヒソカさんの試合が組まれている。




……ヒソカさん。


ここでは11戦して8勝3敗、6K.O。

K.O数イコール…死人の数だ。3敗は全て不戦敗。


"180階のエンジェル・スマイル"同様、登録だけして試合にこなかったっていう事らしい。

試合に出れば…負けなし、ということだ。





ハンターとして強くなる上で、強者の戦いはいくら見ておいても損は無いハズ。


本当は生で見たかったけれど、そんなヒソカさんの試合は当然大人気で、チケットを取るにも一苦労。しかも値段もハンパなものじゃない。

ゴンへの遠慮もあって、今のところはテレビ観戦で済ませようと思ってるけど………



ふふ…、握った拳が震えてる…。




「……ゼロさんもあてられているんですか?」


何を考えてるのか見抜かれていたようで…ウイングさんは飲んでいたお茶を置いて、そう聞いてきた。

「あは…わかりますか…?」




マスタークラスと比較してもなんら変わりはない強さを持つヒソカさん。


一度はハンター試験で向かい合った相手。

彼の『遊び』の殺しはあの時に見たけれど、本当に戦う姿はまだ見たことが無い。


それがみられると思うと…僕が戦うわけでもないのに、胸の鼓動が止まらなかった。




「………彼は強いですからね…。私も1人の念使いとして、彼の戦いは見てみたかった」


「ウイングさんもですか?僕はいつか………、…いつか一度はやってみたい相手です」

「…お強いですね、ゼロさんは。私はあんなのと戦うのは御免ですよ」

「あははっ」


ゆっくりとお茶を飲んで、僕は自分を落ち着かせた。




「…くれぐれも、ゴンくんには注意しておいてください。まぁ私も後で言いに行きますが…」

「あ、お願いします。僕よりもウイングさんが言ったほうが効くと思いますし…それに…」

「それに?」


「僕も行きたいんですよ、正直。…すごく。

……ゴンがどれだけ彼を渇望しているかも知っているし…だから…逆に『一緒に行こう』って勧めちゃいそうで……」

チケットは無いんですけどね、と付け加えてから僕はバツが悪そうに笑ってぽりぽりと頭をかいた。


「はは、それでは私が言いに行かないとダメですね。…でもゼロさんは見に行ってもいいんですよ?」

「う〜ん…、でももうチケット無さそうですしテレビでガマンします。…ゴンは見ることすらできませんしね」


「生殺しっすねー;」

「だよね。まぁでも最初に約束破ったのはゴンですしー…自業自得ですかね」

「ゼロ先輩、結構きついっす…;」


部屋に笑い声が響いた。














そうして、これから試合のあるズシをウイングさんと共に見送ってから、彼と一緒に上へと向かった。

エレベーターを降りてゴンたちの部屋へと歩いていると、その通路で200階には不釣合いな小さな二つの背中を見つけた。



「でもいいのかな、ウイングさんとの約束が」

「ああ!!大丈夫に決まってるだろ!」


彼らに近づいていくと、どうやらキルアがチケットを取ったらしい話をしているのが聞こえた。


「案の定ですねー;」

「そうですね」


そう言うとウイングさんは『絶』をしてツカツカと彼らに近づいて行った。


あははは。意外と陰険だなぁー、ウイングさん。



「ただ試合を見るだけなんだし…」

「ダメです!!」

「「うわああっ!!」」


ほら、やっぱりビックリしてる。


「試合観戦も念を調べる行為に相当します。ゴンくん。君はあと1ヶ月…治療のみに専念なさい」

「う、うん。わかった」


「じゃ、そーゆーことで」

とウイングさんは帰って行った。


去り際に、「あとは頼みますね」と肩を叩かれたので、僕も笑って頷いた。




「ストーカーかよ。…ゼロが呼んだの?」

ウイングさんの後姿に向かってキルアが呟く。僕も彼らの近くに寄った。


「あはは、まぁそんなところですね」

「そっかー;見るのもだめなのか…」


どことなくしょんぼりしたゴン。


そりゃあ…見たいですよね…。


でも僕は、その芽を摘むようにゴンに確認する。



「約束は破っちゃいけませんよねー?ゴン」

「ううっ;」


「しゃーねーな。試合は録画しとくとして…じゃあチケット2枚あるし……」


そう言ってキルアがまたニヤァと悪魔のようなイタズラっぽい顔で僕の方を見てくる。

うう…悪魔の子だこの子は…;



「じゃ、オレはゼロと見に行ってくるから!」


ゴンに自慢するように、ぎゅっと僕の腕を引っ張ったキルア。

多分腕を組みたいんだと思うけど…さすがに身長差があるので僕は引っ張られる形になった。


「えぇっ!!?ずるいよ!キルア!!!」

「へへーん!ゴンはおとなしく部屋で『点』でもしてろよ」

「あー!もー!!なんかすっげーくやしい!!」

「あはは;」



何ですかこの展開?


むくれたゴンを尻目に、キルアは僕の腕を引っ張ってずんずんと歩いていく。

「へっへっへ、ラブラブだねーオレら」

「や、意味わかりませんから、キルア…;」


ま、いいか。生でヒソカさんの試合が見られるらしいから…。

そこはキルアに感謝。



キルアに引っ張られたままで、僕らは会場に向かった。






つづく


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すもも

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ももももも。