※グロ/カニバリ注意
コツコツとノック音が響いた。
自分を監視していた男が入り口の方へと歩いていく。
体を固定されているためにウボォーギンの位置から扉は見えないし、奴らにかがされた筋弛緩ガスのせいで首を動かすことすらままならない。
ウボォーギンはじっと天井を眺めていた。
「ごくろ………お前1人か?」
ボギンッ!!
監視の男がドアを開け、そう言った瞬間生々しい音が部屋中に響いた。
勢いよく血飛沫が舞い、それからどさりという音がした。
ぴちゃぴちゃと血溜まりを歩く音が聞こえ、誰かがそばへと寄ってくる。
ウボォーギンは視線をそっちへと移す。
「……よう」
「…ジャズ……?」
ウボォーギンを覗くように、台のそばに立ったのは……ジャズ。
「お前、何でこんなところにいるんだ…?団長と一緒にいたんじゃねーのか?」
そう問いかけたが、ジャズはウボォーギンを無視して入り口の方を向いた。
ボリボリと、何かが何かを砕くような音が聞こえている。
ウボォーギンの位置からは見えない。
その一点を、ジャズはただ見つめていた。
ジャズのこんな顔を見るのは初めてだった。
いつもの余裕の笑みは無く、愁いを帯びた目でただ一点を見つめ立ち尽くしている。
息を呑むほど美しい横顔だった。
(おまえ、本当にジャズか……?)
声をかけるのをためらった。
その横顔が無慈悲な死神のようにも見えて。
自分はこのままこの美しい死神に魂を食われ死んでいくのではないかなどと思った。
「おい、ジャズ……」
「シャアアァアッ!!」
声をかけた瞬間、いきなり"もう1人のジャズ"がウボォーギンの寝る台を覗き、彼を激しく威嚇した。
もう1人のジャズはその口から胸元にかけてを血で真っ赤に染めている。
奴は監視の男を『喰って』いたのだ。
「悪いな、ウボォーギン。…うまく集中できなくてな、制御がきかねーんだ…。ちょっと黙っててくれ」
「お……おお…」
額に手を当てて苦悶の表情でいうジャズを見て、ウボォーギンは黙ることにした。
しばらくその"もう1人のジャズ"は化け物のような狂気の表情でぎしぎしと歯を鳴らしながらウボォーギンを睨んでいたが、
やがてゆっくりと台の死角へと戻っていった。
(そうか…読めたぜ…)
"分身(ダブル)"だと思っていた、もう1人のジャズ。
だがこれはダブルじゃない。
コレは以前に見たあの『バケモン』だ。
ソレが見せた表情から、ソレはジャズに化けただけのあの『バケモン』なのだとウボォーギンは理解した。
(変化系の能力を駆使してんのか…?)
理屈はわからないが、やはりコイツは只者じゃない。
2メートル近くあったあの『バケモン』。
あんな巨大なものを具現化し、自由に操作して、しかもジャズの姿にも変化させる。
そのパワーは本物のジャズとは比較にならないほど高く、しかも戦うだけではなくシズクのような能力も付加している。
(なんつー野郎だ…)
ジャズは団長であるクロロを褒めていたが、念能力者としてはジャズもクロロに負けず劣らずとんでもない男だとウボォーギンは思った。
「…ジャズ…」
『喰い』終わったのか、ジャズが『バケモン』を消したのでウボォーギンはもう一度声をかけた。
しばらくの間の後、ジャズが再び傍に寄ってきた。
「…お前が捕まるなんてなぁ…追いかけて来て正解だったぜ。珍しいモンが見れた。くくっ…」
ジャズはウボォーギンを覗いていつものように笑って、そう言った。
もう死神の影は見えなかった。
ああ、これがいつものジャズだ。
オレの知っている―――――ジャズだ。
ウボォーギンは再びさっきと同じ質問を投げかける。
「お前、団長はどうした?一緒なのか?」
「…お前こそ何やってんだよ。…始め見たときはお前に似た違う奴かと思ったぞ。ありえなさすぎて」
と、逆に聞き返された。
「…しょうがねぇだろ、毒食らって動けなかったんだよ…」
子供のように口を尖らせて言うウボォーギンが面白かったのか、ジャズがくつくつと笑い出した。
「そういうのを"油断してた"っつーんだ。…前しか見ねーのがお前の悪い癖だ。直せ」
「…忠告いたみ入るぜ」
「ははっ。がんばれ。ま、強化バカにゃ無理か?」
「うるせっ」
いつものように笑い合えた事が、ウボォーギンにとっては少し嬉しかった。
「…お前どーすんだ、これから」
首をかしげてジャズがそう訊いてくる。
助けてやろうか?とその顔が言っていた。
「いや、どうせ放っといてもシャルたちが探しに来んだろ」
「…そうか」
当然のように言うウボォーギンを、ジャズはクスリと笑って、そうだよな…と零していた。
「…お前は、あいつらの仲間……なわけねぇよな」
「ん…?」
ジャズはどこにも属さない、気まぐれな猫。
ウボォーギンはそれを知っていて、それでも一応聞いた。
すると「なんでそんなこと聞くんだ?」と逆に言われた。
「借りを返さなきゃなんねー野郎がいるんだ」
「ふーん」
自分を捕らえた"鎖使い"。
ここを出たらいの一番に、
アイツを必ずぶっ殺す。
ウボォーギンはそう決心していた。
トゥルルルル…
と、突如として部屋に鳴り響いたコール音に、ジャズが軽い舌打ちと共に眉を顰めた。
うざったそうに後ろを振り返り、大量の血痕のみを残して姿を消してしまった見張りの男に代わって電話の元へと赴く。
『…コミュニティーの者だ。賊を捕らえたそうだな』
「……ああ、地下2階だ」
それだけ言って受話器を置いて、ジャズはウボォーギンの元に戻ってきた。
そしてウボォーギンの顔を上から覗いて、にやりと笑う。
「…ハ、良かったなウボォーギン。ノブナガが来たぜ?」
「嫌味か?そりゃ…」
「ははっ、違ぇねぇ」
軽く笑ったかと思えば、ジャズはさっさと方向を変えてしまう。
…電話してきたのはノブナガだろうが、他の蜘蛛の仲間もおそらくは一緒だろう。
鉢合わせで面倒なことになるその前に、ジャズがここを去ろうと考えている事は、ウボォーギンにも容易に想像できた。
「…行っちまうのか?」
分かっていながら、ウボォーギンはジャズの横顔に向かって尋ねる。
するとジャズはすぐさま「ああ」と返してきた。
名残惜しさの欠片もねぇのかよ?と思いながらも、『そうじゃなきゃジャズじゃねぇか』とウボォーギンはふっと口元に笑みを浮かべ、目を閉じた。
それは"見てねぇ内に出て行けよ"とのウボォーギンの意思表示でもあったのだが、いつまでたっても扉を開閉する音も、歩く時に聞こえるはずの衣擦れの音もウボォーギンの耳に届くことはなく。
…意外だな、とゆっくり目を開ければジャズは先ほどと同じように―――いや、半分背を向けていたはずのジャズが、再びじっと自分の事を見下ろしていたので少し面食らった。
「
………ウボォー…」
「…ん?」
どこか寂しそうに、なぜか名残惜しそうに。
"あの"ジャズが―――、ジャズの口から、初めて"ウボォー"という自身の呼び名が出て来て。
ウボォーギンはドキリと心臓を跳ねさせた。
「…なんだ?」
「今度は油断すんなよ…」
「…ああ」
そう答えるとジャズは動けないウボォーギンに近寄って、そっと口付けてきた。
軽く、触れるだけのキス。
「…じゃあな。また、アソボーぜ……」
「…おお」
入り口に消えたジャズの背中に、ウボォーギンは『もう会えなくなるんじゃないか』と不安になった。
ジャズがこのままどこかへ消えてしまうような、そんな予感。
「またな…、ジャズ…」
ジャズの消えた部屋の中、ウボォーギンは1人呟いた。
まっすぐ、一本道の廊下を駆ける。
その先に数人の蜘蛛が見えた。
「…ッ!?ジャズ!?なんでこんなトコにっ……」
先頭にいたノブナガが叫ぶ。
しかしジャズは歩みを止めない。
まっすぐに走って、クモの頭上を飛び越えた。
そこへ、
とっさにマチが糸を伸ばす。
「待ちなっ…ジャズ!!」
「…ッ」
マチの不可視の糸が絡みつく。
うまく着地はしたが、ジャズの体に絡む糸はしっかりとマチの手に続いていた。
「…アンタが何でこんなトコに居るんだよっ」
マチがジャズの背に問う。だがジャズは答えない。
「オイ、ジャズッ!答えろ!」
フィンクスまでもがそう声を荒げる。
ジャズは団長と出かけたはずだ。だが、今ジャズは1人。
「…うるせぇなフィンクス、そんなでけぇ声出さなくても聞こえてるぜ」
「だったら答えろ、団長はどうした?」
「ん―――?殺しちゃいねーよ、油断したとこをぶん殴って逃げただけだしー」
「……団長が油断って……」
ジャズの言葉を聞いてシズクがぼそりと言う。他の蜘蛛も同じことを思っただろう。
「ありえねーって、お前なんかしただろ!?」
なおもフィンクスが問う。
「ハッ…男は射精の瞬間が一番弱いもんだ。そこを狙っただけだ」
ブ――――ッ!!
ジャズのさらりと言った言葉に蜘蛛が噴いた。
「いや…まぁ……確かにそんな話…だったけどさ……」
わずかに頬を染めて、非常に気まずそうにマチが言った。
「うあーっ!団長そんな…なんておいしい……い、いや、何でしかも逃げられてんのさー!?」
叫ぶシャルナーク。
「そんなにいいんだ、ジャズって…」
「「「ぶふっ!!」」」
微妙に爆弾発言なシズク。ノブナガとフィンクスとマチがまた噴いた。
「うひゃひゃ、ま、そーゆーわけだから。じゃな」
ぶっちぃ!!
ピンと張っていたマチの糸がジャズの出した化け物によって食いちぎられ、マチは後ろによろけた。
「あっ!?なっ…糸を…!?…あ、コラ!ちょっと待ちなっジャズ!!」
「やだねー。オレ捕まえるよか、ウボォーギン助けてやれよー」
と言い残し逃げたジャズ。
「ちっ、くそ。……まあしょうがねぇ、確かに今はウボォー助けるのが先決だな」
廊下の先に消えたジャズを見てノブナガが言った。
「ま、それもそうだな」
「そ、そうだね;」
「「「「「大体、逃がしたのは団長だし」」」」」
そう結論付けて5人はウボォーギンの救出に向かった。
つづく
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なんだかんだで結局ウボォーのことも気に入ってるらしい
すもも