やわらかく日の差す明るい部屋。
見覚えのない室内の装飾。
部屋には誰もいない。
あれから―――腕の痛みに気を失う前、あのチビどもの声が聞こえた。
きっとあいつらが、ここに運んでくれたんだと思った。
折れた腕にはきっちりと包帯が巻いてあって、しっかりと固定されていた。
三角巾は首に続いている。
それを確認したオレは、長く息を吐いて再び目を閉じた。
目覚めたときに、また…アイツの笑う声が聞こえればいいと思っていた。
いつものように、オレの意地悪に「ジャズのバカ」って返すお前の声がきこえたらいいと思って―――――
でも先に目覚めたのは、オレで。
あれから何度呼んでも、ゼロからの答えは無く。
いつもは感じられるはずのゼロの"鼓動"も………
―――声どころか…アイツが、この心のどこにいるのか………今はそれすらもわからない。
心を閉ざして……オレの中の、奥深くにまでアイツは隠れてしまった。
昔もそうだったように、……オレの言葉も届かない、ずっとずっと深くまで。
あの時は助けてくれたネテロのジジィもジンも、今は傍にいない。――――頼れるものなんか、何もない。
……オレはどうすればいいんだろう…?
どうすれば………
どんなに考えても、答えなんか浮かぶはずは無くて
オレの体温と日のぬくもりで暖められたベッドの中、
オレの意識はまたゆっくりと元の暗い闇の中へ堕ちていった。
少し雲の流れが速い空の下。
ゴンとキルアがクラピカをつれて、ホテルの前でレオリオと合流した。
久々に見会う顔に、4人の表情もすこぶる明るい。
「おう!クラピカ!!久しぶりだな!!」
「うむ。相変わらずたいした変化も無くて安心したぞレオリオ」
「…お前はムカつく度が増したな…」
クラピカの微妙に含まれた嫌味にもしっかりと反応するレオリオ。
「これでやっと4人そろったね!」
「あとはゼロだけなんだがなー」
「ゼロは…まだ来てないのか…」
ため息を吐きながらクラピカが言った。
「うん、昨日の朝やっと連絡がとれて…、昼にはホテルに来るって言ってたんだけど……」
「で、来てないのか」
「うん…。電話をくれるまでは、弟さんに監禁されてたって言ってたけど…」
「監禁!?物騒だな…。弟というのは『始末屋ジャズ』のことだろう?」
『始末屋ジャズ』―――――
マフィアンコミュニティーが、旅団討伐のために集めた"殺し屋"集団の中にも名が上がっていた。
だが結局ジャズは姿を見せず、連絡もとれないということでジャズ抜きの"仕事"となったが………
ゴンの話を聞いて、クラピカはこれで暗殺チームにジャズが現れなかったことにも合点がいくと思った。
蜘蛛の襲撃を知ったジャズが、ゼロの安全を思ってしたのではないだろうか。
―――「監禁」というのも少々物騒な話ではあるが。
しかしその考えもキルアの一言で脆くも崩れ去る。
「ジャズなら今オレ達の…このホテルにいる」
「……どういうことだ?」
クラピカの問いにゴンが続ける。
「昨日、オレ達が蜘蛛に捕まったって言ったでしょ?」
ゴンは昨夜、アジトから脱出したあとでクラピカに連絡をしていた。
クラピカが神妙そうに頷く。
「…アジトに連れてかれたときに、なんでかは知らないけれどジャズさんも先に捕まってたんだ。それで腕を折られてて…。
逃げるときに一緒に連れてきたんだよ」
「そうなのか……じゃあジャズに聞けばいいだろう。話も聞けないほど重体というわけでは無いんだろう?」
「うんまぁ…そうだけど……」
「それはそうと…お前何か旅団の1人を倒したらしいな?旅団の奴らがお前を血眼で捜してるそうじゃねーか」
話が途切れたところでレオリオが話題を変える。
レオリオの言葉にクラピカは黙った。
ウボォーギンと対決し、誰に知られること無く葬り去ったことを思い出して。
「念を覚えて間もないお前が一体どうやって勝ったんだ?」
「……もしお前たちが……旅団の残党を捕らえたくて私の話を聞きたいなら止めておけ。私の話は参考にならない」
部屋へと向かいながら話を続ける。
「そのことだけじゃないよ。オレ達だって念を極めたいと思ってる。もちろん残りの奴らを捕まえたいって気持ちもあるけど……これから先も念能力は絶対に必要になると思うから」
「ならなおさら止めておけ」
「何で?」
「私の能力は旅団以外の者に使えない」
「え……?」
ゴンの歩みが止まる。
クラピカは少し振り向いて、苦笑いを見せた。
「………部屋で話そうか…。…ジャズのことも気になるしな…」
人の気配を感じてオレは浅い眠りから目覚めた。
ハンター試験のときに見た、あの4人。
横になったままぼんやりとそいつらを見ていたが、黒髪の小さいのがそのオレの視線に気づく。
「あ!起きた?えっと…ジャズさん!?」
「ああ…」
オレが答えると黒いスーツの男と金髪の…男?もオレの周りに寄ってきて、オレを覗いた。
「オー。起きたのか!寝てる間も死んだみてーに動かねぇからホントに死んでんのかと思ったぞ」
「貴方がジャズか…本当にゼロそっくりなのだな」
「そりゃそうだろ、双子だって言ってたんだし…」
2人がそんなことを話しているのを聞いていると、黒髪のガキが2人をよけて心配そうにオレの顔を覗き込む。
「ところで腕は大丈夫?」
「…ああ」
「レオリオが治療してくれたんだよ」
そう言って黒髪のガキは黒スーツの男をグイッと引っ張ってオレに見せた。
「そうか…。ありがとう」
「お、おう…」
なぜか自然と『ありがとう』なんて言葉が出た。
らしくねーといえばらしくねー………
オレは、弱気になっているんだろうか………
「ねぇジャズ」
今まで黙っていたゾルディックの……キルアが口を開いた。
「…なんだ?」
キルアは少し黙って、それから言いづらそうに話を切り出した。
「あんた…、
………、
…ホントはゼロなんだろ…?」
「…ん?どういうことだキルア?」
「ゼロじゃなくてジャズさんだよ、双子の弟の」
「おお、そうだぜ?」
他の3人がキルアを見たが、キルアはオレから視線を外さずに話を続ける。
「うん…だけどさ、オレ聞いたんだよね。旅団のアジトで…ゴンも聞いただろ?
旅団の奴らが…『双子の兄っていってた奴がいきなりジャズになった』って……それってどういうこと?ジャズ…」
金髪と黒いのが驚いていた。
「そう…だっけ?」
「忘れたのかよゴン」
黒髪の―――ゴンと呼ばれた子供がきょとんとした目でオレを見る。
4人とも、オレの返答を待っていた。
朝はあんなに晴れていたのに。
空にはだんだんと闇が広がりつつある。
「オレ…は……」
もういい。
どうでもいい。
もう疲れた。
ゼロ………
お前の能力が無い限り、ジンには会えない。
わかりきってたことだ。…ジンは行き先も連絡先も教えてくれなかったから。
「会いたければ、会いに来ればいい」って――――
ジンはゼロの能力を指したから………
だからお前がいなきゃ、ジンには会えない。
お前がいないから、ジンに会いたいのに………。
お前を救う術を、"オレ"は何も持っていない。
お前をもう救えない。………守れない。
アイツのいない世界に―――
アイツを守るために生まれたオレは独りで。
守るものも、信じるものも、今は…また手に入るかどうかもわからないくらいすごく遠くて。
考えることも、もう疲れたし
―――考えたって、どうにもならないし
だって『アイツ』はここにはいない。
全てを話して………もう、今度こそ―――――
死のうと、思った。
つづく
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すもも