生まれた瞬間に、自分の死に様を突きつけられた。
どんなに泣き叫んでも抗えない運命ならば、心を殺してしまえばいい。
キキィイ―――ッ!!
蜘蛛のリーダー、クロロの言った言葉にレオリオが急ブレーキをかけた。
タイヤが大きく悲鳴を上げ、雨で濡れた道路に車体が振られる。それでもなんとか車は事故らずに停車した。
「ちょっとまてよ、どういうことだそりゃあ!?」
がばりと後ろを振り返って、レオリオが叫ぶ。
"ジャズが消える"―――――
今この男はそう言った。
「……わからないのか?本当におめでたい奴だな……。
…『多重人格』とはそういう心の病だ。自分だけでは処理しきれない心の傷を、別の人格にもたせることで自我の崩壊を防いでいる。
ならその心の傷を何らかの形で主の人格が克服してしまったら?……必要なくなったジャズは消えるしかないだろう?」
「…あ……」
「…知らなかった、では通さない。
もしも本当に知らずにいたのならお前達は終わっている。
よくもそんなんでアイツの『仲間だ』などと言えたものだ…」
フッと嘲笑の視線をレオリオとクラピカへ向けてクロロは言う。
あからさまな挑発。
レオリオとセンリツは気づいたが、クラピカはそれを理解できるほど冷静ではなかった。
恨みと憎しみに突き動かされ、考えるよりも先に言葉が口をつく。
「黙れ!!気付かなかったわけじゃない!ジャズが望んでいたから…私たちは彼の望むものを与えようとしてただけだ!!それがきっと…ゼロとジャズを救う最良の策なのだと思って……」
言った後で、ハッとしてクラピカは口をつぐんだ。
が、時すでに遅く、クロロはしっかりとそれに反応して薄く笑った。
「気づいたか?お前達がどれだけジャズという存在をないがしろにしていたか…。
ジャズは自分の命の末路にすら気付かないような馬鹿な男じゃない。アイツはおそらく全てを知っている…。必要無いからお前たちにも言わなかっただけだ。
なぜならジャズは自分の命を毛ほども大事に思っていないから。……ゼロが目覚めて、その結果例え自分が消えることになったとしても。アイツは誰にも知られないうちに、静かに消えようと考えている。
それももちろんゼロのためにだ。ゼロを悲しませないために……。
……だが今お前はそれをわかっていて…それでもアイツの言うままに行動すると、そう言ったな。
知ってはいるが知らない振りをして…ゼロを救うために、ジャズを犠牲にすると」
「……違う……違う!違うっ!!黙れ!!!」
クロロの言葉を頭から振り払い、そしてクラピカはクロロを殴りつけた。
クラピカの念の鎖に付加された"捕らえたクモを強制的に絶にする"能力によって今クロロは念が使えない。
クラピカの拳を受けて口の中を切ったのか、クロロはわずかに血を吐いた。
それでもクラピカは殴るのをやめないし、クロロも、薄笑いを絶やすことは無かった。
「フッ…いまさら吠えたところでオレにはただの遠吠えにしか聞こえないな。
所詮お前が救いたいと思っているのはゼロの存在だけ。―――ジャズのことなどどうでもいい。」
「っ…!!…貴様……っ!!」
「クラ……!!…っ挑発だ、乗るな!!」
「そうよ、落ち着いてクラピカ!!」
鎖を取り出し、暴走しそうになるクラピカをレオリオとセンリツが必死で抑え叫ぶ。
しかしなおもクロロは喋り続けた。
「…ジャズがどれだけ苦しんでいるか、お前達は理解しようともしない。……そんなお前達がジャズを救えると言えるのか?………ジャズを解放しろ、失いたくないならば。あれはオレたちのものだ」
オレなら救える、と笑って言ったクロロにクラピカは鎖を向けた。そして声を荒げて言う。
「ふざけるな!!…ジャズは…ゼロは物じゃない!!…ジャズがどれだけゼロを想っているか知りもしないで、軽口を叩くな!!」
「っふ……!」
ぎしぎしと鎖が音を立ててクロロの体に食い込んでいく。
「貴様の手ではゼロはおろかジャズを救うことはできないだろう!貴様はいつか、ゼロを傷つけたのと同じようにジャズも傷つける!!
ジャズが…ゼロを救いたいと思っている以上、それを優先させるのが最良の策なんだ!
ゼロの心を癒すことができれば……例えジャズの人格が消失してしまうことになっても、それはジャズの心をも救うことになるはずだから…!!」
ジャズが―――――
ゼロがいなくなったことで、ジャズがどれだけ不安になっているか……お前は知らない。
小さなゴンにすがり付いて…どんなに弱々しくあの肩が震えていたか――――お前は知らない。
タスケテ、と声なき声を上げていた彼らの力になりたいと、
―――だから、私は――――――!!
―――――その懇願は、いったい何に恐れて搾り出されたものなのだろう。
『タスケテ』と………一体"何"から………?
ギリ、と唇を強く噛んで。
クラピカは目の前の男の嘲笑を、その紅い瞳に写す。
(…ジャズ…………)
例え心の奥底に、一抹の不安を抱えても。
ふるふると頭を振って、否定して。
クラピカは必死でそれを押し込める。
こうなった以上、言えることはもうただ一つしかない。
そう、信じるしか――――――――
「くそ…っ」
シートに腰を下ろして、頭を垂れたクラピカ。
強く噛んだ唇からは、赤い雫が滴っていた。
「クラピカ……」
センリツの声が、やけに大きく響いた気がした。
ゴロゴロと轟音が響く。
一瞬、光またたく闇の中。
長い前髪から覗く切れ長の瞳が、冷たい光を持って―――笑っている。
「ねぇ…なに…言ってんの?ジャズ……」
先ほど放たれたジャズの言葉を頭の中で反復して、ゴンが尋ねる。
「…ジャズ!」
沈黙の続くロビー内。
窓から入る雷光を背に、ジャズが薄く笑ってそこに立っていた。
人形のような、表情の無い笑顔がゴンを見下ろしていて
ゾッとした寒気が、背を撫でた。
「…ジャズ…?」
「ああ。ちょっと待ってろよゴン、オレがすぐに助けてやるから」
「……ジャズ?…何言ってんの…!?」
ゴンの問いかけも耳にせず、綺麗な笑顔の仮面を貼り付けたままジャズがコツコツと歩いてくる。
「クラピカの邪魔になんねー様に、何とか逃げ出さなきゃな。右手1本で蜘蛛5匹相手にすんのはちっときついけど…まぁ何とかするからよ」
「ジャズ………ジャズ!!何言ってるんだよ!?答えてよ!!何でゼロが起きたらジャズが消えるんだよ!!?
知ってたなら…なんで!?なんでそんな大事なこと黙ってたんだよジャズ!!!」
「もうちょっとの辛抱だからな」
「……ジャズ…!!」
シズクの手に押さえられながらも、身を乗り出してゴンが叫ぶ。
―――言っている意味がわからなかった。ジャズはこんなときに、一体何を言っているのかが。
ゆらゆらとジャズの右肩の…その向こうに、黒い大きなバケモノの姿が映る。
暗闇の中、時折窓から漏れる雷光がそのバケモノを背後から照らし出し、その姿は前に見たときよりももっとずっと大きく膨れて見えた。
「ジャズ…、ジャズ、おいふざけんなよ!質問に答えろよ!!こいつらの言ったこと、本当なのかよ!?」
歩みを止めないジャズに向かってキルアも声を荒げたが、頭の中ではその答えはとうに出ていた。
―――本当だからこそジャズは答えない……!そして、それによって同情を持たれる事も、ジャズは望んではいない…………
――――――ジャズは、本当に死ぬ気でいるんだと。
冷や汗が一滴、キルアの頬を伝った。
「ジャズ…!!聞けよ!!!」
ジャズの歩みは、止まらない。
「…おいジャズ…。ジャズ、ふざけんな!止まれ!!何でテメーはそうやって笑っていられるんだ!?テメーが死ぬかもしんねぇって言ってるんだぞ!!?」
ゴンとキルアを見ていたノブナガの我慢の糸が切れた。
ゴンの肩を掴んだまま強く制止の言葉を投げる。
その言葉でジャズは立ちどまって、それからフッと楽しそうに笑った。
「クッ……なんでお前までキレるんだよノブナガ。
何をクロロに吹き込まれたか知らねーが、これはオレの問題なんだよ。お前らには関係のねぇ話さ。
…第一、今お前ら蜘蛛が直面しなきゃなんないのは、クロロが鎖野郎に命握られてるって事実のほうだろ?オレにかまってる暇なんかあんのか」
「テメ…っ!!」
イラつくノブナガを尻目に、今度はマチがジャズの前に出た。
「…ジャズ、それこそアンタには関係ないだろ。アンタはもっとその中身の無い頭でちゃんと考えるんだね、自分のこと」
「クック…ハハハハぁ、ひでぇ言われようだな!…くっくく………」
「ジャズ……ふざけんなよ!」
マチの言い分にジャズはふざけたように腹を抱え、体を折る。それを見てノブナガが怒鳴っていた。
…非道な連中だと思っていた。
だけどジャズの諦めにも似た発言にキレたノブナガとマチの表情は本気で。
ああ少なくともこいつらは、オレ達と大差ない種類の"人間"なんだと、キルアは思った。
「ジャズ…………ジャズ、あんたホントにそれでもいいのかい?」
「ああ、いいよ。もう覚悟はできてる。…ゼロの傷を受け止めるのがオレの役目だったから、その必要がなくなればオレが消えるのは必然。
アイツを救って、その結果オレが消えることになったとしても……それが最初から決まってたオレの運命だから…。オレは、受け入れられるよ。」
「………口ではなんとでも言える。強がりはよしな。本当は納得なんかしちゃいないんだろ?」
「してるさ」
「嘘だね。じゃなきゃそんな泣きそうな顔のままで笑えない」
言われてハッとして、ジャズはぎゅっと袖で目元を拭う。
――――涙なんか、流していない。
拭った手を握り締めて、それからまたジャズはニッと笑った。
顔を上げて。子供みたいに笑うその顔が、マチの目にはさっきよりも痛々しいものに写った。
「………何言ったってムダなんだよ、マチ。オレは…もう、覚悟があるから。放っとけよ…」
「…馬鹿だね…。『覚悟』が必要なら納得はしてないってことじゃないか…」
「………。」
「ホント……アホだよ…アンタ……」
それ以上ジャズは何も言わなかった。
ホテル内の暗闇と共に、ずっと続いていた沈黙。
だがそれも、突然パッと戻った光によって破られる。
急に明るくなった視界。
ジャズが少し上を見上げて、長い前髪の間から覗かせた目を細めていた。
「ジャズ…、泣いてるの…?」
そのジャズを見てそう呟いたのはゴンだった。
それを聞いてジャズは、上を見ていた視線を落としてゴンに向けた。
「………泣いてねぇよ…」
「…泣いてるんでしょ………?
……ねぇ、ジャズってなんでいつもそうやって、何でも1人で解決しようとするの…?
オレもキルアも、クラピカもレオリオも……マチだってノブナガだって…皆ジャズも助けたいって思ってるのに、なんでそうやって自分から壁作って、聞こえないふりするの…?
ゼロが傷を受け入れたって…ジャズも消えなくてもすむ方法がきっとなんかあるはずなのに…それを探しもしないで1人で勝手に決めて、勝手に先に進んで………
オレ達、なんでも力になるっていったじゃん!もっと頼ってくれればいいのに、なんでジャズは1人で解決しようとするの?
…こんなんじゃ誰も納得しない。ゼロだってきっと納得しないし、……それにジャズだって納得なんかしてないんでしょ!?
意地張るのもうやめなよジャズ…。強がるばっかりじゃ…傷ついて、悲しいまま…本当に死ぬことになるよ…?
………オレ達、力になるっていったじゃん…。もっと……頼ってくれれば…いいのに……………
たった一言でしょ……?
言えばいいのに……………」
悲しそうな表情を見せ俯いたゴン。その肩を、ノブナガがポンと叩く。
「そうだぜジャズ…、このボウズの言うとおりだ。
…お前らしくない一言だとは思うが……死ぬ覚悟を持つよりもっと簡単だろ…?」
言えばいい。
たった一言。
『助けて』って――――――
「……………言える…わけ……」
「ジャズ…?」
沈黙の中、ぼそりとジャズが何事かを呟いた。
その音域は低く、言葉は震えて。なのにジャズは、緩やかに笑ってみせる。
「……『助けて』なんて…言えるわけねーだろ……。
オレはアイツの最後の砦だから…。アイツが最初につくりだした……最後の逃げ場所だから。
弱くて…小さなゼロのために…オレは誰よりも強くなくちゃいけない…………
泣いて…うずくまるゼロに…オレは手を差し伸べてやんなきゃならない…………
アイツがいつでも、安心してオレを頼れるように…オレは…弱さを見せちゃいけない。
………ゼロのためじゃない、自分のためになんか…言えないんだよ………………それだけは…。
……ごめんな、ゴン………サンキュ……」
「………ジャズ…」
頬に零れた涙。
綺麗に笑ったまま、ジャズは涙をこぼしていた。
それ以上もう誰も…皆言葉を失ってしまったとき。
ジャズの前にふわりと、一つ影が落ちて。
その場に居た者たちは目を疑った。
そこに………優しく笑ったゼロが立ったから―――――――――
誰もが、目を疑った。
つづく
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原作沿いなのに原作に沿ってない…
すもも