double style ◆66:引き金




ゼロのためを思えば、受け入れるしかなかった。

オレはアイツのために強くあらなきゃならなかったから……必死に"それ"を押さえ込んで。






もっともっと―――強くありたかった。



アイツの笑顔が見たかったから――――オレはそのために生まれたから――――



弱音なんか吐けなかった。


アイツのために、押し込めて……考えないようにして。







……だけど…、


ゴンもクラピカも、マチもノブナガも……クロロも。

あいつら、みんな優しいから





居心地…良くて


ここに、もっと居たいって……



わずかでも思っちまった…。







でも、オレはそれでも言えたのに。






お前らなんか…トモダチなんか要らないって、いえた。





それ…なのに………。









『―――――ジャズ。』



やわらかく笑った、ゼロの顔。




オレの名を呼ぶゼロの声が、



―――お前の…誰よりも優しいその声が、最後のトリガーを引いて。


オレのわずかに残った理性を無残にも突き崩していく。







お前のその優しい笑顔の先に見えるのは、ただ楽しかった日々の事で。



お前をからかったり、一緒に笑ったり、いろんなところに行ったり…


ハンター試験受けて、あいつらと出会って。




スゲー楽しかったよ。


お前と一緒に…あいつらといるのが、何より…楽しかったから………だから








「…オレ、まだ、しっ…死にたくなんか、ない…。 このまま独りで闇に還るなんて、いやだっ。

………何でオレだけ………っオレはまだお前と一緒にいたいのに……。


……こんなに…弱いオレだけど………お前1人守れない…役立たずなオレだけど………

オレ…お前ともっと……ずっとみんな…と……い、一緒にいたいよ……ゼロ………」






ぎゅっとゼロの背を掴む。





一度溢れたらもうそれを止めることはできなくて。


零れた想いは大粒の涙になってぼたぼたと床に落ちた。













「…ひっく………ひっ…うぐっ…」

「…ジャズ……」


やっとのことですべての想いを吐き出したジャズ。

ゼロの体を抱きしめ、その肩に顔をうずめ何度も引きつるように泣いていた。


泣き慣れないジャズの嗚咽を聞き、ノブナガが震えるそのジャズの背をそっと撫でようとしたときだった。




「……ノブナガ、さん」



声をかけられてノブナガは手を止めた。

ジャズの背を抱いたゼロと目が合ったノブナガは、ゼロの表情を見てその目を見開く。




「……ゼロ、おまえ…」


ジャズを抱いて穏やかにゼロが微笑む。

何よりも優しく、慈愛に満ちた柔らかな笑みだった。


しかしその姿は次第にうっすらと薄れつつある。



「……行くのか、ジャズを置いて」

「………置いていかないですよ…僕は」


「……ゼロ…、ジャズは、」

「ノブナガさん…」

「…なん……!?」






――――――ありがとう……




ゼロの薄い唇は確かにそう動いたように見えた。







「待て!ゼロお前っ」

「ゼロッ!?」


ノブナガが、消えかけたゼロに手を伸ばそうとしたとき、誰かの声がホテルのホールに響く。


声のした方に視線を移せば、ホテルの正面入り口からシャルナークが駆けて来るのが見えた。

フィンクスとフェイタンもその後ろから歩いてくる。





「待ってよゼロ!!」

「シャル…」




―――君に言いたいことがあって。


伝えたくて、謝りたくて。




けれど、寂しそうに笑ったゼロにその声は届くことも無く。


シャルナークの目の前で、ゼロの姿は綺麗に無へと消えてなくなる。



そしてそれと同時にジャズの体がふらりと揺れた。





「「「ジャズ!!?」」」


ゼロの姿が消え、支えを失ったかのようにゆっくりと倒れていくジャズの体。ゴンとキルア、蜘蛛が叫ぶ。


突然の事ではあったが、頭から床に落ちそうになっていたジャズの体は駆けて来ていたシャルナークの両腕によってうまく抱きとめられた。





「…ジャズ…?」

抱きとめたジャズの体をその場に横たえる。


シャルナークの胸にグッタリともたれたジャズは、気を失っているのか

シャルナークの呼びかけにも、濡れた頬にそっと触れる手にも、何の反応も見せることはなく目を閉じたままだった。




息をしているかもわからないくらいとても静かに眠るジャズの様子は、まるで『あのとき』のゼロのような――――――


嫌な予感がシャルナークの心を捕らえて、背筋に寒いものを走らせる。






「…ジャズ………」

「なんで…ジャズ……」


ゴンがジャズの寝顔を見下ろす。周りにいた蜘蛛達もジャズの前に集まってきた。






「……一体どうなってる。説明しろ」


眠るジャズの髪をサラサラとなでて、フィンクスがそう聞く。

シズクもノブナガも、マチも。みなが困ったように眉を下げた。




全ての状況を理解したものなどここにはいない。


いるとすれば、おそらく倒れた本人―――ジャズと、…ゼロだけだ。



しかしいつまでも黙ったまま、というわけにもいかない。

自分達の頭のなかを整理するかのようにシズク、マチ、ノブナガが説明を始める。



「………停電、したの」

「その隙に団長がさらわれた」

「鎖野郎からのメッセージがこれ……」



そう言ってコルトピが"それ"を3人にも見せる。




『2人の記憶 話せば殺す』


と、書いてある"それ"を。





「…なぜすぐ追わなかたか?」


ジャズの様子を横目で見ながらも、フェイタンはノブナガに疑問をぶつけた。




「……ジャズが…」

「…そうか…」



重苦しく放たれたノブナガの一言でフィンクスは察しがついた。以前クロロが言っていたあの言葉を同時に思い出したから。

フェイタンも、ただ一言、「バカな奴ね」とだけ漏らしてそれ以上は黙った。









―――――長い沈黙が再び場を支配する。




はっきりと"それ"を理解していた者はこの場に誰1人なかった。

だから誰も、それ以上なにも言わなかった。言えなかった。


何故ジャズがいまになって倒れたのか、誰も本当の理由を知る者はいないのだ。





―――なんとなく

なんとなく、その場の皆の頭に浮かんだのは同じ『考え』だったが、ただ"その言葉"を口にしてしまったら、"それ"が本当になってしまいそうな気がして。



だからこそ、誰も何も答えなかった。








「………とにかく…今はまず団長を鎖野郎の元から取り戻すことを考えよう」


シャルナークがジャズを抱えて立ち上がり、沈黙を破る。



「…オレ達じゃ…これ以上どうにもできないよ…。―――-でも団長なら…ジャズは……」

「……ああ、そうかも知れねーな…」




団長は、何があっても必ず取り戻すと言っていた。

だから今、"鎖野郎"に団長を殺させるわけにはいかない。




最善の答えがないならばいっそ、このまま。


団長が戻ってくるそのときに賭けて、今はこのまま守り通す。




失う未来など欲しくはないから…。











――――――ピルルルルッ



「……誰だ?」

「…団長のケータイからだな…」


ケータイの電子音がホール内へ鳴り響く。




長い夜がゆっくりと始まろうとしていた。










つづく


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すもも

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ももももも。