『……ねぇジャズ?』
「ん〜…?」
広いヨークシンの街をバスに乗って、最初に取ったホテルへと向かっていた。
カタカタとバスに揺られながら、窓枠に頬杖ついてぼんやりと窓の外を眺めていると―――
不意に、ゼロの奴が声をかけてきた。
『あの…「んー?」じゃなくてですね…。ジャズ、始末屋を辞めちゃうって本当なんですか?』
オレの顔色を伺うかのように、少し控えめな感じでそう尋ねてくるゼロ。
黙ったまんま何を真剣に考えてんのかと思えばそんなことか。
『ああ、マジだぜ。もう始末屋の仕事は全部辞める。ホテルでケータイ取り戻したら、ゾラのババァにもそう言うつもりだ』
『……本当ですか?』
『…んだよ。お前だって結構前から始末屋なんてあぶねー事は早く辞めろって言ってたじゃねーか』
『う…、た、たしかにそうですけど……。でも急にどうして?僕のことはともかく、ジャズにとってはすごく大事な仕事だったんでしょ…?』
『まぁ…な。世話んなった奴とか、金払いのイイ得意先は結構いたぜ? ……でもな。』
『……?』
『もともとは――――お前がいなくて、たった1人で居るのが退屈で始めた仕事だ。
お前さえこうやって傍にいてくれるなら、もう1人が退屈だなんて思う暇もない。……だからいいんだ。』
『…そう…ですか…』
嬉しそうな、それでいてどことなく申し訳なさそうなゼロの呟きを感じながら、オレはギシリと座席の背もたれに身体を預けた。
いくら長年続けてきた仕事っつったって、オレにとってはお前の存在以上に大事なものじゃない。
何がどうなって、オレとお前がこうやって一緒に存在できてるのかわからねーし、
いつまで一緒にいられるかなんてのも全然わかんねーケド
オレは――――
一度お前とつないだこの手を離そうなんて思わないし、
今は1秒でも多くお前と一緒に、どこまでも行きたいから
"オレだけの仕事"はもう廃業でも構わないさ。
「それに今は…」
『ん?』
ポケットをあされば、カサカサと紙が手に触れる。
触れたとたんに思い出すのは、あのにぎやかなチビ共2人の顔。
『…何ですかジャズ?ニコニコして』
「……なんでもねーよ」
「ゼロ=シュナイダー様ですね。少々お待ち下さい」
ホテルの受付で、預けていた部屋のキーを貰う。
当初の滞在予定を超過した上、丸3日部屋を空けていたにもかかわらずホテル側は荷物を没収したりしなかったらしい。部屋は出たときのままにしてあるそうだ。
まあ、ハンターライセンス見せて取った部屋だから、ある程度融通きかせてくれたんだろう。
……超過料金はしっかり取られるけど。
キーをくるくる回しながら、とりあえず部屋へ向かう。
誰も乗り合わせの居ないエレベーターに乗り込んで――――
扉が閉まったところで、ゼロが突然低い声で訊ねてきた。
『……ねぇジャズ…、一つ聞いていいですか?』
「んだよ、ゼロ。改まって?」
『うん、あのね? ………
何でキミ、僕の名前で部屋取ってるんですか?』
一瞬の間が開いた。
『…そりゃ、お前のライセンス見せて取った部屋だもん。当然だろ。つーか1回先に部屋出たときに気付け』
『なっ…そういう意味じゃなくって、何で勝手に僕の名前…!キミだって自分のライセンス持ってるじゃないですか!せっかく僕が頑張って取った"僕の"ライセンスなのに〜!』
『カタいこと言うなよ。事情があってオレの名前が使えなかったんだからよ。
…それに調べたところで、指紋・声紋・網膜検査、果てはDNA情報まで一致するんだし、わかりゃしねーよ』
『一般的にはそうですけど…!でもネテロ会長はそういうズルするために僕とジャズと、それぞれにライセンスくれたんじゃないと思うんです!今度会長に会ったら言いつけちゃいますよ!』
『ハハッ、残念。んなことさせねーよ、このオレが』
そんときはお前の口ふさいでやるから、って言うとゼロは悔しそうにキーキー怒り出した。
それを聞いてると……あー、だめだ。愉快すぎてつい顔がニヤけちまう。
アイツの言う
「ジャズのバカー!!」って罵倒が、今は何より心地よくて。
スゲー幸せだ。
「さて…」
ゼロのうるさい声を聞きながらニヤニヤして。
エレベーターを上がりきり、廊下を歩いて、
3日ぶりにオレ達は部屋へと戻ってきた。
…まぁオレは2日の夜中にクロロとアレして疲れて戻ってきてから、そのあと"部屋を出た"記憶が無いし、………なんか"戻って"来てばっかな気がする。この部屋。
ついでに言うとそのあとも気ィ失ったりなんだりで日付の感覚もちょっと狂い気味だ。
短い間だったけど色々あったし、そのへんは仕方ねぇけど。
部屋の中はというと何も変わらず―――壁に立てかけておいたゼロの2本の剣も、もろもろの荷物も、全部同じ状態のままそこにあった。
――――んだが。
「んー?」
『…どうしたんですか?ジャズ?』
「いや…」
『……?』
オーラの…残り香がする。
留守にしてた間に誰かが部屋に入ったらしい。
だけど目に見える痕跡は残してねー…、オーラの消し方も完璧。…なのに残り香がするって事は、わざと残したのか…?
こんな芸当できる奴らといえば心当たりは一つだが…。
さて。"入った"のはあれの前か後か…、っと。
「おっ」
考える間にごそごそとカバンを漁って、黒いケータイを見つける。
オレのケータイだ。
電源を入れるとメールが何件か…。ゾラのババアからの経過報告依頼と…、知らないアドレスからの依頼メール数件……どれも期日過ぎてるな。
ま、いっか。仕事中で受けられなかった事にしとこう。
ケータイをポケットに押し込み、オレはさらにカバンを漁る。
『…何探してるんですか?ジャズ…』
「んー?ちょっとな…」
カバンの中のものを半分ほど出した辺りで、ハンドタオルに包まれた"それ"をカバンの底に見つけることが出来た。
銀色に光る、十字架のチョーカー。
『あっ。ねぇ、それ…僕が昔あげた十字架ですよね…?それ、まだつけててくれたんですか?』
「まーな。チェーンはだいぶ前、仕事中にちぎれちまったんだけど…。
コレ自体は、オレにとっちゃお前の命と同じくらい大事なもんだ。手放せねぇよ」
きっぱりと言うとゼロは少し照れたようで、もじもじオロオロした後、心の奥の方に隠れるように引っ込んでしまった。
そうだ。
思えば"あの時"は、お前の存在も――――お前がくれたコレもなにも、傍には無かったから。
だからあんなにも、1人で残された世界が怖かったんだ。
「…こんなにもちっぽけなのにな…」
こんな小さなモンにどんだけオレは心を預けてたんだっつーの…。
独りで強く生きてる気になってたけど、本当は全然違うもんなんだな…。
「…ハ、」
自嘲の笑みを零し、オレはチャラリと十字架を右手に握った。
手のぬくもりで冷たさがとれるくらいの間、それを握り締めて。
そして、ケータイの入ってるポケットとは逆のポケット―――くしゃくしゃのメモ帳が入った方のポケットに十字架を押し込んだ。
左腕も折れてるし、右手だけじゃチョーカーなんて1人でつけられねーしな。
「…さて、んじゃそろそろチェックアウトして……あ、その前にババァとキルアに連絡取んなきゃなんねーのか。めんどくせーな…」
そんなことをぼやいて立ち上がったところで、背後から『カチャン』とオートロックの鍵が開く音。
まるでスローモーションのように、ゆっくりと開く扉の向こうに、金髪の優男――――
シャルナークの顔を見つけて
血が沸騰するってこういうことを言うんだろう。
気が付いたらオレはシャルナークに向かって飛び掛っていた。
つづく
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番外編の68話EXの1と2でやった十字架の話をちょこっと。
すもも