double style ◆75:誘いの手




シャルナークの見事な鍵開けで部屋に入り、各々腰を落ち着ける。

ジャズはベッドへ腰掛け、ノブナガはその傍の1人用のソファへ。マチは出入り口をふさぐように、ドアの傍の壁へと腕を組んで寄りかかった。



「どう?ジャズ。少しは落ち着いた?」

「………無理。」


シャルナークがホテル1階の売店で盗ってきたロックアイスを、袋ごとジャラジャラと股間に押し付けながら答えたジャズ。顔色はまだ若干青ざめたままだ。


「…ったく、感じやすい年頃のナニに何しやがる…。使い物にならなくなったらどーしてくれるんだ…。婿にでも貰ってくれんのか…」

「知らないね。そんなのアンタの自業自得だろ、馬鹿」

「おいおい、もうよせってマチ」


そう言って、プイッとそっぽを向くマチをノブナガが呆れたような顔で諌めていた。






「……で?お前らは結局いつまでいるつもりなんだよ?」

「あん?」


『まだなにか用があんのか』と、部屋に備え付けの湯沸しポット片手に4人分のコーヒーを淹れるシャルナークを指差し、ジャズは訊く。

…が、途中で何かに気づいて、ジャズはニヤリと笑みを浮かべた。


「あ……、はぁん…?そーか、お前らオレの後でも追って鎖野郎の居場所突き止めようって腹か?やすやす尾行許すほどオレも甘くはねーぜ?」

「そんなんじゃねーよ」

「つーかそんなカッコで格好つけられてもマヌケに見えるだけだよ、ジャズ」

「ぐぬっ…!」


マチからの突っ込みに言葉を詰まらせるジャズ。

いくらその整った顔に余裕の笑みを貼り付けようと、ロックアイスで股間を冷やす姿は、マチの指摘どおりにマヌケだ。


そんなやり取りの合間、シャルナークがコーヒーを持ってきた。マチとノブナガそれぞれの近くにまずカップを置き、そしてジャズには、意味深な笑みと共にカップを手渡しする。


「はい、ジャズ」

「…おう、サンキュ…」

「どういたしまして。……まぁ確かにジャズの言うとおり、鎖野郎の動向は気になるところだけど…。

今となったら、鎖野郎の居場所突き止めたところですぐさま"殺って終わり"って訳には行かないしね。今日は本当にジャズに会いに来ただけなんだ」


「ああ?"殺れねぇ"ってなんでだよ。鎖野郎はお前らからしたら、地の果てまで追っかけてでもぶっ殺したい"仲間の仇"なんじゃねーのか?

ウボォーギンやクロ……、そういやクロロの野郎はどうなったんだよ。あいつは…?」


自分で自分の言葉にハッとして、ジャズは身を乗り出してシャルナーク達に問いかけた。





あの夜……、暗闇の中別れを告げたきり、生きているのか死んでいるのか――――


誰もその末路を教えてはくれなかった、幻影旅団団長・クロロ=ルシルフルの事。





シャルナークとノブナガ、マチは互いの顔を見合わせて何度か頷き合い、その後で一呼吸置いてノブナガが口を開いた。



「実はなジャズ。オレ達は今回そのことで……オメーに頼みがあってよ」

「…あ?頼み…? …ってなんだよ?」


質問の答えになってねぇだろ、とジャズは訝しげな表情を浮かべ、首をかしげる。

すると今度はシャルナークがノブナガのセリフへと続いた。



「あのさジャズ。団長と会う気はない?」


「は?あいつまだ生きてんのかよ…」



言われて、ジャズは肩の力が抜けてしまった。




















「ぉお〜〜〜〜〜」


とあるホテルに設けられたサザンピースのオークション会場で、ゴンとキルアがそろって感嘆の声を上げていた。

とても広い会場ではあったものの、ゴンとキルアとゼパイルが到着した頃にはすでに、ホールの中は大勢の人で埋まっていた。



「よかったな、正装してきてさ。みんなタキシードにドレスだぜ」

「うん、普段着で来てたらすごく浮くところだったね」

「ま、お前らみたいなガキがココに居るってだけでかなり浮いてはいるけどな」


後から入ってきたゼパイルの言うとおり、会場内を歩くゴンとキルアを見て周りはざわめいていた。

しかしゴンとキルアはそれにも臆することなく、きょろきょろと自分達の指定の席を探しはじめる。




「それにしてもさ、キルア。ジャズ、1人で本当に大丈夫かな?」

「だから、そんなのお前が心配するまでもねーって。ジャズだってゼロだってプロハンターの上に念能力者なんだぜ?蜘蛛とだって、オレ達と一緒よりジャズ単独の方がうまくやりあえるはずだし。

はっきり言って念能力者としちゃまだまだ足手まといだよ、オレ達」


「そうかなぁ…」

「そーなの。大体それを言うならむしろジャズよりもオレ達の方がずっと危ね…」



―――と言いかけた所で、ふと見たことある顔と視線がぶつかって、キルアとゴンの足が止まった。




「あ」

「おっ」




目の前の席に座っていたのは、幻影旅団のアジトで見た顔が二つ。




――――なんて言ったっけ。フィンクスとフェイタン?



頭の中でそれを理解した瞬間に、ゴンとキルアは踵を返して脱兎のごとくその場から逃げ出した。



「…って、言ったそばからなんで奴らに会うのさ!?てゆーかなんでこんなトコに!!」

「知るかよ!!口は災いの元ってやつじゃねー!?」


「ヘイ。逃げるこたねーだろ、つれねーな」

「「わああっ!!?」」



全速力で走ったというのにフィンクスに軽い感じで回り込まれてしまい、ゴンとキルアは急停止した。

心底から奴らの能力の高さに愕然とする。




――――こんな奴ら相手なのだ。

一度見つかってしまえば、逃げることなど容易にはかなわない。


そう思ったからこそここまでの移動も極力見つからないよう細心の注意を払ってきたのに。




目の前にはフィンクス、そして後ろからはフェイタンの姿が迫っている。



逃げられない。かといって戦って勝てる相手でもない。

それでも何とか逃げ切らなきゃと、ゴンとキルアはあるわけがない隙を伺っていた。





「…おいおい、なんだよそう身構えんなって。今回はテメーらの事どうこうするために来た訳じゃねーからよ」


ゴンとキルアの逃げ道を塞いだフィンクスが楽しそうに口角を吊り上げた。



「えっ…、なんで…?」

「なんでも何も、いまさらテメーら攫ったところでオレ達にメリットはねーからな」


ゴンとキルアはクラピカにもジャズにも関わりがあり、かつこいつらにとって自分達2人は実力的にも一番扱いやすい存在だろうに。

フィンクスはそんなことをする気は無いという。



どういうことだ?とキルアが必死で頭をめぐらす横から、ゴンがフィンクスへと尋ねていた。

「ねぇ、メリットないってどういうこと?」

「(ゴン…;)」


ゴン相手だと駆け引きもクソもないなぁとため息を吐いたキルア。

しょうがないなと早々に折れて、ゴンの言葉に続いた。


「メリットがないわけないよな?こっちにはあんたらお探しのクラピカも、…ジャズだって居るんだぜ?あんたらにとったらメリット大アリだろ?

ここで会ったがなんとやらってんじゃないのかよ?」



「…そうだな。お望みならそうしてやってもいいぜ?チビ。

どうせ鎖野郎も、必死こいてアイツのこと取り返したはいいが結局どうにも出来なくてガックリきてんだろーしな?」


「なっ!?そんなことないよ!!ジャズはちゃんとクラピカが―――もごご

「ゴン、落ち着け」



カマかけられてるだけだから、とキルアはゴンの背後からその口を押さえる。

ゴンの直情的な性格はゴンの良いところでもあるが、逆に言えばこういう場合には諸刃の剣でもある。


『いつもの事だけどこれはひどい』と、口を押さえられながらもわーわーとフィンクスに食って掛かるゴンを見るキルアの表情はもはや悟りきった賢者のような諦め顔。


そんなキルアをフィンクスは『哀れな奴』といいたげな目で見ていた。

フェイタンは『お前がそれ言うか』とフィンクスを見ていたのだが。







その後なんとかゴンを落ち着かせることに成功したキルア。



ジャズが無事なことも(ゴンのせいで)バレた。

だったらもう駆け引き無しでやるしかないかと今度はキルアがフィンクスの前へと出る。



「…『お望みなら』ってさっき言ってたけど、それってオレ達から仕掛けない限りはマジでやる気はないってこと?なんで?」


「なんでもクソも、そもそもテメーらが今時分のうのうこんなトコに来れてるって事はジャズの野郎もちゃんと無事だったってことだろーが。

今はまだ下手にテメーらに手ェ出してあの野郎を怒らすわけにはいかねーし…、なにもしねーよ。オレ達は今回、ただ純粋に競売を楽しみにココ来ただけだ」


「え……っ」

「…怒らすわけにも…って…?」


言われて、ゴンとキルアは頭上に大きな疑問符を掲げる。


ゴンとキルアの背後では、フェイタンがフィンクスのことを睨んでいた。

『しゃべり過ぎだ』とその目が言う。


フィンクスも、視線だけで『分かってる』とそれに返し、ゴンとキルアの事を見た。







こいつら―――ゴンとキルア、そしてジャズの身柄と引き換えに、鎖野郎・クラピカの束縛から解放された団長。

しかし解放されたといっても、完全に自由にされたわけではなかった。


解放にはいくつかの条件が付けられ、その条件を順守できなければ強制的な死をもたらす鎖を団長はその心臓に刺されてしまった。




条件の一つが、旅団メンバーとの接触の禁止。

そしてもう一つが、念能力の使用を禁じるもの。


どちらかを破れば、鎖は即座に団長の心臓を握り潰し、団長は死ぬ。









「―――だけど、団長は"まだ"死んでないんだよ」


死の制約はかけられてはいるけれど、まだ死(それ)には至っていないと、ホテルの一室でジャズの正面に立ったシャルナークが言った。




「人質交換が行われたのは団長の心臓に鎖を刺された後。交換が済んだ後、念能力の使えない団長はそのまま殺されてもおかしくなかった。でも鎖野郎はそれをしなかったんだ」


「……ふぅん…、そっか…。まだ生きてたのかよ……あいつ……」




呟いて、少し目線を落としたジャズ。



『そういえば』、とここに来る前にクラピカと話したことを思い出す。



あの時のクラピカも、まだ蜘蛛との決着はついていないといった風な口ぶりだった。



――――蜘蛛か私か――――


てっきり、あいつの言う"蜘蛛"は、あのとき倒しきれなかった蜘蛛の残りの"手足"どものことかと思っていたが………




「("選べ"ってのはこのことか……)」




クラピカはきっと、このことを見透かしていたんだろう。



蜘蛛共の姿を見ただけで、自ら立てた策をぶち壊しにするくらい頭に血を上らせてたあいつが。

オレなんかを助けるために、今後二度とあるかもわからない……まさしく千載一遇のチャンスを。






「……あのバカ…、オレに気ィ使うことなんてなかったのにな…」



誰に言うでもなく、ぼそりとジャズは呟く。





―――――蜘蛛の1匹や2匹、消えたところでこのオレが悲しむとでも思ってたのかよ、と。


わずかに自嘲の笑みを浮かべて。






『ジャズ、クラピカはそんなことするヒトじゃないですよ。クラピカは、ゴンやキルアや……キミの事を助けたくて』

『…わかってるよ、みなまで言うな』



頭に聞こえたゼロの声にジャズはそう返す。





(大丈夫だよ、わかってる。)


クラピカの奴は、仲間の命を危険にさらしてまで"それ"ができるほど冷徹な奴じゃないし、オレのことを想ってそうしてくれたんだってこと。





――――わかってるから。





そしてそのためにあいつは、復讐のための最大のチャンスまでも投げ打ったってことも。







「…バカだよなぁ…」



でも―――"だからこそ"。

と、ジャズは自身の胸をぎゅっと掴む。






「……ジャズ?」

「ああ、なんでもねー」


不思議そうな表情で顔を覗いてくるシャルナークに、苦笑いを見せたジャズ。なんでもない、と手を振って話を切り上げる。




「…で?オレがなんでクロロの奴と会わなきゃなんねーんだ?」


そして逆に、そのシャルナークにそう聞き返した。




「ああ…、うん。今言ったとおり、団長はまだ殺されてはいないんだ」

「だったらアタシたちが団長を助けたいと思うのも当然の成り行きだろ?」

「…あぁ…、まあな」


それまで腕を組んで壁に寄りかかっていたマチも体を起こし、ジャズの座るベッド際にやってきてはシャルナークの言葉に続いた。




「でもただ連れ戻すだけじゃダメなんだ。団長は鎖野郎の念の鎖によって、オレ達旅団員との接触も禁じられてるから。条件を破れば死だ」

「そういやそう言ってたな…」


「そ。じゃあ鎖野郎を殺れば団長に刺された念の鎖が消えるかっていうと、そういう保証もない。…っていうかむしろ鎖野郎の場合、死ぬことでより強く念が未練として残る可能性が高いし。

鎖野郎が死んだあと未練として残った念は、憎悪の対象であり、今まさに念をかけられてる団長に向かいやすい。そして念能力を封じられている団長に、それを防ぐ術はない…。生身の体に過剰の念は毒だ。これも駄目。

となると、団長を取り戻す方法はあと他に一つだけ」



そう言って、シャルナークが顔の前に指を1本立てた。「何か分かる?」といった風に。





「………除念師を探しだして、念の鎖を取り除く、か?」

「さすがジャズ。話が早いよね」


にっこりと笑ったシャルナーク。

しかしジャズはそれでも納得がいかずに、眉をひそめる。




「…わっかんねーな。だからなんでオレが?お前らはお前らで除念師探しゃいいだろ。それともなにか?オレの始末屋としての情報網でも利用してーってのか?」


「いや、そうじゃなくて。だってジャズの能力でなら、団長にかけられた念もなんとかできるだろ?」

「あ?」




「マチの、手元にさえ繋がっていれば絶対に切れない糸を食いちぎったんだ。出来るはずだよね?」



「あ………あ? …あぁー……そうか、なるほどな…」




言われて、ジャズもやっと納得がいった。



捕まったウボォーギンを助けにマフィアのアジトに忍び込んだあの夜。


脱出の際こいつらにジャズ自身も捕まってしまい、やむなく『闇食い(リバイアサン)』の能力で自身を捕らえるマチの糸を食いちぎって逃げたこともあった。



そのときのジャズはとにかく早くホテルに帰って眠りたくて、能力を見せたのも意図してではなくただのうっかりなのだが。

しかし、前後の記憶があまり定かではないジャズとは違い、マチもシャルナークもノブナガもしっかりとそのときのことを覚えていた、ということだ。




『やっちまったかな…』と眉間のしわを伸ばすように指を額にこすりつけ、ジャズはしばし考え込んでいた。


そのジャズの前に、シャルナークがスッと手のひらを差し出してきた。





「わかってくれた?だからオレたちはこうやってジャズを迎えに来たんだよ。……もちろん一緒に来てくれるよね?ジャズ…」




目の前に差し出されたシャルナークの手。


ジャズはぼんやりと―――どこか他人事のようにそれを眺めながら、なんと返答するべきかを考えていた。







つづく


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もうほぼ答えも出てますけどね。

すもも

TopDreamdouble style◆75:誘いの手
ももももも。