double style ◆77:それぞれの思惑




マチとシャルナークとノブナガの出て行った扉―――今はもう閉じられてしまったオートロックの扉ごしに、感覚を研ぎ澄ましてオレは奴らの去っていく気配を探った。


だけど途中で気配を"絶つ"こともせずにエレベーターを降りて去っていくとこを見ると、ノブナガの言った『今回は見逃してやる』って言葉も、嘘偽りなく本心からだったんだろう。



…ウボォーギンもそうだったけど、そういうトコ結構好きだぜ、ノブナガ。

まあそれでも、クラピカのところに戻るときは尾行を警戒しておく必要はあるだろうけどな。






扉を眺めてそんなことを考えていたら、オレの中のゼロもなにやらしみじみと頷いているのが感じられた。


「…どーした?ゼロ?」

『ん?……ううん。あれが幻影旅団なんだなーって思って』

「はぁ?」


『えっと……、最初会ったときもそうだったけど、A級賞金首っていうわりにはそんなすごく悪いことしてる人たちには見えないなぁって…思ったから…』

身に纏うオーラのよどみのなさはさすが歴戦の強者って感じですけどね、と付け加えてゼロは言う。




「……まぁ、な。世の中何が正義で何が悪かなんて主観的なものでしかねー。あいつらのことはお前が思うとおりに評価すりゃいいさ」


『そうですね…。僕にとっては、ジャズだってわがままで意地悪でバカでどうしようもない弟だけど……

見る人が見たらお金次第で「始末屋」なんて物騒な仕事を請け負うような冷酷で残忍な人間ってことになっちゃいますしね…』


「おい。お前なにどさくさにオレのコトこき下ろしてんだ」

『あっ。…エヘ』

「えへ、じゃねぇよ。ったく…」




確かに、"オレにとっちゃ"長い付き合いの悪友みたいな連中だけどよ。

――――あの夜にだって、あのチビどもだけじゃなくあいつらも、オレの事を想っていろいろ手を打ってくれようとしたこと……ちゃんと覚えてる。


とはいえ、実際やりてぇコトや欲しいもののために盗みも殺しも躊躇わねぇ奴らだ。クラピカだって仲間を殺されて、だから奴らを仇として追ってる。

被害者・遺族連中にしたら悪夢みたいなもんだろうし、世間的に見りゃあいつらが「悪」なのは間違いねぇ。



そりゃあ、オレの目を通してしかまだまともに奴らを見ていないゼロにとっちゃ、そういう見方になっても仕方ねーとは思うケド…。






…………あー、そっか。

戦りづらくさせられたかな、と思う。今回あいつらがすんなり手を引いたのも、あるいはそれが狙いだったのかもな。




あいつら―――「幻影旅団」とは、いつかまた必ずやりあう時が来る。


でもその時はそうとうメンドイことになるだろう。いろんな意味で。





オレだけが狙いならともかく、もしもまたクラピカとあいつらが戦うってなった時――――


お前がきっちりそこのところ割り切って、あいつらを"敵"とみなせるのかどうか………今からちょっと心配だぜ?ゼロ…。









『ねぇねぇジャズ!それよりほら、ゴンとキルアに連絡しないと!ね!?』

「…あ―――…そーいやそうだったな…。めんどくせー…」


急に黙り込むオレを見て、自分の軽口のせいで機嫌を悪くしたのかと勘違いしたっぽいゼロが、あせあせと話を切り替え始めた。


言われて思い出したが、確かにそういう約束してたっけ…。ついでにゾラのババァにも廃業の連絡しとかねーと。



…と、オレはポケットに突っ込んでおいた黒いケータイを取り出して、次いで反対のポケットからごそごそとあのメモを探し出す。

そして、メモにある汚い字で書かれた二つの電話番号を前に、少し考え込む。



…………どっち押すか。




「………………。 やっぱめんどくせーんだけど」

『照れくさいのは分かりましたから早く!』

「……ちっ」


バレてやんの。

『さあさあ!』とせかすゼロの勢いに圧されて、オレはしぶしぶメモにある番号をケータイでコールした。




















「あーあ。結局鎖野郎の1人勝ちってことかぁー」


頭の後ろで手を組んで、背後にそびえるホテルの―――ジャズが部屋を取っていたあたりの階を見上げ、シャルナークがそうぼやく。

罠を張るでもなく、これからクラピカのところに戻るであろうジャズの尾行を準備するでもなく、ヨークシンはずれの"仮宿"へ向けて3人の蜘蛛は散歩のような足取りで歩いていた。




「1人勝ちってことはねーだろ。オレぁまだ勝ち目アリと見たぜ。だからこそ手ぇ引いたんだしな」


シャルナークの言葉にそう呼応したのはノブナガだ。自身のあごひげを撫でながら、ノブナガは言う。



「今焦ってあの野郎を連れまわして、機嫌を損ねるこたねぇよ」

「……それは機嫌がいいなら今は気持ちよく帰してやろうってこと?もちろんそれって"次"を考えての事だよね?」

「そういうことだ。…なんだ、良くわかってんじゃねーかシャル」

「ふーん、なるほどね…」



今試しても、クロロの除念は失敗するかもしれない、とジャズは言った。


それなら今回は、ジャズの中の蜘蛛の評価を下げさせないことだけに徹し――――

今少しあいつの気が治まる時を待って、もう一度揺さぶりをかける。


それで十分、あの野良猫はまた蜘蛛(オレたち)のところへと寄りついてくれるだろう。

先ほどのやり取りから、ノブナガはそう確信していた。



だからこそ手を引いたのだ。





「なーんだ、良かった。てっきりオレ、また感情まかせで言ったのかと思ってたよ」

「んなわけねーだろ!オレだって蜘蛛だぞ!」


…と、反論するものの、そういった気持ちも少なからずノブナガの中にあったのは確かだ。

そしてノブナガが確信を持つに至ったのも、ジャズとのこれまでの付き合いがあってのこと。打算だけで今回ジャズを見逃したわけではない。



「あはは。まあどっちでもかまわないよ。いくら素質があるかもって言っても、除念師はジャズ1人だけじゃないからね。団長だって予言に従って除念師を探してるはずだ。

そっちでの除念が早いかジャズとの再会が早いかはともかく……。でもどのみち、事を急いでわざわざ下手を打つ必要はないよ」


「…そうだね。団長さえ戻れば弱点の分かってる鎖野郎をぶち殺すのはたやすいし、それでジャズが鎖野郎の味方に回ったとしても邪魔を防ぐ手立ては十分見えたから…」

シャルナークの言葉に続き、今度はマチが、胸の前で腕を組んで歩きながら会話に混ざってきた。


シャルナークもノブナガもそれに頷いた。



万が一こちらの思惑が外れジャズと敵対することになったとしてもだ。

戦闘力はたしかに脅威かもしれないが、その全てを封殺しうる唯一にして絶対的な弱みがジャズにはある。


―――ゼロの存在だ。



今回のことでそれは確実に見えたし、鎖野郎・クラピカもまた同じ。

"あの夜"に、こちらの人質だった子供2人とそしてなによりジャズを取り戻そうと奴が躍起になっていたのは明白な事実だから。


あいつらが2人でくっついていてくれる方が、「制圧」という点で見ればむしろたやすくなるだろう。




「……ま、あいつの性格から言って本気であたしらを敵に回すとも思えないんだけど」

「どっちに転んでも、オレ達にとっては今回ジャズのところから潔く退いたのは間違った選択じゃない……か。

…とは言っても手ぶらで戻ったらフィンクス辺りからは小言喰らいそうだけどね―――」


「じゃあノブナガ。がんばりなね、言い訳。アタシら別行動取ってたことにするから」


そう言ってマチはぽむっとノブナガの背中を叩いた。

シャルナークももちろん他人のフリを決め込んで足早にノブナガの傍から離れていく。



「何だと!?おい、お前ら!ちょっとは協力しろよ!!…おいシャル!マチってばよ!!」

「いやだよ、めんどくさい。アンタの判断でジャズを逃がしたんだからアンタ1人で全部やんな」

「あはははっ」


そんな会話を交わしながら、マチ、ノブナガ、シャルナークの3人はホテルを後にするのだった。

















そして同じ頃――――


「…おっ」

「ん?どしたのキルア?」


ヨークシン中心街のとあるホテルで開かれているサザンピースオークションの会場内。

突然、何かに気づいた素振りでポケットをまさぐりだしたキルアに、きょとんとした顔でゴンが尋ねる。



ゴンの質問にすぐには答えず、キルアは音無しバイブレーション設定でコールするケータイをポケットから取り出して、着信画面で見知らぬ番号を確認する。

そしてこのタイミングでかかってきそうな見知らぬ番号の主といえば……と心当たりを思い浮かべ。



「電話。たぶんジャズから」

「え!?なんで!?ずるいよキルアばっかり!」

「何がずるいんだよ。ゴンにだって後でかかってくるだろ?たぶん」


若干の優越感を表情ににじませて、悔しがるゴンを尻目に通話に出たキルア。

見知らぬ番号の相手はキルアの予想通りジャズだった。




「もしもし」

『…よう、キルアか?今電話は大丈夫かよ』

「あぁ、大丈夫だよ。もうじきオークションも始まりそうだからそんなに時間はないけどね」

『そうか。"あの作戦"はうまくいきそうか?』

「…さぁね。バッテラの姿は確認したから今のとこは順調だけど…」



問われて、キルアはちらりとバッテラが座った席の方に視線を向ける。


フィンクス、フェイタンの2人組と別れた後で、ゴンとキルアはオークション会場内通路で堂々とテレビか新聞のインタビューを受けながら歩く、大富豪バッテラの姿を見つけていた。

バッテラにさえ会うことが出来れば、グリード・アイランドをプレイするための今回の"作戦"はほぼ成功も同義で、後はプレイの交渉次第……。


見失うわけにはいかない、とオークションの席に着くまでゴンもキルアもバッテラから目を離さずにいたのだ。

バッテラが座った席位置を覚えてから、自分達もとりあえず会場の席には着いたが。




『ふーん、良かったな。オレの方は荷物も無事に取り戻せたし、何なら今からそっち合流すっけど…』

「…え!?いや、こっちはダメだ!」


突拍子もないジャズからの提案に、キルアは声を荒げる。突然の事に、隣のゴンがびっくりして目を見開いていた。

ジャズも同様だったようで、通話口の向こうで怪訝そうに眉を寄せるジャズの顔が、その声の調子から見て取れるようだった。



『……あ?』

「い…いや、ほら!ジャズは入場券持ってないし、それでオレ達がいちいち会場の外までジャズのこと迎えに行ってたらバッテラの事逃がしちゃうかもしんないし…。

"作戦"が成功しても失敗しても、事が済んだらとりあえず一旦戻って報告するからさ。ジャズは先に"宿"に戻って待ってろよ」



『……何そんなに焦ってやがんだ?キルア?』

「………。」


なるべく自然に取り繕ったつもりだったが、やはりジャズには効かなかったようだ。

簡単に看破されてしまい、キルアは黙る。



『…なんだよ。まさか蜘蛛でも見たか?』


「……ああ、ココまでの移動中に街中でチラッとね」

『ふーん』




本当はこの会場内にも2匹居るんだけど…とは口が裂けても言えないし、もちろんジャズをこの場に呼び寄せるわけにもいかない。


フィンクスもフェイタンも「今はまだ」手を出す気はないらしいだけで、きっと奴らはクラピカのこともジャズのことも諦めてはいない。

どういう理由があって「今はまだ」手を出さないのかは聞き出すことが出来なかったが。



「ヨークシン界隈はまだ予想以上に危険だよ。ジャズは早く戻った方がいい」


『……オーケー、そういうことにしといてやるぜ。じゃあ先に部屋で待っててやるからお前らも無事に帰って来いよな。

――――オレも、ちゃんと帰るから。だから心配すんな』



「………ああ。じゃあ後でね」

『おー』



そう交わして、キルアはジャズとの通話を切った。





「(…ちゃんと帰る、心配すんな…、か…)」



最後に耳にしたジャズの言葉を反芻して、キルアはわずかに笑みを浮かべた。



ジャズの言わんとすること。言葉にこめられたもう一つの意味。


それを正しく理解して、キルアは笑う。






それぞれ"宿"から出かける前―――――あのときにキルアに疑われたからこそ、ジャズはそういう言葉を使ったんだろう。

キルアももちろんジャズを信じていなかったわけではないが。



しかし今の言葉で全ての懸念は晴れた。


余計な気を割く必要はない。あとはただ"作戦"にだけ集中すればいい。





「(でも『帰る』なんて言葉、ジャズの口から出るとなんかヘンな感じだよな〜)」


違和感ありすぎ、と笑っていると、横目にムスッと睨んでくるゴンの顔が見えて、キルアはハッと素に戻った。




「……なんだよゴン;」

「『じゃあ後で』じゃないよキルア!どーしてオレに代わってくれないのさ!」

「でかい声出すなよ。悪かったって、ついな」

「ヒドイよー!」

「もー、うるさいな。ゴンにもたぶん後でかかってくるって。じゃなかったら今かかってきた番号、後でゴンにも送るから」

「今送ってよ!!こっちからかけ直す!」

「ダメだって。もうオークション始まるし。後で。」

「くぅ〜〜〜〜!!」


ゴンが悔しがるさなか、キルアの予想通り会場内にオークションが始まる旨のアナウンスが響いた。


観覧席の明かりが落とされ、ステージ上がライトアップされ、それまでざわついていた会場も静かになる。



そしてステージ上に現れたオークショニアの女性がマイクを取る――――と同時に、今度はゴンのポケットに入っていたケータイが振動を始めて。





ゴンはじたばたと地団太を踏んだのだった。








つづく


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これで蜘蛛とも一旦区切りがついたかな?

すもも

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ももももも。