double style ◆80:弔いの花




オレの挑発にだって簡単に乗っちまうような奴だった。

クラピカなら間違いなく一発であの野郎を挑発に乗せて、自分のペースに引き込めちまうだろう。


あの薄暗い地下室で、「借りを返さなきゃなんねー野郎がいるんだ」っつったあの野郎の目を思い出しゃわかる。



爛々と熱く燃やしたリベンジの炎。

あの時点ですでにあの野郎はクラピカっていう死神に憑かれていた。




カッカしたまま勝てる相手じゃねーだろうに。

オレと遊びでやりあってた時ならともかく、クラピカ相手の"それ"はまさしく命取りってやつだぜ、ウボォーギン…。



ま、オレは忠告したし、それで本当に命を落としちまおうがそれはお前の自業自得だと思うけどな。






……ただ


それでもせめて、お前を知る1人として――――







弔いに、一輪の花ぐらいは。


























話の途中で被って来た、部屋に良く通る凛とした声。



オレの前に座っていたゴンは「へっ!?」と後ろを振り返り。

キルアも同じく振り返って、そこに立っていた顔を見て「げっ!?」と零す。


ゴンとキルアの背後。部屋の入り口―――今はもうドアは吹っ飛んでそこにあるのは「入り口」とはちょっと言えないようなただの大穴だけどな―――に立っていたのはもちろん…




「クラピカー!!」

「ああ」


振り返ってクラピカの姿を認めるなり、ゴンが弾けるように立ち上がった。

クラピカの元へと駆け寄って、クラピカの快方を自分の事みてーに喜んでた。


「具合はもういいの!?」

「ああ、もう大丈夫だ。ずいぶん心配をかけたようだな、ゴン…。―――ところで」



と、ゴンに応えてから、急に真面目くさった視線をオレに向けてくるクラピカ。


オレは座ったまま、単に肩の位置で手を振ってそのクラピカと挨拶を交わす。

視界のすみっこで、ゴンとキルアが『ヒエッ』って顔で肩を飛び上がらせてたが……、クラピカの前で話に出たのが『旅団の』なんて聞いちまったら普通そうなるよな。





「…よう、クラピカ」

「フフ…、白々しいなジャズ。お前なら私の気配にも最初から気が付いていただろう?わかっていて、私とその話をするために話題を持ち出したんじゃないのか?」

「ハッ、そりゃーさすがに勘繰りすぎだ」

「そうか?…まぁ、今ここでお前の友人を殺したその償いをしろ…と言われても私には何も出来ないし、するつもりもないがな」


「ああ?だからなんでそう悪い方にばっか取るんだよ。オレは何も責めてねぇし、言ってもいねぇだろ。

…つーか『友人』って。そもそも『友人』ですらねーっての。強化系なら単にオレにはあの野郎が一番なじみ深かったってだけの話で。

『強化系』の芽がここにあって、オレが師匠で目指すトコロを示してやるとしたら、オレにはやっぱあの野郎の話しか思いつかねぇ。身を以って知ってんだろ?お前も」


「それは…そうだが…。 ……師匠?」

「こいつらにせがまれたんだよ!!嫌ならお前もこっち来て手伝え!!」



ビシッとオレの隣の床を「こっち」と指差した。


クラピカは仕方なさそうにため息を一つ漏らしてからオレが指した場所へとすたすた歩いて来て、戸惑い無く腰を下ろす。

ゴンとキルアは部屋の壁に背中を張り付けて恐々としたままだ。






「…私にとって蜘蛛は、私の大切な故郷を―――家族を…友人を殺した憎い仇でしかない。

だがジャズ。お前にとっての蜘蛛…あの旅団の11番は、私にとってのそれと同じようにお前にとっては大切な友人の1人…だったかもしれない。

だからたとえ相手が蜘蛛……私にとっての憎悪の対象だったとしても、お前にその友人を悼むなとは私には言えないし、そのことで私を恨むというなら恨んでもらって構わない。

奴を最初に手にかけたとき、すでに私は覚悟を決めた。誰にどんな風に憎まれ、恨まれようとも……私は私の目的を果たすと」


「…だーからアレは『友人』なんかじゃ…、ってかなんだよ急に。重てぇよ、言う事が。手伝えって言った話からなんでいきなりそんな重くなんだよ。大体お前、それだとオレには恨んで欲しいし、責めて欲しいみたいに聞こえるぜ?」


「…そんなつもりは無いが…」



真面目くさった顔で何言い出すかと思えば……。


ま、旅団の連中に仲間を殺られたっつークラピカの心情もわかるし、オレもタイミングが悪かった……って、タイミング悪かったの、ホントにオレの方か?

別にオレ、悪くねーんじゃねーの?

タイミング悪いのも、深読みしすぎて突っ走ってるのも、クラピカの方じゃねー?



「なら何故お前は私が近くに居るのを承知で奴の話を持ち出したんだ?私に対して何か言いたい文句があったからではないのか?」


「だから何もねーって言ってんだろーが…。単にオレが知ってる強化系の中じゃ、あいつが一番の使い手だったってだけで、話しやすかったから話題に出した。そんだけの事だ。

……それともお前マジであの野郎を手に掛けた事、オレに責めて欲しいってのかよ?ぁあ?」



言って、オレはグイッとクラピカの服の襟を掴んで引き寄せた。

赤茶の瞳と間近に睨み合うが、クラピカは動揺することも無くまっすぐにオレの目を捉えて………、クロロのそれと少し似ていても全然違う高潔な趣きに、思わず汚したくなってニヤリと口角を上げた。



「…ハ…。良いぜ、クラピカ。そんなに望むんならお前の言う通りにしてやろうか?……だけどその場合は覚悟しろよ…。病み上がり相手だからって手ェ緩めるオレじゃねぇ。生半可な責めで済むと思うんじゃねーぞ…」


トッと喉元を指先で突いて、挑発するように笑んで見せる。


視界の端で、お子様共が慌てて顔を手で覆ったり逆に食い入るような猫目で見てきたりとしてたが……、無視をしてクラピカだけを瞳の内に収める。

クロロとは別の意味で何考えてんのかわかんねー顔をしてたクラピカだが―――(もしかしたら呆気に取られてただけかもしれねぇ、…なんてことはこの後すぐに分かったが)―――少しして、困ったような顔で苦笑を漏らした。




「………お前、何笑ってんだよ;」

「…いや、……ふっ。…笑ってすまない。お前らしいとは思うのだが、そういう冗談は私はどうやら好きになれそうにないな」

「ハ…、だったらお前ももうめんどくせー事は言うんじゃねぇ」




ジェンダーレスっつーか、生半可な女も太刀打ちできないような綺麗な笑みをクスクスと漏らすクラピカ。

張りつめてた空気も一気に緩んじまって、逆にこれ、オレの方が恥ずかしいじゃねーか。


何がツボにハマったのか腹を抱えて、それでも控えめにクスクスと身体を揺らし続けるクラピカに、オレはチェッと零して背後のソファにもたれ直した。



「…すまないジャズ。気を悪くしたか?」

「べっつにィ〜〜?」


クラピカに背を向けるようにごろんと体勢を替える。…と、マジで焦った風にクラピカがまた「すまない」と声をかけてくる。

無視するように背を向けた格好のままでいたら、呆れたのか諦めたのか"ふぅ"とクラピカが静かにため息を吐いたのが聞こえた。


肩越しにチラッと振り返ってみると、クラピカは正面を見てて、壁に張り付いてたゴンとキルアも気まずそうにおずおずと近くに座り込む姿が目に入った。





………なんか気が抜けた。



あの野郎が死んだからって、オレにとっちゃそんな重要な事じゃねー。

オレにはやっぱゼロを護ることが今でも一番だし。その人生のついでに、たまに遊ぶ相手が減ったなぐらいの感情がせいぜいだ。



墓前で涙を零すほどセンチな間柄なんかじゃ当然無いし。

考えてみりゃクラピカの奴が望んでるような責めの文句なんてホイホイ出てくるような相手でもなかったな。



さてどうするか。


そう思って、天井を仰ぐように背後のソファに頭を預けていたのをコテンと横に倒す。


すると視線の先のゴンとちょうど目が合って、その瞬間ぎくっと面白いくらい肩が跳ねたのがちょっとウケた。





「……あのなぁ、ゴン」

「えっ!?オレ!?;な、何?ジャズ…?」

「おう。さっきの話の続き―――お前がどんな能力にするか、まだ決めてねーしそう簡単に決められねーとも思うケド。「強化系」が目指すトコロっての、一つ教えといてやるよ」

「う、うん…」

「クラピカの手前、なんか気まずい感じに聞こえるかもしんねーが、まあ聞いとけ。

クラピカに対してちょっと意地悪に聞こえても、別に「強化系」が悪いわけじゃねーし。コイツがオレに責められてぇなんて言うからオレも単にサディスティックな気分になってるってだけで、…悪いのはお前じゃねーから」




……あいつが蜘蛛だったからってだけで、強化系が悪いわけじゃねぇ。当然、お前だってあいつじゃねーわけだし。

そりゃ、クラピカが近くに来てるのを分かっていて最初にあの野郎を引き合いに出したオレも悪かったケド。オレが口をつぐんだのを分かっててあえて突っ込んできたクラピカも悪いだろ。……とオレは思う。…まあ…、多少は…、そりゃ、オレの方が悪かった……かもしれねーけど。


それでも確実に、ゴンには責任ねーんだから。そう気まずい顔するなよ。



お前はまっすぐでいろ。前だけ見てろ。






「まずぶっちゃけた話、強化系に『必殺技』なんてのはいらねぇんだ。纏と練を極めていけばそれだけで全身凶器……通常攻撃の全てが一撃必殺の威力になる。だからお前が本当の意味で強くなりたいってんなら、付け焼き刃の『必殺技』なんかに囚われずにとにかく基礎をじっくり鍛えていくしかねぇ」

「…うん。…でも、それで4日後の選考会、ちゃんと受かるかな?」

「受かるさ。オレの知り合いにも居たからな。お前みたいに、馬鹿だけど利口な強化系の体力バカ。……んで、こいつがまた強ぇーのなんのってな」

「え?…う、うん?;」

「テメーの強さのみをただ純粋に、それこそ馬鹿みてぇに長年追求した結果が、世界で指折りのトップクラス強化系能力者…。

地面殴りゃミサイル級のクレーター。並みの能力者じゃ例え念を込めた拳でぶん殴ってもかすり傷の一つどころか、こっちの拳がイカレちまうような鉄壁の防御力はまさしく『鋼鉄の肉体』ってな。

強ぇえ奴と気持ち良くバトる事以外の脳ミソはねーけど、こと戦闘に関しちゃカンもよく働く面白れー奴だったぜ。…つっても、オレは全戦全勝だったけど。


だから―――見せてやるぜ、ゴン。あいつと戦ったオレが、お前に見せてやる」



「え?何を?」



キョトンとするゴンと、その隣のキルア。

クラピカは真顔で横目にオレを見てた。



その3人の前で、オレはヒュッと右の拳を突き出した。





「個別能力なしのオーラのみでの殴り合いなら、強化系はどの系統にも絶対に負けねぇ。けどあいつは負けた。なぜなら『念』の本当の強さってのは、オーラの強弱のみじゃ計れねぇからだ。

…でも、だからってな、ゴン。強化系が悪いわけでも、弱いわけでもねぇ。強化系は最も攻守にバランスのとれた、優れた系統だ。

攻撃力も高ぇ、防御力もすば抜けてヤベェ、百戦錬磨の強化系を相手にするってなったら、具現化系のオレなんかはどうやって防御のスキ突くか、ガードを出し抜くかをただ考え抜いて実践してくしかねーんだからな。真っ向勝負なんてハナから無理な話なわけよ。

お前らはただどっしり構えて、向かって来たオレを捕まえて、一発『コイツ』でぶん殴っちまえば勝負はつく。

…けど、だからこそ馬鹿にはなるな。自分に何ができるか、どうやればできるか。常に頭を働かせろ。いくらデカい攻撃力を持ってたって、当たらなきゃ意味ねーんだ。どうやって当てるか、逃げ道をなくすか。きちんと考えて、考えた上で強化系の持つ優れた直感を信じろ。


お前の言う『必殺技』っての、今からオレが見せてやるが…。

『コイツ』は別にお前らにとっちゃ『必殺技』ってほどのことでもねー普通の基本技で、…けどその普通の事が"オレたち"他の系統の奴らにとっての『必死』の技に成り得ちまうって…、そういうモンでしかねー技だ。

お前が『コイツ』にホンモノの威力を備えるにはまだ時間は必要だろうが、それでも会得するだけなら今のお前でも十分可能な事だとオレは思ってる。

お前はただ纏と練と、……あー……やっぱやり方は教えねー。自分で考えろ。見せるのは見せてやるから。それも修行の一つだ。わかったか?」



「…うん!わかった!!」




力強く、笑顔で頷いたゴン。

あっけらかんとしすぎてる顔に、ちゃんと理解してんのか?って逆に不安になるが……。まあいいか。


とりあえず一発見せてやりゃどうにでも言える、とゴンの目の前に突き出した拳に、オレはある程度―――"あいつら"に見つからない程度に抑えつつ解放した全身のオーラを一気に圧縮する。


纏と凝と絶…ま、ここに普通は「練」も加えるが―――それら全てを複合した『発』。…応用技『硬』。



さすがにあの野郎のビッグバンなんとかに比べりゃ、手加減もしてるし強化系から程遠い具現化系のオレがやる『硬』の威力なんてたかが知れてるが。


それでもこの場にいるガキ2人を威圧するだけの力は収束できたはずだ。



証拠にゴンもキルアも、ビビりとワクワクが入り混じったような顔でオレの拳に見入って、共にその双眸をキラキラと輝かせていた。

クラピカは……、まあオレのこんなしょっぺぇ威力のモンよりスゲーの見たんだろうし、別段驚くでもなく普通の顔で見てたけどな。





「すっげ…。全身のオーラをここにだけ集めてるって事か?こうしてるだけでもヤバイほどの威力を感じるぜ…!」

「ジャズ、どうやってるのこれ?」

「訊いてどーする。オレは教えねーっつったぞ?ゴン。手順は企業秘密だ、自分で考えろ」

「えっ!?教えてくれるんじゃないの!?;」



…いや、教えねーっつったし。お前も「うん!」って頷いてたじゃねーか…。やっぱ理解してなかったのか、この強化バカ。


めんどくせー…と頭のどっかで思いつつ、気を取り直してオレはもう一度噛み砕いてゴンに言って聞かせてやる。




「だからなー…。言っただろ?馬鹿にはなるなって。1回見せてやったんだからそれで十分教えたことになると思うぜ?

あとのやり方は自分でちゃんと考えろ。それも修行になるんだからよ。…別にめんどくさくて言ってるわけじゃねーぞ?」


…って言うとキルアに「本当はめんどくさいんだろー」的なジト目で見られるんだが。



「え〜〜…。でも、オレにもできるのそれ?」

「できるはずだぜ。難しいことは何一つとしてやってねーし。お前、裏試験をクリアしたんだろ?あの塔で」

「塔…?」


キーワードすらもピンと来なかったのかゴンはキョトンとした顔を見せるが―――隣のキルアはすぐにわかったみてーだった。

「それって天空闘技場のこと?」ってゴンに代わって聞いてきた。




「そうだ。あそこで裏試験を合格するために覚えた念の基礎…その一つ一つ、全てをしっかり思い出しゃ、今のお前でもできることだ」

「覚えたこと全部…?」


「おう。これができればお前も強化系としての新たな一歩……ま、何人も先達が歩んでいった道だけどな。その一歩を踏み出したことになるぜ?」

「ホント?」

「もちろんだ!オレは具現化系。技術は持ってても、パワーが足りねぇ。けど強化系のお前がこれを極めれば、たったの一撃で間違いなくこのあたり一帯をまっさらにふっ飛ばすことができる。

世界で指折りの強化系だったあいつがそうだったみてーに。お前もいずれそうなれる。…必ずな」


「…へぇ〜…」



と…キラッキラに目を輝かせてゴンはオレの方へと身を乗り出してきた。


けどそのあとで、じーっとオレ達を見るクラピカの視線に気づいてハッと我に返ったように目を点にして固まっちまう。



……気にすんなって最初に言っただろうが。

棚の上のたぬきの置物…いや、クラピカならビーナス像か?そんなモンだと思っとけよ。








「……で、だ。クラピカ」

「なんだ?」


「オレは…、まあ多少の意地悪もあってあいつの事いろいろと引き合いに出したケド。

別にオレはあの野郎を手に掛けた事でお前を責めるつもりはねーし。だからってお前に復讐を続けろとか止めろとか、そんなことを言うつもりもない…、ってことだけ言っとくぜ。

……オレだって復讐を成した側だ。とやかく言える立場じゃねぇ」


「………。」


「お上品な連中は復讐なんて空しいだけだからやめろとか、感情に任せて殺せばお前自身もあいつらと同じになっちまうぞとか…、まァ簡単に言うのかもしれねえ。

復讐が空しいかどうかなんてそれを成し遂げた奴にしかわかんねーし、成し遂げた奴だからって全員が同じ感情抱くわけでもねぇのにな?

それですっきりする奴もいるだろうし、こんな終わりじゃ全然足りねーとか思う奴だっているかもしれねぇ。

やった後で死ぬほど後悔して、逃げ出して、心をぶっ壊しちまう奴だっていたんだ。オレとお前でだって感じるモンは全然違うだろ。

そもそも人を殺す―――その前に感じる葛藤も、それを経てなお復讐を決めたその覚悟の重さもオレとお前じゃ違うんだろうからよ」







――――か弱く小さかったアイツは逃げることしか出来なかった。


そしてオレは、むしろ殺しても殺し足りねぇと思ったクチだ。




踏みにじられて深く憎悪を抱いたまま、殺す覚悟なんて決める間もなく目覚めた能力でその衝動のままに殺して…。


千々に食いちぎってもなお10数年憎み続け、オレの中でその存在を殺し続けた。



あの男を食い殺した能力(リバイアサン)で。あの男ではない誰かをあの野郎の代わりにして。





……けどこいつは…クラピカは違うだろ?


オレのように関係のない人間を泥のように殺せる奴じゃないし、だからってゼロみたいに奪った命を「無かったこと」にできるような奴でもないはずだ。


その高潔な意思を持ったまっすぐな瞳がそれを―――こいつの人格を物語ってる。





こいつはオレ達とは違う。



きっと相当の覚悟と葛藤を以ってその手を血に染めた。

そして憎むべき蜘蛛―――ウボォーギンの命でさえ、おそらく「命は命」として背負ったはずなんだ。







「お前のその覚悟を今さらオレが折るとか、そんな気は全然ねーけど………。あえて言わしてもらうと…、あんま気に病むなよ?


あの野郎の事も、お前にとっちゃ初めて自分の手に掛けて殺した奴なんだろうから、たぶんこの先も忘れることなんてできねーだろうけどもな。

だからって復讐する相手にばっか囚われ過ぎて視野狭めんじゃねーぞ。感情向ける先間違えると潰れるぜ?………オレ達みたいにはなるな」





真面目な顔で正面を向いたまま黙って聞いていたクラピカ。



意固地なコイツの確固たる覚悟にどんだけオレの言葉が届いてるもんだか、と心配になって横目に顔を見てたが―――

つーか蜘蛛の連中相手に復讐を決めたコイツの覚悟のほどはオレにだって十分読めるし、その蜘蛛の連中とも多少なりつるんでたオレの言葉がそこまでコイツに響かないだろう事も十分理解してんだが―――


珍しく他人相手に饒舌になったんだからその分ぐらいは聞くだけでもちゃんと聞いて欲しいなーっつう………そこはオレのわがままか。



それでも最後の呟きだけはクラピカにもはっきり届いたみたいで、少しだけオレに視線を向けて来た。







「…ってかオレに言わせてもらうと、あの野郎だって今頃はたぶん地獄の鬼か悪魔相手に悦び勇んでケンカ売ってガハガハ笑ってる気がすんだよな。むしろこっちに居るよか楽しくやってんじゃねーの?

ありありと見えるぜ。つーかアレだ。むしろあの野郎の方が鬼になってるかもな。鬼のパンツだ。トラ柄パンツ。あいつなら絶対似合う。トゲついた鉄棍とか肩に担いでよ。猿山のボス…あ、違った。針山のボス鬼か?―――ッハ!」




あんまりにもクラピカの視線が重てーから、冗談のつもりで言ったらマジで想像できちまって笑えてきた。

オレが吹き出す姿を見て、途中まで真面目に聞いてくれてたらしいクラピカの表情がずいぶんと訝し気なカンジに歪められた。


「…相手が蜘蛛とはいえ、死者への冒涜は感心しないぞ?ジャズ」


なんて言うんで、オレも大仰に言い訳だ。





「ちっげーよ。オレだって別にあいつの死を汚したいわけじゃねぇ。ただ単純に……」


「…単純に?」


「あいつのために泣けるほどオレは付き合いが深かったわけじゃねーし。あいつのために泣いてやれるのはあいつらだけだろ。

それにあの野郎にはきっと、誰も彼もが下向いて泣いてるような沁みったれた葬式なんて似合わねぇ。飲んで食って大いに騒いで、派手で盛大にってのが一番あいつらしいし似合ってるって……そう思っただけだ」





ソファに寄りかかってた恰好から、よっと脚で反動付けつつ立ち上がる。

不思議そうに見上げるゴンとキルアの視線を感じながら―――、オレはそのまますたすたと窓際の壁の前に立った。





「だからこれは―――、…そうだな。オレなりの死んだあいつへの弔いの香華(はな)って奴か?………手向けだ。

ろくな死に方しねぇとは思ってたが、ついに地獄行きが決まったあいつへの……最後の手向け、―――だっ!!」





―――ドゴォッ!!



一度だけ見たアイツの必殺技(ワザ)と同じ踏み込み、…左腕が折れてるから全く同じとはいかねーまでもなるべく同じ要領になるように、オレはオーラを込めた右拳を壁に叩きつけた。



オレのしょっぺぇビッグバン…いや、そんな威力ねーけどな?

オレの『硬』での右ストレートは、部屋の壁一面を吹き飛ばし、天井から上の階の窓側半分までもをなんとか破壊しきった。



んー…。どうにもあいつにまでは届きそうにねぇ花火だな。まあしょうがねぇか。手加減してるしな。うん。







「……それがお前の悼み方だと?」


パラパラと砂埃のカーテンが下りる向こうで、クラピカの瞳がまっすぐにオレを捉えてそう言ってくる。





「そんなトコだ。もう二度とあの野郎に鬼みたいな形相で追っかけられることもねーってのは少しばっか寂しい気もするケド、別段悲しくはねーっつーか…。

だからお前も、そんな深刻にとるなよ。『これ』も、あいつの事も。最初に言ったようにオレはお前を責めてるわけじゃねーから」


と、オレは今しがた放った『硬』の右拳をプラプラと振った。





「大体…。さっきも言ったけど、あの野郎が地獄なんかに落ちたところでへこたれるわけがねーんだからよ。

あの野郎の狂気じみた雄叫びを聞いたらそれこそきっと地獄の鬼も裸足で逃げ出すぜ。んなもんどうやって悲しめっつーんだ。喜劇でしかねーよ」


「フ……。確かにな…。私のしたことはもしかしたら、奴を喜ばせただけのことだったというべきかもしれないな…」

「ハハハハッ!違ぇねぇ」




ふむ、と口元に手を当てて神妙な顔でクラピカがそんなクソ真面目な考察を寄越してきやがるから、オレは余計にツボにハマって笑っちまった。

クラピカもまた、そんなオレにつられてかふっと毒気の抜けたような笑みを静かに零す。


ゴンとキルアだけは話についてこれなかったみたいで、頭の上にハテナマークを浮かべて互いの顔を見合わせていたけどな。






「悼み方はそれぞれ、という事か…」

「……ん?」




オレの方も見ずに―――っつーか誰に対して言うでもなく、ぽつりとそう零したクラピカ。



何だ?とも思ってたら不意にオレの方に振り返って、クラピカは笑った。

まるで肩の後ろに巣食っていた大きな憑き物(クモ)がポトリと落ちたような、そんな顔で。






「ジャズ。私はな、今まで……仲間の墓に奴らの血を、13本の赤い花を添えることが何よりの弔いになると思っていたのだ」


「……おう。そう間違いでもねーだろ」



「…そうだな。……だが今はそれよりも、一刻も早く奪われた仲間の眼を……人を人とも思わぬ獣のような連中の元から取り返し、一面の無垢の供花(はな)で送ってやりたいと…そう思う」

「おー。…ハッ、なんだよ。そっちのがずっと良いじゃねぇか。白い花で送ってやれよ」


「ああ。そうだな…。白い花…。本当にその通りだ。今さら気づかされたよ。……お前にも以前に言われた事だったのにな、ゴン」




そう言ってクラピカは、今度はゴンへと視線を向けた。




それまでとは一転、穏やかに緩んだクラピカの表情(かお)に、ゴンは少しあっけにとられた顔を見せたが――――


次の瞬間には明るく破顔して、「うん!」と力強くゴンは頷いた。




「―――それが良いよ!仲間たちの眼…。早く見つけてあげようよ!」


「ふふ…、『あげようよ』とはまた大きく出たな、ゴン。お前にはお前の目的があってハンターになったんだろうに」

「うっ…;」



「そうだぜ。まだお前の親父にだって追いついてねーってのに」

「ううっ!?」

「90億の金集めすらミスって所持金8億から1か月で借金1億だもんなぁ?どんな波瀾万丈人生だっつーの」

「ううぅう…;」




フッ切れたのか微妙に毒舌を利かせてきたクラピカの言葉に乗っかって、キルアとオレも続いてゴンをイジる。


3人に責められて、言い出したはずのゴンはそれ以上何も言えなくなって、ドンドン小さくなってった。





そんなゴンを見てついにはクラピカが控えめにプッと吹き出して。


それを皮切りにオレとキルア、そしてクラピカの声が、真っ青な空を天井に臨める半壊状態の部屋に明るく響いてった。




つづく


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ウボォーギンの虎柄パンツルックとな…

すもも

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ももももも。