『……おい。"あいつ"…また来たぞ、ゼロ』
『え?何?ジャズ』
『"あいつ"が来た』
『…?』
ジャズのそんな言葉に誘われ、僕は品出しの手を休めて立ち上がった。
それと同時に、コンビニの外で自転車のブレーキ音がけたたましく響いた。
「いらっしゃいませー。……って、あ?イッキくんじゃないですか」
「ちィーッス、ゼロさん!」
"あいつ"って誰だろう?と思って入り口の方を見たら、片手を上げて店に入ってきたのは、誰であろうイッキくんだった。
僕の姿を見つけてニカッと笑って、イッキくんは僕の傍へと歩いてくる。
「ゼロさんどこにもいねーし、すっげ町中探しちまったじゃないッスかー」
「あはは、そうなんですか?すいません、いつも留守がちで」
「いえいえ。俺様、理解ある男っスから!」
どんっと胸を叩いて鼻を高くするイッキくん。
大げさなその口ぶりがなんだか面白くてつい僕は笑ってしまった。
イッキくんもそんな僕の笑顔につられてか満面の笑みを見せてくれる。雑種犬の仔犬みたいだ。
「へへっ…v 実は今晩、焼肉らしーんすよ、ゼロさん」
「へえー、焼肉ですか…。あ、そういえばリカさん帰ってきてましたよ?」
「知ってるっス。つーかそのリカ姉から"塩ねーから買って来い"って命令されて」
「あぁー、なるほど」
塩を手に取ったイッキくんとそんな会話を交わしながらレジへと向かう。
その途中、僕とイッキくんのそのやり取りを見ていたらしいジャズが突然、『ハンッ』と僕らのことを鼻で笑った。
『……何ですかジャズ?何かおかしいですか?』
『べっつにィ、なんでもねーぜ?』
ククッと意味深な風に笑いながらそう言うジャズ。
聞き返そうとしたら、その前にジャズは『寝る』とさっさと僕の中で寝に入ってしまった。
「(なんだろ?まあいいけど…)」
そんな間にもイッキくんがレジ前でニコニコと僕を待っているし。
とりあえずジャズのことは放っといて、僕はカウンターに入って、イッキくんの手によって差し出された塩の容器をレジに通した。
受け取った500円玉からお釣りをイッキくんへ返して、カサカサとレジ袋に塩を詰めていたら――――
「イッキ!お前こんなトコで何やってんだよ!?」
「うおっ!?カズ!!」
「あっ、カズくん」
イッキくんに続いてカズくんまでもが、元気よくお店へと入って来た。
その後ろにはさらに、オニギリくんの姿も。
"トリオが今日もそろったなぁ"なんて…のほほんと3人を見ていると…、
それに続いて今度はイッキくんと同じ学校の制服を着た男の子や女の子達がどんどんどんどんお店の中へ入って来て、僕がはっとする間にどやどやかなりの人数でレジ前がいっぱいに。
………!?
「えっ…?えっ!?? なっ…な、何ですかこれっ!?カズくん!?」
「うぃッス、ゼロさん!サーセン、騒がせちまって!俺らすぐ行きますんで!」
「全然もう時間ねーっつんだよ!イッキ!!」
「そっスよ!イッキさんがいねーことにはバトルも始まんねーんスから!!」
「イッキちゃーん!今日は大事な決戦の日なんでしょー?応援に来たよー!」
「おわ、なんだよちゃーこ!?それにお前ら!……って、ちょっと待てゴラ、おわわわ、ちょっ…ゼロさぁーん!?」
女の子達はすかさず、レジをはさんで僕の前に立っていたイッキくんをキャアキャア取り巻いて、僕が制止する間もなくイッキくんを外へ連れ出して行ってしまった。
突然の出来事にうまく反応できず、僕はただ呆然と目の前の光景を見送る。
ヒガチューの女の子たちってなんであんなにパワフルなんだろーか…。
―――って、そんなこと考えてる場合じゃなくって!
「…ちょっと待っ、ちょ…!イッキくん!?しょっ、商品!商品忘れてますって!!…………ああダメだ、行っちゃった…」
慌ててレジから飛び出したけど、カズくんたちはイッキくんを追い立てるようにしてそれぞれ自転車に乗り、どこかへと行ってしまった。
走って追いかければきっとすぐ追いついただろうけど、さすがにお店の仕事を放って行くわけにはいかない。
駐車場から、道路を渡られた時点で僕は早々に追いかけるのを諦めた。
「どうしたんだいゼロくん!?何かあった!?」
ため息を吐いて店内へ戻ろうと踵を返す。と、お店の奥から、ちょっぴり太めの気のいい店長が心配そうな顔でバタバタ駆けて出て来た。
「あー…すみません、突然飛び出して。…これ、買ったコがお金払って商品だけ忘れてっちゃって」
「あらら!じゃあすぐに追いかけてあげないと!後は任せて、ほら!」
「あ、いえ!あのコ、同じアパートに住んでるコなんで、帰る時にでも持ってってあげようと思いますよ」
「そうかい?じゃあとりあえず中入って、そのコのおうちの人にでも電話で連絡しておいてあげたらいいんじゃないかな」
「そうですね。僕が帰った後でココ戻ってきても大変ですもんね」
「そーいうこと。―――っとと、いけない、お客さんだ」
お店の入り口に向かうお客さんの姿を見つけ、店長はまたバタバタと走って店内に戻っていく。あはは、忙しい人だなぁ。
……さて、僕も早く戻らなくちゃ。
店長を追いかけて、コンビニの入り口に向かって僕も小走りに走り出した――――
「待てよ、『黒猫』」
と……
突然、幼さを残したような少し高めの男の子の声が、僕の背後で誰かを呼び止めた。
『…あん?』
「………え?」
僕ではない誰かにかけられた声。
けれど、その声に一瞬、僕の中にいるジャズが反応して。
―――そのジャズの意識に、僕も反応した。
「動くな」
ゴリッ。
「!!」
ジャズの意識に誘われて僕も後ろを振り向きかけた瞬間、前触れもなく、重く堅いナニカの感触が僕の後頭部へと押し付けられた。
ぎくりと僕の体がその場で固まる。
…銃だ。それもかなり大口径の。
あッ!?これもしかして噂の"コンビニ強盗"ってやつですか!?
弾丸を念で防いで、振り向き様に銃を抑えて反撃するのは簡単だけど…
構えられた銃の銃口は僕を挟んでお店の方へと向いてる。
流れ弾がお店のお客さんや店長に当たったり、割れたガラスやなんかで怪我させたら大変だ。
もう少し隙ができるまで待とうと、僕はゆっくりと両手を上に上げる。
「ほー?結構物分りいいじゃねーか?ウンコクズのクセに。…最近この辺で暴れまわってるライダーってのはテメーで間違いねぇな?」
「う、ウンコクズ…;じゃなくて……!!ラ、ライダー!?暴れまわってるって!?僕がですか!?」
「動くなっつったろ。そのままの格好で訊かれた事だけ答えろ。妙な動きしやがったらこのままぶっ放すぞ」
「ぇえ?ぶっ放されるのは困りますよ〜…;」
『…………。』
さっきの声の主とはまったく別の、成人男性の物騒な台詞。
コンビニ強盗かと思ったけど、違うのかなぁ…。
聞かれてることの意味もよくわからないし……
ライダーって…エア・トレックやってる人のことですよね…。
平和なこの世界でこんなでっかい銃を平気で構えちゃうようなマフィアっぽい方々に迷惑かける練習なんて僕、たぶんやってないと思うんですけど…。
―――――ん?
マフィア?
『…あの………もしかしてジャズ、僕にナイショでなんかやってたりします…?』
盗賊とかマフィアとか……
裏社会の人間に関わりありそうなのといえば、僕にはジャズの存在しか思い当たらない。
思い返せば近頃のジャズの言動には怪しい点がいくつもあったし。
…はぁ。僕が毎日バイトと練習で疲れて倒れてる間に一体何をしてくれたんだ。
ここまで気づかない僕も僕だけど…。
嫌な予感に頭を抱えつつ、僕はジャズに問いかけてみた。
『……あー……いや、ちょっと遊ばしてもらおうと思ってよ。お前寝てる間に体借りた』
『……体借りたって……もちろんそれだけじゃないですよね?』
『おう、エア・トレックもちょっとばかし借りたぞ?………いやぁ、意外とバレねぇもんだな〜って』
そう言ってジャズはケラケラ楽しそうに笑い出した。
そのあまりにも能天気なジャズの態度に、さすがの僕も何かがキレました。
『ジャズ……。後でちょっと大事な話があります…』
『うひv』
バツが悪そうに肩をすくめた風のジャズをほっぽって、僕は先に背後のマフィアさんへ話をつけようと声をかける。
…はぁ。本当にため息が出そうです。
「あの…、すいません」
「ぁん?」
「悪いですけど、その…人違いだと思うんです」
「…あ?そんなミエミエの嘘でこの俺が騙せると思ってんのか、このウンコクズ」
「そんなこと言っても…。だって本当なんです…!」
やっぱりダメかぁ…、ジャズのバカ〜;
……なんて半泣きになりかけてたら、先にお店の中へと戻っていた店長が、駐車場の真ん中でなぜか両手を挙げている僕に気がついてくれたのかお店から出てきてくれた。
「ゼロくん!?そんなところでなに……ご、強盗かい!?」
「強盗じゃねぇ、警察だ。黙ってろ」
「「け、警察!!?」」
僕と店長の声がハモった。
てっきりマフィア関係の人かと思ってたら、警察!?
警察ならなおさらなんで僕が銃なんか突きつけられなきゃいけないんですか!?
「特殊飛行靴暴走対策室、通称『マルフー』…。室長の鰐島海人だ。要するにお前らストームライダー共をキレイさっぱり掃除する部署に勤めてるおまわりさんなわけだな。
…つーわけでいい加減観念しやがれ?ウンコクズ」
ひい、こんなまるっきり強盗みたいなヒトが本当に警察ですか!?
「いやいやいや、だからあの、僕"すとーむらいだー"じゃないし、人違いですってば…」
「ぁあ゛!?この期に及んでまだ『人違い』だぁあ?あんま俺を怒らせんじゃねーぞガキ。テメーみてぇな派手な外見のガキはこのへんじゃ早々見かけねぇけどなぁ?」
「派手って…;」
あ〜もう、何やったんですかジャズ〜!!
「あぅ……。ぼ、僕、本当に何にも知らないんです…。たぶん貴方が言ってるの、僕の弟のことだと思うんです…。
その弟のせいか僕、よく知らない人からこうやって絡まれるんですけど、僕は本当に何もしてないし…わかんなくて…困ってて…」
「"弟"ぉ?」
「はい…」
いつもの手段だけど、そうやって訴えてみた。
ウソ泣きでもしようかと思ったけれどそんなのするまでもなく――――
自体のわけの分からなさと、どこへ来てもマイペースに僕を困らせてくれるジャズへの憤りと情けなさとで本当につらくて涙が出てきた。
背中を丸めてしばらくべそべそしていたら、警察のヒトは『チッ』と一言漏らしてから僕の頭に押し付けていた銃口を下ろしてくれた。
「…たく、ホントに知らねぇのか?」
「うぅ…、はい…すいません…」
後ろをむいて、僕はぺこりと頭を下げる。
僕に銃を押し付けていたそのヒトは、制服を着た警察………ではなくて、サラサラの銀髪ロングヘアにへそピアス、ロングコートを適当に羽織った、おおよそこの国の警察らしくない風貌の男性だった。
手に持った大口径の銃の銃身でトントンと自身の肩を叩きながら、非常にめんどくさそうに首を振る。
「いつまでもぐだぐだ泣いてンじゃねぇよ。うざってぇ」
「すいません…」
「…ま、善良な一般市民を守るのも『おまわりさん』の仕事だしなぁ?『人違い』なんかで怖がらせて悪かったぜ。なぁ…、
ボ〜ヤ?」
「…ぁあ…いや…その…;」
ぎゅっと襟首つかまれ顔を寄せられて、ギロリと睨まれた。
いやに力の入った『ボーヤ』の一言。
完全に僕の潔白を信じてくれたわけじゃなさそうです。
疑いはしてるが、一応今日のところは。という感じなんでしょうか…。今僕、エア・トレック履いてませんし…。
「ったく……。いいか。今日のところは現行犯でもねーし、しょうがねーから見逃してやる」
「ほ、本当で…!?
ひょふっ!?」
顎の下からまたガチャリと銃口を突きつけられ、僕は思わず息を呑む。
タラタラ額を垂れる汗。
息をしたらそれだけで冷たい銃口がノドにつき刺さりそうだ。
「が…、もし次に現行犯で逮捕したときは、今日の分含めてたっぷりお仕置きしてから然るべきトコロにぶち込んでやるから覚悟しとけや、このウンコクズ」
「ぅえ!?…いたっ!?」
「ゼロくん!」
掴まれていた襟首をドンッと突き放され、僕はその場にしりもちをつく。
それを見てすかさず、お店の扉のところに立っていた店長が僕に駆け寄ってくれた。
はぁ。
もうなんなんですか。どういうことですか。"僕"は本当に何もしてないのに…。
店長の手を借りて身を起こしつつ…。
コートを翻して去っていく(自称)警察さんの後姿を見上げて、僕はがっくりと肩を落とした。
はぁー……
つづく
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せっかく海人さん出せたのにあんまりえろくならんかった…(爆)
今回ゼロさんの1人称なんで以下説明できませんでしたが、最初に『黒猫』と声かけしたのは海人さんに命令されたアギトです。
すもも