『……も〜〜〜〜!どうしてジャズはいつも僕に黙って勝手なことしようとするんですか?
エア・トレックやりたかったなら最初から言ってくれればちゃんとジャズにも貸してあげたのに…』
警察のヒトとのやり取りの後、「少し早いけど上がっていいよ。今日はゆっくり休んでケアしなさい」との店長の気遣いに甘えてバイトを早めに上がらせてもらい、僕はアパートへ向かう長い道のりを自分の足で歩いていた。
片手には塩のビンが入ったコンビニのレジ袋。肩には大きなエア・トレックのバッグを背負って。
いつもなら、お店からアパートへの道のりもエア・トレック使って一直線だったけど……あんな事があったばかりだし、少し警戒して今僕が履いているのは普通のスニーカーだ。
帰り際、店長にも"本当はエア・トレックで公道を走ったらダメなんだよ"とも言われちゃいましたし。
むう、エア・トレックもなかなかルール厳しいものなんですね。
―――いや、今はそれよりも…
「ねえ、ちゃんと聞いてますかジャズ?」
さっきからずっと黙りっぱなしのジャズ。
つい、人目もはばからずにそんな文句をジャズに向けてしまう。
『………んなこと言ったって……。だってお前のこと驚かしたかったんだもん…』
やっと口を開いてくれたかと思ったらふてくされた口調で『だもん』って…。
ジャズ、そんなキャラじゃないでしょ。可愛く言ってもダメですよ。
『へ―――…、それで僕を驚かせたくて、警察相手にケンカなんか吹っかけたんですか?』
『違っ…!あれはオレ、マジで知らねーって!!こっち来てからヤベー仕事なんか一切してねーし!』
『でも暴れてるんですよね?』
『あっ…暴れてたわけじゃねーよ。オレはただ……ちょこっとパーツ・ウォウでバトルしてただけで…』
『…"バトル"って…、それじゃ"暴れてた"ってことと同じじゃないですか!』
『反応するトコはそこじゃねぇー!』
ジャズとのそんな言い合いを重ねながらずんずんと歩を進めていたら、気がついたときにはもう野山野家のアパートへと着いてしまっていた。
……む〜、そろそろ落ち着かないと。
このままじゃリカさんたちの前でもボロ出ちゃいますね。
アパートの敷地に入る前に一旦落ち着こうと、僕はその場で立ち止まった。
「…わかりました。今夜、絶対ですよジャズ。皆が寝静まってからでいいですからきちんと今回の件、説明してください。じゃないと僕、本当に怒りますから」
『いや、もう十分怒ってんじゃ…』
ドッシャーン!ズズン…ッ
『声出てるし…』などとジャズが言いかけた瞬間、突然アパートから大きな音が響いた。
びっくりして思わず小さく飛び上がってしまうほどの音。
「……………な、なに?」
アパートが揺れたようにも見えたのは、やっぱり目の錯覚でしょうか…。
『…たぶん…中で誰かがやりあってんだろ…。リカとか…』
「ええ〜;なんでですか?怖いなぁ…。泥棒でも入ったのかなぁ…」
『…泥棒か。命知らずがいたもんだな…』
「よりによってリカさんが留守番してるときに入らなくてもねー…?;」
そんなことをジャズと話しながら、僕はとりあえずそろ〜っと玄関の近くまで移動。
「…ただいまー…」
…と、中の様子を伺いつつカラカラと玄関の引き戸を開けると―――
「―――っゼロさん!!脱いでください!!」
「って、うわわ!?リンゴちゃん!?」
『痴女2号ッ!?』
扉を開けると同時に、リンゴちゃんが元気な犬のように飛び掛ってきた。
声は小声だけどなんでか必死の形相で僕を脱がしにかかるリンゴちゃん。すごく身の危険を感じるんですけど!!
「なっ、な…!?いきなりなんですか、リンゴちゃん!?脱いでくださいって何をですか!?何!?ちょ…!引っ張らないで!ズボン脱げます〜!!;」
「ズボンじゃないです!エア・トレックです!!ワケは後で話しますから、とにかく早くエア・トレック脱いでください!!リカ姉に見つかっちゃう!!」
「リ、リカさん…!? …って、そーじゃなくって!離して、リンゴちゃん!;」
しりもちをついた僕の足にしがみついて、そんなことを言うリンゴちゃん。
話が見えなくて涙目になりつつ、下げられそうになるズボンを押さえながら僕はリンゴちゃんを落ち着かせようと奮闘していた。
…が。
「………リンゴ、リンゴ。」
途中、家の奥からミカンちゃんが呆れ顔でリンゴちゃんを止めに現れた。
「なに!?ミカン姉!?今取り込み中!!」
「いや、履いてねぇって」
ミカンちゃんがちょいちょいと僕の足を指差し指摘する。
それに乗じて僕も、エア・トレックを履いてない証明にリンゴちゃんに向かってバッグを見せた。
「あ、あのリンゴちゃん。脱いでもなにも、エア・トレックならココに…」
「え゛?」
肩にかけて持っていた、エア・トレックが入ってふくれた大きなバッグ。
それを見てリンゴちゃんの動きがぴたりと止まった。
「え?あ…、え?ちょ…っ!?ゼロさん、そ、それ…!」
「ごめんなさい、今日は履いてないです…」
「あ、あ、あ…!!」
驚愕した表情でリンゴちゃんはバッグを指差す。
そしてその後ハッと僕を押し倒して馬乗りになっている現状に気づいて、リンゴちゃんは顔を一気に紅潮させた。
「ふぎゃ――――――!!!ごめんなさいゼロさん、ごめんなさいごめんなさい!!」
「いや…、だ、大丈夫です…。ちょっとビックリしたけど…;」
「…すげーなリンゴ…。さすがの俺でもそこまでダイタンに襲うなんてとてもとても…」
「違…っ!違ーう!!」
「はは…;」
茶化すように言うミカンちゃんに、即リンゴちゃんは食って掛かっていた。
その間に僕も、しりもちついた状態からのろのろと立ち上がる。
エア・トレックのバッグをとりあえず靴箱に押し込んだところで、今度は奥からトタトタとシラウメちゃんとリカさんまでもがやって来た。
「あらあら、リンゴちゃん。何をそんなに騒いでるの?」
「あー!ゼロちゃんでし!おかえりでしー」
「あ…。ただいまですリカさん、シラウメちゃ…」
ただいまの挨拶に顔を上げた瞬間、リカさんの手にずるずる引きずられて、ボロ雑巾と化したイッキくんの姿が目に入る。
――――って、ぇえ!?イッキくん、生きてますかそれっ!?
「ギャー!?ちょっとリカ姉!?もっと手加減してあげてって言ったのに!」
と、すかさずイッキくんに駆け寄るリンゴちゃん。
床に倒れるイッキくんはボロボロの体のあちこちからプスプスと煙を上げていて……、もうどうやら意識もないらしい。白目むいてる…;
「あ、あの…; リカさん、それ…どうしたんですか?イッキくんが…;」
「ああ…コレですか?」
「そうでしよゼロちゃん!どうしたもこうしたもないんでしー!お塩がないとお肉が焼けないんでし!ウメの焼肉―――!!」
「…塩?」
「ええ。塩を買って来いとお使いに出したのに、2時間待たせた挙句"味の素"を買ってきたお馬鹿さんにお仕置きをしていたところなのですよ」
そう言ったリカさんの目がギラリと鋭く光った。
イッキくんの襟首をグッと掴んで、僕の前へとその体を片手で吊り下げて見せる。
ああ…、さっきの
『どーん』はその音だったんですか…;
「あ…でもイッキくん、僕のトコにちゃんと塩買いに来てて……。お金払って商品だけ忘れて行ったんでした。塩なら僕、持ってますよ」
ごそごそとレジ袋から塩のビンを取り出して、リカさんの前に見せた。
その瞬間、一気に集まるみんなの視線。
なぜか固まる場の空気。
「……あれっ?なんですか?;…僕、余計でした?」
「………余計じゃないでしよ!さっすがはゼロちゃんでしー!!」
「うわっ!?」
ぴかーっと目を輝かせて、今度はシラウメちゃんが僕の足へとしがみついてくる。
リカさんも、持ち上げていたイッキくんをポイッと後ろに放り投げて―――って、
わああっ!?
「よかったわぁ」って手を叩いてる場合じゃないですよリカさん!!!
投げられたイッキくんの死骸はそのままごろごろーっと廊下を転げていく。リンゴちゃんが悲鳴を上げながら追いかけていた。
「これでやっとお肉が焼けますね。ゼロさんも一緒にどうですか?」
「そうでし!お手柄のゼロちゃん食料大臣さまは早く奥に入って席に座るでし!」
「えっ…、えっ!?」
僕もイッキくんを救助しようとあわててスニーカーを脱いで家に上がるも、ぐいぐいとシラウメちゃんに腕を引っ張られ。
あれよあれよという間に僕の足は部屋の奥へと向かわされる。
「待っ…、ちょっと待って、シラウメちゃん!イッ、イッキくんは…!?」
振り返りつつ尋ねると、隣を歩いていたミカンちゃんがぽむっと僕の肩を叩いた。
「…ま、アレはなんつーか……尊い犠牲だと思って」
「ぎ、犠牲…;」
「そうですよゼロさん、気にしないで下さい。これはウチの
しつけですから」
「そ…そうですか…;」
ホホホホ、と笑うリカさんの目がとても怖かったです…。
ジュウジュウとお肉が焼ける音に混じり、がるるるとイッキくんのおなかの音が聞こえる。
僕とリカさんとミカンちゃん、リンゴちゃんにシラウメちゃんが食卓を囲む中、イッキくんは1人食卓より外れて段ボール箱のテーブルへとついていた。
イッキくんの前には、少しのご飯と数匹の煮干とたくあんだけが置かれている。
……それにしてもこの短時間で復活してくるイッキくんも大概に頑丈ですね;
「あの―――…」
「るっせえ、ゴクツブシが!まずは一人前のパシリにレベル上げてから食う権利を主張しやがれ」
「…ウッ…; ゼロさ〜〜ん…;」
うぅ…っ!ご、ごめんなさいイッキくん…!そんな悲しい顔で僕を見ないで…!
助け舟を出してあげたいところなんですけど、リカさんが……!!
僕の正面に座ってるリカさんが、どうにも睨みをきかせていて…。
さすがに僕も食事中に場外まで投げられたり肩はずされたり絞め技受けたりなんて嫌ですよ…;
打撃系の防御ならともかくリカさん関節技も強いし……。
「ゼロさんを懐柔しようとしてもダメですよ、イッキ。少し反省しなさい。お使いをサボったばかりか、アレほど駄目だといったケンカまでして来て!」
「で、でもリカさん…」
「ゼロさんは黙っていてください!!」
「ひい!?スイマセン…!!」
目が光った!?
「ちょっとリカ姉!ミカン姉も…!あんまりイッキ虐めないでよ!イッキ、こっちおいでよ。私の分けてあげるから…」
「あっ!甘やかしたらダメでしよ、リンゴちゃん!」
「「…あ。」」
イッキくんにもなんとかお肉をまわしてあげようと大皿を取ったリンゴちゃん。
その手を横からシラウメちゃんが急に押さえたものだから、お肉のお皿がリンゴちゃんの手を滑って落ちた。
おいしそうなお肉が肉汁滴らせて宙を舞う―――
と、同時に
「にっ…、
肉――――っ!!」
お腹をすかせすぎて理性を失ったらしいイッキくんが、勢いよく食卓へと飛び込んできた。
ちょ…!
ガッタタァンッ!
「うおっ…!?」
「きゃ…!!」
「ああ…っ!?」
イッキくんの思いっきりのタックルを食らい、ローテーブルがひっくり返った。
テーブルの上にあった、まだ火を通していない生肉もホットプレートの上で焼いていたお肉も、そしてみんなの取り皿にあったお肉も全部、テーブルと共に吹っ飛んでいく。
「危な……っ!!」
女性陣が自らの頭や体をかばう間に、僕はまずとにかく重くて大きなホットプレートを両手で確保して、それがどこかに飛んでいくのを防いだ。
そしてついでに飛び散った焼肉と生肉とを捕れる限り、床にスライディングしつつそのプレートでキャッチする。
……だけどそれでもやっぱり全部を捕るのは無理で。
取りこぼしたお肉の雨あられと、舞い散った取り皿のタレを僕は頭から引っかぶる羽目になった。
「あ゛っつ―――――!?」
「え…、え――――っ!?ゼロさん今どうやってそんなの取ったんですか!?」
「ウ、ウメが育ててたお肉が―――!!イッキちゃんひどいでし―――!!」
「テメー、何やってやがるイッキ!!」
「……あ」
「『あ』じゃありません!!そこになおりなさいイッキ!!」
「いやっ、こ、これはそのっ……
ぴぎゃあああ!!」
バシーン!バシーン!とイイ音を立てリカさんに『お尻ペンペン』をされ始めるイッキくん。
それを背後に、僕はとりあえずテーブルにホットプレートを置いた。
その後はリンゴちゃんから濡れタオルを貰って、頭から被ったタレなんかを簡易にふき取る。
「うぅ…やっぱり全部捕るのは無理でした…。ごめんなさい、せっかくの焼肉なのに…」
「そんな…!十分凄いですよ!」
「そうでし!せっかくのお肉を台無しにしたのはイッキちゃんでし!ゼロちゃんは悪くないでしよ!すごいでし!」
と、リンゴちゃんとシラウメちゃんがあせあせと僕を慰めてくれる。
「でもこれ…、濡れタオル位じゃダメですね…。このままだとシミになっちゃうかも…」
「ええ?困ったなぁ…。結構気に入ってたのにこの服…」
「なーに、そんぐらいすぐ水洗いすりゃ何とかなるって。…っつーことで、
脱げ。オラ、早く脱げ、全部」
「え、あ、ミ……え?」
リンゴちゃん達との会話に混じり、ミカンちゃんが突然横から矢継ぎ早に『脱げ』コールを始めた。
せかされて僕も慌てて服を脱ごうとしたけど……
「ぬーげ!ぬーげ!」とニヤニヤ笑って手を叩いてるミカンちゃんが視界にふと入って、僕は我に返る。
だからなんでミカンちゃんはそんなに僕を脱がせたいんですか!!
「チッ…。んだよ、いいじゃねーかちょっとストリップするくらい。減るもんじゃねーだろ」
「何言ってるんですか!すごく減りますよ!僕の精神力とか!!」
大体ストリップってなんですか、しませんよそんなこと!?『チッ』じゃないです!!
「ミミ、ミカン姉っ!!どさくさまぎれに恥ずかしい事するのやめてよ!!」
「なんだよケチくせーなリンゴ。お前だってコイツ押し倒したり抱きついたりイイコトしてたじゃねーか。いまさらカマトトぶってんじゃねーぞ〜」
「なっ!?だっ、だからアレは違うんだったら!!ケチじゃないし!蒸し返さないで!」
「ああ…; なんかもう僕、いつかミカンちゃんに寝込み襲われたりするんじゃないかって気がしてきました…;」
「だ、大丈夫でしよ、ゼロちゃん!; しっかり気を持つでし!」
つづく
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なるべくお肉様の犠牲を減らしてみた
すもも