「………う〜〜〜〜…やっぱりおフロが広いと気持ちいいですね〜〜〜〜…」
アパートの共同浴場の広くて大きな湯船に浸かり、僕はゆっくりとくつろいでいた。
リンゴちゃんが真っ赤な顔でわーわーとミカンちゃんを押さえている隙に、シラウメちゃんに「おフロ入ったらいいでし!」と連れてこられたから。
あんなに脱げ脱げ言われた後におフロって、なにかヤな感じのフラグが立ちそうな気がしないでもなかったんですが…;
でも髪も服も焼肉のタレでベタベタだったから、結局シラウメちゃんの言うとおりおフロをいただく事にした。
とりあえず汚れた服を脱いで軽く水洗いして。
髪と身体を先に洗った後に、のびのびと広いおフロに浸かった。
―――ジャズはというと、さっきから楽しそうに僕の中でクスクスと笑っていた。
『お前、ホンット面白れーな。何やってんだよゼロ?あんま目立つことしてんなよ』
目立つって……とっさにホットプレートで肉をキャッチして回った事だろう。茶化すような口ぶりでジャズがそう言ってくる。
うぅ…。
そうは言ったって、せっかくのお肉なのにあのまま床に落っこちて捨てられるなんてもったいないじゃないですか…。
焼肉なんて、今はもうリカさんちのごはんにお呼ばれする以外めったに食べられないんだから…。
―――そりゃあ、普通の人よりちょっと動きがアヤしくなったのは謝りますけど。
「だいたい僕、ジャズより目立ってませんよ?」
そう言って昼間の事を蒸し返すと、『む…』とジャズが言葉に詰まった。
「僕はリンゴちゃんにびっくりされたくらいで済んだけど…。ジャズは警察に目をつけられるくらい暴れてたっていうじゃないですか?」
『っだから!単に暴れてたわけじゃねーってさっきも言っただろ!エア・トレックで「パーツ・ウォウ」ってのやってたんだよ!』
「…え……パーツウォー…?」
ジャズの口から出た聞きなれない言葉に、僕は軽く首をひねった。
『おう。なんでもエア・トレックでの公式に認められてるバトル形態の一つで?
聞いた話によるとAからFまであるランクの中でも、Bクラスにまで昇格すりゃ、年に一度開かれる「グラムスケイルトーナメント」ってのに出られるようになるらしいぜ』
「グラムスケイル……トーナメント……ですか?」
『そうだ。―――心当たり、あるだろ?』
「………この"ゲーム"に関わりあるかもってこと?」
"トーナメント"っていうくらいだし…。
『ああ、たぶんな。
…で、そのグラムスケイルトーナメントってのが、パーツ・ウォウの大会じゃ一番でけーヤツなんだってよ。開催時には人も情報も山ほど集まってくるさ。
オレ達みたいにエア・トレックライダーに身をやつした"ゲーム"の"プレイヤー"達も、きっと山ほどな』
……"ゲーム"の……"プレイヤー"?
"ゲーム"
「―――えっ、それ本当ですか!?じゃあゴンやキルアも来るかな、その大会!2人にもまた会える!?」
やっと始まるんだ!?
『(そこに食いつくのかよ…)つーか……こっちでのコネもカネもねぇ小学生ぐらいのガキ共が半年やそこらでエア・トレック手に入れんのは厳しいと思うが…』
「えぇー…」
『まああいつらもこの世界に来てるなら手に入れるために奔走はしてるだろーさ。エア・トレックだけはコッチの世界だけで元の世界になかったものだからな。
おそらくこの"ゲーム"の攻略には必要不可欠なモンなんだろうし……』
「そっかー…。早く会いたいなぁ…」
ほーっ、と気を吐く。すると、なんでかジャズが呆れ顔になった。
…あれ、どうして?ジャズはゴンやキルアに早く会いたくないですか?
『んじゃなくて、お前「会いたいなぁ」って……。あいつらにならお前の能力使えばすぐにも会いに行けるんじゃねーのか?』
「あー…、あぁ、うん…。そう言われるとそうなんですけどね…」
僕の能力『レイ・フォース』を指してジャズは言う。
会った事のある人なら誰にでも飛ばすことの出来る光の矢。
僕自身は、その飛ばした矢の先に転移もできるから…。実質、一度でも会った人なら誰にでもいつでも、僕の方から能動的に会いにいける、僕のチカラだ。
………そのはずなんだけど。
「でもそれが、こっち来てから会ったイッキくんやリンゴちゃん達には反応するんだけど、元の世界で会っててもこっちでまだ会ってないゴンやキルアには反応しないんですよ…」
と、僕は上に向けて開いた手にオーラを集めて、小さな光の玉をふわりと現した。
「たぶん、こっちの世界でも一度ちゃんと会わないと駄目なんじゃないかなぁ…。反則防止のルールでも利いてるのか……詳しくはわからないですけど…」
『ふーん…』
興味があるのか無いのか、そっけない感じにジャズは僕の話を聞いていた。
…といっても僕だって今の話にはっきりと確信を持ってるわけじゃなかったから、ジャズの反応も仕方ないといえば仕方ない……。
手のひらに浮かべていた光の玉を握りつぶすようにして消す。
そして僕は上げていた腕を下ろし、そのまま肩までお湯に浸かって一息ついた。
『…ま、使えないんならしょうがねーさ、だったらなおさら正攻法でやっていこうぜ。"ゲーム"についての説明も詳細も何もなかったんだし…。あとはオレ達自身で情報集めていかねーとラチがあかねぇ。
とりあえずトーナメントに向けて近々またパーツ・ウォウでのバトルも予定してるからさ、そのときはお前も一緒に行こうぜ?ゼロ』
「うん。ありがとう、ジャズ」
なんだかんだいじわる言っても、いつも僕のためを思ってくれてるんですね。……やり方はちょっとひねくれてますけど。
そう言って笑ったらジャズは『ふん、』と照れてそっぽを向いてしまった。
そんなジャズの様子にニコニコしていたら、突然おフロ場の入り口の引き戸がガラッと開いた。
―――んな!?まさか、ミカンちゃん!?
「ゼロさ〜んv 男同士一緒に入りませんか〜?」
「って……なんだイッキくんか…;」
『ん…?』
「な…っちょ、『なんだ』ってなんすかゼロさん!?ヒデぇっ!俺のドコが不満なんすか!?誰だったらよかったんですか!!」
「そ、そういう意味じゃなくって…。ご、ごめん…;」
おフロ場にいそいそと現れたのは、ミカンちゃん……じゃなくて、タオルを肩に引っ掛けた裸のイッキくん。
そ、そうですよね、いくらミカンちゃんだからってまさか男が入ってるおフロ場に入ってくるなんて、まさかねぇ〜〜;
『…んー…、親指…いや、薬指……小指…?』
「……へ?なにがですか?」
イッキくんを見て、ジャズが何かをボソボソと呟いていた。
……小指?って?なにが?
「えっ、なんすか?ゼロさん」
「あっ;…いえ、なんでもないです;」
「そっすか…?―――あっ!!そ、それよりもゼロさん、ポニテむっちゃ可愛…、似合ってるッスね!!……………えーと…もしかしてもう髪洗っちゃったんスカ」
「え?…ああ、うん。タレでベトベトでしたからね」
もちろん湯船に入る前に髪も体も洗いました!せっかくの一番湯、汚すわけにもいかないですからね。
そして洗ったあとの髪も、お湯に浸からないようにまとめてタオルで縛ってアップにしてた。
それを見てなぜかイッキくんの目がキラキラに。なんでですか; まあ途中で髪洗っちゃった事に気づいてか、なんだかがっかりしちゃってましたけど。
「いや、俺が洗ってあげたかったなぁって……。あっ!その、やましい意味じゃなくてデスネ…!俺のせいでゼロさんには迷惑かけちまいましたし、その……」
「なんだ、そんなことですか〜。別にいいですよ、気にしなくても」
「そっすか?じゃ、じゃあかわりにゼロさんの背中、俺がキレイに流してあげまスよ!どうスか!!?」
「いや、だから髪も身体ももう洗っちゃったし大丈夫ですってば。………イッキくん、なんか顔怖いですよ;」
両手をワキワキさせて僕の前に迫ってくるイッキくん。
なんとなく身の危険を感じて、さりげなく僕はイッキくんの手に手を重ねて、湯船に入ろうとするイッキくんの体をぐいぐいと押し戻していた。
………と。
「イッキちゃん、顔がズバリ変質者の顔でしよ」
「テメーはさっさと変態の国に帰れ!イッキ!!」
―――って、ミカンちゃんととシラウメちゃんとがおフロ場の戸をちょっとだけ開けて、こっそりと覗いていた。
ちょっ…!な、なにやってるんですか!!
扉の向こうからは「ちょっとミカン姉!ウメちゃんもなにやってんの!?」というリンゴちゃんの声も聞こえなくはない。
「うるせー、ミカン!!テメーはゼロさんに相手にされないからって八つアタリすんじゃねー!ゴリラ!っつーか男のフロ覗くんじゃねーよ!!」
「ウホッ!?なんだとテメーゴラァ!!誰がゴリラだ!!大体テメーこそそんなしょぼくれたポークビッツでそいつのこと満足させてやれると思ってんのか、身の程知らずが!」
「ポークビ……ッ!?」
『―――ぶふっ!!』
びしっとミカンちゃんに股間を指差されて、イッキくんが固まる。
それを見てジャズも、僕の中で吹き出した。
え、ポークビッツって何を、 ―――……………あぁ…、意味が分かりました。
ド、ドンマイ、イッキくん…;
「あ゛ーっ!!たく、俺とゼロさんのせっかくの2人っきりの時間なのに邪魔すんじゃねー!アホミカン!!」
そう言ってイッキくんはすばやく戸口まで走っていって、バーンと音を立てて扉を閉め切った。
―――その背中はどこかどんよりと暗い気もする;
あっ……、だ、大丈夫ですよイッキくん!たとえその…、ビッツでもリンゴちゃんはきっと、イッキくんのこと好きでいてくれますよ!
今はミニマムでもイッキくんの歳ならこれから先もまだありますし、ほら…!;
その………;
こういうときって、なんて言って慰めてあげたらいいんでしょうか…;
『……ポークビッツは溶き卵に混ぜて、オムレツ風に焼いて食べるのがおいしいとか言ってやればいいんじゃねーの?』
『全然それ慰める気ないじゃないですかジャズ!!もー!』
「…えと………あー…あのね、イッキくん」
「…なんすか、ゼロさん…」
―――って、…あれ、あっ、どうしよう。声かけたはいいけど、僕、何を言うつもりだったんだ?何も考えてなかった。
なんて言ってあげたらいいんだろう…!
「あの……ゼロさん?」
「えっ!?あっ…えーとその…。……; ………背中流してあげようか?」
「…その妙な間はなんですか、ゼロさん…」
無理に慰めようとしてくれなくてもいっすよ…というイッキくんの言葉に、僕のほうがどこか穴にもぐってしまいたい気持ちになりました。
『…………チッ。』
"チッ"じゃありません……。
なんか不機嫌ですか?ジャズ…;
「――――あ。そういえば、ゼロさん」
「はい?どうしました?イッキくん?」
泡だらけにしたスポンジでわしゃわしゃとイッキくんの背中を流してあげていると、天井を見上げていたイッキくんがとつぜん、なにかを思い出したように声を上げた。
「今日俺、西中の奴らとまたやりあったんすけど、西中ギャラリーの中にいつだったかゼロさんを襲ったやつらもいたんすよ」
「……へぇ?」
…突然何の話?
「えーと…ホラ、覚えてないっすか?俺が初めてゼロさんと会ったときの!」
「……うーん…………ああ!あのチンピラみたいな?」
「そっす!」
イッキくんの言葉で、いつだったか高架橋の下でやりあったガラの悪い人たちのことを僕も思い出す。
そういえばそんなこともありましたねー。あの人たちやっつけた後、イッキくんと出会ったんでしたっけ。
顔はよく覚えてませんが、西中に通ってる人たちだったんだ?
「(…中学生というかもっとフケてたような気もしますが…;)」
思い出してそう聞くと、イッキくんは僕のほうに振り返り、子供みたいにニカッと笑った。
「あいつら、また偉そうにヤジってきたんでついでにボコしときましたよ!」
「へー…。ありがと、イッキくん。……でもケンカばっかりはよくないですよ?」
「あ。ゼロさん、その顔はもしかして俺が負けると思ってます?」
「いえ、イッキくんも強いしそんなことないと思いますけど…。でも無茶もほどほどにしておかないと周り中敵ばっかりになっちゃいますよ?
それよりも、本当に信頼できる仲間や友達をたくさん作って下さい。いざって時に、心から頼れるような」
「大丈夫っすよ!一応カズとかオニとか、俺の後ろにはガンズの連中もいまスしね。つーか俺様、西中の奴らごときに負けませんし!
闇討ちしてこようが卑怯な戦法だろうが、完プなきまでに返り討ちにしてやりまスよ!なんてったって俺はヒガチュー最強のベビーフェイスと呼ばれる男ッスから!!グフハハハハ!!」
―――と、グワーッと仁王立ちに立ち上がって鼻息荒く笑うイッキくん。僕もつられて笑ってしまった。
だって笑い方がベビーフェイスっていうより魔王みたいになってますよ!
「あ、あれ?ヘンだったスか?」
「うん」
そうやってイッキくんと一緒になってくすくす笑って。
あーそっか、そういえばカズくんたちもいたし、大丈夫ならよかったなーって…………、
……そんな会話をした矢先の翌日。
まさにその心配した出来事がピンポイントで起こるだなんて、このときは僕もイッキくんも1ミリだって思ってなかったわけですが…。
つづく
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カズの存在感がウッスィ〜
すもも