「ふぁ〜……あふ。うぅ…」
森の中に差した朝日。
小鳥の鳴く声に目を覚まして、僕はついて出たあくびを噛み殺した。
太い木の根元に座ったままで大きく伸びをして体をほぐす。
「んん〜…。はぁ。今日こそはなんとか森を抜けたいもんですね、ジャズ?」
伸びついでにそうやって頭の中の相棒に問いかけてみる。
けれど肝心の相棒はまだ僕の中で眠ったまま。当然のように返事は無かった。
とりあえず立ち上がり―――
これからどうしようかな、朝食でも獲ってこようかな。
それよりまず水がどこかで手に入れば良いんだけど。
――――と、なるべく昨日の事は考えないように、別の事を次々頭に浮かべて実行に移そうとしてた。
だけど木の影からこちら側にハミ出る黒い布切れがふと目に映り、結局僕の足は止まってしまう。
黒い布切れは、雀呂さんのコートだ。
僕が寄りかかって眠ってたこの木の反対側で、雀呂さんもあぐらを掻いて腕を組んだ格好で眠っていた。
ジャズ同様、雀呂さんもまだ全然起きる気配は無い。
「(…はぁー……。起こすべきなのか、それとも雀呂さんが寝てる隙に遠くへ逃げ……離れとくべきなのか…;)」
昨日ジャズが"あんな事"をしなければまだマトモにこの人とも喋っていられたのに。
昨日の今日で、起こした雀呂さんとどんな顔して挨拶すればいいのか分からない。
「(なんでジャズ、あんなキスなんか…!!)」
責任取らせて言い訳させようにも、ジャズはまだ僕の中で気持ちよさそうに寝こけてる。
2人っきりで一体どうしろっていうんですか……!ほんとにもう、トラブルメーカーなんですから!
ひい〜んと半泣きで頭を抱える。
……もうこうなったら逃げちゃおうかな?
雀呂さんも念能力者じゃなさそうだし、全力で走ったら追いついてはこれない気がする。
「あ、でも妖怪さんってそのへんどうなんだろ?やっぱり念に代わる特殊能力とか持ってたりするのかな…」
「む…」
「―――!!?」
雀呂さんの口から漏れた寝言に驚いて、僕は跳び上がる。
起こしちゃったかな、と雀呂さんの顔をおそるおそる見るけど、………うん、大丈夫。まだ起きてない;
あぁ…!!どうしよう…、どうしよう!??
「う〜〜〜〜…………。とはいえこのまま何も言わずに逃げるのもなんだし…。やっぱり起こしてあげたほうがいいかなぁ…。でも…うーん…」
雀呂さんも昨日は、自分だって怪我してるのに僕のこと心配してここまで追いかけてきてくれたんだし。根は悪い人じゃないんですよね…。
このまま僕が黙って消えたら、きっとまた雀呂さんは僕のこと探して森の中をさまようような気もする。
――――でも。
昨日ジャズがあんなことしちゃった手前、やっぱり2人きりは無理です…!!絶対無理です!!!
何度考えても、どんなに考えても、結局出てくる結論は同じだ。
本当ならちゃんと面と向かって別れを言っておきたかったけど………
今の僕には寝ている雀呂さんの手元に手紙を残すくらいが精一杯だった。
ウェストバッグからメモ紙とペンを取り出し、昨日のお礼と…「僕のことは心配しないで下さい」という旨をつらつらと書き記した。
そしてそれを2つ折りに畳んで、腕を組んで眠る雀呂さんの腕の間に、気づかれないようにそっと忍ばせて。
僕は静かにその場を後にしたのだった。
……ごめんなさい、雀呂さん;
「――――あ〜〜〜〜〜…」
太陽が真上に上るころ。ガタゴトと音を立てながらジープが1台、4人の男達を乗せて険しい山道を走り抜けていく。
「や〜ね〜〜〜…今日も憎たらしいくらいイイ天気〜…」
後部座席にだらしなくもたれかかり、快晴の空を仰ぎながら赤毛の男が紫煙を後方に流しながらそう漏らす。
「雨が降らなくて何よりじゃないですか。5日も走りっぱなしで、さらにこんな山の中で足止めなんて嫌ですよ僕。今日中には山抜けできそうなんですから」
…とは、運転席に座るモノクルの青年の言葉。
「サンゾー、俺腹減ったよ〜。町までまだなのかよ〜」
「黙れサル。グダグダ文句垂れるなら下りて草でも食ってろ。テメーだけそのまま置いて行ってやる」
「えー!ひっでぇ!」
後部座席から乗り出して文句を述べる金瞳の少年を、棘のある言葉で突き放す助手席の美丈夫。
4人の男を乗せた車はその日も、いつもと同じようににぎやかだった。
「…あれ?」
「何だよ、八戒」
運転席に座っていたモノクルの青年―――八戒が、何かを見つけて声を上げる。
前方に人影。
肩に直刀の長剣、腰に短剣を下げて歩く、男の後ろ姿。
「こんな所に人が」
「近くに住んでんじゃね?」
「轢くなよ、八戒。面倒だ」
「……三蔵……それは面倒とかいう以前の問題じゃ…;」
冗談のような本気のような…助手席に座る男―――三蔵のそんな言葉に、どこか汗を流しながら八戒はハンドルを握る手に少しの緊張を走らせる。
それまで狭い山道を結構なスピードで走っていたジープは、男の背に近づくにつれだんだんとスピードを緩め、そしてゆっくりと、歩いていた男の脇を通り抜ける。
狭い山道で背後からの車輛の気配に気づいた男が、道端に1歩下がってこちらを向いて。
一瞬だけ、4人と目が合った。
ブロロロロ…。
――――それでも、車は停まることなく走り続ける。
少しの間無言だった4人。
随分と走り去ってから、茶髪の少年が突然口を開いた。
その表情はやけに嬉しそうな、楽しそうなものだった。
「〜〜〜っなぁなぁ見た!?今の奴!スッゲーきれいな色の瞳してたぜ!飴玉みてーな!!」
「はしゃぐなサル。うぜぇ」
「そうですねぇ。持ってた剣も曲刀じゃなかったようですし、その上にあの瞳の色ならきっと異国の方なんでしょうね」
「しっかし惜しいな〜。あれで男じゃなくて女の子だったら俺が今すぐ攫ってでも愛シテあげたのに」
「見境無しだなエロ河童」
…と、しばらくそんな話題で盛り上がっていたが。
「それにしてもなぜこんな山道を歩いているんでしょうかね?」
なんていう八戒の何気ない一言に、他の3人が黙った。
「……そりゃお前、旅行者なんじゃねーの?」
「あんな軽装でですか?」
思えば"彼"は剣を2本持っていたのみで、山越えのための食料も水も持っていないように見えた。
「変ですよね。5日も前に出た町では、今向かってる次の町まで人も住んでない・休むところも無い、って。実際僕らずっと野宿でしたけど、前の町で積んできた食料で何とかもってたんですよ?
…第一、ジープでもここまで来るのに5日掛かってるのに、徒歩ですし。あの人。」
「…だからこの辺に住んでんだろ。ほっとけ、面倒事は御免だ。………おい、八戒。何で停める」
「だって気になっちゃいましたから」
「気にする必要なんざねぇだろ、めんどくせぇ」
「あきらめろって三蔵。一度決めたらテコでも動かないのよ、八戒ってば」
「そーだよ。いいじゃんか、俺も気になる!」
すでに待つ気になってしまっている3人を見て、三蔵の眉間にしわが寄る。
なによりもこの車の運転手が待つ気満々なのだ。もう何を言ってもどうしようもないことは明白だった。
大きくため息を吐き、不服そうな態度でごそごそと袂から煙草を取り出した。
停止したジープに乗って後ろを眺める後部座席の2人と、運転席の1人。助手席では興味無さそうに正面を向いたまま、煙草をふかす男が1人。
4人が待っていると、2、3分後には徒歩の青年の姿が木々の間から見えた。
「…あれっ?」
さっき脇を通り抜けて行ったはずの車が、前方で止まってる。……どうしたんだろう?
歩く足を一旦止め、僕は手で日差しをさえぎりつつ目を凝らした。
「うーん…あれ、後部座席の人たちこっち見てますよね…なんだろ?もしかして僕の事待ってくれてるのかな?……ジャズはどう思います?」
見て確認した後はまたテクテクと歩き出し、そして山道を歩く間にの〜〜〜んびりと目を覚ましたジャズに向かって意見を求めてみた。
……ちなみにジャズがいつもどおり超絶寝坊して大あくびしながら起きたときに、正直顔面ぶん殴ってやりたいと思ったのは内緒です。
『ぁあ?待ってるって…ハ……なわけねーだろ?んなことする理由がねぇよ。油断すんな、敵かもしれねーぞ』
「そうかなぁ?もしもあの人たちが敵だったとして、それだったらさっきのファーストコンタクトの時点で襲ってきませんか?」
相手は車だし。僕を後ろから猛スピードで轢き殺すとかできそうなもんですが。
『知るかよ。とにかく油断はするな。あいつら、昨日の連中と違って弱くはねぇぞ』
「あれ、こんな距離からわかるんだ?でもきっと大丈夫ですよ」
『…なんだよ、大丈夫って。どっから出てくんだその言葉?お前、その楽観的な性格直さねーとマジでいつか痛い目見るぞ?ゼロ』
「そーですかあ〜〜〜?僕が痛い目見るとしたらたぶんその大方の原因はジャズなんだと思いますけど?
今朝だって誰のせいで雀呂さんに不義理働く羽目になったと思ってんですかねー?このキス魔は…」
『あ゛ー、ったく!わーかった!わかりました。悪かったって!もうしねーよ!調子に乗りすぎてすみませんでしたあああ』
「まったくもー」
じっとりと文句を連ねてみたら投げやり気味な謝罪が返ってきた。
…けどまあ、謝ってくれたなら、僕とキミの仲だし仕方ないから許してあげようかな!…くすっ。
「……それにしてもホントになんでだろう?」
行く先で僕を待っているらしい車と、車に乗る人たちを眺め、疑問符を頭に掲げつつ――――
とりあえず歩く速度は変えずに近くまで歩いて行ってみた。
「…こんにちは」
「こんにちは。こんな所に車を停めて、どうかなさったんですか?」
運転席に座るモノクルの男性ににこやかに声をかけられ、僕も笑顔でそれを返した。
「いいえ、別にどうってほどのことじゃなかったんですけど、少し…」
「―――なぁなぁっ、アンタどこの人!?」
運転席の人の話をさえぎって、後部座席に座っていた子が興味津々な顔で尋ねてくる。
僕はどっちの話を先に聞くべきなのか迷って、キョロキョロと相手2人の顔を交互に見やった。
「えっ…、と…?」
「…おサルちゃん、八戒の話の腰折ると後が大変よ〜」
「………まぁ、そんなわけで少しお話を伺いたいなぁと思いまして。ついでと言ってはなんですが、もし行き先が同じでしたら途中までお送りしますけど」
「はぁ、…でもいいんですか?」
助手席の人がとても怖い顔してるんですけど;
「いーっていーって、サンゾーはいっつもあんなもんだから!ここ乗れよ!」
「あわ、ちょっと!?」
僕の意見は無視なんですか!?
後部座席の少年にぐいぐい腕を引っ張られて無理やりに車に乗せられそうになっていると―――
「待てぇ!三蔵一行!!」
「今日こそ貴様の持ってる経文をいただくぜ!!」
複数人の大きな声が、背後から響く。
見れば昨日の3人組よろしく人相の悪い妖怪さんたちが、今度はぐっと数を増やして2、30人で車を取り囲もうとしていた。
「刺客か!?上等じゃ…」
「あの人たちまた…、ホントにしつこいな〜。何人で来たって一緒なのに…」
「「え」」
思わず呟いたら、それが聞こえたのか車から飛び出そうとしていた少年と赤毛の人がそのままの格好で動きを止めた。
「運転手さん、このまま車を出して!!僕が食い止めますからあなた達は早く逃げてください!あいつら妖怪です!あなた達を殺して食べる気ですよ!」
「―――はっ?」
なぜか目を点にする4人に「早く!」と声をかける。
「ヒャハ!誰が逃がすかよっ!!」
「やらせませんよ!」
斧を振りかぶり襲い掛かってきた1人に、僕は鞘をつけたままの長剣を盾にして応戦する。
ガッ!
「…んだ、テメェ人間か!?」
「歯向かうんだったらテメーも一緒に殺して食ってやるよ!」
「どうぞ!!やれるものなら!」
言って、にっと笑ってみせる。
斧を支えていた剣を斜めに滑らせて、妖怪さんの下の位置から抜ける。
そして急に支えを失って体勢を崩した妖怪さんの腹に、すれ違い様に鞘の一撃を叩き込んで沈めた。
一瞬ひるむ、他の妖怪さんたち。
「……ほら、どうしました?僕の事、食べるんですよね?かかってきたらどうですか?」
くいくいっと指を動かして、残りの人たちを挑発した。
妖怪さんたちは一斉にぶちキレて、各々武器を手に襲い掛かってくる。
『…カッコつけてんなよ、ゼロ』
「えへっ。まあいいじゃないですか!僕ね、1回でいいからこういう『正義のヒーロー』っていうの…やってみたかったんですよ!!」
半ば呆れ顔のジャズにそう言って、僕は剣を鞘から抜かないままでそれを正面に構えた。
大振りに武器を振り上げ襲い掛かってくる妖怪さんたちの攻撃を剣でいなし、開いた隙に次々と一撃を食らわせる。
1人には両肩に叩き込み、もう1人にはみぞおちに薙ぎ、そしてもう1人には首元に突きを。
流れるように3人を処理した次には、大地を一蹴りして妖怪さんたちの集団に突っ込んだ。
「うわ、あいつ強ぇじゃん!」
たった1人、妖怪の群れに突っ込んで次々と倒していくゼロを見て悟空が声を弾ませる。
「僕たちへのお客さんでしたのになかなか愉快な方がいるものですね。…どうします三蔵?お手伝いした方が良いですよね?」
「ほっとけ。車出せってあいつが言ったんだからこのまま…」
「なーんて、まっさかーそんな薄情な事は言いださねーよなぁ天下の三蔵法師サマが?」
「…………。」
だったら訊くな。と三蔵の眉間に青筋が浮かぶ。
三蔵のその返しに、尋ねた当人達もニコニコとニヤニヤで応対した。
そして悟浄と八戒の2人はそれぞれの席から立ち上がった。
「ほんじゃま、頭脳派の三蔵サマに代わって?ちょっくら労働と行きますか」
「そうですねー。僕、ずっと運転でしたから体固まっちゃって。ちょうどいい体操になりますかね?」
「………いいから行くならさっさと行け」
座ったままでひたすら煙草をふかすだけの三蔵の頭上で悟浄と八戒がそんな会話していると…
「っしゃあ!俺も混ぜろー!!」
「って……あらら、そんな事言ってるうちに」
「元気ね、おサルちゃんは」
目をキラキラ輝かせ、満面の笑みで悟空は車を飛び出していた。
「―――お前っ!強ぇえな!」
「わあ、なんですか!?」
どすん、と背中に飛び乗られ、ゼロが一歩前へとふらつく。
何事かと背中を見れば、車で逃がしたはずの茶髪の少年。
「逃げてって言ったのに…。戻ってきてくれたんですか?」
「逃げろってか、あいつら俺達のコト狙ってきた奴らだしな!あんたにばっかやらせてらんねーって!……よっ!!」
「わ。」
ゼロの肩を支えに、悟空が正面の敵に鋭い蹴りを放つ。
顔面にそれを受けた妖怪は鼻血を出しながら後ろへと倒れた。
「あ…、どうもありがとう」
思わず、にっこりした笑顔とお礼の言葉がゼロの口を突いた。
軽業師のような身のこなしでゼロの上から飛び降り地面へと着地した悟空は、振り返って満面の笑みで「いーっていーって!」とゼロに返答する。
ほんわかと花が咲いた。………武器を手にした妖怪たちが2人を取り囲む、その真ん中で。
「「「ざっけんなぁあ!!」」」
「おわっと」
ゼロと悟空に向かって、妖怪たちが一斉に襲い掛かってくる。
それに対し悟空とゼロは、『背後は任せた』とばかりに互いの背中を合わせ、各々の武器―――悟空は如意棒を、ゼロは抜かずの長剣を構え、笑う。
あわや乱戦かと思われたが……
―――ジャラァッ
…と、甲高い金属音。連続する鎖の音がその場にいた者の耳に入る。
そしてそれと同時に、ゼロと悟空を取り囲んでいた妖怪たちの四肢が細切れに吹き飛んだ。
「ぎゃああああっ!!」
「っあああ!!」
「これは…?」
ゼロが疑問を抱く間に、舞い狂う鎖鎌は銀色の錫杖へと戻る。
それを持つのはもちろん、深紅の長髪をなびかせる男。
「―――悟浄!」
「パーティならお兄さんも混ぜなサイ、お子様達」
「僕も仲間に入れてもらえませんか?」
長髪の男の後ろには、笑顔で立つモノクルの男の姿も。
ほぼ全員参加の状況に、それを見たゼロは思わず肩を落とした。そして小さくため息。
「ああ…;せっかく僕、格好つけたのに…」
「まあまあそう仰らず。人数多い方が早く片付きますよ?」
そう言ってあははー、と笑いながら、気孔波で妖怪たちを一蹴する八戒。
ゼロの口からは苦笑が漏れた。
「…ごじょぉ〜…、俺、八戒の笑顔が怖い…」
「安心しろ猿。俺も怖い」
つづく
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