「はぁー…。僕ってそんなに女顔なのかなぁ…」
市丸の後についてトボトボ歩きながらゼロはフゥ、とため息をついた。
『顔じゃなくて女装のせいだろ』と突っ込む者は、残念ながらその場にはいなかった。
原因の大本である市丸は当然、そんなことを口にするわけがなくにやにやと笑ってゼロを見るのみ。
「女顔なんかどうかはわからんけど?ゼロ、カワエエからなぁ…、勘違いするもんもおるよ」
「そんな喜んでいいのか嘆いたほうがいいのかわからないようなフォローはいらないですよ…」
「ほな諦め。―――さて、着いたよ?」
ため息をつきつつも歩いていると、いつしか目的の場所へと着いてしまう。
市丸の声に合わすように顔を上げると、目の前には真ん中に「三」の文字が描かれた白い大きな門。
「あ、これ、市丸さんの背中の模様とおんなじ模様」
「模様やない。真ん中の字ィがちょうど三番隊の"三"の字になっとるやろ」
「"3"、ですか……。へー…」
「…へー、て……字ィ読めへんの?ゼロ?」
「まあ…僕が普段使ってる字とはちょっと違うんで…」
「そぉなんか。ほな、わからんときはいつでもボクに聞いたって。手取り腰取り教えたるわv」
そう言ってするりと肩にまわされる市丸の手を、ゼロはびしりと見切って素手で止める。
そして市丸に向け、にっこりと笑顔。
「ありがとうございます市丸さん。でも手はとらなくても言葉で教えてくれれば十分ですよ?」
そのとき、『それ以上調子に乗るようなら今度は本気で叩きますよ?』というゼロの副音声が市丸の耳には届いた気がした。そして、殺気。
「……ゼロ。キミ、ほんまは怖い子ぉやろ」
「え、そんなことないですよ」
「うそやわ。今ボクさぶいぼ立ったもん。……さぶぅ、寒いわぁ」
門の前でそんなことを喋っていると突然ガタッと扉が開いて、2人の視線はそちらへ向いた。
門の隙間から顔を出したのは、少しタレ目がちの、市丸と同じような黒い着物を着た金髪の青年。
外の市丸の声に反応して出てきた、三番隊副隊長の吉良イヅルだ。
どんよりと曇った表情で、恨めしそうに市丸に声をかけてきた。
「……市丸隊長、そんなとこで何をしていらっしゃるんで?」
「…なんやイヅルやないか。イヅルこそ、そないなところでなにをしてんのや?」
「なにをって…!ずっと隊長のこと探してたんですよ!!」
「ボクのこと?」
「そうです!!地獄蝶、何匹も来ていましたよ!?瀞霊廷内への旅禍侵入の痕跡ありで警戒令発動、緊急隊首会への召喚、それから――――」
「はあはあ、なんやそのことかいな。わかっとるわかっとる。そないおーきな声で言わんと、ちょっと準備したらすぐ行くよ?」
まくし立てるイヅルの肩をぽんぽんと叩く市丸。
そうして一旦イヅルを落ち着かせ、それから市丸は自分の影に隠れていたゼロを手招きした。
「ゼロ、こっちおいで」
「え?はい」
市丸の肩越しに手招きされて、トトッとイヅルの前に出たゼロ。
この瀞霊廷内では見た事もない"女性"を目の前にして、イヅルはその垂れた目を大きく見開かせた。
「え…?い、市丸隊長…?」
このひとは誰ですかとイヅルが口に出す前に、市丸はずずいとゼロを前面に押し出して。
「ほな、ボクが留守の間この子の事頼むなー?イヅル」
「………は?…え、いや、」
「ボクのだいーじな生き別れの妹やさかい、丁重にな? ……手ぇ出したらあかんよ?」
イヅルにだけ聞こえるように、そっと囁く。
「え、」とイヅルが顔を上げると、意地の悪い狐が細い目でじっと自分を捉えていた。
ヒヤッとした冷たい汗がイヅルの頬を滑り落ちる。
え…これは僕、手を出したら殺されるのか?
殺されないにしても、手を出したら今後ネチネチいびられるような気がする。
イヅルは青くなって、思わず視線を床に流した。
しかし、その青くなって固まるイヅルを尻目に、ぐいぐいと市丸の羽織を引っ張って自己主張する者が1人。
「なんやの?」とばかりに市丸がそちらに目を移すと、そこには眉間にしわを寄せた状態のゼロの姿が。
「――――あァ。……なんやゼロ?どないしたん?」
「『あぁ』じゃないですよ。市丸さん、今また僕のこと『妹』って紹介したでしょ」
「ん〜?おかしいなァ、そんなことボク言うたかなァ?」
「とぼけてもだめです!チラッと聞こえましたってば!もー!!」
「ぉお怖い怖い。………ほなイヅル、よろしゅう頼むわ。丁重〜に、もてなしたってな」
市丸にポンッと肩を叩かれて、イヅルはハッと我に返る。
「いやっ、ちょ、ちょっと待ってください市丸隊長!!」
「無理やわ、ボク急ぐし〜。」
そう言って市丸は、ヒラヒラと手を振りながらさっさと行ってしまう。
イヅルの呼びかけもむなしくあっというまに市丸の背は遠ざかり――――。
イヅルの、市丸に向けて伸ばされた手だけがスカスカと空を切る。
「(た、たいちょぉ〜;)」
どうすればいいんですか…とイヅルは肩を落とす。
しかし悩んだところで自分の背後に感じる人の気配は消えるはずもなく。
振り返ると、先ほど市丸に紹介されたばかりの青い着物の女性が自分をじっと見ていて、イヅルは腹をくくった。
「(…ハァ…) ……あの…; …すみません。変なところをお見せしてしまって」
「いえ、市丸さんがああいう人だというのはここに来るまでになんとなくわかりましたので。ご苦労お察しします。僕のほうこそ変なとこ見せちゃって…」
「え、あ…いえ、そんな…」
ぺこりと頭を下げられ、つられてイヅルもぺこっと頭を下げた。
『なんだか"似たもの同士"だなぁ』と、頭を下げた状態でイヅルはふと思う。
いったいどんな人なのかと、イヅルは様子を伺うようにちらりと顔を上げ"彼女"を見る。
すると、同じようにちょっとだけ顔を上げて自分を見ていた彼女とバチリと目が合った。
「……ぷ、」
しばし訪れた沈黙の後、どちらともなく顔が緩む。
2人同時に、『フフッ』と笑った。
「あはは…なんか僕たち、ちょっと似てますね」
「そうかもしれないですね…。あなた、お名前は?」
「僕ですか?僕の名前はゼロです。どうぞよろしく」
「あっ、はい!ゼロさん、ですか…。僕は吉良イヅル、この三番隊で副隊長をやってます。」
「副隊長さんなんですか〜…。あ、市丸さんが"隊長"さんでしたっけ」
「ええ。…まあそれはおいといて――――で、先ほども申し上げたように現在廷内には警戒令が発令中となってます。
死覇装も着ていないあなたが外をうろうろしていたら何も知らない他隊の人たちに怪しまれるでしょうから、市丸隊長が戻るまでとりあえず中へ入っていてください。
僕が同伴して廷内を案内してあげてもいいんですけどね。…ゼロさん、どこか行きたいところはあります?」
「うーん、行きたいところはないですね〜。僕、ここ来たばかりでよくわからないし」
「はは、まあそうでしょうね。…では中へどうぞ。お茶でもお出しいたしますよ」
「はい、ありがとうございます。じゃあお邪魔させてもらいます」
扉を開け、スッとゼロを中へ促すイヅル。
ゼロもにこりと微笑んでそれに応え、三番隊の門をくぐった。
つづく
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ゼロさんとイヅルが同時に喋るとどっちのセリフかわからなくなる…
すもも