――――『グリード・アイランド』ってゲームがある。
オレ達がまだガキの頃、オレ達の父親代わりを買って出た世界一ガキっぽくてめんどくせー男が、大人になったオレ達に勧めた世界で一番高価で危険なゲーム。
それをある時オレ達は、あいつの息子と名乗ったガキ、ゴン=フリークスとその友達(ダチ)のキルア=ゾルディックと一緒にプレイする事になった。
だけど手順通りにその『ゲーム』に入ろうとした瞬間に何をどうやったか……。
"プレイすれば本当に死ぬかもしれない"という触れ込みのその『ゲーム』は、オレ達に向かってその獰猛な牙を剥いた―――――
「……おっ……?とっ!?たっ…!?―――うへっ!?」
目も開けてられないようなまばゆい光に飲み込まれたと思ったら、突然三半規管に狂いが生じたかのような強いめまいを感じた。
ほんの一瞬の事だったがそれで足元を不確かにしてしまったオレは、横によろけてそのまま2,3歩つんのめり、低木に頭から突っ込んじまった。
「………だーっ!くそ!!なんなんだよ!!」
ガバッと木の上から起き上がって、髪やら服に刺さった小枝や木の葉をパタパタと払い落とす。
「ったく…。なんだ、もう『ゲーム』の中か?」
軽く頭を振ってめまいを脱した後は、ぐるりと辺りを見回して状況を確認する。
着地したのはまったく見覚えの無い、川沿いの草っぱらだった。
そこにぽつぽつと生えていた、腰の高さぐらいの低木群に突っ込んだみてーだな…。
時刻もどうやら『ゲーム』に入る前の『現実』の時刻とは違って、夕暮れ時。
夕焼けの太陽が、空と、川に架かる大きな橋を鮮やかなオレンジ色に染めていた。
土手を登るとそこには小さな民家が所狭しと立ち並び、アスファルトで舗装された道路を車が走ってる。
……なんか元居た現実ともたいしてかわらねーな。
まあそりゃ来たトコとは建物やなんかに若干の様式の違いみたいなもんはある。
だけど突拍子もねぇデザインの建物とか乗り物とかそういうのはねーし、「別世界」に来たっていうよりは、遠い「他国」に来たって感じだ。
なんでか"念"も制限されてる気配はなくて、ホントにここはゲームの世界……なんだろうか?と首を傾げたくなるほどの現実感が頭のてっぺんから足の爪先までを丸ごと包んでいた。
「…ま、それでも現実のまんまって訳でもなさそうだし、マジで『ゲーム』の中なんだろうけどな…」
ごしごしと胸の辺りをさする。
…が、今のオレの心の中に、ゼロの姿はない。
前みたいな、そこに"居る"のに"感じられない"とかそういうレベルの話じゃなくて…
心ン中にぽっかり孔(あな)が空いたみたいに、ゼロという存在はオレの中から抜け落ちていた。
「……くっそ…」
たぶん、ゲームに入る前にゼロの奴は気を失っちまったんだろう。
だからオレの意識が『プレイヤー』としてこの世界へ認識されちまった。
「…やべーな…不安どころの話じゃねぇぞ…」
アイツの存在が"無い"世界にオレ1人なんて、オレのアイデンティティが根底から崩れちまいそうだ。
寂しさと不安とでぶっ壊れる前に、さっさとクリアして現実に戻るしかねーな……。
「…おっと」
ふとポケットに突っ込んだ手に、ある程度の冷たさと重さを感じさせる"何か"が触れる。
ごそごそと取り出そうとすると、銀の十字架を飾りに通したオレのいつものチョーカーがするりと、ポケットと手の隙間から地面に落ちた。
「ハ…。お前がいればまだ少しは大丈夫そうか?」
自嘲気味に笑みをこぼしてチョーカーを拾い上げて―――、ゼロが着ていた服の襟をぐっとはだけて、オレはそれをいつもと変わらぬ所作で首へと絡めた。
「……さーて。ゲームに入ったはいいケド、システムの説明っつーのはいつ始まるんだよ?」
さっさとプレイさせろー、と…夕闇の空に向かって声を出していたら――――
突如として、ぐにゃりとその空の一部が歪んだ。
「……あ?……んだ、ありゃあ……」
見て、思わずオレは言葉をなくした。
最初はわずかだった空の歪み。
じわりじわりとそれは広がって、やがては空の一部に大きな黒い穴を開ける。
そしてその穴の奥からは、獣の頭蓋を模したような白い仮面を被った何かが、不気味な叫び声とともに這いずって出てこようとしているのが見えた。
「なーんか……案内人の歓迎って訳じゃぁ…なさそうだな…」
「クル、グルル、グ、ク……、クワセロォオ―――!!」
人間のような叫び声をあげ―――白い仮面のバケモノが、オレに向かって大口開けて空の穴から飛び出してくる。
「ハッ!なんだよ、冴えねぇ誘い文句だな!!出直して来やがれ!!」
オレに飛びかかってきたバケモノの顔面に、オレはその場でスピンを加えた後ろ回し蹴りをカウンターで見舞わせた。
そんでもって、ひるんで地面に手をついたトコを二度、三度思いっきり踏みつけてやる。
「へっ…、雑魚が。お前程度の力でオレをどうにかしたいんだったら…4,5匹まとめていっぺんに来いよな…」
とか…足の下の白い仮面にバッキバキにひびが入ったのを見下ろして挑発を垂れたら、それとほぼ同時に再び頭上に嫌な気配を感じた。
見上げてみれば、空に開いた穴の数が……ひぃふうみい……。足元のバケモノも含めりゃ、全部で5匹か。
は……モテる男はつらいなァ?マジで…。
「…どうした、一護?何を呆けた顔をしている?」
学校帰り。
もう夕焼けに染まってしまった空をぼーっと眺めながら歩いていた少年が、どこからか掛けられたそんな声に、上に持ち上げていた視線をやっとのことで下に落とした。
「ん…、んー…あぁ、ルキアか…」
「あ、ではない。今日は何かおかしいぞ、貴様」
同じ学校の制服を着て隣を歩く黒髪の美少女が、他人が聞いたら驚くような、顔に似合わない言葉遣いを少年に向けてくる。
だが、もうすでにそれにも慣れっこの少年―――黒崎一護は、そんな少女の言葉も軽く聞き流して歩き続けていた。
「別に…普通だって。いつもの通り」
「私にはそのように見えぬのだがな…」
ふむ、と少女―――朽木ルキアは歩きながらしばらく顎に手をあてて考え込んでいた。
が、なにか思いついたのか突然パッと表情を明るくさせた。
「はっ!そうか、もしや貴様アレだな!恋わずら」
「違う」
ポンッと手を叩くルキアに一瞥もくれず、一護は眉間にしわを寄せて一言で返す。
「何だ、つまらぬ。もっと面白い反応をよこさんか!」
「はいはい、俺が悪うございました」
めんどくさそうに返事を紡いで、一護は再び空へと視線を向けた。
夕焼けの空。
東の空はすでに闇色に変わりつつある。
「(……なんなんだろうな…この感じ…)」
今現在、自身の隣を歩く少女と初めて出会ったあの日に感じたような…、そんな妙な気配を一護は感じていた。……いや、感じるような気がしていた。
『気のせい』で済ませてしまったとしてもわからないような、そんなわずかな違和感。
現に少女―――ルキアは気づいていない。
一護とて、自信があるかと聞き返されれば「あ、いや、その…」と言葉を濁すだろう程度の感覚だったが。
―――しかし、やはりいつもの夕焼けとは何かの『空気』が違う気がしてならなかった。
「…む?」
「ん?」
…と、突然ピピピピッという甲高い機械音が一護とルキアの間に鳴り響いた。
一護は一旦そこで思考を中断してルキアを横目に見て。
ルキアはというと制服のポケットから携帯電話を取り出し、その画面へと見入った。
しばらく黙ったまま画面を見ていたルキア。
痺れを切らした一護がそのルキアに尋ねる。
―――この音はどうせ例の『アレ』だろ。
そう当たりをつけて。
「…何だよ、また『指令』ってやつか?」
「うむ…そのようだ。時間もあまりない。急ぐぞ、一護」
「へいへい」
夕焼けの朱に混じり徐々に闇が広がりつつある空の下、少年と少女の2人は走り出したのだった。
つづく
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