「…な…」
「あぶねぇっ!!」
3メートルに達するかという筋肉によって武装された巨体が、2人の男の眼前で大きくのたうった。
激しく振り回される鋭い爪の生えた太い腕。その腕は、その獣の主であるジャズにさえも容赦なく襲い掛かってきた。
一瞬の出来事だったが、状況を飲み込み切れずただ獣を見上げるだけだったジャズを一護は間一髪で後ろに突き飛ばして、その直撃から救った。
受身を取って、獣の間合いから離れた場所に2人の男の身体がごろりと転がる。
「くっそ…いってぇな…!何しやがるこのオレンジ頭!!」
「はぁ!?そこで俺にキレんのかよ!?こっちが助けてやったんじゃねーか!!」
「一護!無事か!?」
やり取りする間に、少し離れた場所からルキアが2人の元へと駆け寄ってきた。
「ったく…、一体何がどうなってんだよ…?」
「だから俺がさっき言っただろ、あいつはお前を狙ってきたんだって」
「はあ!?んーなわけあるか!あれはオレが作り出したオレの念獣だ。オレの命令を無視してオレに襲い掛かるなんて…、絶対にありえねぇんだよ!!」
「…作り…出しただと…!?貴様、一体それはどういう…!」
「あー、うるせぇな!ちょっと黙ってろよ!!」
「な…っ!?」
「…っつ……くそ、……なんでだ…!?言う事聞けって…!」
口をぱくぱくさせるルキアをよそに、自身の頭を押さえてジャズはうめく。
ジャズの"リバイアサン"への『命令』は、一定の制御距離範囲内であれば通常は言葉を口に出さずとも頭で念じるだけで届くのだが―――
今はどれだけ念じようとも、荒れ狂う化け物の動きは治まることなく。
それどころか、リバイアサンを操ろうと強く念じるほど、ひどい頭痛がジャズを苛んだ。
「痛って……!!畜生…!なんだってんだよ…!!」
「…ま、ネンジュウだかなんだかよくわかんねーけど…。とりあえずあれ、斬るぜ?このままになんてしておけねーし…。ルキアもあんたも危ねーから下がって……」
「ッギャアアアア!!!」
「…っ今度はなんだよ!?」
ひときわ大きな鳴き声が響いて、一護もルキアも、ジャズもまた額に汗をしながら顔を上げた。
全身の毛を逆立てて、口から泡を噴き、苦しげに叫び声を上げる化け物。
噴いた泡はやがてドロリと液化して、化け物の貌(かお)の上にギシギシと白い髑髏の仮面を形成し始めた。
そして胸には、じわりじわりと黒い孔が不気味な拡がりをみせていた。
「まさかあいつ…今からホロウになる気なのか…?」
「…ぁあ?…ホロウ…になるって…?んだよ、そりゃ…?」
頭痛に耐え、額を押さえたままでジャズが一護に尋ねる。
「…っつーかお前、ホントに大丈夫か?すげー顔色悪ィぞ」
「うるせぇ…。いいから、その『ホロウ』ってのはなんなんだ…?この世界に来たら起こることなのか…?」
「この世界に…って、何だよそれ…?」
ジャズも一護も、お互いに相手の言う事の意味が分からずに内容を聞き返す。
しかし答える前に、巨大な化け物の影が2人の上へと覆いかぶさった。
そして――――
「…ア・ア、アグ、ギ…ギィイ……、…タリナ、…グゥ…」
化け物が言葉を発して。
化け物を見上げる一護とジャズは、共に驚いてその目を大きく開いた。
「…な、ん……!?」
「ゴボ…、タ………タリ、ナイ…。足リナイ…、足リナイ、足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ!!
……ッォオオ!!魂、喰ワセロォァアアア!!!」
「―――ッ!!」
叫び声とともに、黒い"ホロウ"はジャズに向かって襲い掛かってきた。
蛇のように大きく口を開け喰らいつこうとしてくる獣を、ジャズは一度後ろに飛び退いて避けてから、その横顔に鋭い蹴りをぶち込む。
「〜〜〜っ何やってやがるこのバカ!!オレの命令がきけねーのか、テメェ!!」
「ギャォアアアア!!」
「ちっ…」
ひどい頭痛のせいで『念』の集中も不十分。
そんな蹴りでは"ホロウ"の顔面を覆う仮面にはヒビの一つも入らない。
攻撃を受けた"ホロウ"の方は、ひるむどころか逆に怒りをあらわにした。
牙を剥き、鋭く尖った大きな爪を武器に再びジャズへと狙いをつける。
「―――させるかよっ!!」
ガッ!
「…! お前…」
"ホロウ"の、ジャズに向けて伸ばされた大きな手を、一護が間に割り込んで刀で止めた。
一護としては"ホロウ"の指を切り落とすつもりで刀を振ったのだが――――、予想以上に"ホロウ"の被毛は硬く、刀は"ホロウ"の掌へ浅く食い込む程度だった。
しかし"ホロウ"の鋭い爪がジャズの身体へと埋まるような事態はなんとか避けられた。
「へっ…。結構硬ぇな、バケモンが!コイツ殺りたきゃ……、俺を倒してから行けや!!」
化け物の掌を力任せに押し返し、一護は親指でビシィッと自身を指して見栄を切る。
後ろでは「……んだこの暑苦しい奴は…」とジャズが汗をたらしていた。
「ガアアアアッ!!」
再度、"ホロウ"が大きく咆哮した。
3メートル近くある身体を、毛を逆立て膨らませてさらに大きく見せてくる。
「来るか…!―――って、お、おいお前…!!」
「うるせぇ…。どけよ、ガキ」
"ホロウ"に向かって刀を構える一護を押しのけ、前に出たジャズ。
まだ頭痛が治まっていないのか、その顔色は悪いままだ。
「おい、待てって!お前そんなフラッフラの体で何が出来るっつんだよ!下がってろよ!!」
当然、一護はそんなジャズを止めた。
肩を掴まれ止められたジャズはというと、頭痛をこらえるかのように眉間を押さえてダルそうに長いため息を吐いた後―――、一護に対して突然ブチ切れた。
「あ゛ー…………ったく…チャゴチャ……やがって……、―――うるっせぇんだよ!!
テメー、関係ねぇクセに口出すな!!……あんの野郎、オレに楯突きやがったからには足腰立たなくなるまで調教しなおしてやんなきゃオレの気がすまねー…!
テメーこそ、オレを庇うとか余計な真似してんじゃねぇ!!」
「はぁ!?せっかく助けてやったのに、そういう言い方はねーだろ!?
だいたい、足腰立たなくなるまでとか…んな面倒なことしなくても、あいつはこの斬魄刀で仮面ごと頭割ってやりゃ浄化できんだ!
後は俺に任せてあんたは下がってろって!」
「あいつを浄化する!?…ハッ!お前なんかにゃ絶対に無理だね!
でけぇオーラ持ってる割には四大行もロクに使えてねぇ素人が…。こんな体でもオレ1人でやる方がまだマシだ!」
「しろっ…!?助けてやるっつってんのに、ケンカ売ってんのかテメェ!?」
「このオレに『下がってろ』っつって、最初にケンカ売って来たのはテメーだろーが、ぁあ!?いつオレが助けてくれなんて言ったんだ!!」
「やめんか莫迦者共―――っ!!」
「ギャロロォオオオオ!!」
遠くに隠れたルキアの絶叫を、"ホロウ"の大きな声がかき消した。
一護とジャズは共に"ホロウ"に向かって構える。
「……キレてんな」
「………そうだな」
「ちっ…。あーもーメンドクセェ。参加したきゃ好きにやれ、けどオレの邪魔はすんじゃねーぞ」
「ぁああ!?そりゃこっちの台詞だ!!…お前、これ終わったらゼッテー後で泣かしてやるから覚えとけよな!!」
「ハ…、ヤれるもんならヤッてみろよ…?返り討ちにしてやるぜ?ガキが」
「んだとぉ!?誰がガキだ、誰が…!!あっ、コラ、待ちやがれ!!」
地団太を踏む一護より一歩早く、ジャズは"ホロウ"に向かって駆け出した。
―――頭痛が消えたわけでもない。
しかし自分の後始末ぐらい自分できっちりカタをつけたいジャズの足は止まらなかった。
「ギァアオオッ!!」
自身に向かって駆けて来るジャズを迎撃しようと、"ホロウ"はその鋭い爪が生えた腕を振り上げた。
その巨体からは想像もつかないほどの速さで繰り出される"ホロウ"の爪牙。
ジャズは念のガードを纏った腕でそれを上手く横へと受け流しつつ、"ホロウ"の懐へと飛び込んだ。そしてそのまま"ホロウ"の仮面のど真ん中へ――――渾身の飛び蹴りを放つ。
―――ガッ!!
「チッ…!」
しかし"ホロウ"も然る者、もう一本の腕を仮面の前に滑り込ませてジャズのその蹴りを寸前で防御した。
「ハッ…、オレと別れて頭脳(アタマ)足りてねぇかと思ったが…。さすが、腐ってもオレの分身ってことか?…でもな」
蹴り足を掴まれる前に、ジャズはその"ホロウ"の手を足場にいったん宙返りで後ろへと飛び退く。
地面に足が付くと同時に再び―――今度は高く飛びあがり、追撃を加えようと突っ込んできた"ホロウ"の頭を跳び越して、"ホロウ"の死角となる肩の後ろへガッチリと掴まった。
「オラ、捕まえたぜ!?こうなりゃもうどうにもできねーだろうが!!少しは痛い目見てとっとと正気に戻りやがれ!リバイアサン!!」
後頭部にありったけのオーラの一撃をぶち込んでやろうとジャズは拳を振り上げる。
だが"ホロウ"の方も黙ってそれを受ける訳がなく、ジャズを振り落とそうと何度も身震いを始めた。
「ギィッ、ギ…、ギャウ、ウ…、
ガアアアアッ!!」
「って…!?なっ…、ちょ…おっふ!?うぉあっ…!?」
振り落とされまいと"ホロウ"のたてがみをしっかり掴んで、ジャズは左右への激しい振りほどきに耐えていた。
しかし最後に大きく上下への動きが加わったことによって、手元から『ブチブチッ』と嫌な音。
掴んでいた毛がちぎれて、ジャズの身体は上空へと無防備に投げ出された。
間髪入れず"ホロウ"は大きな咆哮とともにその口を大きく開いて、自由落下を始めるジャズの身体に喰らいかかってくる。
「…っくそ…、まずった!!…ここまでかよ…!」
足掻こうにも、空中ではもはやワタワタと文字通りに足掻くのが精いっぱい。
『やめろ、止まれ!!』という命令も、強い頭痛をもって拒否されるのみ。
眼前に迫る"ホロウ"の白い牙と、その奥にぽっかりと開いた暗いあなぐらのような不気味な喉。もうあそこへと墜ちるしかない。
肉薄する死の顎(あぎと)を前に、『堅』の防御で身を固めつつも心の中ではもう何もかも諦めかけた。
しかしそのとき――――ジャズの背後から何者かの影が覆いかぶさる。
「……お前っ!!」
「俺もいるって忘れてんじゃねーぞ、この野郎!!」
ジャズが背後を振り返ると同時に、今度は一護が手に持った大刀を振りかぶって"ホロウ"の眼前へと飛び込んできた。
ジャズに喰らいかかろうとする"ホロウ"の鼻っ柱めがけ、一護は渾身の力で大刀を振り下ろす。
――――が。
ガンッ!!
"ホロウ"が斬り込みに合わせて少し身をかがめ、衝撃がわずかに吸収されたせいもあってか―――
一護の持つ斬魄刀の刃は"ホロウ"の仮面に深めに突き刺さったのみで、それを切り裂くには至らなかった。
「…って、ヤベェ―――!?なんだこの仮面!?他のホロウ共のより全然硬ぇじゃねーか!!思いっきりやったぞ俺!?…あっ、ヤベ、しかも抜けねぇ!!?」
柄をぐいぐいと動かし仮面から刀を抜こうとするが、深々と刺さったそれはビクともしない。
そのうちにギョロリと"ホロウ"の瞳が一護の方へと向けられた。
目が合い、一護はタラタラと汗をたらす。
「あっ……あの、すんません…。ちょっとタンマって事で…」
「ガルァアアアッ!!」
「ホぎゃ――――!?」
「…っ、はぁ…っ、いってぇ…くそ、何やってんだあのアホ…!」
一護の介入でギリギリ難を逃れ、体勢を崩しながらもなんとか無事に地面に着地していたジャズ。
頭痛をおして立ち上がると、そのまま一護の元へと走り出した。
そして一護が握る刀の柄に自身の手を添える。
「…おっ、お前!?なんで…!!」
「うるせぇ!ここまで来て、もういちいち聞くな!!仮面を割りゃいいとか言ってたな!?いいか、一気にやるぞ!?」
「あ、お…、おう!―――じゃあ、行くぜ!」
言葉と同時に、一護とジャズの2人は共にありったけの力を、"ホロウ"の顔面へと突き刺さる1本の斬魄刀へと込めた。
つづく
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個人的にこういうのすごく楽しいです
すもも