「あ――――っ!!」
高いビルの屋上から、柵を乗り越えそうな勢いで下を覗き込んで、生意気そうな赤毛の少年が大きく叫んだ。
そして眼下の―――公園の中の様子を指差して、ちょうどそのときその場へ到着したばかりの少女に向かって怒鳴りつける。
「ほれ見ろ、ウルル!お前がトロトロしてるせいでもう終わっちまうトコじゃねーかよ!!」
「ひゃっ…!あ、あの…その、…ごめんなさい…!」
「謝って済むか!ゴキブリみてーな前髪しやがって、もっとゴキブリみてーにさっさと動きやがれ!」
「いたい!痛いよジン太君!やめてよ!」
「コラコラ。誰のせいでもないからケンカはやめなさい」
ウルルと呼ばれた少女の前髪をぐいぐい引っ張って泣かせようとしている赤毛の少年――ジン太に、そう呼びかける人影があった。
今どき珍しく日常的に甚平を着こなし、手には杖と扇子。
派手な帽子を目深に被って飄々とした雰囲気を漂わす、…一見して『怪しい』なんて思わせるような風体の青年。
咎められたジン太は『チェッ』とこぼしつつも素直に、手で掴んでいたウルルの前髪を解放した。
それから不釣り合いなまでに巨大な鉄棍を持ち上げて、「せっかくしばらくぶりに暴れられると思ったのによー!」とオモチャのバットでも振るかのように軽々とそれを振り回す。
まるで自身の力を周囲に―――青年に対してアピールするかのようだった。
そしてその横で「あ、あぶないよジン太君…」と控えめな声で彼を諌めるウルルもまた、その華奢な肩に重量のありそうな大筒を苦も無く担ぎあげているあたり、普通の少女でないことは一目で見て取れた。
ただ、ウルルがジン太と大きく違うところは、オドオドした引っ込み思案な見た目そのままに、自身が持つ力を派手に誇示する気がなさそうなところか。
しかしながらその力を行使すること自体に躊躇いはないと見え、『命令さえあればすぐにも…!』といったような強い意思を秘めた瞳でチラチラと横目に青年の顔色を伺ったりしていた。
小さな子供達がそうしてそこそこのやる気を見せている中、青年はというとどうやら結論を急ぐ様子もなさそうで。
「フゥ」と一度小さく息を吐いてから、落下防止の柵間際まで歩み寄り、眼下の景色に見入る。
「いかがなさいますか店長?」
黒縁の眼鏡をかけた筋骨隆々の大男のそんな言葉が、青年の背中へとかけられる。
大男がその盛り上がった筋肉の上にぴっちりと身に着ける黒地のエプロンの胸部分には、『浦原商店』と白文字ででかでかと刻まれていた。
「ん〜〜〜〜〜〜…」
思案するように、『店長』と呼ばれた帽子の青年は持っていた扇子でパタパタと自らを仰ぐ。
屋上から直下に見える公園。
その広場で対峙する、黒い巨大な"なりそこないのホロウ"と2人の男の姿をじっと観察しながら。
それまで騒いでいたジン太とウルルも、そして眼鏡の大男も。黙って、『店長』がこの後出すであろう答えを待つ。
「―――ま!なんとか決着もつきそうですし、今ボクらが出てって変に刺激するのもなんですから…、もう少し様子を見てにしましょ」
ぱちっと扇子を閉じ、後ろの3人を振り返って『店長』は明るい口調でそう言う。
ジン太とウルルが、ホントに良いのか…?というような疑心暗鬼の目で見てくるが、『店長』は「だーいじょうぶ、大丈夫!」とへらへら笑って押し切ってしまう。
しかし突然、至極真面目くさった顔を見せては、人が変わったような低い声で鋭く指摘してくる。
「"あの"黒崎さんと、朽木さんがあの場に居るんです。
あのホロウ使いの子が、"彼ら"の生み出した何らかの実験成果である可能性も否定できません…。だから接触はもう少し、様子を見てにしましょう?」
見知った『死神代行』の少年が、"ホロウ"の顔面に大刀を突き立てる。
その大刀の柄を、正体の知れない『ホロウ使い』の男が共に握る場面を、目深に被った帽子の影に隠れた瞳で見下ろし『店長』は言うのだった。
バキィッ!!
「ギャロアアアアッ!!!」
共にありったけの力でもって一護とジャズは"ホロウ"の仮面へと刀を深く突き刺し、刃をひねった。
眉間から斜めに一気にヒビの入った仮面はそのまま真っぷたつに割れて――――落ちて、粉々に砕けて消えていく。
剥き出しになった"ホロウ"の貌(かお)は醜いものではあったものの、先ほどまで目に爛々と宿っていた狂気は、砕けた仮面とともに消え去っていった。
「ゴフ…、グロルルル………」
「………止まった…のか?」
「…リバイアサン?」
呼びかける声に初めて"リバイアサン"はジャズの方を向き、のそのそとジャズの前に赴いて頭を垂れた。
「…ったく、このバァカ。テメーの飼い主誰だと思ってんだ」
そう言ってジャズはペシッとリバイアサンの鼻っ柱を叩く。
するとバツが悪そうにリバイアサンは「ギュウ」と鳴いた。身を伏せ、上目遣いにジャズの顔色を伺いながらもソロソロとリバイアサンはジャズの後ろへと付き従う。
今までジャズを苦しめていた頭痛も、リバイアサンの狂気と共に消えてなくなっていた。
「………な、治ったのか…?;」
リバイアサンに刀を向け、適度な間合いを保ったままで一護が訊いてくる。
「ああ、そうみたいだな。……おかげで助かったぜ、一応礼は言っとく。サンキューな」
「…え?あ…、お、おう」
礼の言葉と共に右手を差し出されたので、つい一護も刀を下ろしてその手を握ってしまった。
なんとなく微妙な空気の中、握手を交わす男2人―――。
だが1人の少女の華麗な跳び蹴りが、そんな空気を一気にぶち破った。
「『おう』では無いわ!たわけ!!」
ズドォ!!
「グヘェッ!?」
黒髪の少女―――ルキアの渾身の跳び蹴りが一護の後頭部にクリーンヒット。
勢いで前にのめる一護の頭を、握手の手は繋いだままでジャズはサッと横に避けていた。
「いきなり何の真似だ、ルキア!!」
一護から当然のように猛抗議が飛んできたが、ルキアはそれをスルーしてジャズへと詰め寄った。
その身長差に30センチ以上開きがあっても、ルキアは一切怯むことなく、両手を伸ばしてジャズの襟首を掴む。
「貴様!!これはどういうことだ!ホロウを従えるなど……!いや、それよりも貴様、そのホロウを作ったのは自分だと先刻言っていたな!?
一体どういう意味だ!?貴様は一体何者だ!?」
「…ぁあ?なんだお嬢ちゃん。男に迫るときはもっと愛らしく迫んねーと。せっかく可愛い顔してんのにそんな怒った顔じゃ、オレみてーなM男しか釣れねーぜ…?」
――――バスンッ!!
「ぐはっ!?」
追求をしてくるルキアの顎を持ち上げ、息の触れる距離でにやにやと笑って茶化すジャズだったが、もちろんそれは火に油を注ぐ行為に他ならず。
地面にへたり込む一護に続き、ルキアから強烈な平手打ちを頬に貰ってしまい、ジャズまでも地面にしりもちをつくハメになった。
「ル…ルキア、ちょっと落ち着けって…!;」
「これが落ち着いていられるか!!」
「…ずいぶん豪気な姫さんだな…」
嫌いじゃねーけど、と立ち上がって、ジャズはしりもちで付いたズボンの汚れを払い落とす。
「…まぁいい。ってかこのガキもさっきオレのリバイアサンの事、ホロウがなんとかって言ってたな。なんなんだよ、そのホロウっつーの。それがわかんなきゃオレも説明のしようがねー…」
「ガキじゃねーよ。見たとこあんたも大してトシ変わんねーだろ」
「……はぁ?そこ突っかかるトコかぁ?つーかどー見てもオレの方がトシも経験も上だろ」
「ああ?経験ってなんのだよ」
問われて、ジャズは「んー…」と顎に手を当てて一護の全身をじろじろ、嘗め回すように見た。
そして最後に視線は、一護のその下半身に。
「…………言っていいのかァ?シ、ロ〜、ト、くん?」
「この…っ!お前、ホンッットに…!」
「少し黙れ、一護」
「殴るぞ、」と顔を赤くし、ぷるぷると震えるほど拳を強く握る一護。
しかし横からルキアに、冷静な顔で止められて、しぶしぶ怒りと拳を退いた。
そしてふてくされたように土を蹴って、公園の入り口辺りに放置されていた自身の身体の元へと歩いていく。
勝ち誇ったようににやにやと笑って、ジャズは一護のその背中を視線で追う。
ルキアはそのジャズの姿をじっと静かに観察しては、「言って良いものか」と考えていたようだが―――
ジャズの、その後ろに立つ黒い化け物を再度見上げたルキアは、"仕方ない"とばかりにため息を一つ吐き出して、心を決めた。
この男が敵か味方か―――まだわからない状況で、こちらの情報を先んじて与えてしまうのは愚かな事かもしれない。
それでもルキアは、先ほど一護に対して礼を言ったジャズのその姿を信じて、訊かれた問いに対しての答えを口にする。
「…『虚(ホロウ)』……というのは、平たく言えば『悪霊』…の事だな。人間は死ぬとその魂魄は全て「ソウル・ソサエティ」へと送られる。
だが中には、何らかの理由によりそこからこぼれてしまう場合もあるのだ。それらとりこぼされた魂が、堕ちて、人としての心を亡くし、変容したモノ。それがホロウだ。
そして貴様も先刻見た通り、ホロウは髑髏のような白い仮面を被り、生者・死者の別なく襲ってその魂を喰らう…。そんなバケモノだ。
我々『死神』はソウル・ソサエティからの要請によって、そのホロウを浄化し昇華するためにこの現世へと派遣されているわけだが…」
「……へーぇ。『死神』…、ねぇ…。なるほど、じゃあお前らがこのゲームの『案内人』ってことか?『プレイヤー』じゃなく?」
説明の途中でジャズにそう割り込まれ、ルキアは「はっ?」と素っ頓狂な声を上げてしまった。
知ってもらいたいのはそこではないのだが…、と思いながらもルキアはジャズの疑問にあいまいに頷く。
……というか…。
ぷれいやー…とはなんだ?
「ま、まぁ…たしかに魂魄をソウル・ソサエティへと導くという点では『案内人』?とも言えなくはないが、」
「あー……。悪い、オレが言ってんのはそういう意味じゃなくてな…」
「だからさ、あんたさっきからプレイヤーだとか案内人だとか、…このバケモンは『ネンジュウ』とか言ったっけ?全然訳がわかんねーんだって。全部わかるようにちゃんと説明してくんねーかな」
と、黒い死覇装を着た死神姿から、学校の制服を着た生身の体に戻った一護が、横から話に割り込んできた。
割り込んだ、と言ってもルキアが訊きたかった事とそう外れてはいなかったが。
一護の言葉に重ねるように、「ふむ」と頷いたルキアが続けてジャズへと尋ねる。
「そうだ。このホロウは一体なんなのだ?貴様はあれを「作った」と言っていたな。どういう意味なのだ?」
「だから『ホロウ』じゃねーって。コイツはそんな、『悪霊』なんてモンじゃなくてただの念獣で、念能力でオレが具現化した…」
「ネン…能力…?」
「なんだそりゃ?」
聞いた事もない、といった風に表情をゆがめて首をかしげるルキアと一護。
それを見て、ジャズはやっと現状の一端を理解した。
「あ―――…なるほど。そう来たか…」
とがっかりしたように眉間を押さえてそう零す。
そして自身の考えが正しいかを確かめるように、2人に向かって再度尋ねる。
「んじゃあ…えーっと…、ちなみにお前ら、『グリード・アイランド』って単語に聞き覚えは?」
「は?」
「ぐりー…ど…?なんだそれは?」
「あっそ…。いや、もういい、分かった。知らねぇならいいんだ。……っくそ。なんかめんどくせートコに来ちまったな、ったく…」
今度はルキアに代わってジャズが「んー」と顎に手を当てて考え込んでしまう。
ルキアも一護もジャズの言っている事が半分も理解できず、共に首をひねったり肩をすくめたりしていた。
「(さて、どうする…?)」
この「ゲーム」の世界に来て初めて会った、一般人とは違う、そこそこ力を持ったっぽい少年少女……一護とルキアを横目に盗み見ながらジャズは考える。
2人の姿を最初に見た時、彼らが―――特に一護を見てなのだが―――オーラを纏った武具を持っていたことから、ジャズは彼ら2人を『自分達より先にこのゲームに入ったであろう他のプレイヤー』なのだと判断した。
先に入ったプレイヤーならば、今ここへ来たばかりの自分よりもこのゲームについての情報を持っているだろうし、手に持った剣をこっちへ向けてくるなら適当に叩きのめしてついでに情報も奪おうとそう思っていた。
まあ結局、そんな好戦的な思考をしていたのは自分だけで、相手は十分話し合いで情報のやり取りができる相手だったわけだが。
しかし今のやり取りで、自分の最初の認識からして"間違っていた"事がわかった。
彼らは『プレイヤー』―――つまり念能力者ではなく、ゲームの経験者であったツェズゲラが事前に"ゲームに入ってすぐに会える"と説明していた『案内人』の方だ。
つまり…
「(こいつらは、このゲームの『中の人』って奴ね…)」
…となると…、あー、やっちまったかぁ?…などと、言葉は声に出さないまでも、がしがしと強く頭を掻いて苛立ちを散らすジャズ。
「(ゲームに入るためには、最低でも念能力の基礎の『纏』ができなきゃならなかったしな…。
逆に言やぁ『纏』さえ習得してりゃ半端モンの念能力者でもゲームには入れるって事だが。このゲームの『プレイヤー』ならそいつはイコール『念能力者』って認識で間違いねぇ。
だけどその逆…このゲームで出会う『異能者』はイコール全員『プレイヤー』…って判断はさすがに早すぎたか…。
このオレンジ頭がでけぇオーラ纏った大剣なんか持ってたせいで、まあ…四大行は確かに不完全だったケド…それはコイツがまだ半端な念の習得の仕方してるからだと…。
プロハンターじゃなくて独学で多少念をかじった奴なんだろ、って…なんか勝手に思ってた…。つーかあんなデケー剣なのに今は姿形も見えねーから、…具現化系?…とかな。
でもこいつら、聞いたら念なんて全然知らねーって言うし……)」
そうだ。
この『中の人』連中は念を知らないのだ。
それがこの『ゲーム』では一体どういう意味を持つのか。
それを考えるだけでジャズは頭が痛くなりそうだった。
「(『念能力』って単語自体からして知らねぇってことは、『中の人』に念の事は喋んなって事なのか、それとも――このゲームがハンター専用"ハンティング"ゲーム…だからか?
ゲームに関しての情報は、テメーが持ってる情報―――念能力のコト―――を交渉材料に、パズルのピースみたいに自ら狩り集めて答えを紡げって…、そういうことかよ?七面倒くせぇ〜〜…)」
はああぁ―――……と、ジャズは疲れたように、自身の額を押さえて長い息を吐き出す。
はっきりいってとてつもなく面倒くさい。なんでこんな『ゲーム』に参加しようなんて思ったのか、そんなところから考え直してしまいそうなぐらいに。
「けど…」
と、ジャズは顔を上げる。
目が合った一護は、不意なことに驚いたのか「な、なんだよ…」などと少し引き気味に応えていた。
一護のそんな様子を真剣に見ながら、ジャズはここに来る前に聞いたある言葉を思い出す。
「プレイすれば本当に死ぬかもしれないゲーム」…。
その言葉を頭で反復しながら、ジャズはちらりと自身の背後に控える黒い念獣…『闇食い(リバイアサン)』へと視線を向けた。
いつものように、大きく裂けた口からダラダラと涎を垂らしながら荒い息を吐いているリバイアサン。
その醜い顔面には先ほど仮面を割ったときについたのであろう切り傷が、眉間に一閃。斜めに大きく走っていた。
そして思い返す。
自身の具現化した念獣―――リバイアサンのあの突然の変貌を。
―――――「まさかあいつ…今からホロウに"なる"気なのか…?」
―――――「タ………タリ、ナイ…。足リナイ…、足リナイ、足リナイ足リナイ足リナイ足リナイ!!魂、喰ワセロォァアアア!!!」
咆哮し、襲い掛かって来たリバイアサンのあの姿。
胸に空きかけていた暗い孔。
御しきれなかったあの妙な白い仮面の力。
もしも再びあの変化が起こったとき――――あの耐えがたい頭痛の中、今度は……自分1人だったら。
そう考えると――――
「オレはまだ運が良い方なのかもな…」
ぽつりと零したそんな言葉に、一護が「何言ってんだ…?」と怪訝そうに眉を顰める。
「――――……。」
続けてジャズは何か言いかけて、少し口を開ける。
が、そこから漏れる言葉はまだ無く。なにかしらの葛藤が一護にも見て取れた。
己の能力について喋りすぎる事は、自らの身を危険にさらす行為に他ならない。
念能力者同士が戦う上では、敵の持つどんな情報が己の死に直結するか。逆に敵の知りえないどんな情報が紙一重で自分の命を救うのかわからないのだから。
もちろん、知られても問題ない情報や、知られても知られなくてもどちらでも優位を保てる戦略の組み立て方なんかもあるにはある。
「(けど、こいつらが敵か味方かもわからない段階で――――…)」
と…、そこまで考えてジャズは「…やめた」と呟いて、朗らかに笑った。
「……はあ?…だからあんた、さっきからなんなんだよ?」
頭を掻いて、多少の不機嫌さをその態度ににじませながら一護が再度問いかけて来る。
「いや?別になんでもねーよ?ちょっと考え事してただけだぜ?」
「あ?」
突然、ぴっと握手のような手をジャズから差し出され、一護は困惑した。
今の今まで微妙に態度がでかく、いまいち良いイメージを持てなかった男からの、再度改まっての友好的なポーズが非常に胡散臭く感じられたからだ。
手を取る前に、「なんで急にまた?」という言葉を表情にだけでなく、言葉にも出して一護はジャズに訊く。
「…ま、長ぇ話になりそーだから、先に自己紹介でもしとこうかと思ってよ?」
握手はいらねーか?とジャズは差し出した手をヒラリと上に挙げ、次にはそのまま、敵意が無い事を示すように両の手のひらを掲げて一護に見せて、降参のポーズ。
一護の頭上にはいくつもの疑問符が浮かぶばかりだ。
しかし……突然の友好的な態度もなんのことはない。
ジャズにとっては、情報を漏らすことで自身が不利になる…そんなコトよりも大事な"想い"がある、それだけの事なのだ。
それは――――"こんな場所で死ぬわけにはいかない"、という想い。
この『ゲーム』に入ってすぐに襲われた、あの白い仮面を被ったバケモノ程度の『ホロウ』ならば、ジャズにとっては敵にはならない。
だが、もしも再び自身の念能力である『闇食い(リバイアサン)』が、あの得体の知れない白い仮面を被り『敵』になるならば話は別だ。
「本当に死ぬかもしれないゲーム」……。そんな文句も伊達じゃねぇ…としたら。
もちろん、普段から"無い"とはいえ、ジャズはこんなところで死ぬつもりなど無い。あるわけが無い。
こんな味気のない……ゼロを護って死ぬこともできない、こんなクソみたいな『ゲーム』の中でなど。
そんなことになるぐらいなら、多少の不利を承知で…こちらの手の内をさらしても、情報収集優先でなんとしても生き延びる。
このゲームをクリアするためなら――――いや、違う。
"アイツ"の元に帰る、そのためになら。
「(…………オレは、なんだってやってやるぜ…?)」
このクソゲーム…。
面白れぇ。ぜってークリアしてやる。
そう決意するに至ったから。
「…一度……いや、二度…か。一応お前はオレの事を助けてくれたからな。…だから、本当は「知らねー奴」に教えんのはダメなんだけど…。
お前が知りたいって言うなら…『念能力』の事も、この際分かるように全部説明してやるぜ?
その代わりって言っちゃなんだが、オレもここ来たばっかでわかんねー事だらけだし、オレの質問にもいくつか答えてもらいてートコだけどな」
一護にとっては、ひどく挑発的に見える笑顔でジャズはそう言う。
『何の罠だよ…』と一護は口の中でぼやくが―――
「情報交換か…。ふむ…まあいいだろう」
「…って、おい!?ルキア!?」
渋る一護とは対照的に、ルキアはジャズの提案に頷いてしまった。
「待てよルキア!お前、怪しいとか思わねーのか!?まあ、助けた俺が言うのもなんだけどよ、やっぱ放っといた方がいいんじゃねーのか?
こーいう手合いが抱えてんのはぜってー面倒事だって。つーか、あからさまに怪しいだろコイツ!!関わんねー方がいいと思うぜ!?」
と、一護はジャズを指差しつつ、小声で隣のルキアに詰め寄る。
一護の言い分もわからなくはないために、漏れ聞こえた一護のそんな言葉に不快な気持ちを抱くことは無いが、代わりにジャズは「指差すんじゃねーよ」と鼻で笑う。
「…ハッ、なんだよお前?オレの言う『プレイヤー』の事とか『念獣』の事、知りたいんじゃなかったのか?」
「確かにそう言ったけどよ…。聞いたら聞いたでなーんかお前……、
ぜってぇ・め・ん・ど・く・さ・そ・う」
「ほ―――ぉお?」
先ほど言われた「シロウト」という言葉への仕返しか、とげとげしく「めんどくさそう」と言いながら前傾姿勢でジャズを睨みつけてくる一護。
当然ジャズは「ケンカ売ってるか?」と一護を睨み返し、ポキポキと両手の指を鳴らし始める。
そのまま取っ組み合いが始まるかと思われたが、横からルキアが真面目くさった表情で2人の間に割り込んで来て、止められた。
「何を仲良く喧嘩しておるか、たわけ共。……面倒でもこのまま放っておく訳にはいかぬだろう。ホロウかネンジュウか知らぬが、こんな巨大な化け物を使役するような者を捨て置くわけにはいかぬしな…」
そう言ってルキアは、一護に対しジャズの後ろの黒い化け物を指差して見せる。
「ハ!これで決まりだな?」
「ぐっ…;」
2対1だ、と言わんばかりにルキアの側に寄ったジャズを見て、一護は苦々しげに臍を噛む。
しかしそれでも一護はまだ「だけどよ…」と食い下がろうとするが、今度は味方であったはずのルキアに、静かに前に立たれてしまう。
「……落ち着け一護。いいか、よく考えろ。こやつは死神姿の貴様が見えていたのだぞ?
それはこやつも、貴様のように魂の霊的濃度が高いということを示す…。
貴様も知っての通りホロウは総じて霊的濃度の高い魂を狙って襲ってくるのだから、ここでこやつを放ったとしても――――」
ルキアがそこまで口にしたところで、ルキアの着る制服のポケットからピピピピッと電子音が唐突に響いた。
ポケットからケータイを取り出して画面を確認し、「やはりな」とルキアはため息をつく。
そして一護の目の前にそのケータイを掲げ、画面に表示された文字を見せてきた。
画面に表示されていたのは、ホロウ出現時刻を記したソウル・ソサエティからの指令だった。
―――場所は再びこの公園。時刻は今から15分後の前後10分間。早ければ正味5分で、この場所にホロウが出現する事を示す。
狙いはもちろん……、とルキアは自身の後ろで肩をすくめていたジャズを目で指した。
「どのみちこやつとは長い付き合いになると思うがな?」
「ちっ…」
ジャズの笑みがより深く妖艶に弧を描くその様を見て、一護は心底嫌そうに眉間のしわを深めるのだった。
つづく
NEXT→2-05:胸に空く孔/
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さすがに次でお互いに名乗らせたいな…
すもも