「ゴァアア゛アアアア!!!」
空の孔から降って来た―――否、大口開けて落ちて来た…って方が正しいか。
肩から二の腕にかけての筋肉が異常発達した、ゴリラみてーな白い仮面のホロウがオレ達に向かって大きく吠える。
一飲みにするつもりで狙い定めて飛びかかったってのに、かるーくオレに避けられてキレちまったってか?…ハッ、このオレがお前ごときにんな簡単に殺られるかっての。
「く、くそっ!まさかこんな…っ!離せ貴様!これでは身動きが取れん…!」
「ああ、ワリーな、乱暴に扱って。ホロウ共には今日一日、次から次と飽きるほど遊んでもらってたんでな。気ィ張ってたんだよ。
…ま、今回はご丁寧に時間指定までくれてたから、知覚も楽で助かったけど。そこは礼を言っとくぜ」
とっさに横抱きに抱き上げたせいでバランスを崩したらしいルキアが、オレの腕の中でもがく。
そこで暴れられたらオレだってさすがに戦(や)りづれぇぜ。仕方なく、もうちょっと収まりが良いように少しばかり持ち直してやった。
ルキアはそれでも嫌がってたけどな。
「次々に…だと?貴様、そんな何匹もとやりあったのか!?」
「ホント色気もなにもねーな…。まあいいけどよ。…数はアレで8匹目だ」
と…オレ達の方に向かって、太くて長い腕とそれに対してアンバランスな短い足で器用に四足で襲い掛かってくるゴリラを顎で指す。
カウンターで返してやろうと、ルキアの身体を抱えたまま体勢低めに構えたら「何をするつもりだ貴様!」と耳元で吠えられた。
ホロウもびっくりの声量だぜ。
「…あのなぁルキア。申し訳ねーけど、ちィーっとばかり静かにしててくれねーか?しっかりこっち抱きついててくれりゃ、痛ぇ思いなんてさせねーからよ…」
「いい、下ろせ!私とて1人で戦える…」
「ハ!そうツレねぇ事言うなよ……な、っと!!」
腕の太さに見合ったデカい手を振り上げ、目の前まで迫るゴリラ―――の顎めがけて、先手を打って右のハイキックをお見舞いする。
そんでもって、その勢いを生かしたまま回転をかけて、左の跳び後ろ回し蹴りをゴリラの眉間に叩き込んだ。
…が、変容したリバイアサンほどじゃねーが、最初にオレを襲って来たホロウ共よりはこのゴリラもタフみてーで、オレの蹴り2発食らったってのにまだピンピンしてやがら。
軽い『凝』程度じゃ無理か。まあこっちも女1人抱えてるしな。
一旦退いとくか、とゴリラの拳に叩き潰される前に、振り下ろされるそれを横に避けてオレは踵を返す。
だけどもちろんゴリラの方もそれで諦めるわけはなく。逃がすかとばかりにデカい口を開けて叫びを上げながら、ルキア抱えて走るオレに追いすがって来た。
「…ったく、デカくて硬ぇってとこまでは褒めてやるが、ハヤい上にしつけぇのは勘弁だなァ、おい!」
「駄目だ!このままでは追い付かれる!!私をここで下ろせ!せめて二手に分かれれば…!」
「ハ、必要ねーよ。このままでも何一つとして問題ねーから、大舟に乗った気で見てろ?」
「な…っ!?あいつは…!…くっ」
ゴリラと距離を取ろうと走っていたオレとは入れ違いに、一護の"殻"を咥えて避難させてたオレの『闇食い(リバイアサン)』が、四つ足の猛ダッシュでゴリラに向かい駆けて行く。
傍をすれ違うだけで空気が振動するような規格外の巨体――――3メートルはあろうかっつーリバイアサンの筋肉武装した身体が、走る勢いそのままに飛びかかれば、迎え撃とうと立ち上がったゴリラはいとも簡単に後ろへひっくり返っちまう。
異常発達した腕のせいで上体にバランスが偏ってんだろな。
本来ならここでルキアを下ろしてオレもコンビネーション参戦するとこだが、馬乗りのあの体勢ならリバイアサンだけでも十分圧倒できそうだな。
…と、オレも走っていた足を止め、ルキアを抱えたままでゴリラを振り返った。
「―――ガハァアアッ!!」
「ゴアァッ!ガ…ッ、ギィァアッ!!」
馬乗りにゴリラに乗りあがったリバイアサンが、その醜悪な形相を不気味に歪め、―――嗤う。
そして鋭い爪のついた両腕を振り回しゴリラの胸筋から顔面までをズタズタに嬲っていく。
もちろんゴリラの方だってそれを阻もうとそのゴツい腕を振るが、最終的にはそれもリバイアサンの強靭な後ろ脚と腕とに抑え込まれちまう。
そうなるとゴリラにはもう、ただ牙を剥いてリバイアサンを威嚇するぐらいしか出来ることも無く。
「終わりだな」と、トドメにリバイアサンの大きく裂けた口をゴリラの喉笛に深々と食いつかせた。
すると耳に届いたらしいそのオレの呟きと、目の前で繰り広げられる光景からこの先の展開が予想できたらしいルキアがオレの服をガッと掴んで"それ"を止めてきた。
「待て、貴様!アレに何をさせる気だ!?いや…、最初に貴様と出会った時もそうだったな…!アレにホロウを喰わせる気なら、今すぐに止めさせろ!!」
「…ああ?どういうことだよ?」
「ホロウは斬魄刀で斬って浄化させるのが掟なのだ!これ以上は…!」
「掟ってお前…。この期に及んで、んなこと抜かせる立場かよ?」
「違う!私が言いたいのは…、斬魄刀はホロウを『斬る』が、貴様のあの獣はホロウを『喰って』しまうという事だ!」
「…はあ?」
意味ワカンネ、を表情にモロ出ししたら、ルキアは続けて自身の考えを吐いてきた。
「だから、あの獣は貴様自身の生命エネルギー…、つまり私たちが言うところの『霊力』か?それをネン能力とやらで押し固めてカタチにしたと言っていただろう!?
おそらくホロウなぞを何匹も喰らいその存在を内に取り込んだせいで、貴様の霊力そのものがそれに感化されてホロウと化したのだ!
これ以上むやみにホロウを飲み込めば、貴様のあの獣はまた変調をきたすぞ!?本当にホロウと成ってしまう可能性がある!」
「あぁ…、なるほどね…。ああなったきっかけがまだ分かんねー以上、飲み込みすぎ…ってのもたしかに捨ておけねー推論だな。…じゃあどうする?引き裂いて殺せば良いか?」
「―――…いや、大丈夫だ。それももう必要無くなった」
きっぱりというルキア。
凛と見つめるその視線の先を追えば、リバイアサンに組み敷かれたゴリラ―――と、その奥に、大剣を大上段に振りかぶりながら高く飛び上がる一護の姿があった。
「ホロウは頭を割るんだよ!俺に任せとけ!」
そう叫んで、一護が仰向けに倒れるゴリラの顔面に向かって大剣を振り下ろす。
『サービスだ』と邪魔になるであろうゴリラの両腕を直前までリバイアサンで押さえつけたのは、我ながら完璧なフォローだったように思うぜ。
「あー……、なあ。…ジャズ。お前何飲む?」
「ぁん?」
陽も落ち、薄暗くなった公園に今度は白い街灯の灯が落ちる。
その灯りの下に設置されたベンチに前屈みに腰かけていたオレに、ベンチ横の自販機の前に立った一護が尋ねてきた。
一護はすでに"殻"の方に戻って、制服姿だ。ルキアは一護とは(オレを挟んで)反対隣―――オレを見下ろす形で、腕を組んで凛と立っている。
まあ逃がさねーって意味があんだろう。実際スゲー見られてるし、まぁこっちだって大事な情報源から逃げるなんて真似、する気はねーけどよ。
一護の奴は『まだかよ?』ってツラで、100ジェニー硬貨に似た銀のコインを自販機の投入口に入れかけたままオレの返答を待っているが―――
そんな一護の姿をたっぷり15秒以上眺めた後にオレは一言「オレンジジュース」と返した。
案の定、一護の眉間にしわが寄ってちょっと面白かった。
「て、てめ…。今絶対、俺の頭見て言っただろ」
「じゃあトマトジュースでも良いぜ?」
「ねーよ!!」
叫んで、ジャラジャラと銀と銅のコインを続けて3枚投入して、八つ当たりのように一護は自販機のボタンを強めに押す。
そして出て来たミニペットを拾い上げ、オレの方に投げ寄越してきた。
ペットボトルの中身は目も覚めるほどに鮮やかなオレンジ色。ラベルの字は読めねーが、たぶんオレのリクエスト通りのオレンジジュースなんだろう。
「…甘。」
「たりめーだろ。なんだと思ったんだよ」
蓋を開け、一口飲んでみてその甘さに辟易する。
ぺろりと舌を出し、結局その一口でオレはペットボトルの蓋を閉めて、脇へと置いた。
「……で?お前、これからどうすんだ?」
オレの分の後にさらにコインを投入して買ったらしい自分の分のペットボトル(中身はたぶん茶だ。ネテロのジジィがたまに送って来る、紅茶とは違う色の茶)を口にしながら、オレの傍に立った一護が尋ねてくる。
ちなみに自分のを買う前に一護はルキアにも何飲むか聞いてたが、「私には必要ない」と冷たくあしらわれたんでルキアは飲み物無しのまま仁王立ちだ。
「どうするもこうするも、別に…。まだしばらくはここに居るぜ?」
「はあ?…ここ…って、まさかこの公園にか?…お前、家ドコなんだよ?近くに住んでんじゃねーのか?」
予想外だよ!みたいなマヌケ面で振り向いた一護が、続けてそう訊いてくるが……なんだ?なんか思惑でもあったか?ま、構いやしねーけど。
「…"家"はもう無ぇな。近くに住んでるわけでもねー。この街には来たばっかだって言ったはずだけどな?」
「あ…、そ、そうか?;――――って、なら"ココ"って…、お前一晩中ここに居るつもりだったのかよ!?」
「……まあ、そうなるな」
「そうなるなって…お前…」
「はっ…、なんだよ。お前の目にはオレの姿がうら若い無力な乙女にでも見えてんのか?そう心配してもらわなくても、こっちは"仕事"で夜通しってのも慣れてるし。
ベッドが恋しけりゃ街で女…あー…"おねーえさん"でも誘えば済みますんで〜?…そちらのシロート君とは違ってv」
煽るような半笑いで上から目線に言ってみたら、「てっ、てめ…まだ言うか…」と一護が顔真っ赤にしながらプルプルとゲンコツをオレに見せつけて来た。…ハハッ、こいつホント反応面白ぇな。
「大体オレ、まだこれからもホロウ共にはちょくちょく狙われるんだろ?この場所なら広いし、建物ン中なんかよりは断然ここの方が戦りやすい。それにまだ――――」
と、言いかけてハッとした。
別にこいつらにそこまで言う必要はねーかと思って。
上体を起こしてベンチに背を預ける。
真上にある街灯のせいか、それとも街の明かりのせいか。夜空に星はほとんど見当たらなかったが―――
どことなくヨークシンで見上げたあの夜空と雰囲気が似ていて、わずかな懐かしさと一緒にあのチビ共との別れ際の顔を思い出した。
「…それに…、ってなんだよ?」
「………なんでもねー。人を待ってんだよ。『約束』があるからな」
そうやってオレが言うと、一護の奴もそれ以上は何も言ってくること無く。
こっちへの気遣いなのか「……そうか」と呟いたっきり、手に持ったペットボトルの中身をただ静かに口にしていた。
「貴様。…ジャズと言ったな」
一護が黙ったからか、今度は自分の番とばかりに一護とは反対方向―――ルキアから素っ気なくそう呼びつけられる。
居心地の悪くねぇ沈黙だったんだがな。まぁいいか。
「アンタの口からオレの名前が出るのも悪くねぇしな。…で?なんだよ、ルキアちゃん?」
「"ちゃん"ではない!貴様、何度も馴れ馴れしく呼びおって…!」
「ハハッ、悪かったな。…それで?結局何の用だ?ルキア」
お望みどおりに言い直してやったケド、ルキアはそれも気に入らないのか眉間にわずかにしわを寄せていた。
つっても、それもすぐに「…まあ良い」ってな具合に流されたんだけどな。
「貴様、先ほどの獣というのは出し入れは自由なのか?」
…と、オレの『闇食い(リバイアサン)』を指しての事だろう、今は具現化を解除して姿の見えなくなった獣を横目にチラチラと探しながらルキアは言う。
「ああ。出し入れはオレの意思一つだ。アンタがその口で可愛くおねだりしてくれんならいつでも見せてやるぜ?」
「そうか。……今一度聞くが、あれは本当に貴様自身の能力…とやらであって、ホロウではないのだな?」
「…そうだっつーの。つーかオレの渾身のコメントをスルーすんじゃねーよ」
「…だがその胸には孔が空き…、ホロウの仮面を模す…」
「…………。」
オレの嘆きも聞いてねーのか、それともあえての無視なのか。顎に手を当ててルキアは「ふむ…」と考え込んじまう。
「諦めろ。そういう奴だ」とか横の一護からもいらねーツッコミをもらう羽目になっちまったじゃねーか。くそっ。
「うむ…、やはり貴様はこのまま捨て置けぬ。先刻の貴様の話にも不明な点が多いし、まだ訊きたいこともある。
先にも言ったがそういった話に詳しそうな奴を1人知っている。…待ち人がある、というのも理解はするが、これから私と一緒にそやつのところへ行ってもらうぞ?」
「…ああ、いいぜ。オレだって訊きたい事なら山ほどあるしな。そういう奴を紹介してくれんならこっちもありがてぇ…」
と―――、促されてベンチから立ち上がり、歩き出すルキアについて行こうとしたら
「―――ちょっ、はあ!?待てよお前ら!これから!?これからって、今から行く気かよ!?」
とか…背後から急に一護のデカい声に割り込まれ、オレもルキアも足を止める。
「…なんだよ一護?一丁前の嫉妬はいいからお前も来いよ?別にお前を仲間に入れてやらねー道理は…」
「そういう事言ってんじゃねぇよ!!っつーかお前ら、今何時だと思ってんだ!?もうすぐ7時じゃねーか!!紹介も何も、明日だ明日!!一旦帰るぞ!!」
「…はあ?」
両腕を胸の前に勢いよく交差させてバツを作る一護。
『もうすぐ7時』…って何言ってんだコイツ?とオレが呆れてる間に、ルキアが一護に食ってかかっていた。
「何を言うか一護、貴様!明日まで遊んでいる暇など無いのだ!行くぞ!」
「知るかよ!時間がねーのはこっちも同じだ!ウチの門限は7時って決まってんだよ!遅れると親父がうるっせーんだ!だいたいお前、どこ行く気か知んねーけどこんな時間からヨソんちなんて訪ねてったらメーワクするだろが!」
「も、門限……; イイトシのガキが…」
「ドン引きすんなそこ!!」
会話を盗み聞いてドン引くオレを一護がビシーッと指差してくる。
いや、お前…。百歩譲ってこんな時間にヨソんち訪ねるのが非常識だっつートコは理解しても、お前ぐらいのトシの大の男が門限7時はちょっと無ぇよ…。
「あー……; じゃあまあ…、帰りたいお子様は一旦おウチに帰って良いぞ。オレとルキアとで行って来るから…」
なんて投げやり気味にオレが言うと、今度はそのルキアからも「…いや、それは駄目だ」とストップがかかった。
……なんだよ。この期に及んでお前まで門限あるとか言い出すんじゃねーだろうな…?;
「今の私には死神としての力が無いからな…。道中にまた貴様がホロウに狙われぬとも限らん。その時にはどうしても一護の力が必要だ。私としては急ぎたいところだが…、こうなっては仕方あるまい…」
「あっ、そ……」
…なんかもう脱力したぜ。完全に。
全部がめんどくさくなった。一気に疲れたぜ。気持ちが。
「…あ〜〜〜〜…」と呆れを思いっきり声に出して、ベンチにどさりと身体を預ける。
「もういい、わかった。…十分だ。今日はもう一旦解散しようぜ。明日の朝にでもまたテキトーに集まってくれよ…。しばらくはオレもこの辺りに居るつもりだからよ…」
「ダメだ!!」
「…あ?」
片手でジュースを拾い上げ、反対の手でのろのろとあっち行けのジェスチャーで一護とルキアを追いやっていたら、その手を一護にガッシリと掴まれた。
「デカい霊力持ってるお前を1人にしてたらまたお前、ホロウに狙われんだろが!!ホロウが出るたびいちいちこんなトコ呼び出されてちゃたまんねーんだよ!!
もういっそお前もウチ来い!どうせ泊まるとこもねーんだろ!?」
「………めんどくせぇ…。なんなんだよお前…。本当うぜぇ…舌噛んで死ねよ……」
「いいから!!早く来い!時間ねぇっつってんだろ!!」
「…ァあー…」
強引に腕を引っ張られ、引きずられるようにベンチから剥がされる。
暑苦しくて本当にめんどくせー野郎だ。…とは思いながら、オレを引く手の温かさを振り払う気にもなれず。
別にイイかと結局オレはもたもたと一護の歩みに従うことにした。
飲もうと思って手にした甘ったるいオレンジジュースのペットボトルをちゃぽちゃぽと揺らしながら――――
つづく
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「家ドコだよ」は居場所を突き止めておきたかったからと解釈してくだしい
すもも